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5、王女の病気について

「実は君が倒れている間に、宿で診させてもらったんだ。急病だといけないから」

「そうなんですね」

「それで君の病気がどんなものかすぐにわかった。ずいぶん進行しているみたいだが、正しく治療すれば治る」


「ちょっと待ってください。私は何人ものお医者様に診てもらいましたが、みな口を揃えて、どんな病気かわからないし、治療法もないと言われましたよ」

「だけど俺なら治せる。信じられないか?」

「はい……いえ、あなたのことを信用できないと言うつもりはないのです。ただ、今まで高名なお医者様を何人も遠くから呼んだり、両親があらゆる手を尽くしても無駄だったのです。それが急に治るなんて話は……」

「この国で、君の病気について正しい知識を持っているのは俺だけだろう」

「そんなことあるのでしょうか。何十年も苦しんでもう諦めていたのに、今日たまたま歩いていて出会った人が私の病気を治せる唯一の方だなんて」

「確かに、(はた)から聞くと嘘みたいな話だな」

「決してあなたが嘘つきだとは思っているわけではないのです。でも私の人生にそんな都合のいいことが起こるわけがないのです。今更、そんなこと。そう、きっとこれは夢なのでしょう。この金色に染まった眼下の草原も、心地のいい風も、目を覚ましたらすべてかき消えて、いつもの暗い天井があるにちがいない」

「それほどまでに辛い日々を送っていたというわけだ。この美しい景色も夢だと思うぐらい」

「この塔から飛び降りれば夢は覚めるでしょうか。ああ、夢なら思いきって……」

 そういって、マーガレットは最上階の際に取り付けられた柵の方に向かって歩き出した。


「待って」

 とフレッドはマーガレットを行かせないように手を掴んで押しとどめた。

「俺の話を聞いてくれ」


「そうですね。こんないい夢は、もう少し長く見ていてもいいですよね」

「これは現実だ。なあ、今の体の調子はどうだ? いつもに比べていいんじゃないか」

「そういえば」とマーガレットははっとしたような表情をして言った。「いつもなら一時間ももたないのに、今日はその倍以上の時間動けている。しかもまだ、動けそうです。こんなこと今までありませんでした」

「そうだ。それはたまたまじゃない。さっき宿でスープを飲んだだろう」

「はい、飲みました。考えてみれば、あれを飲んでから体の調子がいい気がします」

「それもそのはずだ。あのスープには君の病気の症状を和らげる効果のある薬草が入っていたんだ」

「階段を上っている間、体調がいいのを不思議に思っていましたが、確かにスープにそういう効果があったのだとすると、話が合いますね。毎日少し歩いただけで息切れして休まなければならない私の体では、この長い階段を上れるはずはない。それこそ、なにか効果のある薬でも飲まない限り……じゃあ本当なんですね」

「ああ」


「では、あのスープに入っていた薬を飲みつづければ治るということなのでしょうか」

「いや、そういうわけでもない。あの薬は病気の症状を一時的に和らげるだけだ。あの薬だけではなく、もう一つ必要なものがある」

「それはなんでしょう」

「運動だ」

「は、運動?」

 マーガレットは怪訝な表情をした。


「そうだ運動をすれば、君の病気は治る」

「そんな、運動だけで?」

「そうだ運動だけだ。信じられないといった表情だな。でも、考えてみて欲しい。病気になってから運動したことがあるだろうか」

「いえ、お医者様には安静にしているように言われました。それに動こうとしても、苦しくなるばかりでむしろ体調は悪くなると思います」

「運動すると、動いたばかりのときは苦しくなる。でもむしろ長期的にはよくなっていくんだ。逆に運動しないと、この病気は悪くなっていって最後には死に至る」


 それからフレッドは病気の詳細をマーガレットに話したのだった。

 マーガレットの体の中では、本来体を循環するはずの魔力が滞って、うまく循環しなくなっているという。

「しかし初期の段階で適度に体を動かせば、自然に治癒する。大抵の人は適度に運動するからこの病気は進行せずに治ってしまう。だが他の重い病気と一緒だったり、あるいは少し体調が悪いだけで完全に休ませるようなやり方だと進行してしまう。たとえば貴族の令嬢とかはそう扱われるかもしれない」

 そういってフレッドはマーガレットのことを見た。

「大切に扱われるこそ、病気が重くなってしまうんだ。たとえば侍女だったら、そうはならないだろう」

「嘘をついて申し訳ありませんでした。たしかに私は侍女ではありません。わかっていたんですね。私が本当の身分を明かしていないことを」

「ああ。でも詮索するつもりはなかった。何か事情があるのだろうし。今日出会っただけの間柄、俺たちは別に知り合いというわけでもないしな」

「私はそんなつもりではなくて。あの、またあなたとお会いすることはできないのでしょうか」

 しかしフレッドはそれについては何も答えなかった。

 

「毎日最低二時間は、散歩くらいの強度でいいから運動をすること。食事には毎食、俺が渡す薬草を入れて食べること。それを続けていれば治る」

「わかりました」

「あとは俺のことは話さない方がいい。俺は王都の医者たちから敵視されているから。薬もちょっとした調味料というように言って食事にいれるのがいいだろう。怪しまれて取り上げられるとよくないから」

「王都で何か嫌な思いをしてらっしゃるのなら、私が何か力になれないでしょうか」

「いや。過去にはいろいろあったにせよ、今はそれほど悪い生活じゃないんだ。ありがとう。俺のことなんか気にかけてくれて」

「いいえ、そんな」


 二人は塔から降りると、王宮へと向かった。

 別れ際、マーガレットはフレッドに繰り返しお礼を言った。

「大したことじゃない。薬草も高価なものでもないし。君の病気は言った通りにすればよくなるから。それから、俺のことはもう忘れてくれ。俺は王都にいること自体あんまり知られたくないんだ。特に貴族たちには。目をつけられたら、いろいろと面倒が起こるだろう」

「わかりました。あなたのことを誰にもいいません。でもあなたのことを忘れるなんてできるでしょうか」

「そろそろ行かなくては。じゃあ」

 そういうとフレッドは立ち去ってしまった。

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