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7話 ぶんせき

 分かったことがある。


 それはストーカーの心理についてである。


 一応それ紛い――にすらなっていなかったかもだが――のことをしてみて、実体験としても判明した事実。

 つまり、ストーカーと言う種族は、相手のことを全く考慮していないという点だ。


 俺がお願いされて実際にすることになったストーカー(もどき)でもそうだったが、結局相手の都合や心情、思考などをそもそもで念頭に置いていない。

 相手のことなどお構いなしに、自分都合で行動している。


 そしてストーカーと呼ばれる行為をしている本人は、大抵の場合自分の行動や思考が全て正しいと思い込んでいる。

 更に言えばそれが相手の為、今後の二人の為などと謳っている場合が多い。


 今回俺が蜜峰に頼まれた鷺森(さぎもり)憂妃(ゆうひ)追跡劇では俺自身はその次元に達していなかったが、先輩である蜜峰と会話を交わすうちに確信していった。


 そしてもう一つ。


 ストーカー行為をしている本人には、自分がストーカーであるという自覚が皆無である。



 蜜峰の異常なストーカー性が垣間見えたあの日、蜜峰は最後に「全部冗談に決まってるでしょ」と言って笑顔を俺に向けてきた。

 笑えない冗談はやめろよ、と苦笑いを返した俺だったが、どうにも拭いきれないモヤモヤが肺辺りに残っている。


 見たことの無い蜜峰の据わったような目が、脳裏から離れないからだ。

 冗談と言われればそれまで、『鷺森憂妃』という女性と携わりの無い俺にしてみたら何一つできることはない。確かめることもできない。


 相手に注意喚起の発言をするとか、そんなことくらいなら俺にもできたかもしれないが、もしも本当に蜜峰のタチの悪い冗談だった場合、俺が滑稽な狼ピエロみたいなことにしかならない。


 とりあえず、そうだな。


 今回の件から俺が活かせることがあるとするなら――。


『実は、友人がストーカーにつけ回されているらしい。僕そういうの経験も無くて全然わからなくて。リョウ、こういうときどうすればいいと思う?』


 ナツキのこの相談に対して、矮小ながらも返事ができるかもしれない。


 具体的には、アドバイスまではいかなくとも、俺が知ったストーカーに関することを共有することくらいならできるかもしれない。

 もしもそのちょっとした情報が、ストーカーに困るナツキの友人の解決の糸口のほんの些細なきっかけくらいになら成り得るかもしれない。


 とかなんとか言いながら、その実ただナツキと会話がしたいだけなのかもしれないけどな。


 少しでも話したくて関わりたくて、何でもこじつけて考える、まるで思春期の恋愛脳みたいな俺はきっといつまでたっても寂しい人生を送りそうでちょっと嫌気がさす。


 何やら、最近この街には、どんな相談をも最善の方向に導き解決してくれる≪マスター≫なる有名人がいるらしい。


 マスターねえ。俺もソイツに「寂しい人生を何とかしてください!」とか頼んだら何とかしてくれるのだろうか。


 俺もなんかそんな感じの通り名みたいなの名乗って有名になろうかな。

 得意な分野はアニメとゲームだから……≪アニゲーマン≫とかどう?


 ……ダサいことこの上ない、そんな名で有名になったら自室に永久就職してしまいかねないな。


 × × ×


 昼休み、いつもの洋食屋。


 注文が届くまでの時間で、俺はほんの少し気合を入れてからSNSを開いた。

 ナツキに連絡を取る為である。


 あれからもちょくちょくといつも通りにアニメやゲームに関するやり取りはしていたが、ナツキからの相談『ストーカーに困る友人』についての真っ当な返事を返せてはいなかった。


 数日前のログに遡り、該当のメッセージを開く。


『実は、友人がストーカーにつけ回されているらしい。僕そういうの経験も無くて全然わからなくて。リョウ、こういうときどうすればいいと思う?』


 そのメッセージに改めて返信する形で、俺は決意のもと、文字を入力した。


『ナツキ、ストーカーについて、ちょっと俺なりに分かったことがあるんだけど、聞いてくれる?』


 返信した直後、俺の席に料理が運ばれてきた。


 今日はエビフライ定食だ。日替わり定食がそれなのではなく、俺がエビフライ定食を頼みたい気分だったからだ。

 特段エビフライが大好物というわけでもないのだが、この店のメニューで一番高いものだったから選んでみた。なんとなく、ただ自分に気合を入れたかったからかもしれない。


 アニメやゲームの会話で精神的安寧をくれるナツキが、初めてそれ以外の突っ込んだ内容をくれたのがあのメッセージだった。


 普段ナツキのおかげで俺は心が正常に保たれていると言っても過言ではない。

 それならば、俺はナツキの相談に全力で応えるしかない。


 一本目のエビフライに齧りついた頃合いで、ナツキからの返信が来た。


『うん、教えて。僕も少しでも友人の力になってあげたいから』


 その友人、男じゃないだろうな? という微妙な(もや)に翻弄されたのか、


『ストーカーってのは、多分ストーカー自身は気づいていないというか、相手のこととか都合とかも考慮できなくなっていて、でもそれが相手の為だとか思っていて……つまり、』


 全く言いたい事が纏まらず、挙句の果てに中途半端なところで誤って送信ボタンを押下してしまい、俺の纏まりのない文章は電波に乗ってナツキの元に送られてしまった。


 慌てて俺は追撃メッセージを打つ。


『ごめん、言いたい事が纏まってなくて……ちょっと文章にするから時間くれ!』


 本当、こんなんだから論文の課題とか再提出くらうんだよね。文章力をください。

 その前に、頭に栄養をやるべく俺はエビフライ定食の続きを食べることにした。


 そして二本目のエビフライに齧りついた時、またしても俺のスマホはバイブした。

 ナツキからのメッセージ。


 見た瞬間に俺は咀嚼を忘れることになった。


『うん、ありがとう。リョウが僕のために調べてくれたみたいで嬉しいよ。でもやっぱり伝えたいことを文字にするのって難しいよね。だから、もしもリョウが良かったら直接会ってお話しない? ストーカーの件も聞きたいし、アニメのお話もできたら嬉しいし。この前は僕のせいで会えなかったから、その埋め合わせも兼ねて。どうかな?』


 ドクン、と音が鳴ったと分かるくらいに心臓が強めに血を送り出した。

 同時に泣きそうな気持ちになってくる。


 前回会えなかったのは、ナツキが俺に会いたくなかったからではないか、という薄い疑念が拭い切れていなかったからである。

 ナツキに限ってそんなやつではないと思いつつも、やはり男と女、抵抗がゼロといえば嘘になるかもしれないし、何よりも顔の知らない相手なのだ。女性としては警戒をして当たり前でもある。


 しかしながら、またしてもナツキは誘ってくれた。

 俺が断る理由など地底五百メートルをボーリングしても出てきやしない。


 残るキャベツの千切りとエビフライ一本をそのままに、俺は慌ててナツキに返信を打った。


『ナツキがいいなら会いたい! ストーカーに関することは直接話しても参考になるかは分からないけど、アニメの話なら多分一生語れるぜ! 日時はどうする?』


 最近は過酷なキャンパスライフも慣れてきて、それでもやっぱり友達もできずにひっそり孤独な生活を送ってはいるが、田舎から出てきた俺がここまで頑張れたのはやっぱりナツキのおかげなのだ。

 異性である前に恩人であるナツキに直接会って、感謝の意を伝えておきたい。


 それがようやく現実になる。

 今度こそ、だ。エビフライに感謝だぜ。


 ナツキ……どんな子なんだろう。

 この前の鷺森みたいな、美しい女性だったりするのかな。それとも、『僕』だなんて呼称しているからボーイッシュな感じとか?


 弾ける妄想に振り回されつつ、再び会合の約束をすることができた俺は、嬉しさの弾みで普段頼まないデザートまで頼み、激しい飽食感が睡魔をしょっぴいてきて、午後の講義はノートによだれを吸収させることになった。汚い話である。



 そして次の日曜日――ナツキとの会合の日。


 俺はあらゆる意味で夢を見るような気持ちを味わうこととなる。

明日、日曜日更新の【side.N】の7話も合わせてお楽しみください。

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