9、フレッドは王宮に呼ばれる
フレッドは王宮の閲見の間にいた。
そして最近、功績の認められた人物が順番に呼ばれ報償を受け取る、その最後にフレッドの名前が呼ばれたのだった。
「商人フレッド、先日、第五王女マーガレット様が城下で体調を崩された時に介抱したことに対する報償として金貨20枚を与える」
フレッドはいつも通り平然とした面持ちの一方で、内心は穏やかではなかった。
先日助けたマーガレットが、まさか王女様であったなんて。
貴族の令嬢だろうとは思っていたが、もっと上の立場の人間だとは思わなかった。王女様が街中をふらふら歩いているとは思わないだろう。
しかも、儀式が終わったあとも、ちょっとした用件があるからといって客間で待たされていた。
用件とはなんだろう。早く帰りたいのだが。
面倒なことに巻き込まれないといいけど。
そんなことを考えながら王宮の客間で待っていたフレッドの前に現れたのは、この国王と宰相の二人だった。
「これは国王陛下、それに宰相閣下、お初にお目にかかります」
フレッドは二人に対して、身振りなど礼にのっとった挨拶をした。
「これはこれは。フレッド殿、これは丁重な挨拶であるな。商人ということだが、まるで貴族の家の出と思うような優雅さだ」
国王はそう言って、笑顔を見せた。
フレッドは、国王の言葉に、自分の過去を調べられているのだと理解した。
「フレッド殿、この度は我が娘マーガレットの病気を診療して頂いたことについて、深く感謝している。娘は、お陰で快方に向かっている」
そういって国王は頭を下げた。
「感謝の言葉、恐悦至極に存じます。それに快方に向かっていると聞いて安心しました。しかし私は大したことはしていません。提供した薬草もありふれた安価なものです、治療法もごく簡単なものでそれをお伝えしただけですし」
「いや、私たちはあらゆる手を尽くしたが、治し方がわからなかったのだ。途方に暮れて、無念の思いだった。私たちの胸に深々と刺さっていた棘を抜いてくれたのだ」
宰相は国王の言葉に深く頷いた。
それから宰相が口を開いた。
「一ついいでしょうか。これは単なる好奇心からの質問ですが、一体この病気の原因をどうして知っていたのでしょう」
フレッドはどう答えたらいいか迷ったが、正直に答えることにした。
「実は他国の医療研究プログラムに少し関わっていまして、そこで最近報告された成果なのです。もうすぐ公にされるそうですが、まだ公表前ですのでできれば今回の件は内密にお願いしたいです」
「そういう事情ならもちろんである」と国王が言った。
宰相も納得したような表情をした。
「そうですか。最先端の研究の成果なら、他の誰も治療できなかったことは納得です。小さな村の診療所を営んでいる一方、そのような王都の医者ですら及ばぬ高度な医療に通じているとはいささか不思議な状況ですな」
診療所のことまで知られているのか。
フレッドは自分の経歴はすべて知られているなと思った。知られたくないことも含めて。
「今回はたまたま縁に恵まれただけです」
「なるほど。そういうことにしておきましょう」
宰相はそう言ってにやりと笑った。
「ところで、君の診療所などに我々が力になれることはないだろうか」
「陛下、お気持ちはありがたいですが、私のところは幸いなんとかなっていますので、今回は先ほど頂いた報償で十分でございます」
「そうだろうな。わかっているぞ。つまり、この国に数ある診療所のたった一つが充実したところで、根本的な問題は解決しない、そう言いたいのだろう」
フレッドはそれを聞いて答えに窮した。確かに突き詰めれば自分にそういう考えはあった。でも、その問題について自分が意見を言うのは出過ぎた真似だと思った。
「そのなんというか……」
「そして本当は医療体制自体の変革が必要だ、そう考えているのだろう」
フレッドが過去に提案しようとして潰された「公的医療サービスの構想」、それについて言っているだろうか。
しかし、フレッドは医師の資格を剥奪された時に、それをすでに諦めていた。貴族がこの国の政治の手綱を握っている限り、無理だと悟ったのだ。
王と宰相は、貴族たちの利権を揺るがすその構想を警戒して、フレッドの考えを探っているのだろうか。
今は、自分がその案を諦めていることを伝えなければいけない。誤解されて、この二人に敵だと認定されることだけは避けたい。
「私は今住んでいる村の診療所のことで精いっぱいでして……」
「そう警戒せずともよい。私とグレイは、フレッド殿が以前に出してくれた提案を先日、偶然手に入れてな。これは真剣に検討する価値があるものだと話しておったのだ。なぜか今まで私たちのもとには届いていなかったが」
横で宰相が国王に一瞥を送った。
「これは失敬。興が乗って、話すつもりのないことまで口にしてしまった。今は診療所のことに注力してくれ。応援しているぞ。いま話したことは忘れてくれて構わない」
フレッドは「今は」という言葉が少々引っかかったが、ひとまず言われた通りにすることにした。
「承知しました。では失礼いたします」
そう言ってフレッドが立ち上がろうとした時、客間の扉が勢いよく開いたのだった。
「待ってください」
何ごとかと思って、三人がそちらに目を向けると、そこには第五王女マーガレットが立っていた。
「マーガレットじゃないか。体は大丈夫なのか」
「お父様、お陰様でこの通り元気です。フレッドさんがお越しになっていると聞いたので飛んできました。私の命の恩人にお会いしたいと。お父様、少しよろしいでしょうか」
「構わないよ」
「フレッドさん、私の命を救って頂きありがとうございます」
「もったいないお言葉。私は、王女様の元気のお姿を見られて安心しました」
「なんでしょう、その距離が開いたような話し方。この前のようにもっと寛いだ話し方でお願いできませんか」
「王女様に対してそんな」
「もう……そうだ。それで私聞きました、フレッドさん診療所をやられているそうですね」
「はい」
「人手は足りているのでしょうか」
「私一人でやっていますが小さな村なのでなんとかなっています」
「つまり、本当はもっといた方がいいということですね。お父様、私フレッドさんの診療所をお手伝いしに行きます」
「え?」
フレッドはマーガレットの思ってもみない提案についそう口にしてしまった。しかしそれはいくらなんでも父である国王が許さないだろう。
「それはいいな」
しかし国王の口から出てきたのは予想と反対の言葉だった。
いや、おかしい。フレッドは困惑した表情を浮かべた。
でもまだ宰相がいる。
冷静な意見を言ってくれるだろう。
しかしでてきた言葉は、期待に反するものだった。
「それは都合がよろしいかと」
宰相まで賛成だとは、どういうことだ。
「そうだな、マーガレットが回復したことを今公表するのはいろいろと不都合がある。しかし王宮にいては、それが察知された広がるのは時間の問題。空気のいい土地に療養にいくとでも言って、フレッド殿の村に行けば、今の状態を知られることはない」
「決まりですね」
「ええ」
フレッドを除く三人の相談によってそのことが決まってしまった。
もちろんこの三人に対して異議を唱えられるわけはない。
「よろしくお願いしますね。フレッドさん」
マーガレットはにこやかな笑顔で言った。
「はい、こちらこそ」
フレッドは、そう言うしかなかった。