04
女子テニス部長が、突如として現れたイケメンに言う。
「斉木くん」
「制服姿の下級生を、部室に引っ張り込むのが見えたからさ。男子テニス部の部長としても気になって、ね。きみが例の子――藤井ヒビキさん、だよね?」
「ええ」
「ぼくは斉木。男子テニス部の部長をしている。よろしく」
彼が差し出す手を、ついついわたしは握り返してしまう。
何やらいい香りがした。
そしてやっぱりイケメンだ。
もちろんわたしは自分の弱点というものを自覚している。
わたしはイケメンに弱い。
「それで、どんな話になったの? 藤井さん、テニス部に入ってくれるって?」
わたしは振り返り、西谷と呼ばれた女子テニス部長と目を合わせる。
彼女はゆっくりと首を横に振った。
「藤井さんはもう、テニスはやめたみたい」
「……それは残念だな。理由は?」
「才能に限界を感じたんだって」
わたしに代わって西谷部長が説明する。
わたしはうなずきかける、が、少しこの、斉木という男子の存在が気になり、ついつい説明を加えてしまう。
「実際、このままテニスを続けたところで何にもならない、という不安がありまして」
斉木という名前の彼は男子テニス部の部長で、わたしの異名もすでに知っているらしい。
だがそのうえで彼は、わたしを『ゴリラ』と呼ぶことに否定的な発言をしてくれた。
そして初対面のわたしにも握手のために手を差し出し、今も微笑んでくれている。
わたしの頭の中ではいま、何やらモヤモヤとした計算がはじまっていた。
この斉木さんは男子テニス部に所属しており、しかも女子テニス部がわたしの勧誘をすることも知っていたらしい。
つまり彼はいま、多大なる関心をわたしに向けている、ということになる。
それは、主にわたしのテニスの実力のために生まれている関心だ。
だからもし、わたしがテニス部に入らないのならば、彼とは何の接点も生まれないことになる。
何よりも気になるのは、やっぱりあの、呪われたあだ名のことだ。
もしもわたしがテニスを再びはじめ、彼と親しくなった場合、ゴリラという異名のことを、斉木さんはどこまで気にするだろうか。
「じゃあ、こういうのはどうかな、藤井さん。きみと西谷部長とで、試合をする」
わたしは西谷部長へと目を向ける。
まさかこの一連の流れは、この人たちの筋書き通りなのでは、と思ったのだけれども、西谷部長もまた目を丸くしていた。
「ちょっと、なんでそうなるのよ」
「いいじゃないか。藤井さんは、テニスの才能に限界を感じている。一方きみは、チームの戦力になる、ウワサ通りのテニスの天才を求めている」
「まあそうだけど」
そう口を尖らせる西谷部長を意に介した様子もなく、斉木さんが話を続ける。
「なら、試合をすれば解決だ。西谷部長が勝てば、藤井さんは女子テニス部が求めていたほどの選手ではなかった、ということだ。無理にテニス部に加入してもらうこともない。だけど、もしきみが負けたのなら――藤井ヒビキさんが勝ったのなら――それはつまり、彼女はホンモノの天才だってことだ」
「わたしが何らかの理由のために、どうしてもテニス部に入りたくないからって、わざと負けるかもしれませんよ」
わたしがそう指摘すると、斉木さんは微笑んだ。
「そういう選手なら、ハナからお断りだよね、西谷部長。そんな、テニスに何のプライドももっていない選手は、結局のところ通用しない」
どこかすべてを見透かしたような斉木さんの言葉に、西谷部長は肩をすくめる。
「まあ、ね」
「それに、藤井さん。西谷部長をなめない方がいい。確かに、ウチは団体戦では大した成績は収めていない。でも西谷部長個人なら、インターハイで上位に入った経験もある――最近まで、ケガをしていたけどね。でもケガが治った今なら、全国でも指折りの選手のはずだ。きみは彼女に勝てるかい?」
わたしはなんともリアクションに困っていた。
果たして、なんと答えるのが正しいのだろうか。
そんなわたしの次なる発言を後押ししたのが、斉木さんの微笑みだった。
改めて強調しておこう。
わたしはイケメンに弱い。
斉木さんともし恋人になれるのなら、わたしは喜んでテニス部に入るだろう。
「斉木さん。ひとつ、聞いてもいいですか」
「なんだい」
「斉木さんは、テニスのうまい女性って、どう思います?」
わたしのその質問は、今までの話の流れでは、かなり奇妙に響いたらしい。
「なに言ってるの、あなた……」
西谷部長が呆れたような声を出す。
だけどわたしにとってはそれなりに、このテニス勝負と関係のある問いかけだ。
なぜならばわたしは、ゴリラと呼ばれもするけれど、間違いなく人よりテニスがうまいからだ。
わたしという人間の何よりのアピールポイント、それはテニスだ。
「わたし、わりと真剣に聞いてるんですけど」
やがて意外そうな顔をしていた斉木さんも、元の穏やかな顔を取り戻す。
「テニスのうまい女性は、魅力的だよ。テニス部員としてそう思うし、一人の男性としても、やっぱりそう思う」
「そうですか」
わたしは、少しの間、無言で考える。
久しぶりにテニスをしたとして。
わたしの感覚は鈍っているだろうか?
わからない。
だけど、まあ、きっとやれるだろう。
テニスに関していえば、わたしはそんな風に思ったことしかない。
例えどんな困難でも、乗り越えられると感じたことしかない。
「先ほどの、斉木さんの質問ですけど――西谷部長に勝てるかどうか、みたいな話」
「ああ」
「勝とうと思えば、勝てるんじゃないですか」
はっきりとそう告げると、西谷部長の表情は引きつるようなものへと変わる。
そしてわたしは、つい自分の本音を口にしてしまったことに気づき、あわてて今の言葉を否定する。
「いや、実際に勝てるかどうかは、よくわからないですけど。何しろわたしは才能に限界を感じているんですし」
斉木さんが、感心するような声で言う。
「俺には、きみが才能に限界を感じているなんて、とても信じられないけどな。だけどきみがそう言うのなら――そういうことでいいね、西谷部長?」
そう話を振られた西谷部長はうなずく。
そういうわけで、奇妙なわたしのテニス対決が決まったのである。
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