12)人魚姫は、止まれない
お父さまへの言い訳をルーと考えながら全速力で泳いでいると、正面から船が迫ってきた。
なかなかのスピードに目を瞠っていると、その船から何かが飛びこんだ。その何かは私を抱きしめると、そのまま水面に浮上した。
水面から顔を出してみると、びしょ濡れになったセオドア様が私を抱きしめていた。
「アリー、迎えに来た」
いつもの皮肉な笑顔とは違って、朗らかな年相応の笑顔に、私の心臓はドキュン!と鳴った。
何度でも言う。
彼の顔だちだけは、私の理想そのものなのだ。その顔で破顔されれば、単純な乙女心など一溜まりもない。
ヒレで彼の脚をペシリと叩いて距離を置くと、セオドア様は苦笑した。
そんな笑顔も素敵…じゃなくて!
「あなた、泳げたの!?」
この婚約詐欺騒動の発端は、彼が海を漂っているところを助けたこと。
でもあの日助けた彼は海の波に翻弄されていた。海が凪いでいる日だったのに。それが今は、泳いだままこうやって会話までできている。
「ああ、小さい頃に海に魅了されて、泳ぎを練習した。」
「何てこと!じゃあこの前海を漂っていたのは、溺れていたわけじゃないのね?」
あの日の私の勘違いのせいで、婚約詐欺に遭ってしまった。
あの日の私、もっとよく観察して!
彼は立ち泳ぎから背泳ぎに、体勢を変える。
「あの日は君に会うために海に入った。君を探す為に度々海に入ったが、なかなか君には会えないまま月が経っていった。もう会えないと思ったこともある。でも諦めきれなかった。あの日君に会えたのは奇跡だった。そして優しい君は昔と変わらず、俺を助けてくれた」
「昔?」
「小さい頃は泳げなかったんだ。そして海に投げられ、溺れた。その溺れていた俺を、君は助けてくれた」
なんと、私は昔、小さなセオドア様を助けたことがあったのか。
「その時からずっと、君に恋をしている。アリー、愛しているんだ。狡いことをしたことは自覚している。でもどうしても君が欲しかった。どうか俺にもう一度、チャンスをくれないか」
まさか彼が、ずっと私を想ってくれていたとは。
単純な乙女心がキュン!とした瞬間、思い出した。
父の元へ行かなきゃ!
きっととてもお怒りだわ!
「セオドア様、お気持ちは分かりました。私を望んでくれてることも。でも私いま、とても急いでますの。このお話はまた改めて!」
そのまま水中に戻り、また全速力で泳ぎ出す。
ただ一心、北海を目指して。