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(前編)旅立ちと出会い

「マリア・オヘンロス!お前との婚約を破棄する!!!」


 とある王国の貴族屋敷で開かれたパーティー。そこで王国の有力貴族エモン公爵家の令息ディエゴは婚約者であったオヘンロス子爵家の令嬢マリアに声高々に婚約破棄を宣言した。パーティーに集まっていた貴族達は皆驚きディエゴ達の方を見つめる。


「そんな……一体何故!」

「俺は婚約した当初からお前にウンザリしていた!お前は俺に会うたび領民の事を考えろだ遊んでばかりいないで勉強しろだうるさく言ってくる!その上着るのは質素なドレスばかりで可愛げが無い!」

「そっ、それはディエゴ様にもっと領主としての自覚を持って頂きたいからで……ドレスも私の家格と栗色の髪や瞳に合うよう控えめな色を選んでいたのです!」


 マリアは目の前のディエゴに必死に弁明するがディエゴは聞く耳を持たなかった。


「黙れ!その髪や瞳の色も気に食わなかったのだ!美しい銀髪にアメジストの如き麗しい瞳の俺に相応しくない地味さじゃないか!その上俺に女神教の信仰を押し付けて来ただろう!」

「たっ、確かに一緒に神殿へ礼拝しませんかとは言いましたが決して押し付けてはいません!」

「それを押し付けと言うんだ!大体神殿で祈るのは弱い人間がする事だ!強い人間である俺には必要ない!」


 ディエゴの主張に一部の貴族は眉を顰める。女神教はこの王国を含む周辺国一帯で信仰されている宗教で万能の女神ヴァジラーナを祀っている。そしてマリアを含めたオヘンロス子爵家は代々女神教の熱心な信徒の家であった。眉を顰めた者達もまた敬虔な信徒の家出身者である。


「フン!まぁ良いさ。お前の父親とはとっくに婚約破棄する事で合意している!手切れ金もくれてやったさ!」

「えっ!?」

「当然だろう!そして俺はこの場で新たにオロカーナ男爵家のルシアと婚約する!来たまえ我が愛しのルシア!」

「はぁいディエゴ様ぁ♡」


 婚約破棄が既に父親の合意を得ていたと知り呆然とするマリアを他所にディエゴは新しい婚約者ルシアを呼び寄せる。ピンクブロンドの髪に翠眼のルシアは派手なドレスの下に隠れた無駄に大きな胸をディエゴの腕に押し付けマリアに向け勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「見ろマリア!この通りルシアはお前と違い綺麗なドレスで着飾っている!その上髪も瞳も美しく見目麗しく口うるさい説教もしないんだ!お前よりずっと理想の女だ!」

「嬉しいわディエゴ様ぁ♡でもマリア様が可哀想だからそろそろやめて差し上げましょお♡」

「あぁルシア、君は何て優しいんだ!ともかく婚約破棄は決定した事だ!早く俺の前から消えろ!目障りだ!」


 ディエゴに怒りの形相でそう言われたマリアは泣きそうになるのを抑えてディエゴに最後の挨拶をした。


「婚約破棄……承知致しました……どうかルシア様とお幸せに……」


 そして会場から逃げる様に退場したのであった。


「すまんマリア……許してくれ」

「お父様……お顔を上げてください」


 その夜遅く、屋敷に傷心で戻って来た娘マリアに父親である子爵は申し訳なさそうに頭を下げた。


「この婚約は事業が成功し羽振りが良かった我が子爵家に目をつけた公爵側から提案された。当時困窮していた公爵家は我が家と縁を結んで何とかお金を得たかったのだろう」

「お父様……」

「だが最近になって事業に失敗し我が家は破産状態、かたや公爵家は領内で新しい金鉱山が発見され立場が逆転してしまった。ワシはマリアとディエゴ君が上手くいっていない事を知っていたから向こうに提示された多額の手切れ金につい目が眩んでしまったんだ……まさかパーティーの場で娘が辱められるなどとは予想出来なかった!すまん!全部ワシのせいだ!!!ワシの……うぅ……!ぐすっ……!」


 子爵は婚約破棄に至るまでの経緯を一通り話すと咽び泣きながらマリアに何度も何度も頭を下げた。


「お父様もう良いのです!ディエゴ様を繋ぎ止められなかった私にも非があります。それに沢山お金は頂いたのでしょう?それで新しい事業を始めて一からやり直せば良いではないですか」

「マリア……ワシはこんな優しい娘を傷つけてしまったのだな。全く情けない。このままでは天国の妻に顔向け出来ん……新しい縁談をすぐに用意する!だから……」

「お父様、私暫く結婚の事は考え無い事にしました」

「!?」


 父親が新たな縁談の話を始めようとした時、マリアは何かを決意した真剣な顔で父親を止めた。


「マリア……」

「まだディエゴ様に捨てられたばかりで立ち直れていないのであまり結婚の事を考えたくありません。それより聖地巡礼(・・・・)に出て婚約を維持出来なかった自分の至らなさを反省し同時にお父様の新事業が上手くいく事を祈願しようと思うのです」

「聖地巡礼!?それはつまり……88ヶ所巡りをするという事か!」


 子爵はマリアから聖地巡礼に出ると聞き目を見開いた。この王国と海峡のミケックーニ島を挟み隣にある島国フターナ王国には女神が姿を現したとされる聖地が88ヶ所存在する。女神教の信徒達はその88ヶ所の聖地を何日もかけて巡り徳を積む事で自身の悪業を清めたり願いが成就するように祈願するのだ。


「えぇそうです。前からしたかったのですがディエゴ様に止められていました。けれど良い機会です。旅費は自分の宝飾品などを売って工面しますから心配ありません」

「そっ、それは分かったがマリア一人で行かせるのは心配だ!付き添いの者を連れて行きなさい!」

「大丈夫ですお父様。女性とは言え巡礼者には誰も危害を加えたりしません。女神様の天罰が下りますから」

「マリア……お前は本当に信心深いなぁ。父親のワシ以上だ……」


 子爵は自身の娘の信仰の深さに感服する。そうしてマリアは昔からの望みであった88ヶ所聖地巡礼の旅に出たのであった。



★★★



「……お父様ったらお供は不要と言いましたのに」

「それだけ心配だと言う事ですよ。まぁ私もお嬢様だけというのはどうかと思いますが」


 聖地巡礼出発の日、ミケックーニ島を経由しフターナ王国へ向かう船の甲板上でマリアは穏やかな海を眺めつつ不満そうに呟いた。子爵の指示で騎士の娘で剣が得意な赤髪の侍女カサンドラが同行する事になった。


「そう言えばカサンドラは巡礼の格好はしないの?」


 巡礼用の白い修道服を着て水筒の瓢箪と杖を持ち巡礼者の目印であるベルを腰に下げている自分とは対照的に男性用の平民服を着て剣を下げるカサンドラにマリアは尋ねる。


「私はお嬢様の護衛とお世話を目的にしておりますので。第一巡礼者になってしまうと不殺生の戒律を守らなくてはなりません。護衛に支障が出ます」

「大丈夫よカサンドラ。女神様のご加護がありますもの。何も起きやしないわ」

「はぁ……お嬢様は本当純粋と言うか世間知らずと言うか……おや、港が見えてきましたよ」


 カサンドラは主人のあまりに純粋過ぎる信心にやや呆れつつ目的地への到着を主人に知らせる。王国の玄関口である港町トルナで2人は入国手続きを済ますとそのまま駅馬車に乗りトルナに程近い1ヶ所目の聖地に向かった。聖地に着いた2人は神殿内の女神像に火のついた蝋燭と祈りを捧げそして神殿に常駐する神官から巡礼の証である御朱印を貰う。


「これで1ヶ所目は礼拝し終えたわ。さっ、次へ行かなくちゃ!」


 そう意気込んだマリアが神殿を出た時、同じ白い修道服を着た青年にすれ違いざまに声を掛けられた。


「おや?あなたも巡礼者ですか?」

「えっ?えぇ……あの、あなたは?」

「急にお声掛けしてすみません。今時若い女性が巡礼というのが珍しくて。僕はルイス、あなたと同じく88ヶ所参りをしている巡礼者です」


 ルイスと名乗る巡礼者はマリアに礼儀正しく挨拶をした。バターブロンドの髪に碧眼の眉目秀麗な青年にマリアは一瞬見惚れてしまった。


「あの、失礼ながらお名前は?」

「!?はっ、はい!わわ私マリアって言います!その、子爵家の令嬢で……」

「子爵家のマリアさん?と言うとあのオヘンロス子爵家の?」

「私をご存知なのですか!?」

「あの婚約破棄の話は我がフターナ王国の社交界でも随分話題になっていましたから。お気の毒に……」

「いえ、あれはもう過ぎた事ですから。と言うよりルイス様はフターナ王国の貴族の方なのですか?」


 マリアがルイスの口ぶりからそう質問するとやや動揺した様子でルイスは返事を返した。


「えっ?まぁそうです!あのっ、それで何故マリア様は聖地巡礼を?」

「理由ですか?実は……」


 マリアは自身が聖地巡礼を始めた経緯をルイスに説明した。ルイスはうんうんと頷きながら黙って聞いていた。


「……と言う訳でして」

「なるほどご自身の反省とお父様の新事業成功の為に。ご立派ですね」

「あの、ルイス様はどのような理由で?」

「あっ!それは……マリアさんの理由を聞いておいて何ですがあまり話したくなくて……すみません」

「そうなのですね。お気になさらず。では私達はこれで失礼します。行きましょうカサンドラ」

「はいお嬢様」


 マリアは聖地巡礼の理由を話したがらないルイスにそれ以上追求はせず次へ向かおうとする。するとルイスはマリア達を再び呼び止めた。


「あのっ!もしかしてマリアさん達は女性だけでこのまま巡礼なさるおつもりですか?」

「えっ?そうですけれど何か?」

「それはいけない!巡礼者は法律で保護されているとは言え女性だけの旅は危険もあります!初めての巡礼なら尚更です!何でしたら僕もお供致しましょう!」

「恐れながらルイス様。お嬢様には剣術を習得しているこの私がおります故その心配はございません」

「ちょっとカサンドラ!あっ、この娘はカサンドラと言ってお屋敷のメイドなんですが騎士の娘でもあるので剣が得意なんです」

「そっ、そうでしたか。余計な提案をしてしまい失礼しました……ハハ」


 マリアを心配しお供すると言って来たルイスを警戒してかカサンドラはマリアの前に出てルイスを牽制した。マリアはそんなカサンドラを宥めルイスに紹介する。


「いえいえ、でも折角ならお供して下さいませんか?旅は沢山人がいた方が楽しいですから」

「しかしお嬢様」

「良いのよ。旅は道連れと言うでしょう?ルイス様はそんな悪い方には見えないから大丈夫よ!」


 ルイスを一切疑わずお供に加えようとするマリアにカサンドラはやれやれと頭を抱えた。結局マリアの提案でルイスはマリア達に同行する事になった。


「言っておきますがお嬢様に手を出したら絶対に許しませんよ」

「分かっていますよ、疑われているなぁ僕……」


 カサンドラにまた鋭い眼差しで牽制されたルイスは苦笑いしながら呟いた。そうして3人は街を抜け山を登り次々と聖地を巡っていった。


「このマシクト地方一帯には23番までの聖地があります。次に行く12番目の聖地は坂道が大変きつく巡礼者転がしなんて言われています。気をつけて進みましょう」

「次の17番聖地には女神様の奇跡で湧いた井戸があるそうです。それと近くに名産の柑橘キノスを使った美味しい料理を出す店があるので礼拝後に行きましょう」

「次の24番聖地があるサン=ムルト岬からトーサ地方です。岬には女神教の修行僧が瞑想し悟りを開いたと言われるミクローダ洞窟がありますよ」


 ルイスは何度か巡礼をした事があるのか巡礼初心者のマリア達に様々な情報を親切に教えてくれた。マリアは不思議に思い道中一度尋ねてみた。


「あのっ、もしかしてルイス様は聖地巡礼を何度かしていらっしゃるのですか?」

「ん?あぁ実は今回で8回目なんですよ」

「そうなんですか!どうりで詳しい訳ですね」


 またルイスは優しく紳士的であった。山の上にある27番聖地に向かう急な山道では辛そうなマリアを気遣ったりもした。


「大丈夫ですかマリアさん?一度そこの切り株で休んでから先に進む方が良いかも知れません」

「ありがとうございますルイス様。でも大丈夫です!この通りまだ登れま……きゃっ!!!」

「マリアさん!」

「お嬢様!」


 マリアはまだ元気であるとアピールする為駆け出したが山道に張り出した木の根に足を取られ転んでしまった。ルイスとカサンドラは慌てて駆け寄る。


「痛たた……ごめんなさいルイス様、カサンドラ、私ったらつい調子に乗って……」

「いえいえ、すみませんが少し足を見せてください……これは酷い!足にあざが出来ています」


 マリアの足に出来た痛々しいあざを見たルイスは深刻そうな顔をする。


「ルイス様、お嬢様を麓の休憩所に」

「そうだね。でもこの足では引き返すのも大変だ。僕がマリアさんを背負って行きましょう」

「えっ!?」


 ルイスが自分を背負うと聞いた時マリアは恥ずかしくなり無理して立ちあがろうとした。


「だだ大丈夫ですルイス様!私自分で歩けます……痛っ!」

「無理をしないでマリアさん!僕が背負って降りますから」

「お嬢様、ここはルイス様のご厚意に甘えましょう」

「ううぅ……」


 カサンドラからも説得され結局マリアはルイスに背負われ山道を降りていく。マリアは男に背負われる恥ずかしさで顔から火を吹きそうになっていた。


(うぅ……ルイス様に背負われて恥ずかしい気分……どうかこの早くなった心臓の鼓動に気づかれませんように!)


 そして時にルイスは勇敢にマリアを守った。トーサ地方からメヒエ地方へ入る途中の峠で野犬の群れに襲撃された際、剣を抜き戦うカサンドラの隙をつきマリアに襲いかかった1匹がいたが……


「マリアさん危ないっ!えいやぁ!!!」

「キャイン!!!グルルル……!」


 ルイスが咄嗟に持っていた杖でその1匹を一突きして追い払ったのだ。マリアは守ってくれたルイスに目を輝かせながら関心する。


「凄いわ!ルイス様!」

「僕も一応武術を嗜んでいますので!だけど数が多すぎる。それにカサンドラさんはともかく僕は巡礼者だから殺生は出来ない。どうすれば……」


 ルイスは飛び掛かるタイミングを狙い囲む野犬達を前に突破口が見えずカサンドラ共々悩んでいた。その時薄暗い森の中から突如野犬達に向けて複数の矢が放たれた。


「何だ!?森の中から矢が!?」


 ルイスは突然の事態に戸惑いを隠せない。放たれた矢には毒が塗られていたようで矢が刺さった2匹が地面でもがき苦しんだ後に息絶えてしまった。それを見たリーダーと思しき野犬は生き残った仲間を引き連れ逃げていく。


「野犬さん達が逃げていくわ……!」

「助かりましたけど……一体誰が我々を助けてくれたのでしょう?」


 カサンドラは矢が飛んで来た方の森を凝視したが矢を放った人物の姿も気配も既に無かった。一方ルイスは心当たりがあるのか矢が刺さった野犬の死骸に近づき間近で観察しながらぶつぶつ何かを呟いていた。


「心臓の位置に当てるこの正確さ……さては父上(・・)がこっそり寄越した護衛だな?今回は1人で巡礼するって言ったのに……」

「ルイス様?」

「でも危なかった訳だから父上に文句は言えないか……」

「ルイス様っ!!!」

「!?」


 物思いに耽るルイスをマリアが強めの口調で呼ぶとルイスはハッと我に帰った。


「すっ、すみませんマリアさん!刺さった矢が気になりつい……」

「?そうなのですね。それにしても野犬さん達が襲ってくるだなんて……巡礼中は女神様のご加護があるから大丈夫だと思っていたけれど危険もあるのね……私、考え方が甘かったかも」


マリアは自身の巡礼に対する認識の甘さを反省した。ルイスはそんなマリアを安心させる為昔より安全にはなった事を説明する。


「これでも安全になった方ですよ。昔の巡礼路はもっと悪路で今より獣や盗賊の数も多かったので。現国王陛下が巡礼者保護の政策を推し進めたおかげで巡礼中の事故や事件はぐっと少なくなりました。ただこの峠で野犬に出会ったのは僕も初めてですけどね。だいぶ駆除が進んだと思ったのですが……」

「なっ、なるほどです」

「それに女神様もいつも都合良く護ってくださる訳じゃありません。巡礼には時に苦難も付きものです。でもその苦難もまた女神様からの試練だと考え乗り越えていき自分の糧にしていく、そのように努力する巡礼者を女神様は温かく見守ってくださっているのではと僕は思います……すみません長々とお説教みたいな事を申しまして」

「いえ!大変勉強になりました!ありがとうございます。ふふふ」


 長々と話してしまった事を謝るルイスにマリアは寧ろ感謝してにっこりと笑った。その後3人は襲われたとは言え結果的に死なせてしまった野犬達を峠の脇に根付く巨木の下にそっと置き供養してから再び次の聖地へと歩みを進めたのであった。


(余談)

地名などのモチーフは実際の四国八十八ヶ所の地名をもじっています。どれがどの地区なのか物語を見て考えながら楽しんで下さい。因みにディエゴのざまぁは後編からになります。

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