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2)人魚姫は、無視できない

 青い海水、輝く太陽は水にあわせてゆらゆら揺れる。海の中はなかなか快適。

 ぼんやりしていると他の魚につつかれて、海の藻屑に早変わりな点を除けば。

 成人の儀式を終えた人魚は年を取らない。とはいえ、いつかは海の藻屑となるのは生き物として当然の摂理。

 不老不死などではない。


 たまに海に落ちて来る人を助けるのは、人魚情(にんじょう)の問題。

 その人が美しかろうが、貧しかろうが、意地悪だろうが(正直意地悪な奴は放っておきたいけど。まあ落ちてきた時は分からないから仕方がない)海の藻屑にならないように浜辺まで届ける。

 勿論、犬とか猫とかも助ける。時には人工呼吸のオプションもつける。そこに特別な感情はない。

目の前の命が消えるのは、夢見が悪いから。ただそれだけ。


 助けた後たまに「人魚を探しているらしい」という話を聞くけれど、助けた人に再び会うことはない。

 感謝の言葉なんて求めていないし、お礼の品なんてもっといらない。

 人魚は常に泳いでいる。このどこまでも広くてひんやりとした、快適な海の中を。だから私が会おうと思わない限り、人間(彼ら)が私を探し出すことは、砂浜に落ちた(たま)を見つけるより難しい。


 でもあの人は、見つけ出したー。


◇ ◇ ◇


 「人魚姫殿、先日は主が大変お世話になりました。礼として城にご招待したいと、主が強く希望しておりまして。わたくしもお世話になっている主の助けに少しでもなれば、とこうして馳せ参じた次第で御座います」

 突然淡水魚が話しかけてきたときには、驚いた。

 ここ海水だけど大丈夫なのか、という意味で。淡水魚はふるふると震えながらも、律儀に伝言を述べた。


 彼が言うには、以前海を漂っていたので岸まで案内した人間が、この魚を私のところに寄越したらしい。

「お礼はお気持ちだけで充分ですとお伝えください。それでは」

 そう言って、少しヒレを強く大きく動かして逃げようとした。

 したのだけれど、この温室育ちだろう淡水魚が冷たい海水の中ここまで来て、果たして無事に帰り着けるのか、と急に心配になった。

 気になってしまうともうダメな性分である。仕方なく、その魚を送り届けることにした。


 その道中ずっと、魚は主が“すばらしい王子”で“世界一親切で世界一優秀で世界一云々”と語り続けた。


◇ ◇ ◇


 延々と続く王子への賞賛(魚の話)を聞き流すのも疲れてきた頃、岩場についた。

 家まで送り届るために陸に上がるまでもなく、そこに件の王子が待っていた。岩場の向こうには、王子様御一行だろう煌びやかな人間たちも揃っていた。

 私達が姿を見せると、王子様御一行がざわめいた。王子様だけは、満足げに微笑んでいた。


 「人魚姫殿、先日は大変世話になった。また此度は私の魚が世話になった。何か礼をしたいのだが、希望はあるだろうか」

 輝くブロンドの王子は爽やかに問うてきた。

 私が淡水魚を届けることを分かっていたような顔に、ちょっとムっとした。


「特別なことをしたわけではありませんので、礼などは要りません。ただ、私の希望を聞いていただけるのでしたら、質のあわない水の中を泳ぐような無理を貴魚に強いるのは今後やめてください」

 そう答えると、彼は「それは申し訳なかった。彼が是非にもというので甘えてしまった。留意しよう。魚よ、悪かった」とあっさりと謝った。

 偉い人ってそんな簡単に謝っていいの?と思ったが、自分の用事は済んだし、言いたいことも言えた。人間の常識などどうでもいい。

 「それでは」とヒレを返して帰ろうとしたとき、王子の隣にいたカリカリのおじさまが「人魚姫殿、」と呼びかけた。

 どうでもいいけど、何で人間(ひと)は、人魚のことを“人魚姫”って呼ぶのかな。姫じゃない人魚もいるのに。

 私は姫だけど。


 それはさておき、カリカリおじさまが「こちら(たず)(うお)届けです。こちらの拾得者の欄にサインをいただけますでしょうか。お手数とは思いますが、しがない役人はこのサインがいただけないと叱責されてしまうのです。オヨヨ…」と言って1枚の紙を出してきた。

 私は人間の文字が読めない。

 人魚の中には人間が好きだったり、人間に憧れているものもいて、人間の文字が読めるものもいる。私は海の外にものに興味がないので、読めないし、書けない。

 とはいえ、()()()()()()さんが私のせいで怒られるのは夢見が悪いので、示された欄に自分たちの文字(人魚の文字)で、自分の名前を書く。


 まさかその紙が婚約申請書だなんて、知るはずもなく。

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