5)人魚姫は、我慢できない
太陽が一番高い位置に来る前に、私は岩場にたどり着いた。あのイワシに迎えに来てもらうなんて、うんざりするから自分で来た。
この時間の海水はほどよく温まって、気分が安らぐ。
-いつもなら。
今の状況では、ぬくい海水にすら八つ当たりできそうだ。
岩場につくと王子様御一行が既に集まっていた。
彼らの真ん中に立つ王子様は、背が高くがっちりとした体格をしている。騎士と思われる人たちと並んでも見劣りしない。海に出た時は自身も、船を動かしたりするらしい。
ルーと同じく噂好きなウミネコが、人間の噂話をしていくのだ。ルーはいつも嬉々として聞いているから、彼についてもっと知っているかもしれない。流し聞きしている私は、"船"というワードが出た、この逸話しか知らない。
そういえば、もう一つ思い出した。ウミネコに「王子が人魚を探している」と聞いたのだった。その時はまさか見つかると思っていなかったなーなどと思っていると、彼が私に気がついた。
彼はこちらへ走ってくると、麗しい笑顔を浮かべた。
「よく来てくれた。ちょうど今、迎えを海に放とうと思っていた所だった」
彼に手を引かれて陸へ上がると、そのまま抱きしめられた。鍛えられた体が熱く、やけどするかと思った。
「会えて嬉しいよ、アリー。脚は辛くないか?」
苦情を伝えようと顔をあげたけれど、彼の整った顔が近すぎて目が潰れるかと思った。
何を隠そう、彼の顔だち自体は私の理想そのものなのだ。その理想の顔の人間の瞳に、自分が映っている。うっかり私も笑みを返しそうになる。危ない。
大切なのは性格だ。騙されたこと、忘れてないからね。笑顔で人を騙すような生き物は、絶対お断り。
危険を感じた私は、彼の腕からひょいっと抜けだしカーテシーをした。
「陽の国の獅子、セオドア様におきましてはご機嫌麗しゅう。北海王家第二姫、アリアでございます。人魚ゆえ家名はありませぬ。お招きいただき、大変迷惑ではありますが、今宵はよろしくお願い致します」
途中ちよっと本音が混じったけれど、仕方がない。
私の作法と挨拶の言葉に、王子様御一行はザワザワしていた。人魚もやる時はやるのである。(どや)
王子様の表情は、変わらず愉しげだったけれど。
「北海王家の姫君との此度の縁談、喜ばしく思う。今宵のみならず、いつまでも我が城に滞在してくれていいのだよ。東海のリュウグウのように歓待しよう」
「縁談については納得していません。あれは詐欺です。早急に取り消してくださいませ。夜会の様子を忘れぬ内に、ルーに話したいので、夜会が終わりましたら即帰宅させていただきますね」
姫として対外用に鍛えた笑顔を浮べてそう答えても、セオドア様は笑みを崩さなかった。
「好きにするが良い。今、君がここに来て、今夜の夜会に出席するという事実に意味がある」
それが不吉な予言めいていると感じたことが間違っていなかったと知るのは、数刻後の話。