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1、王女は病に冒されている

 王宮の廊下では、二人の貴族らしき男が小さな声で話をしていた。

「そういえば、この先には第五王女の居室がありましたな」

「第五王女? ああ、そういえばそんなお方もいらっしゃいましたね。一度も姿をお見かけしたことはないですが」

「ええ、長く病に伏せっていますからね。聞いた話によると、もう長くはないらしい。医者の見立てだと、あと数ヶ月の命だとか」

「そうですか。それは御労(おいたわ)しい。せっかくこの国の頂点の家系にに生まれながら、悲しいものです。ただ床に横になったまま生きて死んでいくとは」

「天井を見るだけの毎日、考えただけで苦痛です」

「しかし、彼女がいなくなったところで、王宮の情勢に影響はないでしょうね」

「ええ、その通り。王家には他に四人の王女と三人の王子がいらっしゃいます。彼女の存在はそれほど大きなものではない。そもそも第五王女の存在を知らない方も多いですしね」

「きっと私たちも来年には彼女のことを忘れているでしょうね」

「ははは、残酷ですが、そうでしょうな」



 第五王女マーガレットの部屋はしんとしている。

 ベッドで天井を見上げて静かに呼吸をするマーガレットの耳には、いろいろな音が聞こえてくる。窓の外の鳥の声、風の音とか、他にもたとえば、廊下で話す貴族の噂話とか。

 マーガレットは自分が王宮でどう見られているわかっているし、それを聞いてもどうとも思わない。


 色のない灰色の日々、そこでは感情など動かない。ただ一日一日が淡々と過ぎていくのみだ。まるで他人の夢でも見ているよう。

 手を振ったらすべて消えてそうな、淡い世界。

 マーガレットは天井に向かって手を振ってみた。それから、

「消えないか」とつぶやいた。


「王女様、お具合はどうでしょう」

 今や第五王女の面倒を見るただ一人の侍女アンナが部屋に入ってきて、声を掛けた。

「今日は悪くない」

「よかった。お着替えをしましょう」


 侍女のアンナはマーガレットを心配し、気にかけてくれる。

 マーガレットはアンナに感謝はしているけれど、それでも王女の心が癒されることはない。

 自分の命が尽きつつある、それが変わることはないのだ。マーガレットが死んだら、アンナは悲しんでくれるかもしれないけれど、それも一時のこと、そのあと彼女は普通に生きていくのだろう。

 自分だけが光の差さない暗い場所に、一人取り残されている。


 ただ一つだけ、マーガレットの心にかすかに灯る小さな光があった。


「アンナが前にしてくれた王都の市街にある塔、その最上階から見る景色は本当に美しいんでしょうね」

「はい、王女様、それは大層」

「もう一度、聞かせてくれないかしら、あの話」

「はい、喜んで」


 その話を聞くとマーガレットの表情はいつも和らぐ。

 その風景を想像しているのだろうか、しばらく目をつむっていたが、そのまま眠ってしまったようだった。マーガレットは静かに寝息を立てていた。

 アンナがそれをみて、ほほ笑むと、部屋を後にした。

 

 少ししてからアンナが王女の部屋に戻ってきたとき、ベッドはもぬけの殻だった。

「王女様?」

 部屋の窓は大きく開けられ、白いカーテンがそよ風に揺れている。

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