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紅葉

吹上御庭の

滝を臨む滝見茶屋


紅や黄色に染まった

木々に覆われた山からは

白糸の如き滝が流れ

池にはその錦のような紅葉が映され

息をのむような絶景となっていた。


家宣と熙子は

御殿火鉢(ごてんひばち)を置いた暖かな茶屋で

紅葉を愛でている。


家宣は

いつものように脇息に持たれ

熙子は家宣の胸に体を預けたまま

紅葉に染まった山と

その枝々の間から流れる滝を眺めていた。


腕の中の熙子の髪を撫でながら

家宣が呟く。


「不思議なものだな。

 そなたとこうしていると

 (ただ)座っているだけなのに

 体が溶け合う」


「わたくしもそのように。

 でも、わたくし

 他の殿方の腕の中は存じません」


その言葉には

熙子には珍しく

可愛い嫉妬が含まれていた。


御台所御殿の夜以前にはなかった

熙子の一面を覗かせた。


素直になった熙子が

一層可愛くてならない家宣は

悪戯な笑みを浮かべる。


「他の男など指一本ふれさせぬ」


家宣は熙子に顔を近づけると

優しくそっと接吻した。


そして熙子を甘く見つめる。


「そなたと世はふたりでひとつゆえ」


熙子はその言葉が嬉しくて

家宣の胸に顔を埋めた。


家宣はそんな熙子が愛おしく

思わずふっと笑むと

側に置いてある高坏(たかつき)に手を伸ばす。


艶やかに輝く漆塗りの高坏には

熙子の好きな

紅葉を(かたど)った

小さな菓子が盛られていた。

小豆餡を

白く透き通る薄い氷のような

砂糖で覆っている。


家宣は

その菓子を一粒摘まむと

優しく囁く。


「熙子、口を開けよ」


紅葉の菓子を

熙子の優美な曲線を描く

小さな口に

そっと押し込んだ。


熙子の口の中に

甘さと小豆の風味が広がった。

熙子の顔がうっとりする。


「桜田屋敷にいた頃は

 熙子のこの喜ぶ顔が見たくて

 よくこうして食べさせたものだ」


京から嫁いで来た熙子は

まだ十三歳の少女。


四歳年下の妻は

儚く美しく壊れそうで

家宣は

まるで親鳥になったような

気持ちだった。


いつも傍で守らなくてはと。


長く連れ添った今も

そのままの二人だった。


二人は目を合わせて

微笑むと

熙子は再び

家宣の胸の中に体を預けた。


家宣はようやく

あの頃の幸せな日々が帰ってきたと

満たされていた。


二人で眺める

滝見茶屋の紅葉は

家宣と熙子にとって

忘れられないものとなった。



紅葉の滝見茶屋から帰ってからも

家宣は熙子の御殿で

熙子を慈しんで過ごした。


そして

熙子を取り戻した家宣は安心して

徐々に中奥で

将軍の通常の時間割をこなすようになった。


そんなある日


熙子が夕餉のため

御休息之間で家宣を待っていると

豊原が深刻な面持ちで入って来た。


「御台様に、畏れながら申し上げます。

 上様が中奥で御床に

 御臥(おふ)せになったそうにございまする」


熙子は言葉が出なかった。


豊原が続ける。

「高熱とお咳にお苦しみとのことで

 奥医師(おさじ)が付ききりとのことに

 ございまする」


家宣の顔色の悪い日があるのは

気付いていた。


中奥で臥せったとなれば

看病も思うようにできない。


「豊原、大義。

 上様の元へ花梨と金柑の葛湯と

 わたくしの匂い袋を

 届けてたもれ。

 内々に加持祈祷もさせよ」


熙子は

そう言うしかなかった。








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