11)想い人は、変わらない sideセオドア
結局彼女は俺を海王に引き合わせるという目的を忘れて、海の中を連れ回した。
俺は彼女の作ったあわの中に入り、彼女に着いていった。
アリアは愉しそうに笑い、踊り、歌いながら海をぐいぐい進んだ。魚が泳ぎ、貝が合いの手を入れ、タコが踊り、海は煌めいた。
そんな彼女と笑い、歌っている内に、海に落ちたこと、人を、海を、世界を、怖いと感じていた気持ちは霧散した。
そうやって海を泳ぎ続ける内に、俺を探す声が聞こえた。
海王に会う前に、偶然にも俺を探している者達に遭遇したのだ。すっかり恐怖を払拭した私は、衛兵から報告を受け迎えに来た父母に手を引かれ城へ戻った。
人魚の少女は俺をそっと砂場に押し出した後すごい速さで海へ帰っていったから、名前を聞くことも出来なかった。
その年の海は穏やかで、豊漁だったという。
◇ ◇ ◇
あの時からアリアは、忘れっぽくておてんばだった。
姿形こそ、大人びて美しくなったが、中身はあの時のまま。楽しいことが好きで、朗らかで、素直なままだった。
海王に婚約申し込みの許可を得に行った時に、「あの時のこと、今でも愉しかったと言う」と聞いて喜びに打ち震えた。
海王は勿論、あの時起こったことを総て知っていた。あの年の海が穏やかだったのは、図らずも愛娘を愉しませた俺への、海王からの礼だったという。
アリアとの出会いから今までを思い返し、アリアの愛しさに思いを馳せる内に、疑問を感じた。
娘を溺愛する海王が、アリアの危機に動かないのはおかしくないか?
彼が娘の今いる位置を正確に把握していたにも拘わらず、どう考えても彼らより遅い俺に救出を任せたことも疑問だ。
よく考えろ。思い出せ。
海王は『彼女の意思に関係なく』と言った。
しかし、“浚われた”とも、“捕らわれている”とも言っていない。
そして彼女は、約束を守る質ではあるが、忘れっぽくもある。
答えに辿り着いたとき、俺は海の真ん中で声をあげて笑った。
海王にかかれば、俺など彼の海の一かけらに過ぎない。
盲目的な恋に溺れた、ただの人間はさぞや動かしやすかっただろう。
大きな声で笑いながら、俺は舵を漕ぐ力を強める。
――愛しいアリー、早く君に会いたい。