14)人魚姫は、寂しくない
扉を守る衛兵に、執務室に入りたいと合図すると、「海王陛下に申し上げます!アリア姫がお見えで御座います!」と扉の向こうへ声をかける。
途端に父が黙り込み、暫くの沈黙の後に「うむ、入るがよい」と先ほどの熱弁よりかなり低いトーンで許可が出た。
衛兵が扉を開けると、そこに立っているのはやはり顔をしかめた父で怯みそうになる。
けれど、母の言葉を信じて、声を出した。
「あの、お父さま。先ほどお母さまにお話されているのを、うっかり聞いてしまって」
私の告白を聞いた父は、しかめた顔をサーッと白くした。
「アリー、いや、あれは、嘘。いや嘘ではない、嘘ではないのだが。父は、お前にかっこいいと思ってもらいたくて、だな」
途端しどろもどろな弁明を始めた父の腕にそっと手を添えた母が、説明してくれる。
「貴方が少し成長した頃、お父さまの執務中のご様子を見に来たことがあったの。お仕事中のお父さまは、威厳に満ちていてかっこいいでしょう。貴方もその時に『お仕事ちゅうのおとうさまが、せかいで一番かっこいいわ!』と言ったときから、貴方の前で格好をつけるようになったのよ」
なんと!幼子の一言で、父は私の前で無理をなさっていたのか。
そうとも知らず、優しかった父の変化に戸惑い、母や姉への態度との違いに落ち込み、一人で遠い海に逃げ出した自分が間抜けすぎる。
「じゃあ、お父さまは私のことを、疎んではいらっしゃらない?」
「そんな風に思っていたのか。疎むわけがない。勘違いさせてすまなかった。私にとってお前は、かけがえのない、愛しい愛しい人魚姫だよ、アリー。よく帰ってきたね」
その優しい言葉に、私の目からは涙が溢れ、父に勢いよく抱きついた。
父も私を、抱きしめ返してくれる。
その温かさが、私の孤独をほろほろと溶かしていった。
◇ ◇ ◇
「それで、私は今回、何故呼ばれたのですか?」
「何故って!呼ばなければお前は、北海に近寄りもしないではないか。可愛い娘に会いたいと思っただけだ。誤解も解けたのだし、もっと父に会いに帰っておいで」
すっかり素に戻ったお父さまは、そう言って相好を崩す。
「なんと!婚約詐欺の件を怒られるかと思って急いで泳いだのに!」
ホッとして思わずポロッとこぼしてしまった瞬間、部屋の水質ががらりと変わり、水温が数度下がった。
「婚約詐欺…だと?」
お父さまの、低い低い声は、その時南海の方まで地鳴りを起こしたという。