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5話 おねがい

 ストーカー。


 つきまといをする人のこと。

 もともと英語には『stalk(ストーク)』という動詞があり、これは人や動物を捕えたり害をくわえるために忍び寄ることを指している。『ing』という接尾辞をつけて行為を指したり、『er』という接尾辞をつけて人(行為主)を指している。


 なんて、ウィキペデ○ア大先生を引用したところで、俺がそれに対して有効な手立てを思いつくはずがない。


 昨日、俺はナツキと会う予定だった。

 しかしながら遂にナツキは待ち合わせ場所に現れなかった。


 ナツキが来れなかった理由――友人に止められて、の正しい意味に関しては、寒天くらいしかカロリーの詰まってなさそうな俺の脳味噌では全く理解できなかった。


 しかしながらそのメッセージに続く、『友人がストーカーにつけ回されているらしい』という言葉。

 つまりは友人の危機が関与し、来られなかったということだろうか。


 月曜日の上の空の講義が二つ過ぎ、昼時にいつもの洋食屋に赴く。

 日替わり定食――今日はハンバーグステーキ定食だった――を頼み、悶々とナツキからの返信を思い浮かべる時間が量産されていく。


 ストーカー、ねえ。

 他ならぬ俺の心の支えであるナツキの頼みだ。是が非でも協力してあげたい気持ちは山々である。


 しかしながら田舎出身の俺の拙い思考力では、警察に相談……くらいしか思い浮かばない。


「はいおまたせ。ハンバーグね」


 無意識に眉間に力が入ってしまっていた俺のもとに、お婆ちゃんが定食を持ってきてくれた。

 皺が刻み込まれた笑顔に俺は小さく会釈をして、目の前の料理に意識を持っていく。


 ……考えていても仕方がない。

 まずはとにかく栄養摂取だ。そうすれば脳に行く糖分が妙案をくれるかもしれない。


 甘味とスパイスの絶妙なバランスに、俺の舌は歓喜の声を上げた。

 厨房で背中を見せている店主のお爺ちゃんに心の中で謝辞を述べている時のことだ。


 普段物静かな俺のスマホが唐突に振動した。

 出来たての定食を頂きながら、届いたメールを開く。

 送信者はバイト先の先輩だった。


『どうしても九十九くんに頼みたいことがあるんだけど』


 肉汁の風味を味わいながら俺は片方の眉が上がっていた。

 

 × × ×


 蜜峰(みつみね)楠弥(くすや)――俺のアルバイト先の先輩である。


 先輩とは言っても同い年で、さらには同じ大学の一年でもある。

 しかしながら学部が違うので構内では殆ど会うことはない。残念ながら俺の孤独な大学生活はまだまだ続きそうである。


 とまあ俺のぼっちアピールはほどほどにして、今は件のメッセージについてである。


「昼間はごめんね。どうしても九十九君にしか頼めないことでさ」


 アルバイト先、書店の更衣室で鉢合わせた蜜峰に早速声を掛けられた。

 蜜峰は縁なしの眼鏡を弄りながら、俺に申し訳なさそうな表情を向けてくる。


「それで、頼みって?」


 俺が制服のエプロンをつけながら問うと、蜜峰は男にしては長めの髪を指でくるくると絡めながらもじもじし始めた。まるで女みたいな仕草である。


「うんとね。九十九くん、鷺森(さぎもり)さんって知ってるかな」

「鷺森?」


 誰だそれ。聞いたことがない。

 というか俺は今ナツキのことで頭がいっぱいである。


「うん。鷺森(さぎもり)憂妃(ゆうひ)さん。同じ大学の一年生の子なんだけど」

「うん、知らない」


 尚のこと知らない。

 俺が大学でほとんど孤独に過ごしていること、知っているくせに。嫌な先輩である。


「九十九くんと同じ学部らしいんだよね」

「ほう」

「それで、九十九くんが僕に鷺森さんを紹介してくれないかなって」

「へえ」

「僕、鷺森さんと仲良くなりたくて。九十九くんにしか頼めなくて」

「ふうん……え?」


 生返事を返しながら蜜峰の言葉の意味が遅れて咀嚼できて、俺は直ぐに大きくかぶりを振った。


「いやいやいやいや! 俺も知り合いとかじゃないし、紹介とか無理だって! というか憂妃、ってことは女の子だよね?」

「そうだけど。お願い!」

「いや、お願いじゃなくて!」


 俺の全力の否定にも、蜜峰は全く動じずにただ懇願してくるだけだった。

 どうなってるのそのメンタル。接客には向いて良そうだけど。


「九十九くんにしか頼めないんだよ。紹介してくれるだけでいいから!」

「紹介って言っても……」


 そして押しに弱いのも俺の悪いところである。


「同じ学部だから、同じ授業も結構あるよね。どうにかお願いできないかな」

「どうにか、ねえ」

「お願い! 今度何か奢るから」

「うーん……」


 蜜峰がここまで真剣に頼んでくるのは初めてだった。

 それに俺にこの職場での仕事内容を分かりやすく教えてくれたのは先輩である蜜峰である。


「とりあえず、できる限りはやってみるよ」

「本当? ありがとう!」

「期待はしないでね」


 合掌して頭を下げてくる蜜峰。そこまでしてその鷺森さんとやらとお近づきになりたいのだろうか。

 始業の時間が来て俺と蜜峰はバックルームから店内に出た。


「「いらっしゃいませ」」


 まさか、惚れているとか? なら自分で直接突撃したほうが絶対に印象は良いだろうに。


 ……インターネットでしか友達を作れない俺が言えた口じゃないけど。


 × × ×


 というわけで翌日。


 俺はまずはどの子が鷺森さんなのかを特定することにした。

 義務教育時代とは違ってクラス名簿みたいなものもないので、孤独な俺にとっては特定すら一苦労である。


 まさか直接「あなたが鷺森さん?」などと声を掛けれるわけもなく、午前中いっぱい俺は挙動不審な時間を過ごした。

 周りの女の子から発せられる一言一句に耳を欹て、どこかに『サギモリ ユウヒ』のかけらを探していたが、結局何の成果もなかった。


 分かっていたが、蜜峰の依頼は俺にはやっぱり無理そうである。


 昼、いつもの洋食屋に向かいながら、俺は大きなため息が出た。


 まだナツキからの相談すら儘なっていないというのに、俺は何をしているんだろう。

 かといって受けてしまった以上、投げ出すわけにもいかない。


 憂鬱を纏いながら入店し、日替わり定食を頼んだ。

 どうにか、うまい方法を考えねば。もしくは諦めて平謝り、だ。


 お冷をちびりと飲んで、もう一度溜め息を漏らした。



 しかしながらこの時の俺は、この鷺森さん接近大作戦が、後々ナツキの相談――『実は、友人がストーカーにつけ回されているらしい。僕そういうの経験も無くて全然わからなくて。リョウ、こういうときどうすればいいと思う?』のヒントになりうるかもしれないということをまだ分かっていなかった。


 いや、分からないままのほうが良かったかもしれない。


 目には目をとか、毒を以て毒を制すとか、いろいろと類語辞典のようにワードは浮かぶが、そんな綺麗な物じゃないかもしれない。

 それほど危険を伴うヒントだったからだ。


 それでもナツキの力になれるのならもう何でもよかったまである。


 いつの間にか、俺はナツキに執心だった。

 それが単純な好意にせよ、甘酸っぱい何かにせよ、今の俺にとってそれほどナツキの存在が大きいものになっているのは間違えようがない。


 回りくどくて申し訳ないが、要するにこういうことだ。


 ストーカーの対処法、それはストーカーの気持ちに立ってみればわかるかもしれない。

 そうすれば、ナツキの相談に的確な返答ができるかもしれない。


 つまり、俺がストーカーになればいい。


 ……は? いや、は?

 そんな馬鹿な。まだ捕まりたくない。退学も嫌だ。


 しかし、それに準じた何かを、俺はしてしまうことになる。……のだろうか。(知らねえよ)

明日、日曜日更新の【side.N】の5話も合わせてお楽しみください。

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