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6話 ついせき

投稿時間遅れ中途半端な時間になり申し訳ありません。以後、気をつけますのでお許しくださいませ…。

 昼食を終えて午後。

 俺はというと、相変わらず視覚と聴覚に神経を研ぎ澄ます時間を過ごしていた。


 俺と同じ学部だという『鷺森(さぎもり) 憂妃(ゆうひ)』がどの生徒なのかを特定するための作業である。


 しかしながら俺は既に後悔していた。

 広い講義室、聞こえてくる会話にも限界があり、俺の粗末な鼓膜では精々近場の席の会話くらいしか聞き取ることができない。

 かといって視覚情報に頼ろうにも、あまり女子生徒ばかりをきょろきょろ見澄ましていたら白い目で見返されかねない。


 この大学に友人や知り合いのほぼいない俺にとって、人探しはどう考えても不向きだ。

 ……バイト先の先輩、蜜峰(みつみね)楠弥(くすや)たっての頼みを断りきれなかった自分の押しの弱さにうんざりするね。


 しかしながら、好機は突然訪れた。


 それは俺が今日最後の講義を終え、収穫の無さを本日のバイトでどのように蜜峰に報告しようか頭の中で組み立てながら校門を出ようとした時のことである。


「ユウヒは今日も直帰? それとも今日こそうちのサークル寄っていく? 寄っていくよね?」

「いえ。私は帰ります。それでは」


 背後から聞こえてきた言葉に、俺は足が止まった。

 ユウヒ――。


 直後、俺を追い越して歩いていく女性が一人。

 艶のある黒髪、手足の長い理想的なスタイル。

 駅に向かう交差点の角を曲がる際に見えた透き通るような白い顔。


 まるで異次元の住人のような異様な美しさに見惚れるようにして、俺は見えなくなるまで目で追ってしまっていた。口が開いていたことに気付いたのは我に返ってからだ。


「ちょっとやめなよ。そういう強引なことばっかり言ってるからサギモリさんいつまでたっても心開いてくれないんだよ」

「えー? ユウヒはきっと押しに弱いと思ったんだけどなぁ」

「いいから。私達だけで行こ?」


 背後から、先程会話していた女性二人の声が聞こえてくる。


 サギモリ、ユウヒ。

 ――間違いない、さっきの黒髪の美女が、鷺森憂妃だ!


 ぐわりと全身の血流がギアを上げる感覚を味わいながら、俺は本能のように鷺森憂妃の後を追うべく駆け出していた。


 × × ×


 やればできる子とは昔からよく言われてきたが、この場合俺はどのように()()ばいいのか皆目見当がつかなかった。


 運動不足気味の鈍った脚でも、徒歩の鷺森らしき人物に追いつくことは容易かった。

 幸い、五講の終わるこの時間帯は大学からの生徒が多く、それに紛れるようにしてそれとなく鷺森に続いて改札を抜けたので、今のところ向こうに気付かれている様子はない。


 列車を待つホーム、俺は鷺森と思わしき女性が見え、かつ極力目立たない距離を保ちながら、頭の中でパラダイス的葛藤を満を持して繰り広げていた。


 さあ、声を掛けろ! そして先輩の頼みを遂行するのだ!

 しかして何と言えばいい?


『バイト先の先輩が、あなたと仲良くしたいらしくて……』


 ……いやいや、これではアホ丸出しというかそのまんま過ぎてどう考えても「は?」みたいな顔をされて絶望的パーソナルスペースを展開されるに決まっている。


『やあ! 突然ごめん! 実は前々から鷺森さんのことが気になってて、よければ少し話さない?』


 ……ないない、何だこのイタリア人も目を覆いたくなるようなナンパは。というかこれじゃ俺が鷺森さんと親しくしたいと思われて、気持ち悪がられて終わりだ。気持ち悪がられるの確定かよ。


『あのー、もしかして鷺森さん、ですよね? あー! やっぱり! 俺だよ俺! え? 誰って? そりゃ――』


 ……いや本当誰だよお前。詐欺の常套句じゃねえか。()()森だけにってか? ……すいません、いっぺん死んできます。


『なあ、今日の五講の環境科学の課題、どう思う? いつも大量の課題出すあの田沼が、あんな小さい紙切れ一枚の課題ってのが、何か裏があるとしか思えないんだけど。例えば、来週抜き打ちのテストが待ってる、とかさ』


 しれっと、さも当たり前の知り合いのように話しかける作戦。

 これか? これしかないか? いや多分首を傾げられて、良ければ苦笑、悪ければ蔑視が飛んできて終わるだけな気がする。いくら先輩の頼みとはいえ、俺が傷付くのはできるだけ避けたい。


 どうしようか。


 とかなんとか考えあぐねまみれているうちに、軋轢(あつれき)音を伴ってホームに列車が到着した。

 俺の帰る方向とは真逆だが、乗り込む鷺森を見遣ったのち、俺も乗り込むことにした。現状、そうする他にない。


 車両の慣性に弄ばれている間も、どのように声を掛けるべきか、どうすれば蜜峰に紹介する流れに持っていけるかを考えながら、常に視界の端に鷺森が映るようにした。

 鷺森がいつどの駅で降りるか分からない。電車内で声を掛けるのも多大なリスクがある気がするので、降りたところを狙うしかない。


 正直に全てを話すべきか、何かをでっちあげるか、それとも本当にしれっと話しかけるか。



 結論から言うと、案の定な感じで終わることになった。


 つまり、俺は結局列車を降りても声を掛けることはできず、改札を抜ける黒髪の美女を追いかけて俺も抜けようとしたところ、無慈悲なビープ音とフラップドアが俺を塞き止めた。

 定期券が区間外なことすら考慮できない程混乱の最中の俺は、小さくなっていく鷺森の後ろ姿をぼんやりと見つめながら、一人得心がいっていた。


 どう考えても俺には荷が重い。

 ストーカー(とすら呼べないしょぼいチェイス)紛いのことをしてみて改めて方向は決まった。


 蜜峰に、正直に無理だったと謝ることにしよう。


 そもそも、蜜峰は鷺森とほんの少しでも面識があるのだろうか。

 俺に仲介をさせる意味も分からなければ、『仲良くなりたい』の意味が具体的にどのような意味を孕んでいるのかも(つぶさ)に知らない。


 一度料金を払って出てくださいと言った駅員の煙たい表情から逃げるようにして、俺は駅改札を抜けて外に出た。

 辺りを見渡したが、既に鷺森の姿は見当たらなかった。ここまでである。


 その代わりに、俺の目には見覚えのある光景が飛び込んできた。


 立ち並ぶベンチ、自動販売機。小ぢんまりとしたタクシー乗り場、バス乗り場。

 その先に防風林が立ち並び、さらにその奥にお洒落な色合いの喫茶店が一店。

 振り向けば反対側にはセルフのガソリンスタンドや小さな工務店のような建物があり、対比してガチャガチャとした雰囲気。


 ――そう、先日の、ナツキとの待ち合わせ場所の駅だった。


 相変わらず逢引の待ち合わせ場所になっているようで、おめかし気味の女性や男性ファッション誌の表紙そっくりな格好のいけ好かない男などが数人ベンチをポツリポツリと彩っていた。


 俺は苦酸っぱい思いが蘇るとともに、ナツキの相談を思い出していた。


『実は、友人がストーカーにつけ回されているらしい。僕そういうの経験も無くて全然わからなくて。リョウ、こういうときどうすればいいと思う?』


 鼻から自分を嗤う息を漏らしつつ、俺は今一度、今日の夜にでもナツキに連絡をしてみようと決めた。

 今ならほんの少し、切り捨てても誰も気づかない程度の些少さながら、ストーカーの行動心理が分かった気がするからな。


 × × ×


「九十九くんおはよう」

「おっす。蜜峰、その……」


 バイト先、いつもの柔らかい中性的な笑顔を向けてくれた蜜峰に、俺は幾何か心が痛みながら結果を報告することにした。


「ごめん、無理だった」

「うん? 何が?」

「ほら、鷺森さんを紹介……ってあれ。俺にはやっぱり無理だったよ。ごめんな」


 一応、先輩の頼みだ。特段上下関係を重んじるように生きてきてはいないが、一度請け負った以上は真摯に謝るほかに術は無かった。


「あぁ、大丈夫だよ!」


 しかし蜜峰はあっさりと、いつもの笑顔で、


「もう時間の問題だと思うから」

「時間の問題?」

「うん。一応、あとは手回しをするだけの段階なんだ」


 教科書を読むように発言する蜜峰の笑顔が、俺にはどこか人外じみて見えた。


「手回し?」

「こういうのはやっぱり、男から動かなきゃね。驚かせるかもしれないけど、鷺森さんもきっと分かってくれるよ。だって俺が多分世界で一番理解者でいてあげられるから」


 俺は制服のエプロンを着る手が止まった。

 ……お前は何を言ってるんだ?


「な、なんだよ! 紹介してとか言っておきながら実はもう知り合いだったのか? 俺が無駄な努力しただけかよ」

「ん? 知り合い? 違うよ。話したことはないけどさ」


 俺はどんどん自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。


「やっぱり定石は食べ物かな? それとも形に残る物にしなきゃかな。きっと向こうも思いをぶつける対象がないと辛いだろうし」

「……蜜峰? 食べ物、って何のこと?」

「え? 決まってるでしょ」


 継いだ蜜峰の言葉に、俺は全身に鳥肌が立つことになった。


「引っ越しの挨拶だよ。同じマンションの住人になるんだから、挨拶はしなきゃ」


明日、日曜日更新の【side.N】の6話も合わせてお楽しみください。

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