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4、王女は塔を上る

 マーガレットと男は月の塔を上っていた。

 マーガレットのペースに合わせてゆっくり階段を上っていたので、二人は、後から来た人にどんどん抜かされていった。


「大丈夫か?」

 男は時折、マーガレットの体調を心配して尋ねた。

「驚くことに、大丈夫なんです。これ以上早くはできませんが、まだまだ上がれます。こんなに調子が良いのはいつぶりでしょう」

 マーガレットは驚いているような、嬉しそうな表情で行った。

 正直なところ、どうしても行きたいとは言ったが、体調が持たないのではないかと思っていた。それなのに、塔を上がれている。


 塔の下に立って見上げてその高さを感じ、ここから最上階までずっと階段を上らなければいけないと知ったときには、絶対に無理だと思った。でもここまで来たからには、いけるところまでは行こうかと思った。

 最初はそんな風に思っていたのに。

 こんなに調子がいいのは嘘みたいだ。もしかしたら私の残りの元気な時間すべてを神様が今日に集めてくれたのではないかという気がした。それならとても嬉しい。このままどうにか最上階まではもたせてください、階段を一段一段上がりながら、マーガレットはそう祈った。

 

 男は、たまに体調を心配して声をかける以外はほとんど喋らなかった。

 マーガレットはそれが有り難かった。

 普段、侍女とくらいしかまともに話さないので、人と話すのがどうしていいかわからないのだ。


 階段の途中、ところどころに小さな窓があって、そこから外を見ると、街並みが段々と下になっていき、自分たちが着実に上がってきているのがわかった。

 それと、太陽が地平線に近づきつつあるのが見えて、もうそんな時間が経っているのかとマーガレットは思った。侍女たちは心配しているだろうか。ごめんなさい、今日だけは私のわがままを許して欲しい。


「あと少しだ」

 男の言葉に、マーガレットは頷いた。

 マーガレットは並んで階段を上っている男を見た。

 日焼けして、筋肉のついた屈強な体、それは王宮の貴族たちとは全く異なった風貌だった。

「あの、あなたの名前はなんというのでしょう」

「そういえば名乗ってなかったな。俺の名前はフレッドという」


 マーガレットは、普段、王宮のきらびやかな数々の装飾、見事な建築の意匠、そういうものに囲まれていたが、彼女にはすべてが色のない冷たいものとして見えていた。

 灰色の世界の中で、苦しい呼吸をしていただけだった。

 それが今、変わりはじめている気がする。

 最上階が見えてきた。



 階段を上りきると、視界が開けた。

 夕日に染まった市街、丘の上には見事な尖塔と城壁の王宮、王都全体を囲む壁の向こうには緑の草原と緩やかに蛇行する川。

 空は、王宮の貴族ならシャンパンのような金色と(たと)えるような、美しい色をしていた。

 マーガレットは息をするのも忘れて目の前の景色に見入った。


 しばらくすると、塔の下の方から、ごおんごおんという音が繰り返し鳴って聞こえてきた。

「あれは?」

「日没を知らせる鐘だ。塔の、ここから少し下に取り付けてある鐘。王都市街に住む人間は、毎日聞いている音だ。この音で日中の仕事を終えたり、酒場が店を開けたりする」

「そうですか、それは素敵ですね」


 目を上げると、自分が住む王城が、ずいぶん離れた場所に見えた。

 マーガレット大声を出したいような気持ちになった。

 なんだか自分が別の人間になったような気分がした。


「ありがとうございます。フレッド。最後にこの景色が見れてよかった」

「最後?」

 マーガレットは、しまったというように口を押さえた。

「あ、これを言うつもりはなかったのですが、つい。でも……これは私の勝手な気持ちですが、お別れする前に話しておきたくなりました。聞いて下さいますか」

「ああ」

 フレッドは一体どんな話が始まるのだろうと身構えた。


「実は私の余命は、あと数ヶ月なのだそうです」とマーガレットは言ってほほ笑んだ。「すみません、初対面なのにこんな重苦しい話をして」

「構わない、続けて」

「ありがとうございます。私、普段は、ベッドから起き上がると一時間も動けない、病弱の体です。それが幸運にも今日は体調がよくて、こうしてここまでこれたのですが。明日からはきっとまたベッドの上の生活でしょう。でもとにかく、ずっと心に抱いていた願いが叶って、もう満足です。今日が最後でも文句は言えません」

 マーガレットはそう言って、ため息をついた。

「なんで初対面のあなたにこんなことを話したのでしょう。自分でもわかりません。でもなんでか、あなたにはどうしても知ってほしい気持ちになったのです。会ったばかりなのにこんなことを言うのは変ですね。私は人と全然話さないので、変な事ばかり言ってしまうのです」

 マーガレットの言葉を聞いて、フレッドは首を振った。


「そうだな。俺も話しておかなければいけないことがあるんだった」

「はい、なんでしょう」

「君は、余命があと数ヶ月だといったがそれは事実じゃない」

 マーガレットは思いがけない言葉に驚いた表情をした。

「一体どういうことでしょう」

「正確には、もう君の病気は治りはじめている。話していなかったが俺は医者だ。いやここでは元医者だと言った方がいいかもしれない。そして、たまたま君の病気のことをよく知っているんだ」

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