(中編)告白と旅の終わり
「夕日がとても綺麗ね……潮風も心地良いわ」
途中トラブルもありながらも巡礼の旅を進めていった3人はメヒエ地方最大の都市である港町イマバルに到着した。マリアはルイスの勧めでイマバルの海浜公園から海面を紅に染め遥か向こうの島々や大陸へ沈みゆく夕日を眺めていた。
「それにしても私達もう55ヶ所も聖地を巡ったのね。急な山道とか野犬さんとか大変な目にもあったけれど道中楽しい事もいっぱいあったわ。ねっ、カサンドラ!」
「えぇ。お嬢様のお世話と護衛のみを目的について参りましたが使用人として屋敷にいるだけでは体験出来ない事も沢山あり今は一緒に来て良かったと思っております」
カサンドラは話を振ってきたマリアに満足そうな笑みを浮かべて返事を返した。
「カサンドラは巡って来た聖地の中でどこがお気に入りかしら?私は37番目かしら。神殿内の天井画がとても綺麗だったし近くを流れるシマンテ川も綺麗だったわ。流石フターナ王国最長の清流ね!」
「聖地ではないのですがサン=ムルト岬のミクローダ洞窟でしょうか。修行僧が修行した洞窟から見た雄大な青空と大海原が凄く神秘的で印象に残りました」
マリアとカサンドラがここまで巡礼した聖地の話で盛り上がっているとルイスが2人の後ろからやって来た。
「お待たせしましたマリアさん、カサンドラさん。思っていたより売店が混んでいて遅くなりました。これが買って来たメヒエ産オレンジです。手で皮を剥いて食べられますよ」
「わぁ、ありがとうございますルイス様!」
「こちらはカサンドラさんの分です」
「ありがとうございます。ルイス様」
マリアとカサンドラはルイスからオレンジを一個ずつ貰い嬉しそうに微笑む。初めはルイスを警戒していたカサンドラもこの頃には大分気を許していた。3人は近くのベンチに座りオレンジを堪能した。
「うーん!甘酸っぱくて美味しいわ!」
「気に入ったようで嬉しいです。ここイマバルはあの島々に掛かっている橋と街道を通じて大陸のオノミチア公国と結ばれているんですよ。だから大陸諸国との重要な貿易拠点でもあるんです」
「へぇー、そうなのですね!」
「更にこのセーテ海地域特有の温暖な気候で育つ柑橘類も特産品でそのオレンジもその1ですよ。あと海の幸も美味しくて特に鯛が美味しいそうです。僕達は巡礼者なので食べられませんが」
「あっそうでした。巡礼中は生臭もの厳禁ですものね」
「私は巡礼者では無いのでお宿で鯛料理を食べても平気ですね」
「ちょっとカサンドラ!」
カサンドラがマリア達の食べられない鯛を食べる事を仄めかすとマリアはムッとした表情で叱りつけた。
「冗談ですよお嬢様。ちゃんとお嬢様と同じ菜食料理を頂きます」
「全く貴方は……ふふふ」
カサンドラの冗談にマリアが笑うとルイスやカサンドラもつられて笑い出す。旅を通して3人の絆は深く強いものになっていた。
「そのお宿もルイス様が勧めて下さった場所を選んで良かった。対応も丁寧だったし巡礼服も綺麗に洗って下さるから快適に旅が出来るわ。本当にありがとうございますルイス様」
マリアはここまで良い宿を勧めてくれたルイスに改めて感謝を示した。するとルイスは少し憂い顔をしながらマリアに尋ねる。
「あの、マリアさん……最初の聖地で僕マリアさんに巡礼をしている理由を語らなかったですよね?」
「?えっ、えぇそうですね。」
「実はあれからマリアさん達と旅を共にする内にやはり話しておくべきだなと思うようになりまして……ただその前に僕の本当の身分を明かさなくてはなりません」
「本当のご身分?」
「実は僕……フターナ王国の王子なんです」
「「!?」」
ルイスが恐る恐る自身の身分を明かすとマリアとカサンドラは目を見開き驚愕した。
「嘘……」
「僕の本当の名前はルイス・フェルナンド・デ・フターナ、この国の第一王子です。そしてこれがその証拠です」
ルイスは自身が身につけているペンダントをマリア達に見せた。その蓋にはルイスの全名と共に道中で何度か目にした王家の紋章が彫られていたのだ。
「そんな……ルイス様が王子殿下!?」
「殿下!巡礼中の数々の無礼を深く謝罪致します!」
驚きのあまり口に手を当て固まるマリアに対してカサンドラは青ざめルイスに跪いて謝罪した。
「謝らなくて良いですよカサンドラさん。僕は巡礼中は身分を隠していますから。それで僕が聖地巡礼をしている理由なのですが……マリアさんと似ているんです」
「えっ!?」
「僕も……婚約者を繋ぎ止められなかった事の贖罪と父上、つまり国王陛下の治世が安泰である事も願い巡礼をしているのです。しかもきっかけも同じく婚約の解消でして……」
「そうだったのですか!?」
マリアはルイスが巡礼する理由やきっかけが自身と似ていると知り更に驚く。そしてルイスはマリア達により詳しく詳細を語り始めた。
「僕にはかつて婚約者がいました。別の国の王女でハニーブロンドの髪に僕と同じ青い瞳の綺麗な女性でした。でも彼女は頻繁に浮気をする奔放な人でその上派手好きな浪費家でもありました。僕は婚約した以上その振る舞いを改めさせるべきだと思い彼女に度々注意を促しましたがそれが原因で段々疎まれてしまい距離を置かれるようになったのです」
「まぁ……」
「そんなある日彼女は別の男性の子を妊娠しました。相手は他国の王子で父上は王女の国と王子の国両国と話し合い、王女と僕の婚約を解消し妊娠させた王子に王女を嫁がせる形で和解しました。でも僕は許せなかったのです。彼女を改心させられずこのような結果を招いた自分自身が……」
ルイスは婚約解消の件で相手以上に自らを責めた事を打ち明け悔しそうに両手の拳を握りしめた。
「父上も母上も僕は悪く無いと言ってくれましたがそれでも僕は婚約者1人まともに留めて置けない自分が国民の上に立つべきでないと思い王位継承権を放棄し王太子を弟の第二王子カルロスに譲りました。聡明な弟なら自分の代わりに将来王国を上手くまとめてくれるだろうと思ったからです。そして僕は巡礼を始めた訳です」
「そう言う事だったのですね……だけどまさか婚約に失敗しただけで王位継承権まで放棄なさるなんて……」
「ですが僕は巡礼を始めてから王宮や王都にいる時には出来なかった様々な体験をする事が出来ました。それが楽しくて僕にとって巡礼は贖罪と祈願の為だけでは無い生き甲斐となっていきました。そして気がつけば巡礼は8回目、今回は護衛をつけず1人で巡るつもりでしたが女性だけで巡るマリアさん達が心配でここまで素性を隠したままついて来てしまいました……本当に申し訳ありません。婚約解消の件自体人に言うのが恥ずかしい事ですし王子だと知られて態度を変えられるのが怖かったのです。でもマリアさんは巡礼の理由を正直にお話ししているのに自分だけが隠すのは不公平ではと段々思うようになり話す事に決めました」
ルイスは自分が身分などを隠していた訳を全て話し終えるとマリア達に頭を下げて謝罪の意思を示した。
「謝らなくて大丈夫です殿下。私と同じような理由から巡礼をしていらしたと知って寧ろ親近感が湧きました」
「マリアさん……!」
「私ここまで殿下と一緒に旅をして良かったと思っているんです!道中辛い時も危ない時も私を助けてくださいましたし巡礼先の様々な情報も沢山教えて下さいました!88ヶ所目の聖地も後もう少しです!最後まで共に参りましょう、殿下!」
「そうですね……ありがとうございますマリアさん。励まして下さって」
マリアは満面の笑みを浮かべながらルイスを励ました。ルイスもその言葉に元気を貰い笑顔になるがふとマリアと目が合った瞬間急に顔を背けた。
「ん?どうされました殿下?」
「いっ、いえ……あのっ、巡礼している間は僕もただの巡礼者なのでルイスで構いません。寧ろそう呼んで下さい」
「わっ、分かりました……」
マリアはルイスが何故自分から顔を背けるのか不思議に思いながらもルイスのお願いを了承する。この時マリアは紅の夕日のせいでルイスの頬が赤く染まっている事に気がつく事は無かった。
★★★
「いよいよ次が……88ヶ所目の聖地!!!」
メヒエ地方の聖地巡礼を終えた一行はいよいよ最後の聖地があるキヌサ地方へと入った。そして他の聖地を順調に制覇していきついに最後の聖地があるイーオ山の神殿へ続く長い石の階段前までやって来たのだ。
「ここで巡礼の旅も……ついに終わるのですねお嬢様。1番聖地から出発して今日で40日。長かったですね」
「本当ねカサンドラ。ここで巡礼を終えた証である結願証を頂くのを忘れないようにしなくちゃ。ルイス様はこの旅が終わったらどうなさるのですか?」
「もちろん王都に、と言いたい所ですが僕はここからまた最初の1番聖地まで逆回りに巡礼するつもりです。逆打ちと呼ばれるもので閏年である今年これをするとより功徳を積めるそうです。マリアさん達も逆打ちしますか?」
「そうしたいですが私達はこのまま祖国に帰ろうと思います。早めに帰宅してお父様の新事業を手伝いたいのです。何より私自身新しい婚約者探しをしなくてはいけません」
「新しい婚約者……ですか」
「どうしました?」
「いえ……何でもありません」
マリアが新しい婚約者を探すと言った瞬間ルイスの表情が曇る。しかしマリアはその理由を察する事は出来ず話を続けた。
「私は婚約破棄されてしまった傷モノ令嬢ですがいつまでも婚約しないままではいられませんから。良い人が見つかるかは分かりませんがどんな男性でも女神様のお導きだと思って受け入れるつもりです」
「……」
マリアはそう言うとルイスと向き合い微笑みながらお礼を言った。
「ルイス様、ここまで本当にありがとうございました。ルイス様に出会わなければ道中もっと大変だったかもしれません。安全にかつ楽しく巡礼が出来たのはルイス様のおかげです。正直寂しくなりますがまたどこかでお会い出来ればと思います」
「お嬢様、ルイス様へのお礼はまだ早いのでは?88ヶ所目を礼拝し終えていませんよ」
「あっ、それもそうね。いきましょうルイス様!」
マリアは早速最後の聖地への階段に登り始めた。すると次の瞬間ルイスは何か覚悟を決めた表情でマリアの手を掴んだ。
「マリアさん!!!」
「きゃっ!」
ルイスに手を掴まれたマリアはよろけそうになるもすぐ姿勢を正し振り向く。ルイスは顔を真っ赤にしながらマリアを見つめていた。
「るっ、ルイス様?」
「マリアさん……こっ、婚約者を決めなければならないのであれば……僕と……僕と婚約してくれませんかっ!!!」
「えっ!?」
ルイスからのまさかの告白にマリアは理解が追いつかず呆然とする。横にいるカサンドラも目を丸くして驚いている。
「僕も今回逆打ちを終わらせたら一旦巡礼をやめ婚約者探しをしようと思っていました……どうか僕との婚約を考えて下さいませんか!」
「えぇ!?ええぇ!!!」
マリアはようやく状況を理解しルイス同様顔を真っ赤っかになった。だが自分にあまり自信が無いマリアは自らを卑下するような事を述べる。
「でででもあの、るっ、ルイス様とわわ私では身分が違いすぎて釣り合わないのでは!?」
「僕が父上と母上を説得してどうにかします!それに我が国の社交界には女神教を信仰する貴族が多いので熱心な信徒であるマリアさんなら受け入れられるでしょう!」
「そっ、それでもお綺麗なルイス様と比べてその、私なんて髪も瞳も地味ですから!」
「そんなの関係ありません!僕はマリアさんの優しさと清らかな心に惚れたんです!それにマリアさんは僕から見れば十分可愛らしいです!」
「かか可愛らしい……!?」
マリアはルイスから面と向かって可愛らしいと言われた事で更に顔を赤くして茹で蛸のようになる。
「信仰の旅の道中で告白をするのは不純だとは分かっています……でも僕は旅を共にする中でマリアさんを好きになってしまったんです!僕はマリアさんと婚約したいです!いや、マリアさんじゃ無いとダメだ!」
ルイスの熱烈なアプローチにマリアは思考回路がぐちゃぐちゃになりまともな返事が出来ない。
「あっ、そのっ、いやっ、わわ私……」
「それともマリアさんは僕の事……好きではありませんか?」
ルイスはそう言うと不安げな表情でマリアを見つめた。マリアはその表情に胸をドキドキさせつつ何とか頭の中を整理した上で返事を返す。
「いや、あのっ、るるルイス様の事は……きっ嫌いでは……ありません」
「!?それでは僕と!」
「たたただわわ私まだ気持ちが整理出来ないと言いますかその……しっ、暫く考える時間を頂けませんか?まず実家に帰りたいので……」
マリアはルイスの告白に対する返事を待って欲しいと伝えるとルイスは頷いた。
「……分かりました。それでは僕が逆打ちを終わらせたらマリアさんの国に渡り子爵家にお伺いします。その時に返事を下さい」
「はっ、はい!」
「良い返事を待っています……マリアさん」
「ルイス様……」
ルイスは告白をし終えた後マリアに熱い視線を向け続ける。マリアはそのルイスの視線に胸がドキドキ高鳴っていたがそんな自分達の世界に入り浸る2人をカサンドラは咳払いをして現実に引き戻した。
「ゴホン、ルイス様もお嬢様もそろそろ最後の聖地に礼拝致しましょう。他の巡礼者の方々に見られていますので……
「「ハッ!?」」
カサンドラの指摘で2人が周りを見渡すと他の巡礼者や通行人が怪訝な表情で2人の事を見ていた。
「まっ、マリアさん!それでは行きましょうか最後の聖地に!」
「そそそうですねルイス様!アハハハハ……」
気まずさと羞恥心から2人は合わせていた視線を逸らし階段を登り始めた。その後最後の聖地を礼拝し終えたマリアは最後に麓の街でキヌサ名物の麺料理に舌鼓を打った後ルイスと別れ再び港町トルナから祖国へと戻った。しかしその顔は告白された事による動揺から終始赤くなりっぱなしでせっかくの麺料理の味も記憶に残らなかった。
・更新忘れて遅くなりましたが中編です。後編で完結予定ですがまた忘れた頃に投稿するかもです。
・逆打ちは現実のお遍路にもあります。興味がある人は調べてみて下さい。