表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Hello, weakness.

作者: 真白きゆう

※この作品は紙媒体で一度掲載したものをデータの形で転載したものとなります※


2023/12/01追記 読みやすいようにより細かく段落分けを致しました、あのような形で投稿してしまい申し訳ありませんでした...。

 突然だけど、みんなは心霊現象とか怪異とか、そういうのに出くわしたことってある?それも噂話とかくだらないオチがあるとかじゃなくて、本気のヤツ。いい機会だから、みんなにボクが体験したことを話しておきたいんだ...待ってね、まだ読むのをやめないでね。心霊現象とか怪異って言っても、推理の解説に超常現象が絡んだりとか、そういうガッカリする系統の話ではないから安心して。ちゃんと本気のヤツだから。

 これは、学校の雰囲気に馴染むことの出来ない少年が、ハロウィンの夜に不思議な人物と出会って共に夜を歩き、これからへの自信をつけていく物語だ。どう?聞くだけでハートフルな話でしょ?昔話みたいなものだからあやふやなところはあるかもしれないけど、それはまた怪異の仕業というか、仕方ないってことで...。

 とりあえず、怖い単語が並んではいるけど、その実態は全く怖くないものだから。安心して聞いていってよ。当時のことを思い出しながら話すことになるから語りは大人のボクがやるけど、その言葉とか状況は当時の、小学四年生のボクのものになるね。そして物語で出会うことになる「不思議な人物」の言動も、覚えてる限り再現する、という感じで。それじゃあモードに入るからちょっと待っててね。始まりは、そう。灯りが道になったあの路地だった...。




ーーー




「ねえ、みんな?どこに行ったの?」



 まずい、一人になってしまった。みんなと一緒にハロウィンのイベントに参加してた所なんだけど…いつの間にかはぐれてしまったみたいだ。辺りはがらんとしていて、静寂がこだまして、また静寂を呼んでいる状態だ。そのせいで「ボク」という存在がこの空間においてより強調されている。まるでボクだけがこの世界から隔絶されてしまったかのような...。もとからこの世界にボクなんか存在しなかったんじゃないかと思うほどに、「孤独」がボクを襲ってくる。

 どうやったら親の目をかいくぐって、しかもあんな大人数の列から一人になれるんだろう。自分の才能を怖く思うけど、何もこんなところで発揮しなくてもいいじゃないか。なんでよりによってこんな日に...。

 この仄暗い夜道にボク一人だけ。家の窓から出る光と道にある灯りだけが、ボクの心と周りを照らしてくれている。こうしてみると明るいのは明るいけど、それでも…。



「うぅ。」



 不安だよ。一人なのが不安。得体の知れない「怪物」とか出てきて、食べられたりしないかな?今日はハロウィンだから、余計そういうことがありそうなのがイヤなんだ。そうだよ、今日はハロウィンなんだ。おあつらえ向きと言わんばかりの雰囲気で、そういうのが出てきてもおかしくないんだよ__。



「一匹狼がここに独り、見いつけた♪」

「!!???」



 イヤな予感が的中した。ボクの目の前に見えたのは、大きな大きな「影」だったんだ。ボクはすぐさま逃げようとしたが、そう思った時には既にボクの体は浮いていた。後ろの「影」か「怪物」に持ち上げられたようだ。ダメだ、食べられる!!



「うわああああ!!!はなして!!はなしてよ!!」

「あなたこそ、早くこの場から離れたほうがいいわ。迷子だかなんだか知らないけれど、この日を仮装して、しかも一人でほっつき歩くなんて感心しないわね。」

「いやああああ!!!「カイブツ」に食べられるううぅぅ!!」

「あのねぇ、喰べたりなんかしないわよ。それに「カイブツ」だなんて失礼しちゃうわね、まったく。」



 これでもかという必死な抵抗を見せるためジタバタしていたが、やがて疲れて後先考えなかったことを後悔した。今度こそ終わりだと思ったその時、ボクの目の前にお菓子が見えてきた。「怪物」の手に乗せられていたのは、マスカットキャンディだった。



「トリックオアトリート…。ほら、このお菓子をあげるから、もういたずらをするのはやめなさい?」



 マスカットキャンディは、ボクが一番好きなアメの味だ。しかも、好きな商品のところまで一致している。偶然にしては出来すぎていると首を強く傾げてしまった。アメの味なんて何種類も存在するし、商品が変われば同じ味でも好みが変わってくる。イチゴ味のサイダーキャンディか、ミルクキャンディか...みたいな。どうして「怪物」は、ボクの一番好きな味をドンピシャで当てられたんだろう…?



「ようやく話す気になってくれた?」

「ぅえ…?うー…うん...。」



 ボクの言葉を聞いて安堵したのか、「怪物」はボクを下に下ろしてくれた。



「ごきげんよう、小さな狼男さん。満月の夜に独りで吠えていたのかしら?それとも、オオカミが来たぞって嘘をついてまわってた?」

「う、ウソ…?」



 当時のボクには、この人の言ってることがいまいちよく分からなかった。でも今思い返せば分かる。満月の夜と狼男、そしてイソップ物語のオオカミ少年。とても関わりのあることを話してくれていたようだ。あいにくボクはドラキュラやフランケンシュタインと一緒にいるような「オオカミ男」だったが。

 それは今となっては関係ないな。というか当時から別に関係なかった。その証拠に、当時のボクは面と向き合った「怪物」の容姿しか見ていなかったのだ。



「...キレイ。」

「あら、ありがとう。」



 この人はとても綺麗だった。質実剛健を感じさせる青黒いスーツに身を包み、動く度にフリフリとした部分が後を追うようにゆらめく。ボクからしたら背も高くてバニラ色の髪も長い。小さいシルクハットと、半分壊れた白い仮面もつけている。こんな衣装、ハロウィンであっても拝むことは無い。「人間」という範疇においては同じパーツであるはずの「眼」でさえ、ボクらとは違う、吸い込まれそうな緑色をしていた。

 しかし何故か、とても安心できる。これはとても不思議な眼で、「普通」からは逸脱していた。とにかく、この人を構成している全ての要素が美しく綺麗で、「非現実」を感じさせるには充分だったのだ。纏っている雰囲気は年上のお姉さんか...いや、もっと分からない不思議なものか。今となっても断言することは出来ない。とりあえず、さっきまで「怪物」呼ばわりしていた自分のことをぶん殴りたい。



「さっきの挨拶のことは忘れてちょうだい。何も意味が無いから。私の名前はハリス。あなたは?」

「ボクの名前?久利須優人クリスヒロト、だけど...。あの!ボク、みんなの列からはぐれてしまったんだ。それで、ひとりになっちゃって…。」

「うんうん、それで?」



 綺麗な人はしゃがみこんで、ボクと目線を合わせてくれた。顎を両手首の辺りでついて、指を踊らせながらボクを見てくる。面と向かってじっと見てみると...ボクはこの眼を知っているような気がしてきた。「何故かとても安心できる」という点に、とてつもない不安を抱くが。



「みんなの列にもどりたいんだ。でも、みんながどこに行ったのかわからなくて…。」

「なるほど...これは立派な迷子ね。あなたは、家に帰るべきだと思うわ。あなたが狼男の衣装をしていても、私には小さい子供にしか見えないもの。」

「で、でも!」

「一緒に帰りましょう?あなたのお家に。私としても、迷子を放っておくような終わった人と思われたくないし、あなたに無事に帰って欲しいから。」



 綺麗な人は、ボクの言葉を遮ってきた。明らかに、先程よりも声色が低くなっている。ボクはその低い声に対して何も言うことが出来なくなり、地上を目の隅で見ることしか出来なくなった。多少の私利が混じってはいるが、言っていることはとても正論だったのだ。



「あなたはハロウィンの恐さをわかっていないわ。」

「ハロウィンはたしかにコワいよ。さっきだって死にそうな思いしたもん。でも、ボクにはどうしてももどらないといけない理由があるんだ。」

「ふーん…。」



 綺麗な人は仕草をつけてまで考え込んだ。具体的には人差し指の第二関節を顎に当てているのだが、わざとやっているのなら大正解だ。見とれてしまうほど絵になる動きだからやめてほしい。



「聞かせて頂戴。その理由というのを。」

「えっと、くばられたプリントにみんなが通る道が書いてあるんだ。そこにかけ足で向かえば、きっとみんなに追いつけるから。」

「私は理由を聞いたんだけど…。まあいいわ。あなたの言う列を探しに行きましょう。理由はみつけた時に聞くことにするわね。」



 この言葉を聞いたボクはキョトンとしていた。時間にして午後8時になろうとしている。こんな時間に出歩くのは危ないから、みたいなもっと他の理由を投げかけられて、結局帰らされると思っていたからだ。

 というか、こうやって注意されるような時間にイベントを開催する向こうもどうなんだって話になる。始まりが午後7時30分とは...いくら保護者同伴が前提とはいえ、映画1本見て帰ってくる位の明確なスケジュールじゃないと説明がつかない。ハロウィンの恐さとは、イベントの内容、行き先があやふやなことも言ってるのか...?どんな考えの元にこの決断を下したのだろうか。

 誠に恥ずかしながらそんなことを考える余裕もなく、当時のボクはその声に聞き惚れていたわけだが。さっきまであんなに低かった声色が急に明るさを取り戻したのだ。その声が「答え」としてボクの元に届いてくる。まあ、仕方ないよね。



「ええ、いいの?」

「いいの?って…あなたが言い出したんでしょう?それに、言ってもどうせ聞かないでしょうし。自分の置かれた状況も省みずにあんなことが言えるだなんて、それはあなたなりの立派な理由を持っているからのはず。だったら私にはそれを無下にする権利はないし、そのお手伝いをするまでよ。」

「どうして、ボクにやさしくしてくれるの?ボク、迷子なんだよ?一人で帰れないんだよ?」

「自分のことをよく理解してるじゃない。一人で帰ることができない…あなたを助ける理由はこれだけでも十分なの。」



助けたい一心...それで十分だ。どこかでそんな言葉を聞いたことがあるが、その言葉が似合うほどに綺麗な人の心は光り輝いている...ように見えた。この人こそがボクの道標となる、灯りとなる、光となる。そう信じて疑わなかった。

 しかし、光と相反する闇と言うべきか、ありがたいと思う反面、ボクはずっと申し訳なさを感じていた。この人の時間を取ってしまっていいのだろうか、という一心で。もしかしたら綺麗な人も迷子かもしれない。友達と仮装を楽しんでいた所をはぐれてしまったのかもしれない。そう思いながら気を紛らわせるしかなかった。



「ふふふ。私も迷子かもしれないわね。一緒に探しましょう。行くべき道を。あと、綺麗な人って呼んでくれるのも嬉しいけれど、名前で呼んでくれたほうがもっと嬉しいわ。」



 何故、ボクの思ったことがバレた?声に出ていたのか、それともボディランゲージがやかましかったのか?



「ふふ、私、あなたのことは手に取るようにわかるんだから。ありがとう、綺麗な人と呼んでくれて。でも、私のことを「怪物」と呼んだことも忘れてないから。」



 背筋が凍る思いというのはまさにこういうことなのかもしれない。やっぱり「怪物」かもしれないと危険視しながら関わった方が良さそうだ。

 いやしかし、仮に怪物でないとするなら、ハリスはどんな仮装をしているんだ?先程も言った通り、こんな服装、ハロウィンという祭りの場でも収まらない。ただの仮装としてはクオリティが高すぎるし、ハリスが生み出しているのは「大勢の中でこの衣装をしている特異感」ではない。大衆の中から飛び出た者が、打たれんとする釘が注目されているのではない。ボクとハリス二人だけの空間でもわかるほどに、ハリスは異端であったのだ。

 関わって間もないのにここまで言わしめる存在なんて、もしかしたら仮装じゃなくて仮想の存在だったりして......まさかね。



「私は、あなたたちのような仮装はしていないわ。私は本物の「怪物」…。あなたの恐怖対象そのものよ。」

「うそだよ。ハリスみたいなキレイな人が、「カイブツ」なわけない。」

「ずいぶん調子のいいことを言うのね。でも、本心で言ってるみたいだから許してあげるわ。私はかの偉大なる「救世主」様の眷属とも言える存在…。私が本物の「怪物」であることは、この力が証明してくれる。」



 そう言って、彼女は「夜空」に身を任せ始めた。次の瞬間には、彼女は宙に浮いていたのだ。ボクは当然驚いて、曇りなき眼にその「夜空」を映す。彼女は、間違いなく空に浮かんでいた。「この世のものとは思えない」のが彼女の常なのだろう。宙に浮かぶことを当然の権利として行使するかのごとく、彼女は余裕の表情でその姿をボクに見せていた。

 仮装ではなく仮想だと思ったその後にこの姿を目の当たりにしたものだから、「仮想の存在が現実にいる」ということを認識せざるを得なくなってしまった。



「さあ、この手を執れ。聖隷の背抱者であるハリストフォルが、この闇い夜を案内し、お前を無事に送り届けることを約束しよう。」



 この時この瞬間だけ、ハリスが浮いていた時だけ、雲に隠れていた満月の全貌が見えた気がした。急に雲が晴れたようには見えなかった。雲がその時だけ綺麗に消え去ったような...言語化するにはまた難しい現象が巻き起こっていた。

 ハリスの権能が現した変化はそれだけではなく、付けていた仮面も、間違いなく黒に変わっていた。現れた月の光に隠れたからではない、はっきりと仮面の色が黒に変わっていたのだ。

 他にもなにか、何かおかしくなったところは無いのか。ボクは視界をチラチラと動かして探してしまう。つまりはこの光景に圧倒されていた。結局これら以外に異変は見つからなかったが、本来宙に浮くだけでも十分だ。それでも異変を探そうとしていたのは、ボクがこの人の「異端さ」をより強く感じ、この状況を楽しむためだったのだろうと、今となってはそう納得させるしかない。この時のボクは、これから何が起こるかも分からない大きな不安に、強く胸を躍らせていたからだ。



挿絵(By みてみん)




ーーー




 私が地図を読むから一緒に歩きましょう、ということでハリスと一緒に夜道を歩いていた。しばらく経った後、ボクは先程の会話で気になった部分を聞いてみた。



「ねえ、ハロウィンがコワいって、いったいどういうこと?」

「...貴様はそんなことも理解していないのか?こんな夜に仮装をして出歩くなど、よっぽどの痴れ者か阿呆だけだぞ。馬鹿は馬鹿なりに勝手にすればいいが、そのせいで余計に悪霊が増えるのだけはごめんだ。」



 しかし返ってきた答えは、またしても思ってもいないものだった。



「え?え??ハリス、なんか言ってることの方がコワいよ…?」

「ハリス?我の名前はフォルだぞ。」

「え???」



 突然何を言い出すんだ、この人は。先程と喋り方がまるで変わっているし、その変わった喋り方だってものすごく粗暴だ。そしてその人にボクは突然怒られているという状況だ。

 この時のボクの心情は、きっと誰に話しても理解してもらえるだろう。このいきなり会った人に怒られたというこの気持ちが。盆栽でも割らないと再現できないんじゃないか?いや、盆栽を割ってしまったら自分に非が生まれるから例えにならない。ボクは何も悪いことをしていない(はず...)。本当に理不尽な目に遭っている!



「本当になにも理解していない顔だな。お前の世界なりに表せば、我と彼女...フォルとハリスは二重人格なんだ。こうして同じ依り代のもと、仕方なく共存しているだけだよ。」

「そっか!」



 理不尽な目にあって気持ちの整理がついていないボクに代わって、今のボクが解説しよう。

 そう、彼女は二重人格だったんだ。それが病的なものだったのか、はたまた演技だったのかは知る由もないが、彼女は「白を忠実にイメージした天使であるハリス」と「黒を忠実にイメージした悪魔であるフォル」というふたつの人格をひとつの体に治めているらしい。一人称が「私」と「我」の二極端であるように、その性格にも相当な違いがあるようだ。

 まあ、それはそうだ。ハリスはどう間違ってもあそこまでの罵詈雑言の嵐は吹かせないだろう。ボクはハリスを自然とそう信じていたから、対称が生まれるようにフォルに苦手意識を持つようになってしまった。出会い頭に怒られたことを加味して、なるべくフォルとは関わらないようにしようかなと、当時のボクはそんなことしか考えておらず、それ故に同じ高潔の現れでもハリスを選んだ。

 しかもこの瞬間にボクは理解を放棄し、屈託のない笑顔を見せて「意味不明」を訴えかけていた。「二重人格」という単語が聴き取れて、それが理解出来ただけでも上出来だと思っている口である。おそらくこの時にフォルはバツの悪そうな顔をして、そっぽを向いていたのだろう。屈託のない笑顔なんてしていたから、前が見えなかったんだ。これは、自然とフォルを視界から外そうとしていたのかもしれない。理由付けしてみたらたいそう酷いことをしているが、ボクの目は思ったよりも強くつぶられていた。


「チッ、こっちだとまだ都合が悪いか。」

「色々な説明は、この私から行ったほうがいいわね。」


 聞き慣れた声が聞こえたので、ボクは目を開いた。視界に僅かな支障をきたしながら、目の前に映った人が白い仮面をつけた綺麗な人、つまりハリスであると認識していく。ボクの屈託のなかったはずの笑顔は、すっかり安心した顔になっていた。まさに安堵に等しい感情である。



「ハリス!」

「ふふ。フォルより私の方がいいのね。フォルより私の方が良いみたいねー??」



 当てつけにしか聞こえない声色でハリスはそう言い放った。小悪魔的な笑みも浮かべて、とてもご満悦そうだ。



「私だって、望んでフォルと共存してるわけじゃないのよ?あの人とは今も今までも利害一致の腐れ縁。こうでないといけない理由があったのよ。」

「それは、聞いてもいいものなの?」

「どうかしらね?それより今は、ハロウィンの恐さについてあなたに話すべきよ。」



 上手くあしらわれてしまった。その後「いいかしら?」と追い討ちのように確認を取られたので、反射的に頷いてしまった。こうしてちょっとばかりの時間、ハリス先生のハロウィンについての授業が始まった。



 そもそもハロウィンが10月31日にあることは大丈夫ね?この日というのは元々、ケルト人にとっての一年の終わりを...秋と冬を分かつものだったのよ。

 この日というのは先祖の霊や死者が現世に還ってくる日...人々はその魂の供養を...お祈りをするの。色々な霊が還ってくるわけだから、当然その中にも悪霊が存在するわ。子供たちが怖い服装をしていたのは、還ってきた悪霊から自分を守るためだったのよ。敢えて悪霊たちに扮して...悪霊たちの姿をして気づかれないようにしたり、逆に脅かして追い返したり。あの頃のハロウィンというのは、見てて面白いものがあったわね。

でも現代のハロウィンというのは、みんなが着たい衣装を着て歩き回る、いわばコスプレ大会のような有様になっているの。ドラキュラやフランケンならまだしも、アニメやゲームの衣装ばかり。自作の衣装で歩くわけだから当然退魔のまじないもかかるはずがなく、人々は笑顔で無防備な状態でいる...。あ、この衣装はあのキャラクターねって分かることもあるのだけど、以前全てわかっていた頃に比べれば、大半の仮装が分からなくなってしまった。変わってしまったわ。色々と。



「まじないって...なんのこと?」

「昔は仮装をする目的が身を守ることだったから、念には念を重ねた母親とかがよくやっていたのよ。結構効いたんだから、あれ。」

「へー...思ったんだけど、今のハロウィンって、逆におどかしやすくなったんじゃないかな?お化けからしたらみんな変な衣装をしてるってことだよね?それならお化けも怖がって、そもそも近づいてこないんじゃない?」

「よく気がついたわね。そう思って私も悪霊に話を聞いてみたのだけど、やっぱり襲ったらやり返されそうで怖いって言う子達も多かったわ。良い着眼点してるじゃない。」

「えへへ。」

「でも、それでもあの子達にとって人間は絶好の餌。どんな衣装をしていても本質的には魂を埋める器に見えてるから、隙が見つかれば「持ってかれて」しまうわ。あなたの衣装もおそらく自作でしょう?今夜は私がいるから大丈夫だけど、これからは気をつけるのよ。」

「はーい。」



 この後もしばらく授業は続いた。初めのうちは小学四年生でも理解できるような考慮した話を行ってくれたが(『供養』とか『扮して』とかも言い換えてくれてたし)、興が乗ったのか、話はどんどん難解に、しかし面白そうに展開されていった。当時のボクには大半の話が理解出来なかったが、当人が楽しそうならまあ満足だ。ボクも褒められて上機嫌だったので、つまりはウィンウィンだ。

 ただ、こういう話を聞いている時の悪い癖として...ボクは理解ができなかったら表情が止まってしまうんだ。上機嫌な顔をしたまま止まっていたところを、今度は色が変わってフォルに突っ込まれてしまった。



「結局は、「祭り」という大義名分に乗じた阿呆どもによって、コスプレ大会に成り下がったという訳だ。」

「うわっ!」

「なんだ?長たらしい説明をわざわざ噛み砕いてやったんじゃないか。お前も、隙を晒して歩いている愚か者の一人だとな。」

「うう、でも......お化けにおそわれたなんてニュース聞いたことないよ?」

「思考停止していた割には理解してるじゃないか。それは認める。だが、お前が我と一緒にいる時点でそういう事例も無いとは言えないだろう?」

「まあ、それはたしかに。」

「この世界では明かされていないことも多くある。明かすかどうかの裁量もその本人に委ねられていると言っていい。まだ何も分かっていない可能性の獣なんだよ、全てが。」



 やけに含ませた言い方をするものだ。彼女の言葉には、こうして表に出ているよりさらに多くの意味が込められている気がする。もしかすると真に耳を傾けるべきは...。



「まあでも、ボクはおそわれる心配はもうないってことかな?ハリスもフォルもいてくれるし。」

「さっきまでの話が無駄話だったということは、今前を向いたら証明できるぞ。ハリスはお前のことしか見ていない。おかげで目の前にいる小娘にも気づけていないんだからな。」

「ぇ...。」



 そんなことがあったら怖すぎると、ボクは本能で前を向いてしまった。視点をフォルから移した先には、本当に少女の姿があった。背丈もボクと同じくらいで、頭同士で衝突しそうな距離にまでなっている。ずっと話しながらこの少女に近づいていたというのか。ボクが少女に焦点を合わせるまで、3秒かかった。



「なんですかぁ......?誰ぇ......?」

「ねぇ、ワタシと一緒に遊ばない?」

「コ、コレハ......モシカシテデスケド、アトスコシデブツカッテマシタァ......?」

「ああ、そうだ。もっと前を向いて生きろ。」

「Oh……。」



 次の瞬間には、僕は天を仰いでいた。冗談じゃなかったんかい__。

 見ず知らずの人にぶつかるってだけでも申し訳なさで死にたくなるのに、ボクがよそ見してたのが原因って......。フォルの言葉にはそれ以上の意味が含まれていると先程悟ったばかりだ。そんな彼女が無意味な発言をするはずがないと、頭では分かっていたのに...。

 どうしても目の前の光景が受け入れられないボクの意識は、かの名馬「トーセンジョーダン」よりも速く、記憶を秘めた深淵へと駆けていった...いや、別にこの「冗談」とかけたわけじゃないんだけどさ......







ーーー







「ヒロトくん、今日も勉強教えてよ!」

「...うん、いいよ。」



 ボクは多分、みんなと比べたら頭が良い方だった。テストはいつも満点、間違えても1個や2個。「この問題ってそう解くんだ...。」「ヒロトくんすごーい!」「やっぱお前天才だな!」みんな口々にボクのことを持て囃す。ボクはみんなが思うような、可愛い小学生が定義するような「天才」に、余裕で躍り出ていたようだ。

 そうなればみんなから期待されることはひとつ。みんなが勉強で分からなくなった部分を教えるという、アレだ。



「あはは...ありがとう。」



 ...だからかもしれない。みんなと必要以上に関わることをしなかったのは。ボクから関わらずとも、分からなければ向こうから話しかけてくる。なるべくしてなったこの状況にボクは満足したのか、はたまた鬱陶しいと思ったのか、勉強を教える以外でみんなと接点なんか持たなかったし、別に持ちたくもなかった。

 見てもわかる通り、ボクは他人というものがとても嫌いだったみたいだ。「クラスメイト」なんて、ボクと同じ教室で勉強ごっこをしているだけの、ボクにとってなんの利もない「友達」以下の存在だと...教えることで自分もそこを復習出来るとか、他人に認められて自己の認識をより強調できるとか。そんな風に...無理やり利用価値を見出す風にしか思えなかった。

 小学生の感想とは思えないものばかりだが、これでもだいぶマシになった方だと思う。当時は一体どのようにして、「他人」のことを卑下していたのだろうか...。

 こんな歪んだ認識しか持ち合わせていなかったわけだから、当然ボクには、友達と呼べる存在なんかいなかった。



「これはこの方法で良いんだよね?」



 しかしこの思いに反するように、ボクは真面目に勉強に取り組む。みんなと関わりたくないのなら、勉強なんてやめればいいのに。でも、勉強をやめたらダメなんだ。将来を見据えたことももちろんだが、それとは違う執念のようなものがあった。未来を見た事よりも、もっと身近な問題。

 ボクとみんなを繋いでいる唯一の要素は「勉強」だ。ボクから勉強という強みがなくなったら、きっとみんなから相手にされなくなる。みんなから映るボクは「頭がいい」。その憧憬の維持にボクは努めなければならない。みんなから見放されるのが怖い。相手にされなくなるのが嫌だ。でも自分から関わりたくはない。表面ではみんなのことをあしらってる...「また分からないとこあったら言ってよ」とありきたりの会話で終わらせてるくせに、何を思い上がっているんだろう?

 なぜこんなことを思っているのに、ボクは「みんなから関わってくれる」努力をしているんだろう?

 なぜ自分から都合のいい存在になりにいく?

 なぜ、こうやって抱えなくてもいいプレッシャーを、わざわざ抱えている...?



「なんだ、よく分かってるじゃないの。これ、私に教わる必要ある?」

「...あるよ。」



 そのプレッシャーが、ただの原動力になっただけならそれで良かった。実際に、ボクが勉強で少しでも分からないところが出来たらそこをお姉ちゃんから教わって、不安要素の除去を行っていた。英単語のスペル1文字でも確認する。辞書を引いて極力正しい意味で使おうとする、探そうとする。ボクのこれに対する執念は、はたから見たらさぞ凄まじいものだっただろう。

 「分かってるならもういいじゃない」...確認の意味しか果たさなくなった勉強会での、お姉ちゃんの口癖だった。ボクが勉強をしている横でスマホをいじり、ちょっと教えてはまたスマホをいじり倒して終わる。この言葉にはいつも安堵の色が乗せられているが、きっと内心では呆れている。ボクの勝手なエゴに付き合わせているとはいえ、そんなことを言わないでほしい、もっとボクに向き合ってほしい...内心そうは思っていたが、お姉ちゃんの心も察するととてもそうは言えなかった。

 お姉ちゃんはいわゆる天才肌なタイプで、ボクのように理に理を重ねる人ではない。ちょっと勉強して成果が出ればそれでよし。90点以上を詰めるのに使う時間は、もっと他のことに使った方がいい...。その時間で友達と遊んだり、劇の練習をしたり、人生やりきれないことが沢山あるんだから、少しでもリアルを充実させた方がいい...天才肌と性格が一致したのもあるだろうけど、お姉ちゃんの行動理念はいつも明らかだった。やりたいことなんか分からずに、ずっと勉強をしていればいいと思っていたボクとは、真逆だった。

 お姉ちゃんが自分の力で何でも出来る自由な鳥ならば、ボクは籠から飛び出せない小鳥とでも言おうか。ボクとお姉ちゃんは、正反対の在り方をしていると言ってもよかった。



「さあ、勉強も終わったなら遊びましょうよ。劇でもなんでもゲームでも、付き合ってあげるわ。」

「ボクは...もう少し勉強するよ。」

「えええぇぇぇ??まだ磐石固めするの...?完璧しか許せない人生っていうのは、すっごく辛いことなんだよ?」

「これがボクにとってのフツーだから。」

「...あーあ。この二人用のゲーム、今日こそ始められると思ったのになー。誰か遊んでくれる人、いないかなー?」

「............遊ぶ。」



 多分、みんなとの関わりが絶たれた自分のことを、想像したくなかったんだ。独りぼっちが、とてつもなく怖かった。ボクという人物は、「人から求められる在り方」でないと、存在意義を見いだせなかったのだろう。自分から関わるのは嫌で面倒くさいのに、そのくせみんなが関わってくれなくなったら、ボクがボクである必要が無くなってしまう...。この小学校のこの学年、このクラスにおいて、みんなに勉強を教えられるのはボクだけなんだぞって...。僕に生きる意味を与えて欲しい、独りぼっちなんて嫌だって...。

 我ながら、なんて勝手な子供なんだ。「友達」ができたこともないのに何を言ってるんだ?なぜ、自分から関わることをしなかった?もっと関われば良かったのに。意外と怖くないのに。幼子の抱えていた後悔と怠惰は、今にもこうして現れているというのに...そもそもこんなこと、思い出したくもなかったのに。思いつく全ての負が募り募って自責の念を重くしていく。

 なんでボクは、今になってこんなことを思い出しているんだ?そうだ、お姉ちゃんみたいな声がずっと聞こえてくるからだ。ということは、ボク、死んでしまったのか...?



「ヒロトくん、ヒロトくん...!」



 大いなる深淵の上から、ボクを呼ぶ声が聞こえる。記憶の大海に揺られるボクを引き上げてくれたのは、一体誰だ...?

 おかげでわずかに意識がはっきりしてきた...が、なんだか心もとない違和感がある。安心できる声色ではない...つまりお姉ちゃんではない。今ボクを呼んでいるのは別の人だ。ということはハリスか、またはフォルか...誰なんだろう。

 僕は記憶とともにとうに目覚めた。眠りに閉じていた目を見開いて、ボクは、光を視界に取り込んだ。







ーーー







「目覚めた?」



 ボクを呼んでいたらしい人は、他でもないボクを気絶させた少女だった。それに気づいてまた意識がトびそうになる。目覚めたままの姿勢で、そのままぐったりと。



「待って、もうトぶのはなしで。」



 残っていた眠気に引き込まれそうだったのに、無理やり現世に引き留められてしまった。この言葉を聞いた途端に意識がはっきりしてきたものだから、少女を神の化身かなにかと錯覚してしまいそうだ。



「うんうん、はっきりしてきたみたいだね、意識。」



 少女は勝手に安心していたが、ボクからすればたまったものじゃない。突然脅かされて意識も飛ばされて、やっとの思いで戻ってきその意識まで弄ばれたとしか思えない。いや、もしかしたら少女も脅かされた側かもしれないけど。いくらハロウィンという脚色がされている今日でも、やっていい事と悪いことがある。

 しかも、こんなことを思いながらこんなにも厄介そうな顔をしてこんな感じで見せているというのに、少女はそれを全く意に介していない。



「じゃあ、鬼ごっこしようよ。私逃げる側で。」

「...は?」



 ボクの目は一気に覚めた。この夜には、突拍子のないことを言う人しか現れないのか?

 しかも君が逃げる側なの?なんか主催者側が追いかけるみたいな風潮ないの?鬼ごっこって。ボクもものが言えないくらいには驚いたが、実際に驚きの声をあげたのはフォルの方だった。今仮面を見たら黒色だったのでそう言った。



「お前は何を言っているんだ?我々に寄り道ができるような時間は残されていない。それにお前もなぜこんな夜に出歩いて_」

「あなたは黙って。わたしはヒロトくんに話しかけてるんだから。それに、なに保護者ぶってヒロトくんの面倒見てるの?今更自分の擁護でもするつもり?あなたも人の事言えないからね?」

「...__っ...!?......。」



 今の言葉に対して凄くなにか言いたそうなのが、ヒクつかせている目尻から伝わった。時々聞こえてくる息遣いがボクの理解を促進させる。

 少女はそんなフォルを一切無視してボクの方に向き合い、覗き込むような姿勢でボクに話しかけてきた。



「さあ、邪魔者は黙らせたから。ヒロトくん、鬼ごっこしましょ?」



 無視はしてなかったか...いやでも邪魔者って。とても一人で決めていいものじゃない気がする。一体どうすればいいんだろう...。助けを求めてフォルの方を見やったが、少女から言われたあのこっ酷い言葉を、心のどこかで正論だと捉えてしまったのだろうか...フォルはほんとに黙りこくってしまった。

 ボクにはあれらの言葉の意味が理解できなかったけど、釣られるように俯いてしまった。



「沈黙も暗黙の了解だって、どこかの誰かが言ってたな〜。あー、私だったか、それ言ったの。」

「いや、えっと...。」

「まあ、ヒロトくんが断れるはずもないんだけどね、これを見れば...。」



 そう言って少女はジャラジャラとしたものをボクに見せつけてきた。ひとつのリングにふたつの鍵。そしてボクの好きなアニメのアクセサリーも付いている。間違いない、これはボクが携帯している家と自転車の鍵だ。

 「なんで!?」と言わんばかりに両ポケットの中を急いで手探りする。普段なら右にハンカチを入れて左に鍵を入れるのだが、今日はどちらとも空だった。ハンカチの行方は誰にも分からないが、鍵は間違いなく少女に盗まれてしまったようだ。おそらくボクが寝ている、いや意識が飛んでいる間に...。「あるはずのものがない」...このボクの慌てる様が、少女にはとても滑稽に映ったようだ。



「あははは!面白ーい!ホントにわかりやすい反応するんだねー...。」

「いつの間にボクの鍵を...!そういうの、ドロボウって言うんだよ!?」

「分かりやすいセリフまで言っちゃってさぁ...あなたも立派なドロボウじゃない!」

「...んえぇ...?ボクが...?」



 さっきから困惑の色しか浮かべられていない。表情も固まって、完全に少女に踊らされている。しかも、少女からしたらボクの言動は全て見透かされているらしい。それを手玉に笑っている様子が、本当に...



「えぇぇー!?盗んだ自覚すらないのー!?ヒドい、ヒドいよぉ...。ヒロトくんがそんな人だったなんて...うわあああん!!」

「え、え、え、うわ...ごめんね?ボクが何やらかしたのか分からないけど、ほんとにごめんね!?」

「自分に非が無くても謝るところ、ほんとにニッポン人の悪いところだよー...?」



 泣き叫んだと思って咄嗟に謝ったら、今度は急に泣き止んで怪しい笑みを浮かべ始めた。さっきのは嘘泣きだったということになるが、それにしても急に泣いたり笑ったりできるのは劇が上手すぎる。少女の情緒は一体どうなっているんだ?あ、上手いこと言った今。



「じゃあ選択の余地を与えよう...わたしがここで大声で叫ぶか、ヒロトくんが私との鬼ごっこに付き合うか。どっちを選んでもいいよ?でぇもぉ、もし私が叫んだら、色々重なり合って大人が飛んでくるかもね?」



 上手いこと言ってる場合じゃない。大人を呼ばれたら...とても困る。フォルの反応を待つまでもなくボクは答えた。



「分かった。その鬼ごっことやらに、ボクでよければ付き合うよ。」

「くすっ、あなたならそう言うと思ってたわ。じゃあ、30秒数えたら追いかけてきてね。」

「え?そんなに長いとほぼかくれんぼみたいになるんじゃあ__」

「1対1なんだからそれくらい別にいいでしょ!じゃあね!」

「え、ちょ、待てよ!」



 少女の足が実は速いということを、思った以上に早く知る羽目になってしまった。ボクの性格にも合わない止め方をしたというのに、その手を伸ばすその間に少女は颯爽と姿を消してしまった。正確にはすぐ角を曲がって行ったんだけど、それでも結構速いように思えた。

 二人だけの鬼ごっこにもそもそも疑問を抱きたいが、これで少女が隠れでもしたら鬼側の負担がとんでもなくなる。もし捕まえられなかったら、そもそも見つけられなかったら...ボクはみんなの列に戻るどころの話ではなくなってしまう。行方不明の貼り紙を出されるのか?『恐怖!ハロウィンの町を徘徊する少年と怪物』みたいに都市伝説にされるのか?



「我まで巻き込むな。」

「あぁごめん、つい。」



 ともかく、そうなる前に何とかしないと...戦いの火蓋が落とされた後には、迷いよりもそういう決意の方が既に大きくなっていた。いや...焦りと言った方が正しいかもしれない。少女が内包していた超常的狂気にあてられてしまったのだろうか、ボクはその決意で身を滾らせて、とても落ち着けるような状態ではなくなっていたのだ。これを焦り以外のなんと言い表したものか。

 この戦を前に奮い立っていたボクの状態を見かねて、フォルは静かに服の裾を引っ張ってきた。先程少女に「黙って」と言われたのを気にしているようだった。



「お前...なぜ大人を呼ばれることを拒んだ?」

「え?」

「あの女との会話でたじろぎまくっていたのに、大人を呼ぶと言われたらすぐに否定しただろう?」



 人のことをよく見てるんだなあ...。感心の思いと併さって、急加速ならぬ急失速で力が抜けてしまった。

 なんだ、そんなことか。

 なんだ、そんなことか?全身をだらんとさせながら、ボクは何を思っているんだ?



「お前がこうして動いている目的は、早く家に帰るためだとか、親に会うためではなかったのか?」

「...家に帰るためでも、親に会うためでもないよ。それは間違いない。だってボクがこうして動いているのは、みんなに会うため、その一心だもん。」

「そう、か...。はは。既に乗った船だ、最後まで付き合うが...間違い、だったかな。」

「...間違い?」



 ボクにはフォルが酷く動揺しているように見えた。「間違い」と言ったことが気になるが、ボクとしてもこれ以上喋ることはできない。そしてフォルもまた黙ってしまったものだから、ボクらの間にはとても変な空気が流れてしまった。

 でも、ボクの行動理念に同意できなそうな感じがするのは何故なんだ?



「フォルは......ボクがこうして動いてることが不満?」

「どういう質問だ、それは。我が思っていたのはそんなことではない。ただ、お前を安全に送り届けようと__」

「それなら、なんだってフォルも大人に引き渡すことをしなかったのさ。空を飛んで、大人を見つけて、ボクが独りでいることを知らせればよかったのに。」

「...まあ、それはそうだが。あの女と同じような事を言わないでくれるか。」

「あ、ごめん、つい...。ま、まああの話は、ボクたち二人ともワルだったってことでさ。フォルもボクも、仮装するのにピッタリだった〜ってことで...。」

「無理に慰めなくていい。それに、別に全てが悪霊とも言ってないぞ。」



 あはは...。無理くり連ねた言葉の意図があっさり読まれてしまい、つい苦笑いをしてしまった。人間って無理に慰めたのがバレた時、どういう反応をするのが正解なんだろう?

 いや、今とるべき正解は会話を通して思い出したことをそのままフォルに伝えることだ。



「それに、あの女の子からはボクと同じ感じがしたんだ。同じひとりぼっちに悩んでる...そんな感じがして、助けてあげないとと思って。」



 ...でまかせに聞こえたかもしれない。それでもボクにとってはそれっぽい、真っ当な理由を言ったつもりだ。しかし、なおもフォルの表情は曇ったままだった。その表情の原因は、結局ボクが「どうしても戻らないといけない理由」を説明できていないから、という所にありそうだ。でもそれは今説明するべきじゃない気がする。



「なんか言い訳がましくなっちゃったけど、一番に来る理由はボクの家の鍵が盗まれたことだよ。これを取り戻さないことには家に帰れないよ?...ボクが戻らないといけない理由はまた話すからさ、今は女の子を捕まえようよ。」

「家の鍵などまた作ればいいではないか。我々に時間が無いことを忘れるな。カエれなくてもいいのか?帰るべき場所に。」

「家の鍵を他人に託しっぱなしなのはなんか嫌なの!それに...あの子にボクの鍵を持たせたらいけない気がする...なんか本能がそう言ってる。」



 これについてはホントだった。よりによってあの子に鍵を渡したら絶対に良くないことが起こる。持たせるわけにはいかない、早く取り返せ...内なる誰かがずっとボクに命令してくるんだ。

 フォルはボクが鬼ごっこに付き合うことになかなか納得してくれない。それはここまでの会話の流れで理解している。でも、この鬼ごっこにもまたやらないといけない理由がある。ならその固い意思を目で訴えるだけだ。

 そうと決まればと、ボクはじっとフォルに向き合った。見つめ続けた。火傷しそうなくらいに焦点を合わせた。



「......。」



 フォルの顔はだんだんと歪んでいき、罪悪感が募ったような顔になっていく。視線もチラチラと合わなくなる。にらめっこなら確実にボクが勝っている。勝利条件が「笑わせる」ではなく「目線をそらさせる」という話ならだが。



「ああああああああ!!!分かったよ行けばいいんだろ!!こういうのには慣れてないんだよぉ!!もう!!」



 フォルは両手で自分の顔を隠し、しゃがみこんでしまった。顔の片側は既に仮面で隠れていることにも気づかずに。顔がほぼ完璧に隠れたと言ってもよかったのに、赤面にとどまらないほどに赤くなっていることが見ただけでわかった。



「...可愛い...。」

「はぁ!?」



 言葉の衝撃にやられたフォルはついに後ろの方を向いてしまった。ボクは「折れた!」って言ったつもりだったんだけどな...口が全然言う事を聞かなかったせいで、つい本心が漏れてしまった。でも煽るような文言が出るよりはよっぽどハッピーか。



「あ、えっと、ごめん、つい…。」

「お前その言葉、今日で何回目だよぉ……。うぅ。」



 どうしたものかな...。頭をかいて少し考えたが、悩むよりまずはフォルに寄り添って、ほとぼりが冷めるのを待つことにした。結果として30秒以上はかかってしまったが、いつものフォルを取り戻せたので結果オーライだ。



「もう十分待ってやったからな...。さっさと捕まえて次へ行くぞ。」

「速戦即決意識だね、分かったよ。」

「ああ。それと、さっきの出来事は記憶から抹消しろよ。さもなければ殺す。」

「こ、怖いこと言わないでよ,,,。もう忘れたからさ。」

「どうだか...。お前急に頭が良くなってるし、そのはずみで記憶力も上がってるんじゃないのか?」

「え、ボク、頭良くなってる?」

「小学生は速戦即決とは言わないぞ。」

「ああ、まあ、確かに...。」

「お前が勤勉なことは知っているが、ここまで柔軟だとは思っていなかったぞ。」



 なぜ僕の頭が急によくなったのか、それについて考えこむフォルの姿は、まさにいつものフォルだった。これで安心、一安心。結局最後まで苦い表情を崩さなかったが、渋々納得してくれたようだ。

 「今考えても仕方ないな」と聞こえたので、いよいよ歩みを進めることにする。今からボクたちは二人して女の子を捕まえに行く...同年代でもなければ事案まっしぐらな「遊び」が始まろうとしていた。時間にして10分くらい経ってしまったのではないだろうか...。待って、ちょっと訂正させて。「遊び」ってわざわざ「」つけて言うものじゃないね、違うからね。ここまで読んでくれてるみんななら大丈夫だと思うけど、誤解しないで。



ーーー



「もぉぉぉ...1対1の鬼ごっこなんて、鼻っから成立するわけないじゃないかー...!」

「数えたのが30秒だったらまだ希望はあったでしょうに。10分くらいイチャイチャしてたのはいったいどこの誰かしらね~?」



 10分数えてからまた10分少々経っただろうか。一向に少女が見つからない。鬼ごっこをしている場所も同じような見た目が並ぶ住宅地なので、意味もなく堂々巡りしている気すらする。電柱に書かれている住所が違うということでようやく認識し、同時に安心感を得ている状況だ。

 これはよくない。後ろから妬みか羨みかその類の視線も感じる。



「あれ、ハリス?」

「2人での鬼ごっこなら対等かとも思ったけど、全然そんなことはなさそうね。」



 ふよふよと浮きながら話しかけてきたのはハリスだった。浮いていることを特におかしいとも思わなくなったから、ボクもこの夜にだいぶ慣れてきたようだ。

 そりゃそうだ、恐怖心なんか捨ててずっと走り回ってたらそうもなる。



「鬼ごっこのメンバーにはハリスも含まれてるんじゃないの?ていうか、フォルはどうしたのさ。あんなに意気揚々としてたのに。」

「ごめんなさい、フォルはいじけて眠ってしまったの。子供にいじめられた、恥をかかされた、もう私の面子は終わりだ、うわあああんって。脅かしたら謝れよとも言ってたかしら。」

「...なんか、いろいろごめんね?」

「後ろから見てたけど、あんなにじっと見つめられてたら誰でもダメになるわ。彼女、自分の力で大体なんとかしてきた人だから、それ以上の事が起きたり、いわゆる不測の事態になったりしたらすぐ折れてしまうの。

 それに、批判されることに慣れてないし、見つめられたらすぐに表情を曲げちゃうし...。演じるものとしてはあまりに脆弱なの、彼女は。あの状況も、彼女にとっては相当灸を据える展開になっていたはずよ。」



 目を閉じ、うんうんと頷きながらハリスは言う。この言葉はまさしくフォルを理解している人の言葉だ。ハリスとフォルは一体どれだけの時間を「ハリスとフォル」として過ごしてきたんだろう?

 だんだん、ボクの中でのフォルのイメージも変わっていく。「高圧で粗暴で怖い人」から「事がよく分かっててメンタルが弱くて、本当は優しい人」に。メッキが剥がれていくようだ。



「うん、あんな感じのフォル、初めて見たよ。」

「でしょう?彼女の第一印象って高圧とか粗暴とかマイナスなイメージしか抱かないけれど、関わってみるととってもかわいいのよ。」

「......うん。」



 多分この会話もフォルに聞こえてる...なんか気まずい...。



「まあ、彼女のことはそっとしておいてあげましょう。今考えるべきはどうやって少女を捕まえるか、よ。」

「そ、そこだよね。全然捕まえられる気がしない。」



 やっと話のつかみどころが舞い降りてきた。鬼ごっこの初めでも察した通り、少女の足はかなり速かった。まだ追いかけることも出来ていないが、いざ見つけたとしてもあっという間に逃げられてしまう可能性が高い。純粋な走力で負けるというのなら何か別の...ボクたちにしかできない方法で彼女を捕える必要がある。

 ボクとハリスは二人組だ。そしてハリスは空を飛べる。なにかこう、地の利でも生かした戦い方でも思いつけないものか......。



「ダメだ、何も思いつかないよ。こんなこと考えるの人生で初めてだもん。」

「ふふ、非日常らしくていいじゃない。安心して。実はいい方法を思いついているの。」

「え、ほんとに?」



 ハリスはにっこりとした笑顔で返してきた。「もうアカーーン!!」ってなる寸前まで考えたボクに対して差し伸べられた、救いの手。自信満々とも取れるその表情に、ボクも期待の眼差しを向けずにはいられなかった。



「私が考えた方法とは...ズバリ「前門の虎後門の狼」作戦よ。」

「ほ、ほぉ...?」



 ハリスが編み出した方法というのは、いわゆるシンプルな挟み撃ち作戦だった。普通の鬼ごっこと違う点といえば、ハリスが「空から追いかける」という点と、ボクが「あまり動かない」という点だ。...全然シンプルじゃないかも。いややっぱりシンプルかもしれない。

 要はハリスに「遠くから」少女を追いかけてもらって、自然とボクのもとへ誘導してもらうということだ。この住宅街の立地は平安京のようになっているため、誘導もそれほど難しくないはず。様々な好条件が重なり合ったが故に完成した、普通じゃ出来ない方法だったってだけだね。空を飛べる人なんてそんなに居ないから。

 で、ボクが捕まえる気満々でいたのに待ちぼうけなのとは思ったけど、これにはちゃんとした訳がある。ハリスが空から探索した方が少女を見つけやすいし、ボクの位置と擦り合わせをして誘導もしやすかったんだ。更に、「ボクの様子が分からなくなる」というメリットもある。

 果たしてハリスの下にボクがいるのか?いないのか?このまま逃げるだけで大丈夫なのか?全力で走っている少女に無理やり選択肢を与えることで、意表を突きやすくする。足音でバレないのかという問題は、遠くから追いかけるということで擬似的に解決させる。

 目線や何かでバレてしまわないか少し心配だけど、地の利と数の暴力を活かした作戦となったらこれくらいしか思いつかないし、勝率が高そうだったからこれ以外に採用する気もない。お互いにそう思っていたから、すぐ実行に移せそうだ。



「と、まあこんな感じね。理解できた?」

「概ね理解できたよ。でも一個質問してもいい?」

「はい、ではそこのヒロト君、何かしら?」

「ボクが狼男の姿をしてるから、ハリスが虎になるの?」

「そこは別に関係ないわよ?」

「あ、そう。」



 正直、ここまでやってようやく対等になれるのではないだろうか。少女の走るスピードには目を見張るものがあった。ハリスが全力で飛べば余裕で追いつけると思うけど、ハリスが捕まえたということでいちゃもんを付けられたらたまったものではない。だからあえてでもボクが捕まえる。やってきた少女を絶対に捕まえるという心意気で構えるんだ。



「ただ...不安な点がやっぱりあるの。」

「...都合が良すぎるところ?」

「それもだけど、一瞬でもあなたを独りにしてしまうことよ。ハロウィンの授業までして、絶対に守ると誓ったのに。本当にごめんなさい。」

「ありがとう...でもボクも、ハリスとフォルに出会ってたくさん成長できたから。しばらく独りでも大丈夫だよ。」

「そう......私の知らないうちに、強くたくましくなってたのね...えらいえらい。」

「__ハリス。」



 頭を撫でられた。突然の出来事すぎてボクはされるがままだった。正気に戻ったのか、驚いた顔を見せてからハリスは黙り込んでしまい、味わったことがあるような気まずい空気がまたボクたちの間に流れ始めた。



「......さあ。早く鬼ごっこを終わらせないとね。」

「うん。行こう。」







ーーー







「なるほどね...アイツが空を飛んで私を追いかけて、ヒロトくんと意思疎通を取りながら私を挟み撃ちにするのか〜...してやられたなあ。アイツもストーカーみたいに遠くからつけてくることしかしないし、足音やら目線やらの問題を無理やり解決してるねー...。気色悪いなあもう。いつの間にあんなに仲良くなったのかなあ?」



 本当は私が、隣に立つはずだったのに。



「あの二人はもしかしたら本当に...はあ、策にかかったフリをしてあげますか〜。ヒロトくんを迎えに行こ〜っと。」







ーーー







 「少しだけ待っていてちょうだい」という言葉を残して、ハリスはこの場を後にした。今ハリスは少女を遠目から追いかけてくれている。なるべく目を合わせてバレないように、ボクはぼーっとこの景色を見守る。

 こうして見るとなんか、ヘリコプターみたいだな...。いや、流石にもっとマシな例えがある。それは優雅に飛び回るピーターパンか、または星降る夜の物語か...ちょっと考えただけでもヘリコプターとは全然違うじゃないか!!

 呆けて見ていた景色について何を言っても意味が無い。自分の適当さに呆れながら気合いを入れ直した。

 今からハリスが大仕事を抱えてやってくる。そこで自分がヘマをしないように、きっちり「前門の虎後門の狼」作戦が遂行できるように構えておかないと。



「...。」



 辺りはがらんとしてしまっている。でも、不思議と怖くはない。ハリスは帰ってきてくれる。きっとここに連れてきてくれる。そう思うだけでとても安心できる(さっき撫でられたのもあるけど...)。

 だから待つ。とにかく待つ。構えるんだ。



「あ、向かってきてる...?」



 さすがハリスだ、仕事が出来すぎると社会に出てから苦労するよ!

 だんだんと少女の姿が見えてきた。時々曲がっては姿を消し、また姿を現し。思ったよりちゃんとした鬼ごっこが繰り広げられている。が、待って、なんか思った以上に早くこっちに来てない...?



「ンンッ!?」



 あれは...バッファローか!?闘牛か!?そう思ってしまうほどのスピードで少女がこちらに向かってくる。フリフリと煽っている訳でもないのに加速している気すらする。ダメだ、これは喰らう!彼女はボクのことをゴールキーパーじゃなくてゴールネットだと思っている!!え?それってつまり「捕まりに来てる」っていう__



「私を相手のゴールにシュゥゥーー!!」

「うわああああああ!!!」

「超!ハッピーウェディング!!!」



 予想した通りというかなんというか、なんなら予想より強い威力の超弩級タックルを喰らわされて、ボクは少女と一緒に吹っ飛んでしまった。今にも気を失ってしまいそうなホームラン級の衝撃と出応えも併せて...。それに、今この子なんて言ってた...?ハッピーウェディング......??



「あーあー、捕まっちゃったー。やっぱり二人って仲が良いんだねー。羨ましくなっちゃうなー、妬いちゃうなー...。私アイツのことを目として使うとしか思ってなかったよー?」



 少女はむくっと起き上がって、屈託のない笑顔を浮かべながら晴れやかに敗北宣言をした。「捕まっちゃった」って言ってたけど、明らかに自分から捕まりに来てたよね...?ボクたちが時間をかけすぎて飽きてしまったのかな?

 んでもって、アイツというのはやっぱりハリスのことだろうか。一緒に追いかけるのは悪手だったみたいだ。



「こ、これが、絆の力だ...っ。」

「あっはは!ルール破っといてよく言うよ!今にも倒れそうだし、そんな劇みたいな作ったセリフもいらないって。」

「君が倒してきたんじゃないか...ガクッ」

「もうトぶのはなしでって言ったじゃん。起きてよヒロトくん。」

「んぐぅ......ねえ、なんで君はこんなことをしたの?突然鬼ごっこをするとか言い出して。

「聞きたいことはそれだけかなー?そうならお答えしてしんぜよう。__時間稼ぎだよ。」

「時間、稼ぎ......?」



 時間をかけてやっとの思いで捕まえたのに、その聞き出したことの意味が「時間稼ぎ」って...どういう皮肉なんだこれは。間が抜けすぎている文言に感じて、やはり何を言っているかはわからなかった。



「不服そうな顔だねー、じゃあ私がヒロトくんとアイツのことを知ってる理由でも聞く?それともアイツをすごく嫌ってる理由とか!」

「あ、それも気になる。」

「ダメでーす。一個しか教えてあげませーん。」



 不服を通り越して苦虫を噛み潰したよ。ボクの顔。



「__うーん。私から質問する形になっちゃうけど、特別サービスしちゃおっかなー。」



 真面目に気になるんだけどなぁ...。少女の言う『アイツ』...特にフォルの存在を認めようとしなかった(ように見えた)あの言動とか。理由が聞けるなら聞きたいんだけど...少女はもう自分の言いたいことを言う準備をしてしまっている。

 見ただけでなぜ分かるのか、それは少女もわかりやすい仕草をする子だったからだ。具体的に言えば人差し指の爪先を顎のところに当てている。



「私と君...本当に生きているのは、果たしてどっちかな?」

「..................................え?」



 今、ボクは何を聞かれた?本当に生きているのはどっち?それって、どちらか片方は既に死んでいるってことじゃないか?なんで、そんな質問をされないといけないんだ?真面目に探してた時の息を切らした感覚も、足の疲れも。そして君にタックルされた時に味わった痛みも。覚えている感覚と言えばこの痛みしかない気もするけど!感情も含めたこれら全てが、生きていないと味わえるわけがない!!



「生きてるのは、ボクの方だよ!!」

「ふふ、躍起になっちゃって。そう、生きてるのはアナタ。良かったわね。」

「___。」



 ついムキになって答えてしまった。でも、声を荒げたことを特に申し訳なくは思わなかった。しかし我ながら何を言ってるんだよ...。訳が分からないよ...。

 なぜか少女のことを直視できなくなった。もう一緒に遊ぶのには飽き飽きしたからだろうか。



「じゃあそういうことだから。またね。」

「え!?ちょっと待ってよ!!」

「ごめん、待てないの。もう行かなきゃだから。」



 え、それってどこに__。そう言おうとした時には、既に少女の存在は消え始めていた。身体ではなく、間違いなく存在が消えかけていたのだ。身体を構成する要素が光の粒子に変わっていき、その一粒一粒が巻き上がる。死者を黙祷する煙のようだと言うべきか、天の川が築かれたと言うべきか...。美しいと表現したくはなかったが、生命の輝きが最大限発揮される「それ」ではあった。

 さっきまで少女の形をしていたものが空へ、宙へと上がっていく...。ボクはそんな光景を、横たわりながら見ているしか無かった。最悪の天体観測だ。



「...見たくない。」



 無意識のうちに目を閉じた。なんでボクは少女のことを一度でも止めたのだろう...。ちょっとでも悔いのようなものが残っていたから?それが悪いように作用して、こんな気持ち悪い、得難い形容し難い思いが残ってしまった?目の前で人が死んだような感覚?最期を見せられた感覚...?

 なんで、あの少女ひとりだけにボクは、ここまでぐちゃぐちゃにされないといけなかったの...?



「ーー__痛っ!!」



 今になって全身が痛み始めた。タックルされた痛みと、その後地面に打ち付けられた痛み。板挟みならぬ痛み挟みになっていたのだから、こうなるのも当然か...。

 気が最大級に滅入ったのもあって、途端に眠くなってしまった。痛い思いをさんざんした後に眠りにつくのって、だいぶマズいことなんじゃあ...?自分の現状は振り返られるけど、その保身を実際に行う元気とやる気は全く出ない。結果、地面に大の字になったままボクはまた眠りに落ちていった。



 ハリスは...どこに行ったの...?







ーーー







 揺られる感覚がする。バスや新幹線と同じような、思わず安心して眠りを深くしそうなこの感じ。とても、心地がいい...。

 ボクは、あのまま寝てしまっていたのだろうか?下手したら朝になっているんじゃないか?でも、その割には目をつぶっていられる。この状況は一体なんだろう...?



「____......おん、ぶ......?」

「お目覚めか。よく眠っていたようだな。ぐっすりとした寝息がよく聞こえてきたよ。」

「......ごめん......。」

「いいんだ。お前を背負って歩くことが...我のやりたいことでもあったから。」

「...ん......?」



 なんだか、フォルがもういい人にしか見えないよ。あんなにきつかった言葉遣いも、なんだか優しくなっているような気がする。おんぶされているから表情などは伺いしれないが、きっと、いつよりも優しい表情をしているに違いない。



「もうじきプリントに書いてある目的地に着く。あの女のせいで随分な遠回りをさせられたが、ようやく近くまで来れたぞ。」

「え、そんなところまで来たの...!?」



 旅...これはもう旅と言ってもいいだろう。その終点が近づいていることを知らされて途端に目が覚めてしまった。ガバッと起きたせいでフォルは姿勢を少し崩し、ボクは身体を動かした激痛にまた倒れることになった。痛い...置き土産としては十分すぎる働きだよ...。



「いきなり動くな...まだ身体に痛みが残ってるだろうに。」

「ごめんね、姿勢、崩れちゃったよね。」

「いい。それよりも聞きたいことがある。」

「何?」

「お前がどうしても列に戻らないといけない理由だ。今しか聞くタイミングがないと思ってな。」



 またそれか...でも、もう言ってもいいのかな。この理由も。もったいぶる理由もないか。



「分かった......他でもないフォルだから、話すよ。ボクがどうしても戻らないといけない理由は...みんなと会いたいからだよ。もっと細かく言えば、みんなと別の形で会って、友達になりたかった。」

「別の形...ハロウィンのイベントで、ということか?」

「そう思ってくれていいよ。勉強以外の、接点が欲しかったんだ。」

「そんな言葉をお前が...よく言えたものだな。」



 フォルはボクの事情を把握しているんだ。空を飛べることを利用してきた仲だから、もうどんな事でも気にならないと思っていけど、なんで知ってるんだろう。キャンディの好きな味も当ててきたよね。あれはハリスだったけど。



「なんか、ボクたちの関係って謎だよね。お互いのことなんか知ってるはずないのにさ、ハリスとフォルに懐かしさを覚えるもん。」

「我も、おんぶなんかしたのはお前が初めてだ。」

「その口ぶりだと、ボク以外の人には関わってきたみたいだね。」

「...いや、人間にあったのも、お前とあの女で初めてだよ。」

「そう、なんだ。へえ...。」

「そろそろハッキリさせてもらおうか。我とお前の関係は一体何だ?何故我はここまでお前に優しくできる?自分で言うのも癪だが我は絶対にこういう性格ではない。何かお前と、あったはずなんだ。こうなってもなお生きているお前との約束かなにかが...。」

「話を振っといてなんだけど、そんなこと

は...さして重要でもないよ。それにそんな話、するべきじゃないよ。」

「...悲しいな。重要じゃないだなんて、一蹴されてしまうとは。」

「多分、ボクたちって一夜の関係じゃ終わらなくなるから。深く詮索する理由もないかなって思ったんだ。」

「小学生にこんなことを言うのもおかしいが、言い方には気をつけろ?『一夜の関係』って...お前ほんとに小学生か?」

「もう、自分でも分からないよ。なんだかすごく賢くなった気がするし...フォルって、思ってる以上に女の子してるよね。」

「や・め・ろ。降ろして歩かせるぞ。」

「あはは。殺すとか言わないんだね、もう。」

「なんでそこで感慨入るんだか...。まあ、ずっと一緒にいられたらいいな。」



 夜空には、星が一点輝いていた。それと交差するかのように、流れ星も一筋降り注ぐ。フォルには今のはどう映っただろうか。そもそも見てもないかな。

 ボクには、あの二つの星はもう絶対に巡り逢えないように見えた。



「...見えてきたな。お前が探していた『元の列』とやらが。」



 もう見つかる話題といえばこれくらいしかないだろうか、フォルは最終目的地が見えてきたようだ。

 今の言葉を聞いて、ボクもフォルの肩からその光景を覗いてみる。ボクの思うみんながいるかどうかはまだ分からないが、その空間の中に仮装とお菓子が数多く見えるのは確かだ。たくさんの家を周って、たくさんのお菓子をもらって。各々のハロウィンを完成させたんだろうなと勝手に思う。



「うん...みんないる。知ってる顔もいる。間違いなくあの列だよ。」



 そもそもこの時間に出歩く親子団体なんかいないだろうけど...



「長いようで短かったな。時間にして8時間ぐらいは経ったのか?」

「時間にしたらちょっと味気ないね。」

「旅の記録にできるものが何も無いからな。記憶に刻みつけるくらいしか、今日のことを覚える手段がない。」

「...まあ、それだけでも十分だとは思うけどね。ハロウィンのイベントで8時間も過ごせるなんて、ちょっと長すぎる気すらするし。ボクが知らないところで色んなことが起きてたのかな?」

「お前は二度気を失っていたからな...お前のことを我とハリス、どちらが背負うかで揉めたりとか、お前が知らないことと言っても、くだらないことだらけだと思うぞ。」

「そっか...じゃあ最後は派手に驚かせて、今までの思い出に華を飾ろうよ。」

「.....は?」



 「何を言っているんだお前は」という言葉が、聞かずしても飛んでくるようだった。フォルは今絶対呆れた顔をしている。



「は?って...僕とフォル二人で、あの列を驚かせるんだよ。」

「言いたいことは伝わっている。じゃあなんだ、もう降ろしても大丈夫なのか?」

「もう流石に大丈夫でしょ。しっかり休んだはずだし。」

「じゃあ降ろすぞ。痛みに気をつけろ。」

「いやまさかそんな、まだ痛みが残ってるなんて...ぇ、あ。ぐうううぅ...。」



 フォルの心配しすぎでちょうど良かったみたいだ...地上に立つということは、重力に従うということで。せっかく今まで忘れていた痛みが、またすぐに全身にぶり返してきた。



「ほら、言わんこっちゃない......どうした?あまりに痛かったならまた我がおんぶしても_」

「サイレン?」



 ボクが地上に降り立った瞬間から、サイレンが鳴り響いた気がする。タイミングに関しては出来すぎた偶然だろうけど、なんでサイレン?



「おい、何処へ行くんだ!」

「どこってそりゃサイレ...みんなの列だよ。驚かせるんだからさ。」



 ちょうどおあつらえ向きの塀がある。最もみんなと近い位置でシメシメと窺える、ベストポジションだ。この路地はT字に分岐していて、左手にみんなが、右手にパトカーや救急車が見える...やっぱりおかしいよね?この状況。不安が勝って、ボクはフォルについ聞いてしまった。



「この先にみんながいるってことでいいんだよね...?」

「我に聞くな。構えているお前が一番把握しているだろう。脅かすならさっさと脅かせ。」

「えーフォルも脅かさないの?他ならぬボクの頼みなんだよ?ボクってこんなに可愛いのに...。」



 目をキュルンとさせて、両手を閉じて胸に当ててみて。頭を頂点にして、ボクは逆ハートを作り上げた。しかしフォルはこの渾身の逆ハートをちらっと見やっただけで何も反応してくれなかった。柄にもないことをするんじゃなかったと恥ずかしさが急に上り詰めてくる。

 しょうがない。ボク一人でやるか...あ、いいこと思いついた。



「あ!ハリスだったら一緒にやってくれると思うな!」

「ハリス?誰のことだろうな?」

「えぇ...。」



 そこまでとぼけてまで一緒にやりたくないの...こういうのは一緒にやってこそ記憶に、思い出に残るというのに。フォルとの共演には期待できそうにない。そうとなれば一人でとことん驚かせてやるぞ。みんなの意識が比較的こちら側に集中したタイミングを狙って...!せーのっ!!



「トリックオアトリート!!!」

「きゃああああああああ!!!???」



空間が張り裂けるような悲鳴が暁暗に轟いた。宵闇に雷鳴が響いたようなものだった。「青天の霹靂」って聞いたらお昼のイメージが湧くから、是非とも夜のバージョンが欲しいところだ。我ながら大満足のトリックオアトリートだった。でも、何かがおかしい。



「......ん?あれ、みんなは...?違う...思ってたのと違う......!むぎゅっ」

「優人!!!!」



 目の前に見えた光景は大人が沢山いるだけだった。なんだかみんな、ハロウィンの終わりとは思えない、弔うような空気感に見える...ボクが突然トリックオアトリートをしても誰も気づかないような、そんなとてつもなく暗い雰囲気を伴っていた。

 じゃあ、さっき悲鳴をあげてくれた人は誰なんだ?もう一目見て確かめようとしたけれど、今見えて感じられるのはお母さんとその柔らかいものだけだった。柔らかい。とても柔らかい。どうしても優先順位がこっちで勝ってしまう。

 いや違う違うちがう、なんでお母さんがいるの?いや、ハロウィンのイベントに家族で参加してたからそれは正しいのか?ならお姉ちゃんはどこに行った?あれ...友達同士のイベントだからって、元からボク一人で来たんだっけ...?何故、記憶が混濁している?



「ああ......とても、とても心配したんだからね。」

「......ゴメンナサイ。」



 お母さんを驚かせようなんて真似を思いついた自分が、とても恨めしい。この温かさに触れるまで、母親が抱える愛というものを忘れていたからか?この無常無垢なる輝かしいものにボクはなんて態度で迎えてしまったのだろう。...なんだか合わせる顔がない。でも今はこの温かさに包まれているから、そんなことも全てどうでもいい。



「こんな夜に独りだったのに、無事で本当に良かった。」

「独りじゃないよ。全部、ハリスとフォルっていう不思議なお姉ちゃんがボクのことを守ってくれたからだよ。」



 お母さんが寄せてくれた肩に身を委ね、安心しきった状態でボクは思ったままのことを伝えた。するとお母さんの肩は離れ、今度はボクの肩ががっしりと掴まれてしまった。それも両手で。



「__!なにか危険な目に遭わされたりしなかった?不審者に付きまとわれたりとか...もし痛い所があったらすぐに言ってね!?」

「全身は強く打ったけど...大丈夫だよ。それよりお母さん、命の恩人にそんな言いぶりないと思うんだけど...。」

「そう......。痛かったね、大変だったね....。」



 なんか話が噛み合わない。不思議な居づらさからボクはお母さんから目を離し、お母さんもボクに目を合わせなくなった。がっしりと肩を掴んでいた両手も、やがて力が抜けたように離れてしまった。その代わり、また両肩を包み込むように抱擁された。

 分からない。ハリスとフォルの名前を出したからこの反応になったの?それとも『お姉ちゃん』という単語を出したから...?



「ねえ、ボクの後ろを見て?いるから、そのお姉ちゃんが。ハリスとフォルが...あー、今ならフォルがいるから。」

「疲れてるのね...そうよね、あんな目に遭ったのも、この日だったもんね...。」

「...??」



 さすがに疑問に思って後ろを振り向いたら、そこにフォルの姿はなかった。なんとなく、全てを察した気がした。彼女は誰が見ても一目で分かるようなインパクトの強い...豪華絢爛とした衣装を身にまとっている。それが見えないということは、本当にこの場に居ないのだろう。



「...そうだったね。」



 もとよりこれは一夜の夢だった。月が孤高に輝き、そこに暗雲がたちこめる。残った光が皆を照らすわけでもなく、ただ月があるという日常を溶け込ますように表しているだけだった。

 これは、独りでいたボクがあてどのないままさまよっていたこの状況と、重なっているようだった。



「久利須さん、先程の叫び声、大丈夫でしたか?」

「あぁ、あれですか。突然、あのことの思い出がフラッシュバックしてきて、耐えられなくなってしまって。」

「そう...ですか。それに先程から独り言が絶えませんが...何か見つかったんですか?」

「...!ああ、すみません。なんだか、この場にあの子がいるような気がして...あの子が言いそうなことを想像して、会話を合わせているところなんです。」

「.........私、あっちの方を探してきますね。」



 いつの間に居たらしいお母さんの友達は、聞くことだけ聞いて足早に去っていった。それも、何かを危惧したような顔で。「相当参ってるわね」と聞こえた気がする。

 あの子って、お姉ちゃんのことかな?そう思ってボクが聞いてみても、お母さんは一向にボクに向き合ってくれない。反応すらしてくれない。お母さんの友達にも、ボクのことは見えていないようだった。あどけない少年らしさ程度では、もう話も成立しないということだろうか。もう、振り向いてもくれないということか。



「...もういいや。」



 ボクも、お母さんから離れていった。もう、ここにいる理由は無い。何が促したのか、ボクの体は勝手に歩き出す。光の灯らない冥き闇の方へと歩みを進めていく。

 仄暗い夜道にボク一人だけ。家の窓から出る光と道にある灯りも、もう役目を終えて光るのをやめている。もう、何も照らしはしない。

 でも、その光ももうボクには必要ない。この夜の帰り道は、サイレンが鳴り響いて止まなかった。尾を引くように、ボクが辿る道だけずっと赤の光が廻っていた。灯篭で道を作り上げたようにと言えば響きはいいが、絶対にそんなものではない。ボクという存在が救急的に、そして犯罪的に追われているということを、心なしく悟るレベルだった。

 結局光はついてくる。光無き方を追い求めても、人類の相棒と言わんばかりに光は付き従ってくる。そして最後には、太陽が昇る。



「今回もダメだったか。」



 10月31日のハロウィン、ボクは一筋の救いを求めてこの夜を彷徨う。この夜が終わってしまえば、また1年の間閉じ込められてしまう。夜が明ける。朝の光が見えてくる。気持ち在らずとも、肌が温かくなる感覚、錯覚がする。

 ボクにとっては終わりを意味する、希望の朝日。もうじき昇ってくるんだ。明けない夜はない。昇らない太陽はない。これ以上に当然な自然の摂理があるだろうか?なら、このボクという存在も、また消えて当然だ。

 何度、この感覚を味わったら気が済むのだろうか?死とはまた訳が違う超然たる焦燥。あくる日も、あくる夜も、いつも殺されたような感覚に身を任せて。ボクはただ救いを待つ。求める。探しに行く。想起する。そしてようやく廻ってきた祭日も、失敗に終わる。

 ボクはただ、みんなに会いたかっただけなのに...。今回もそれは叶わなかった。特に理由も明かさずに列に戻ろうとするのは良かったと思うんだけどな...どこで歯車が狂ってしまったのだろうか。子供たちが帰ってしまうような時間に目的地に着いたのが、まずかった?少女との鬼ごっこに、時間をかけすぎたかな。失敗した原因を振り返っても、活かせるタイミングはまた次の時だ。今は、失敗したという事実にだけ目を向けていればいい。

 もう、ハリスもフォルも少女もいない。少女については、はっきりとこの世界から消えた。これが取り返しのつかない失敗だったということは、考えなくてもわかる。ボクは...もうカエることが出来ないのだろうか。ボクが救われるための要因がまたひとつ欠けてしまった。過ぎたことはどうしようもない。今はあるべき道を歩もう。







 ボクは光のもとへ歩いていく



 これは 今生を諦めた者だけが辿る



 ただひとつの救いの道



 僕はただ前向きに



 もう一度 死ぬだけだ







「また会おう、ハリストフォル。」







 明けない夜は ない







Birth and death, we all move between these two unknowns.



Each night, when I go to sleep, I die. And the next morning, when I wake up, I am reborn.







ーーー







 ......あなたたちは、誰?なんで勝手に、私の中に入ってきてるの?



「あら?既に挨拶は済ませたと思っていたのだけど...。」

「酷いことを言うものだ。我々の親と言える存在はお前なのに、勝手に入ってきたとは。」



 知らない、知らない知らないしらない!!私はあなたたちを創った記憶なんか無い!!



「心配しないで。あなたは既に私なのだから。」

「心配するな。お前は既に我と同等の存在だ。」



 私がお前たちと同じだからってなんだって言うの!?私は私よ!!他の何者でもない!!



「でも、入れ替わってるみたいよ?」

「本体が、入れ替わっているぞ?」



 ...え?何それ。



「あなたは、あなたの成仏因果を解いたということよ。」

「お前は、自ら消えゆく道を選んだということだ。」

「あ...ほら、私たち、ついに会話も出来るようになったわ。」

「ごきげんよう、初めての『私』。こうして会話するのは初めてだったか?」



 嫌だ、いやだ...イヤだいやだ嫌だ、イヤダ!!今度こそ送り届けられると思ってたのに...なんでまた失敗してるの...?



「その点については安心しろ。お前の弟は無事に送り届けた。」

「ええ。この夜のうちに、しっかりとね。」



 お前たちのは送り届けたとは言えない!!あの子はまだこの夜に囚われている!!



「煩いな...お前だけ先に消えるくせに、面倒な役目だけ遺していくつもりか?」

「あの子の無事を確認できただけでも良かったじゃない。そのおかげであなたも成仏できるんだから。」



 あの子が無事かどうか分からないまま逝くなんて嫌だ...ましてやあなた達に任せるなんてもっとイヤだ!!

 代わって、私から出ていって。他でもない「歩美」の姿で、優人に、弟に会わせて!!



「Are you me? ああ、確かにそうだ。」

「あなたの名前も、そういう意味だったのかもしれないわね。」



 ふざけないで!!私に育てられた...植え込まれた身分で...。病気の分際で!!もう時間がないの、夜が明けるの、日が昇るの、消えてしまうの!!

 なんで、あの劇にあそこまで入れ込んでしまったの...?感じ得ない魔力に惹かれでもしたの?私は。



「もとからお前は劇が大好きだった。ファンタジーが大好きだった。感じ得ない魔力どころか、自分からこの『ハリストフォル』を創り上げたではないか。」

「あなたの設定は緻密で完璧だったわ...。おかげで私たちが形成されるまでそこまで時間がかからなかった。」



 あなたたちは、何が目的なの?伝承に残るハリストフォルは、誕生した後に死の運命が待っている。あなたたちは、死ぬために生まれたの?



「まさか。今の世なら可能だと思っただけだよ、我々の神聖を広める旅が。」

「生前では叶わなかった、『救世主』様に報いるための唯一の手段。その橋かけ。」



「「ハリストフォルは、これでひとつの存在に成ることが出来た。いずれは現世に飛び立ち、『救世主』様から賜った勅命を果たす。信仰を広め、大樹を創造し、やがて新たな神の誕生へと繋がる。祝福せよ。崇拝せよ。」」



 ああ......全ては私が蒔いた種だったという事ね...。

 もう、終わり。身体、存在、意義、声、記憶...私の全てを乗っ取られた。二度と現世を歩けない...戻って来られない...。

 成仏って、こんな感覚なの?晴れ渡るような気持ちで、幸せにお別れできるものではないの...?



「一生に一度しか味わえない、死と同じ価値を持つものだ、誰にも表現できないよ。まもなく消える者にそれを説明しろというのも、いささか酷だがな。」

「神の贄になれることは、人間としても天上の歓びだと思っていたのだけれど。認識を改めないといけないかしら。」



 ■という存在が空白になっていく。透明になるようなものではなく、まさに存在ごと抹消される。透明という猶予すら余らない。



 体が消えていく 確かな感覚



 消され る 黒にま み  ゆ



「安心して。あなたと同じように弟のことが大好きだった人が、少女の姿で転生した例もあるんだから。」

「単なる神のイタズラという可能性もあるがな...。」





 白に  き え  ゆ   く



 だ  れ   ■  は



 よ   が     あ   け  る







Death is not extinguishing the light. It is only putting out the lamp because the dawn has come.




挿絵(By みてみん)






「夜が明けていく...」



 10月31日はとうに終わりを迎え、じりじりと太陽が昇ってきている。当然の摂理だ、いくら我でも逃れる術はない。それでも、必死に抗いたくなる。「太陽など、登らなければいいのに」と。

 ハリストフォルとして動ける時間も、あと少しで数え切る砂時計のように、目に見えて少なくなっている...。それが分かるから、とてつもなく悲しいし、怖いのだ。

 私の体は、ノイズがかったように消えかけている。もとより一夜限りの夢、一夜限りの幻。シンデレラの魔法のように、日を跨いだ瞬間に消えないだけまだマシと言うべきか。

 もしも、その砂時計でもう一度数えられるなら...私は、ただ彼との時間を過ごしたがるでしょうね。でも、夢は覚めるから夢なの。幻は溶けるから幻なの。このたった一度の機会で、私は彼をこの夜に引き込むことに失敗してしまいました。我は彼をこの夜から引き離すことに成功した。



「「しかし彼は、もとよりこの世界の住人だった。」」



「『救世主』様...私は、あなた様を救うという役目を果たせましたか?」

「『救世主』様...我は、あなた様を救うという役目を果たせましたか?」



『ああ...お前たちはよく仕事したよ。』



「ついに...ついに舞い降りた。」

「ついぞ...ついぞ顕現した。」



 待って...あなたは誰?



『誰、と来たか。お前が一番熱心になってくれた人物だよ。』



 まさか......ハリストフォル?いや、でもハリストフォルは私のはず...。



『まさか、自分が本物のハリストフォルだと思っているのか?夢想者もここまで来たらただの幻だな。』



 いや、今のは、勝手に...。



『知っているよ。今のお前は間違いなくハリストフォルだ。私が保証しよう。』



 ......私の存在はとっくにハリストフォルに乗っ取られたけど、その性格ったらなかったわ。

 主人である『歩美』から生まれて、利用して、完全に抹消して。その死の過程すら弄んで、私の弟も未知に迷わせて。あそこまで下衆でクズな存在が、偽物なわけある?すごく解釈違いだった。



『今まで散々『偽物』を演じてきたお前が、ようのうのうと言えたものだな?どれだけの解釈違いを世に振り撒いてきたんだ?』



 それを言われると...何も言えないけど。あれらは...私なりの「本物」を、私が思ったその人物になって演じてきたつもりよ。それなのに「本当の本物」がこんなだったなんて、すごく幻滅だった。



『幻滅...ただ幻が消えただけだろ?お前は、目の前にあるものが全て本物だと、まだそう信じているのか?』



 ...何が言いたいの?



『お前の体験してきたことも全て本物であると、断言できるのか?』



『この世界では明かされていないことも多くある。明かすかどうかの裁量もその本人に委ねられていると言っていい。まだ何も分かっていない可能性の獣なんだよ、全てが。』



 .........。



『否定はしないし、今の言葉にも反応はしない。ああ...その反応を待っていたんだよ。お前は間違いなくハリストフォルだ!!やはりお前こそ私の器に相応しい!!』



 もう今更、私から何を奪うというの?



『お前の存在だ。』



 ......また...?



『可哀想なことに、お前はハリストフォルとして完成されたんだよ。子供が勝手なことをしたおかげでな。』



 その子供というのはどっちの事かしら?



『面倒くさいから、私のことは『クリストフォロス』と呼ぶことにしよう。当然、ハリスとフォルのことだよ。』



 ...でしょうね。



『今のお前は『空の器』だ。お前の産み落としたハリスとフォルは独り歩きし、レプロボスを演じ切った。偽から生まれた偽の存在が、本物を真似してそれを完遂したんだよ。これがどういう意味がわかるか?』







『本物に成り代わったんだよ。』











『お前は 真なる神の誕生に使われる』










◆あとがき




・2021/??/??

「__あー、あー。もしもーし。聞こえてますでしょうかー。演劇部部長の久利須歩美です...。今度の文化祭で公演する劇『レプロボス』の動きの確認をしたくて、今こうやってカメラを回しています。このビデオは多分私しか見ることないだろうけど、一応作品の説明もしておきます。

 私が演じる主人公のレプロボスは、世界で一番強い人に仕えると言って色んな場所を転々とするの。

 それで王様とか悪魔とか強そうな存在を一人一人尋ねていくことになるんだけど、その最後で世界で最も強い存在が「救世主」であることに気づくのね?その「救世主」に出会うための方法を模索した結果、レプロボスは人の行き交う大きな川の渡守になったの。

 渡守としてしばらくして、とある少年を背負って渡すことになったんだけど、少年を背負って川を渡っていくと、だんだん子供とは思えない重さになっていくわけ。レプロボスがそれを疑問に思って聞いてみたら、少年が実は「救世主」で、ここまで重くなったのは「ボクを背負うということは、世界を背負うということだ」という理由からだったの。

 レプロボスはそれに驚きながらなんとか川を渡りきって、「救世主」への信仰に目覚める。そして、「救世主」を背負ったもの、すなわち「ハリストフォル」と名乗るように言われるの。

 「救世主」に認められ、「ハリストフォル」となった彼は、渡守の時に利用した杖を大樹と化させ、「救世主」の信仰を広められる力を得たのでした、めでたしめでたし...。ていう話。

 誰?この演目を企画した人。うちの演劇部って所属メンバーみんな女の子なのに、この劇に出てくる人は男ばっっかり。うちってこんな路線だったかな...みんな男装することになるんだけど...。

 まあとにかく、このレプロボスを演じるにあたって、一般人だった彼と、強者に仕えるため試練を通過する勇敢で賢い彼と、ハリストフォルになってからの彼と...同じレプロボスだとしても性格と心境の違いを顕著に表さないといけないの。その違いを第三者の視点から、カメラから映して見た方が早いと思ったんだ。

 私は劇団「千百合」の中では男性役はよく任されるけど、こういう違いを表すとなるとまた苦労するかと思ったから、心折れないモチベーションのためにも日々の記録みたいにやっていきたいなーと。本番までには私の中のレプロボスを形成するから、出来れば毎日撮りたいし、見て欲しいな。いや、誰にも見せるわけじゃないけどね?」


ーーー


「っははははは!!悪魔である俺からお前に試練を与えてやろう!」

「...それは何だ。」

「今俺が具現化させたこの玉は、お前と関わったことがある者全員の命を表している。お前と一言かわしただけでもこの玉には含まれているぞ。お前は、世界のためにこれを殺す勇気があるか?」

「どちらを選ぶかと言われれば、我は世界の方を取るだろう。この決断のみで世界が救われるのなら、だが。しかしそれで救われるくらい世界が簡単なら、もとよりお前たち悪魔も、そして天使も存在していない。

 だから我は、この条件を持ち出してきたお前を倒して、皆を救う。皆を救う為の一挙一動が、いずれこの世界を救うことに繋がっていると信じているからな。」

「あくまでも人の世であると言いたいわけだな...悪魔だけに。」

「しばくぞ」

「面白い、気に入った。そして合格だ。今からお前を俺の従者としよう。」

「...正解だったのか?」

「この問いに正解などあるわけがないだろう?重要なのは、お前が出したたった一つの解だよ。この玉も今の一瞬で用意したから、何も宿っていない。」

「即興にしてはよく出来た試練だったな。王が認めた存在なだけはあるか。」

「人間は、やはり視野が狭いな。先の答えも、世界に存在する全ての存在を助けると言いたいわけだろう?残念だが、俺は世界最強の存在ではない。王が俺を認めたということでここに来たらしいが、その俺はまた別の存在を認めている。」

「お前より強い存在がいるのか。」

「従者がお前とか言うな。ああ、お前ら人間ごときには今まで知見はおろか認識すら叶わなかった存在だ。悪魔や天使といった高等の存在になって初めて感じ取れるようになる...。一度しか言わないからよく聞けよ。」

「ああ...。お前の方がでかい声で喋ってくれ。」

「お前ことごとくムカつくな。俺が認めたその存在はな、『救世主』と呼ばれているんだ。」

「......初めて聞く名前と単語だ。」

「言っただろう?知見も認識もできないって。お前は、人類で初めて『救世主』様を知ったんだよ。」

「そうか。では我は、その『救世主』という存在のもとに向かわせてもらおう。お前との契約はこれにて解消だ。」

「え?は?正気?人類で初めて高等種に仕えることが出来たんだぞ?俺たち魔族の領域にズカズカと入ってきおってからに、やることがそれ?もう俺捨てられるの?」

「...人間は視野が狭い。我はお前が悪魔の中でいか程なものなのかを把握出来てもいないし、今の時間だけでお前を理解できなかった。」

「いやお前明らかに俺の元に「通された」よな!?下っ端にここに連れてこられたよな!??それだけで「あ、この御方は崇高な魔王様なんだな」ってなるだろ!!お前がバカなだけなんじゃねえの!!?」

「...人間は視野が狭い。今お前をだんだんと理解してきたが、これでは円満な契約関係は結べそうにないな。」

「こっちから願い下げだわ...次来たら殺してやるからな...。」

「そうか。悪魔になっている時点で死の概念など消えていると思うが、どう殺してくれるのか楽しみだ。」

「今のは人間としてやってきた場合だろ!!!!さっさと帰れ!!!!!」

「ああ、失礼する。」


ーーー


「君に名を授けよう。『ハリストフォル』という、ボクを支えた君に相応しい名だ。」

「ハリストフォル...聖隷の、背抱者...?」

「この名前の意味を一度に紐解くとは...やはり君はこうなる運命だったようだ。」

「何か、力が流れてくる感覚がする。」

「今より君は神の眷属だ。天使にも悪魔にも喧嘩を売って、天国にも地獄にも行けない状態になっている。そんな君に残された余生なんて、神になるくらいしか残されていないだろう?」

「確かに、我が仕えたいと思う人物も、あなたただ一人になってしまった。」

「気が早いのは人間の名残か。君にはこれからやるべきが沢山あるんだよ。」

「...私に出来ることがあれば、ごぼう抜きでもなんでも。」

「既に神の中ではごぼう抜きした後だと思うんだけどね。その面白いことを言う人間らしさも遺しておくんだよ。じゃあ...君にはとりあえず、大樹を創って貰おうかな。」

「体重...ですか。この禁忌蔓延る時代に、そして神である私に太れと?」

「確かに体重の重い人は大寿かもしれない、二重の意味で。しかし違うんだ、私の言っていることは。私は樹齢5000年くらいの大きな樹を創って欲しいんだよ。」

「体重を増やすよりも遥かに難しかったな...5000年の樹など...可能なのですか。」

「君の神としての位が高くなれば、造作もないことさ。今の君には無理だけど。」

「なら、どうすれば?」

「神は人と共に在る。人々の信じる思いが、ボクたちの存在を確かなものだと信じる思いが、神に力を与えるんだ。そのためには、まず人々から信じてもらわないといけない。信仰を得るんだ。」

「必要なのは地道な布教ということですか。」

「それもそうだけど...まずはこの世界に『ハリストフォル』という新しい神が誕生したことを知らせるんだ。その杖を地に刺して、そして願うんだ...『願いよ、広がれ』と。」

「__承知した。」




・20??/??/??

「やっちゃったなあ...。」


 必死に走り回って崖から滑って、転げ落ちて。虚空を望むその躯体に残された感覚は、限りなく鈍いところまで弱っていた。夜の静けさに揺らめく木の葉のさざめきは、残り僅かな生命線の動きと同調しているかのよう。そのさざめきによって傷つけられた身体は、高いところから落ちて巻き込まれたことを、まさに身をもって表している。

 これは、自殺に失敗したように見つけられるのかな...それとも、誰かに突き落とされたように...?仮に自殺なら、もっと分かりやすい場所にすると思うんだ。それに、こんな高さも中途半端な場所は選ばないよ。本当に死を選びたい人なら、もっと高いところから、確実に...やっぱり事件として見つかりそうだな...。木を隠すなら森の中に、死体を隠すなら墓の中に、か。

 静かすぎるこの空間は、死を着飾るのにはもってこいだ。ただ必死になって探していただけなのに、どうしてこんな目に遭わないといけないんだろう...。

 まだ生きたいと思ってた。当然まだ生きれると思ってた。それなのに、こんな半分殺されたような状態になって...これは自殺でも事件でもなんでもない。二重の迷いが生んだ、ただの事故。それかただの、悪い夢。

 夢でも現実でも、どうか覚めないで、騒がないで、騒がれないで...。


「...っ。いっ。」


 這々とした手で辺りをかき鳴らしてみても、そこに存在するのはやはり土や葉っぱのみ。腕も思ったように動かせないし感覚も失われているが、若干の水気は感じ取れる。そしてそれが一体何かは、大体の見当がつく。養分としての役割を果たす水以外に、血が混じっているのだろう。

 とめどないそれは既に流れを作っており、今最も必要とされている身体からどんどん離れていく。流れていく血はとても、とてもぬるい。この血を伝って誰かが発見してくれたら、それはどれだけいいことだろうか。この身体を心臓部として広がる血の紋章は、いずれ誰かの目に触れてくれるだろうか...。生き血は、死にたくないことの証明にはならないの?


「__冷たい」


 雨が降ってきた。騒々しいまでの音と共に、水のカーテンが降りしきる。身体を構成するモノが更に勢いをつけて洗われ、流れていく。色が、亡くなっていく。

 目に入ってくる雨粒を理由にして、この光景と有様から目を背ける。先程まで血を伝って発見されることを期待していたのに、すぐこれだ。自分の存在が段々と透明に、そして無意味になっていく瞬間を、この大いなる悲壮感と共に黙って感じることしか出来ない。

 悲しみの連鎖と言うべきか、最悪と言うべきか...そんな状態な訳だから、体がとても寒い。ハロウィンの真夜中、野ざらしでずっと雨を受けている。寒いのにどうすることも出来ないなんて、生まれて初めてだ...。誰がどう見ても死ぬ直前だとわかるのに、どれだけ惨めな思いをさせれば気が済むんだ?

 静けさを失った森に残されたのは、完全なる黒の闇。正直、まだ生きてるのが不思議なくらいだ。奇跡が重なってこうして生き長らえているというならば、その奇跡を死ぬまで恨んでやろうと思う。奇跡なんて所詮、苦しみの延長線上にあるものなのに...。個人が定義するところの奇跡なんて、苦しみで埋めつくされた結果や工程の海に、都合よく舞い降りたその一瞬のことだけを言うのだ。

 もしかしたら今が苦しみの段階で、生き残れるという奇跡が存在するのかもしれない。でも、とてもそうとは思えない。やっぱり、さっさと殺してくれたらと思う。


___________..................。

_______............。

____......。

__...。



 この空間には、もう何も無い。色濃く残る「死」の臭いのみが、主導権を、終を、握っている。そうなってしまった以上、存在している意味も刻一刻と失われていく。

 まず、名前を忘れる。この状態において、自身が誰であるかなんて、何も意味を成さないから。ただ一人の人間が死にゆく。それだけだから。

 その次に、原因を忘れる。どうしてこうなってしまったかなんて、結果がこうなっている以上、何も意味を成さないから。そして、目的と理由を忘れる。もう、目的としていたことには辿り着けないから。何も意味を成さないから。こうしたかったから、という願望まがいの理由も、こういう結末になってしまった理由に帰結する。全部全部、意味が無いんだ。そう理由をつけて、何もかも忘れてゆく。

 そうして最後に...痛みを忘れるんだ。もう......死んでしまうから。死ぬ直前になったとしても、痛み以外は忘れたくないなあ...あれ...ほんとに探してたんだっけ?逃げてたんだっけ?それとも、見つけてくれるのを...待ってたんだっけ...?分からなくなってきたな...でも、きっとゼンブ本物だ。何もかも忘れたはずなのに、このことで頭がいっぱいなんだ。


「__っ!?」


 何?この奥底からやってくる感覚は。痛い?そうだ、痛いんだ。痛い。いたいいたいイタイ、イタイ!!!

 なんで、今になって色々思い出している、思い出そうとする!?痛みも忘れたはずなのに、流れ尽くした血と痛みが鮮明に、鮮血に呼び起こされる。なんで、よりによって痛みだけ思い出してしまったんだ!?


「待って、まだ死にたく、ない...死にたくないよ!!」


 目ははっきりと覚めているが視界がぼやける。何かを示すなら声を...叫ぶ他にない。必死に叫ぶことを、今になってようやく始めた。

 夜になって、雨が降って、チも固まらずに更けて来たというのに。何を今更助かろうと思っているんだろうか。それは...もうひとつ、思い出したことがあるからだ。

 そう、一度でも、たった一度でも「生への渇望」を思い出したのなら、もはやそれを止めることは出来ない。

 生きたい。原動力なんてそれだけで十分だ。誰かに届け、この声。早く見つけて、この生命の河を揺蕩う行灯を。


「う、ぐぅぅっ...。」


 しかしどれだけ我慢して叫んでも、この痛みだけはどうにもならない。底のない恐怖と悲痛に、身を打ち震わせる。

 昔誰かが言っていた...死は全ての治療薬であると...いっそ死んでしまえば、こんな痛みも悩みも、無くせてしまうのだろうか、忘れられるのだろうか...。


「ーーーああっ!!!」


 何を考えているんだ。■■はどうしたいんだ?生きたいのか?死にたいのか?分からない。でも叫ぶ。死にたくはないから。なにか未練があるはずだ。■■とこの世を繋ぎ止めるきっかけが...。

 生きたい、アオサギの様に自由に。

 死にたい。針葉樹のように長く。

 生きたい。銀雪のように儚く。

 死にたい。螺旋のようにずっと。


「ぁ......。」


 思うだけでは無駄だったということだろうか...もう、声が出ない。

 これは、雨?それとも涙?ついに溢れて頬を伝ったのが、雨によって虚しくかき消される。

 つくづく、■■は無力だ。足掻くには遅すぎたのもあるが...それでも、何にも影響させることが出来ない。執着に身体が追いつかない。動かせない。痛い、途切れる、まだ、交錯する、死にたくない


 遺体

 歪曲する

 眠い

 黒

 黒

 動かない


 目を閉じる

 閉じても黒

 目を塞ぐ

 開いても黒

 白?


 いや やっぱり黒

 黒のまま


 つまり終わる

 これで終わる

 全てが終わる

 全て終わりにできる




 ああ 偉大なる■■■■



「おい!子供が倒れてるぞ!」

「酷い血の量だ...早く■■■を!!」



 声



 誰




 ■■は ここにいる




Death, the abyss from where no traveler is permitted to return.


Death is just life's next big adventure.




・202#/11/##

「本日は、取材に応じてくださってありがとうございます。」


 いえ、こちらこそ。あの子に関する記録は、私としても残しておきたいですから。


「...この失踪事件は、ハロウィンの恐ろしさを啓蒙するためにも、そして何よりご遺族の方の無念を記録するためにも、残しておかないといけないですからね。お名前を伺っても?」


 ■■■■■です...名前は、言わなくてもいいお約束ではなかったのですか?


「すみません、規則なので...記事にした時には伏せておきますから。」


 頼みますよ。


「はい、頼まれました。では早速ですが...■■さん。事件当日、あなたの覚えている限りの事を話してくれますか?」


 話の展開が早いですね。場の緊張がほぐれるような世間話とかは、いらないんですか?


「え......お話したいなら付き合いますけど、あなた自身、そういう空気でないことはお分かりなのでは...?」


 ふふ。それもそうでしたね。それじゃあいきなり話しちゃいましょうか。あなたも、しっかり書き留めてくださいね。


「え、ええ...はい。」


 事件当日は、10月31日。ハロウィンの当日だったのもあってよく覚えています。学校が終わって帰ってきた優人を迎えて、私はお洗濯をしに行ったんです。

 優人は根っからの真面目な子で、「今日やったとこの復習があるから」ってすぐリビングで勉強を始めるんです。そうなったらご飯時までは基本動かないので、私もできることをやろうと思いまして。毎日の家事であることはそうなのですが、あの子の勉強に取り組む姿勢を見て、私も頑張ろうって思えるんです。姉の歩美も呼び出したりして、家事に集中していてもその様子がよく伝わってきますから。


「良いご家庭じゃないですか。小さい頃から勉強を頑張れたら、きっと見える世界も変わってきますよ。」


 ありがとうございます。本人にも伝えておきますね。えーと、そのような感じで過ごしていて、私がハロウィンだからとかぼちゃのポタージュを作っていた時に、突然優人が「友達と遊んできていい?」と言い出したんです。


「それは、事前に聞かされることも無く、ですか?ハロウィンのイベントでしょうから聞かされてそうですが...。」


 いえ、ほんとに突然に。それに友達グループ主催のものでしたから、告知用紙とかが家に届くわけでもなかったんです。一応ママ友のグループにはその話が飛んできたかな、ってくらいで...。


「拙い感じなのはよく伝わりましたよ。」


 あの子、学校のお友達とはあまり馴染めてない雰囲気でしたから、ぜひ行かせてあげたいなと思って。優人からこういうイベントに参加したがるのもとても珍しかったんですよ。


「あ、結局友達と遊ぶというのはハロウィンイベントで合ってたんですね。」


 そうですね。とても嬉しそうに伝えてきましたよ。自分が参加するのがハロウィンとのイベントとかそういう細かいことはどうでもよくて、とりあえず友達と遊べるということが、あの子にとっては大きかったんでしょうね。


「友達と馴染めてないというのは、聞いても大丈夫ですか?」


 はい...子供のうちはよく遊べって言うでしょう?言わないかもしれませんけど。

 休憩の時間にみんなが遊びに行くところを、優人は前の授業の復習に充てていたんです。家で勉強をする時も、6時間目の...最後の授業の復習から始めていましたね。何回か聞いてみて、同じような答えが帰ってきましたから。ですから勉強の仕方は優人の中でとっくに習慣になっていたんでしょうし、その形のまま続いたら、それは友達と馴染むことが出来ないよねっていう...。

 三者面談の時も「もっと遊ばせてもいいんですよ」と私に言われました。先生から。優人に言っても「勉強する」の一点張りで聞かなかったんだと思います。ほら...バイトで休憩したくなったら掃除してきますって言うみたいな...。


「あ〜分かります。良い事してるから止めるに止めれないってやつですね。それを逆手にとってしまって、意識が高いまま孤立したんですね...。確かに、類は友を呼ぶというか、私も小学校の頃の友達は「勉強が大好き〜!」っていう子はいませんでしたね。私自身勉強が出来すぎる人とはあまり関わってこなかったし...。みんな等しく悩みを抱えてて関わりたい子もいる、っと。」


 なんかちょっと捻じ曲がってませんか...?まあいいですけど。そういうことがあったから、私も迷わずOKを出したんです。...それが最大の間違いだとも気づかずに。気分が乗ったから狼男の仮装までさせて。


「...狼男の仮装をさせたのは、なにか意味がありますか?」


 いえ、特には。優人の背丈に合いそうな物があれしかなかったので...。ですが、優人自身の性格だったり、あの日は満月だったり...偶然と言うにはちょっと苦しいものが揃ってましたね。優人もそれを察してたのか「えー」って困惑していたんですけど、最後には着てくれましたね。


「着てくれたのは大いに構わないんですけど、あなたがそれを言うんですか......。」


 ?


「いや、まあいいです。その後は?」


 じゃあ夜ご飯もいらないの?そういうことは早く言ってよね、上履きも雑巾も用意するの大変なんだから〜みたいな当たり障りのない会話をして、優人を見送りました。


「ふむふむ...優人君から聞かされたイベントの日程はどんな感じでした?」


 そうですね...夜ご飯は向こうでいただいて、夜の9時頃にはもう家に帰ってるはずだと。お菓子たくさん貰ってくるね、と主に歩美に言ってましたね。


「可愛いですね。■■さんと歩美さんはどう過ごしてたんですか?」


 私たちは、至って普通のハロウィンを過ごしてましたよ。その日もいつもと変わらない日常であったはずですから。

 せっかく作ったかぼちゃのポタージュを食べて、食後に談話して...異変に気づいたのは夜の9時、イベントが終わって優人が家に帰ってくるという、約束の時間を過ぎた後だったんです。


「......やっぱり、家に帰って来なかったんですね...。」


 10分待ちました。20分待ちました。ママ友グループにメッセージを送りました。返ってきませんでした。30分待ちました。娘が探しに出かけました。止められませんでした。警察に通報しました。40分経ちました。私も探しに出かけました。


「...■■さん?」


 静寂が静寂を呼んでこだまする、悲しい雰囲気の残る町の一角。小さき狼男を...愛する我が子を見つけるために、私は町を走り回りました。

 歩美と直で合流することは難しかったので、メールでずっと情報を交換しました。あっちにもいない、こっちにもいない。ちゃんと二人で手分けして探していたというのに、過ぎ行く影すら捕まえることが出来ません。

 かなりの時間が経ちましたが、我が子に対して探すのを諦める理由などありません。人手を増やそう、警察も呼んで協力してもらおうと、そう思い始めた時でした。


「...。」


 私も流石に疲れて、数少ない光源だった電灯のすぐそばで休もうとしました......私は仄暗い光に足元まで照らされて、その拍子に下を見た途端、何か異様な影が見えたんです。この世のものとは思えないような、怪物を思わせる大きな影が。

 ふっと...目の前を見てみました。するとそこにはハッキリと、優人がストーカーに追われているところが見えたんです。


「_...は?ストーカー?」


 発見した直後、私は茫然自失と見ているしかありませんでした。それらしい仮装でもして、一緒に楽しんでいるつもりだったのでしょうか?正体不明のソレは優人の後をついてまわっていて、まるで保護者を気取っていたようです。仮装をしていたから余計不審者でした。

 私はすぐさま止めに入りました。それ以上優人に何かしたらただじゃ__


「すみません、ちょっと聞いてもいいですか?」


 ......なんですか?


「私、今までこの事件を追ってきて、ストーカーなんて単語1回も聞いたことないんですけど...。」


 ............なにか漁っているなと思ったら、ストーカーの情報が出てきていたかを探ってたんですね。確かに一度もそんな情報は出てこなかったですよ。初めて事件が公にされた時にも、言いませんでしたから。ストーカーに殺されたとか、明々白々な顛末にしても良かったんですけど、全然違いますし、私が許せなかったですから。


「!?___っ!??じゃあなんで私にはこんな話を...ていうかさっきの発言!!」


 あなたになら私、なんだって話せてしまいそうなんです。ウソでもホントでもなんでも...


「......そ、それは困ります!私は真実を報道するという信条があるんです、本当のことだけ言っていただけ無いと_」


 めんどくさい信条をお持ちですね。つまりあなたは、ストーカーが実在したという証拠が欲しいんですね?


「...まあ、そんなものがあれば、こんな突拍子のない話にも説明がつくかもしれませんけど。」


 突拍子がないと思ったのは単にあなたが聞いたこと無かったからですよ。証拠ならあります、これです。


「あるんですか......。それは、何ですか?」


 ストーカーが残していった日記です。事件の捜査の時に見つかりました。なんで私がこんなものを持っているかとか、そういうのはどうでもいいですから。とにかく読んでください。


「............は、はい......。」


(ページをめくる音)


「最近、気になってる男の子がいるの。■■小学校に通ってる男の子。時間も通学路も被ってるからよく見かけるんだけど、あの喧騒を体現したかのような登校集団の中でも一際輝いて見えるの。まあ、目立って見えるのには、あの集団の中でもあの子が一人でいるから、ていうのもありそうだけど。これをチャンスと捉えるかどうかは今後の歩美の動きにかかってるわね。」


「あなたも立派な泥棒ね。こうも見事に歩美の心を盗んでみせたんだから。きゃはっ。こうして文字起こししてみたらとってもロマンチック。」


「こんな夜なのに、優人君が出歩いてるのが見えたの。そうか、今日はハロウィンか。ハロウィンのイベントとか称して、友達と出掛けてるのかしら?」


「同じところを堂々巡りしてる?私に気づいた?振り切ろうとしてる?なんでそんなことするの?」


「山奥 来た どこまでいくの」


「ニュースが流れてきた。誘拐された子供が、遺体になって発見されたって。」


「なんで私はこの日記を書くことが出来ているの?死んだのは歩美?彼?一体どっちなの?」


(本を閉じる音)


「な、何これ...ストーカーは、死んじゃったってこと...?」


 私は「いい子」でしたか?


「ひいぃぃっ!!?」


 あら、ごめんなさい。その文章の先、気になるでしょう?死んだのが、どっちなのか。


「つ、続きなんてあるんですか...?でもっ、ページが破れてて読めないです...。」


 私が破りましたから、覚えています。内容を、中身を、全て。


「......__っ破ったの...あなたなんですか?なんで、そんなこと...。」


 今から言いますから。心してメモしてくださいね。


「............。」


私は「いい子」でしたか?私は、いい子を演じていたつもりでした。少しでも、いい子に見えていたら幸いです。私は演じることが大好きでした。どれだけ私が弱っていても、狂っていても、死んでいても。皆さんは気づかなかったと思います。私は演じるのが上手だから。そんな私の最期の顔は、笑えていましたか?顔が、表情が、私が表す全てが、分かりますか?何も、見えていないのですか?見えているはずです。黝く染まっている夜だとしても、黒よりも黒くなっている森の中だとしても。目を凝らしてください。輝いている私を見てください。頼むから、私を、見つけてください。お願いだから...私を認識して...無生産な人間だと思わないで...せめて私を忘れないで...。


「___ちょ、ちょっとカメラ止めます!!これ以上はなにかまずい気がする!!!」




 ここから追記ね。失踪事件を経て発見された遺体の顔面は把握出来なかった。正しくは、誰のものか分からなかった。しかし、体格からして■■であることは明らか。■■さんはその事を知らなかったのかな...?または、知っていたけどそれを容認したくなかった?

 それに、初対面でいきなりこういうこと書くのも失礼だけど、■■さんの精神状態はちょっと異常だったと思う。家族が亡くなったというのに、世間話から始めるなんて...。

 それに、歩美も優人も元気に暮らしてるって何?あ、これはカメラ止めた後に■■さんが言い出したことなんだけど、どちらかが亡くなられたからこうして事件になって、私も取材をするまでに至っているのに...。否認しているとしか思えない。

 でも、仮に精神状態が狂ってるわけじゃなかったら、あれは本当のことを話している目だった。私がおかしいのかな...この失踪事件って実は誰も死んでなかったりする?私が取材を申し込んだのは、事件が起きてからかなり早かった。生死の確認はできたとしても、「元気に」暮らせてるはずはない......。まだ病院の中にいるはず......。

 色んなマスゴミを跳ね除けて独占取材できたのは良いけど、こんなの余計世間を賑わせるだけ。しかも、私だけこんな異端児みたいな文章見せたら、またこっぴどく批判されちゃうじゃない。ダメ...頭痛くなってきた。

 でも、優人君がストーカーに追われていたっていう事実は初めて聞いたんだよね...しかも■■さん本人の口から。真実を報道するっていう私なりの信条があるからこれも世に出させてもらいますけど、これ、確実にこの事件狂わせちゃうよね...。

 いや、取材までしておいてなんだけど、■■さんの発言が全て本物だっていう確証はあるの?私の中にはない。意味不明な言葉が多くてどれを信用していいのかすら分からないぐらいじゃない?あの日記の中身も信用していいものなの?中身を全部覚えてたって言うけど、その場で捏造しただけなんじゃ...?駄目駄目!こんな事件に関わってたら頭おかしくなる!私は辞退する!!あとの人任せた!!


私が書きました → 益子 利恵奈




・2023/10/07

 はい、ここからが本当のあとがきになります、真白きゆうです、皆さんはじめまして。今回大学祭に作品を出展するということで、こうして初めて筆を執らせていただきました。先程まで何やら訳の分からない文が続いていましたが、今はそれは気にしないでください。

 この場では、この作品の有している「姿」やその他もろもろについて語らせて貰えたらなと思っております。


 では早速、この作品の誕生秘話について少し。この作品は「ハロウィン」をテーマにして作られた作品となっています。でも、結構後付けで脚色されたものなんですよ。私が元々考えていたストーリーの中に「仮装」とか「トリックオアトリート」とか「ハロウィン」の要素を盛り込んで、なんとか形にしてみたわけです。はっきりいって時間がなかったんですね。

 あとがきを書いている=締切がヤバいということでだいぶ焦っております。え?その式は成り立たないって?人間が人間である限りこの式が成立するように世界は成り立っているのです。無視しましょう。

 ひとつだけ言い訳をさせて貰えるなら、この「ハロウィン」というテーマに固まるまでが長かったこと、ですかね。今回の大学祭、どのようなテーマで出展するかというのは部活の中でも結構停滞しまして。初めは「50」だったり「秋」だったりと結構アバウトなテーマで錯綜していたんですよ。時間が文を、そして設定を紡いでいった結果「50」をテーマに一本書けるところまで漕ぎ着けたんですが、そのタイミングで「ハロウィンにしよう」とガツンと決まったのです。いやあ部長様の英断ですね。

 「50」で構想していた作品はまた機会があったらお見せしようと思います。書くところからですけど。

 約4ヶ月程の短い経歴ですけど、こういう出生があったというお話でした。次からはいよいよ、作品の内容について触れていきましょうか。


 この作品って『serial experiments lain』に強く影響を受けた作品なんですよ。市場価格がものすごく高価(プレミアついて中古で80000円ほど)なので実際にプレイすることはまだ叶っていないし相当な勇気がいるんですけど、いつか大枚をはたいてそれを実現させたいですね...。

 実際にプレイしたことから感じられる質感というものにはやはり別格な何かがありますから。人間ありますよ、見たのと実際にやるのとでは全く違うという話が。

 すぐ話が逸れますね。ほんとにそういうの良くない。お詫びとして影響元の『serial experiments lain』について超ざっくり説明させていただきますね。ゲーム版に限った紹介となります。


 この作品はとある理由からカウンセリングを受けることになった少女と、そのカウンセラーの二人が主軸になって展開されていきます。初めのうちは極めて普通のカウンセリングの様子が音声で流れるのですが、時が経つにつれ少女が学校でいじめに遭ったり両親が離婚したりという、いわば支えが存在しない人生に陥ってしまうんですね。カウンセラーの方も仕事のストレスを顕著に感じるようになり幻聴が聞こえるようになってしまう。

 このようにカウンセリングの進行と重なって崩れていく日常の様子を、プレイヤーはたどたどしく追体験していくことになります。この作品はゲームと銘打ってはいますが、プレイヤーができることといえば音声と映像を流すことのみで、少し自由になったドラマCDのような代物になっているのです。

 作品の概略としてはこんな感じです。探れば探るほど救いがなくなっていくこの作品ですが、ただ暗い鬱なだけのストーリーだったらプレミアのつくようなゲームにはなりません。

 この作品で重要な特徴とはズバリ「作品で描写された事実や証言が全く信用できないものになっている」というところにあります。

 先程、少女が学校でいじめに遭ったと言いました。しかし、カウンセラーが同じ小学校の友達に内緒で確認したところ、お嬢様学校で品も良いから、いじめなんか起きよう無い(起きてない)ということでした。こういった分かりやすい食い違いが頻繁に発生します。

 この時点でもどちらが本物の情報かがとても判断しにくくなっていますが、そこに「この作品の描写は改竄されている」という数少ない確たる事実が加わってくるのです。しかも、自ずとわかってくる形で。

 つまり何が正しくて何が間違っているのかが、ただ聞くだけでは分からなくなってしまうんですね。プレイヤー側で残された記録から考察を行い「自分の推測で納得させる必要がある」。

 ある人はとんだ投げやりだと思うことでしょう。初代プレステじゃないとこんなこと許されてないぞと。ですが、この特徴が作品の中で最も面白いと私は思っています。

 この作品はとある界隈からものすごい人気を博しているのですが、人気が根付いた理由にはこの要素も大きく関わっていることでしょう。

 いくらでも語れてしまうので、特徴の説明についてもこのくらいにしましょう。


 ともかく、その『serial experiments lain』に影響を受けたとはどういうことかと言うと、『Hello, weakness.』でもやはり「自分で推測して納得させる必要がある」ということです。テーマがもろかぶりで怒られそうですね。

 先程も話した通り、『serial experiments lain』にもきちんとしたストーリーが用意されていて考察も捗る内容になっているのですが、ハッキリとした結末...正解にあたる結末を見つけ出すことが不可能です。もしかしたら認識することが難しかったかもしれませんが、『Hello, weakness.』でも同じようなことになっています。

 この物語の地の文は、「昔話をする」というていで大人になった優人君が語るものになっています。キャラクターが昔話をする。それは私が、筆者が「当時起こったことをつらつらと書いていく」のではなく、「主人公が話すことをつらつらと書いていく」のと同義のはずですね?事実ではなく供述の描写を行っている。つまり、その中身はいくらでも改竄されている可能性がある。

 なぜ皆さんは鼻から人の話が全て本当だと思って聞けているのですか?それは恐らく本当だったことが多かったからでしょう。そうに違いありません。皆さんは少なくとも本当のこと、紛れもない事実を伴って成長してきたはずですから。でもこの物語は違うよ、と言っておきます。


 改竄は少し行き過ぎた発言かもしれませんが、それに相当する謎は沢山用意されています。

 例えば、そもそもなぜ昔話をすることになったのか?概要として成長する物語だと本人は言いましたが、この内容で本当に成長したのか?なぜハリスと巡り会えたのか?なぜハリストフォルは二重人格なのか?数え始めたら、物語の序盤だけでもキリがありませんね。

 そういう感じで謎を生んで辿ってを繰り返してきたその極めつけに、物語が完結した後に突然現れた謎の文章群ですよ。順番的に皆さんは既に読んでくれたと思います。露骨に露骨を重ねて骸骨の模型でも出来上がりそうですが、これもれっきとした謎ですね。

 で、この文章群に関する小話なんですけど、ここだけの秘密を皆さんにお伝えいたしましょう。

 こちらの文章群、当初の予定では皆さんに読ませる気、ありませんでした♡

 16進数、10進数、バイナリ、その他多数諸々を悪用して、むちゃくちゃな状態で載せてやろうと画策していたんです。流石に怒られそうだったので自重しましたが、書いてる当時はウッキウキでしたね。その証拠として当時の文を懺悔代わりに残しておきます。


「上の明らかに読ませる気がない数列については、G社のレンズか何かを利用して頑張って解読してください。この時にあなたはスマホを利用するはずです。二次元の文書を三次元の物体を介して解読する、ということですね。自力でこれを解読した人は知りません。この「次元を介した行い」を前提とした造りにしているのは、「死者が冥界から現世へ還ってくる」というハロウィンなりの「次元を介した行い」に一応倣っていたりします。こじつけではありませんよ?」


 こじつけですね。マジでふざけんな。こういう意地の悪いことばかり考えてるから(自主規制)失礼しました。こやつの言っていた「次元を介した行い」は、また別の作品で登場させようと思っています。「あ、やるんだ」と思いましたか。やらせてください、お願いします。

 まーた話が逸れましたが、これらの文章群が本編と関係あるかどうかは、またみなさんで考えてみてください。

 さて、以上のように少しばかりこの作品に残された謎を提供させていただきましたが、この謎は「優人君がそう語ったが故に」発生しています。本人の記憶力が良いか悪いかはこちらでは決めていませんが、人間の記憶力とは残念ながら誤謬が発生するもの。必ず間違っている部分があります(作中でも曖昧になっている部分があると言っていましたね)。

 こうなってしまうと、優人君のことを「信用出来る語り手」とはとても言えなくなりますよね。そして私がこのことについて言及したおかげで、本編で描かれていたことの信憑性が途端に0になります。これもまた面白いことです。皆さんが事実だ、真実だと思って読み進めていた物語が根底から嘘だったかもしれない可能性を私がここで見いだした訳ですから(読んでる時点で怪しいところが多かったのも認めます)。または、皆さんが密かに思っていた違和感をここで明るみに出したか。

 物語の一貫性として破綻しない程度には、とてつもない謎を散りばめたつもりでございます。


 まとめとしまして、この『Hello, weakness.』という作品は以上で説明してきたような造形となっております。ぜひ皆さんなりのこの物語の結末や説明など色々なものを考えて、その上で結論づけてみてください。もしそれを聞く機会がありましたら、私はそれを「あったかもしれない真実」として全て受容いたしましょう。この物語を書いた私自身にも決まった結末を用意することは出来ませんし、する気もありません。そしてこの文を皆さんが読んでいるということは、私にはもう作者という名前だけの肩書きしか存在せず、この物語についてとやかく言う権利も権限も失われているのです。つまりは外野がわーわー言っているのと同じということになります(これは想定のうちですけど)。責任転嫁というか説明放棄というかは皆さんにお任せします。作者の私に考察の余地を与えてくれたそこのあなたには、感謝いたします、ありがとうございます。


 ただいま締切15分前でございます。初執筆で拙い点しかないかもしれません。期限もここまでギリギリになってしまい本当に申し訳ございませんでした。この場をお借りして関東ローム層ほどに重ねてお詫びいたします。最後になりましたが、このなっがい物語を掲載することを許可してくださった部長様、そして挿絵を担当してくださった私のお姉様。なによりもここまで読んでくださった皆様。本当に、本当にありがとうございました。また会う日がありましたら会いましょう。


真白きゆう




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ