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3話 かいてん

『もしリョウが良かったら……次の休み、会ってみる?』


 ナツキからの返信は、俺の脈拍を加速させるには十分な内容だった。

 弁当を食べる手が止まり、呼吸が苦しくなる。


 ナツキと会える――?


 俺がナツキとSNS上で意気投合してからずっと望んでいたことで、実現できるはずがないと思っていた事柄だった。

 所詮はネットワーク上の繋がり。どこに住んでいるのかもどんなことをしているのかも詳しく知らない。


 今までの会話の節々から読み取るに、なんとなく年齢が近く、なんとなくそう遠くない場所に住んでいることは窺えたが、それでもやはりナツキは俺の現実世界には登場し得ない存在だと思っていた。


 それが今、崩されようとしている。ナツキ自身によって。


 この崩壊を何としてでも受け入れ、今すぐにでも語り尽くしたい感情は膨大に存在する。

 しかもナツキ側から提案してくれたということは、それも俺の独りよがりな思いでもないかもしれない。



 しかし、である。



 ナツキは女性なのだ。


 どうしてもこの部分で俺の手が止まる。

 本来なら『会おうぜ!』と一瞬で返信しているところだが、どうしても俺の理性が塞き止めてくる。


 男と女の会合。これを世間では何と呼ぶ?


 もしも、直接会ったことで相手が俺に幻滅し、これまでのSNS上の関係すら崩壊するようなことになってしまったら?

 もしも、相手が実は俺の想像するような人間とはかけ離れていて、俺自身の支えとして揺らいでしまったら?


 会いたい、会って話したいという気持ちは震えるほど募ってはいるが、そう考えてしまうと会うことが怖くなる。まるで乙女のそれである。



 返信ができずにしばらく頭の中で一人舞台を繰り広げていた俺は、一旦全ての考えを巨大な深呼吸で吐き出して、温くなった弁当の残りを平らげた。あまり味がしなかった。


 プラスチックの容器を捨て、明日の講義の準備を軽く済ませると俺はすぐにベッドに潜り込んだ。

 手にはスマホ。液晶には『会お』まで書いた俺の返信途中のSNS画面が映し出されている。


 そのまま指で続きの『うぜ!』を打って、俺は直ぐに文字を削除した。

 俺の拙い人間関係の中で、どうしても悲しい出来事が蘇るからである。


 高校時代、俺は今と似たような状況になったことがある。


 * * *


 高校生の俺はどちらかといえば知り合いは多かったと思う。

 大多数は男だったが、多少の女子とも親交はあった。


 ()のつく田舎の小さな高校、大抵の奴は小さな頃から見知った顔ばかりだった。幼稚園から一緒、なんていう幼馴染も何人もいた。寧ろ教室の半数はそんな感じだった。


 そんな高校で三年生になった頃、転校生が現れた。


 都会から来たその子は、不思議な雰囲気を持っていて、俺は心を奪われた。

 恋だったのか単なる興味だったのか今となっては知る術はないのだが、とにかくポワッとした転校生の女の子に近づきたい――当時の俺はそう念じてやまなかった。


 しかしながら知らない女子とコミュニケーションをとる術を持ち合わせてはおらず、声を掛けることができるわけもなくただただ時間が過ぎて行った。

 都会という未知な世界を知る住人として惹かれてしまったのか、将又単純に女性として一目惚れだったのかは分からない。

 ただ、田舎で見飽きた顔ぶれの中に一人、控えめに輝く一輪の花のような存在に思えてならなかった。


 何とかしてお近づきになりたい。


 そんな想いを日に日に募らせていた俺は、偶然SNSでその子のアカウントを発見した。


 SNSとはなんと便利なのだろうか。直接話せない、話すきっかけすら掴めない俺でも、ボタン一つで繋がることができる。

 画面に指を滑らせれば言葉を相手に送信することすらできる。


 そして俺は興奮気味に、今思えば暴走気味にその子のアカウントにメッセージを送っていた。


『俺、キミと同じ高校の九十九(つくも)だけど……わかるかな?』


 しばらくして返信が来る。


『うん、分かるよ。どうしたのかな?』


 返信が来たことに嬉しくなるあまり、俺はひたすらにメッセージを連打する。

 律儀に返してくれることに甘えて。


 そして興奮と歓喜の渦にとらわれた俺が最終的に送ったメッセージが、


『良かったら、どこかで会わない?』


 だった。

 今思えばどうしようもないくらい軟派野郎だ。


 俺は憧れの都会から来た女の子といろんな話をしてみたかったし訊きたかった、その意味を孕んでの誘いだったことは間違いない。

 しかしながら何故か、今思えば案の定、返信がパタリと止んだ。


 次の日、学校に行くと女子どもが俺の方を見てひそひそと話している。

 その中の一人、俺と幼馴染でもある女子が俺のもとにやってきてこう言った。


「リョウ、あんたすぐに女の子にちょっかい出すのやめなよ。ちょっとは女の子の気持ちも考えな? 困る子だっているんだから」


 言われて俺は身体中に突き刺すような嫌な痛みが広がった。

 視線を転校生の女の子に向けると、一瞬目が合い、すぐに逸らされて俯かれた。


 俺の側で幼馴染の女が何か継いで言葉を放っていたが、もう俺の耳には届かなかった。

 代わりに胸の中心にどす黒い感情が溜まっていく。


 つまりは俺のメッセージは転校生の女の子には迷惑でしかなかった。

 楽しそうに――当時の俺には――見えた返信すら、仕方なく送っていたものに過ぎなかった。


 所詮SNSはSNS。

 文字は本当の心の底までを表したりはしない。


 そんな当たり前のことを、悲しい気持ちと一緒に俺は知ることになった。


 * * *


 ベッドの中で過去の悲しみを思い出してナツキに返信できずにいる俺は、もしかしたら世界一小さい男なのかもしれない。

 今回はあの時とは状況が違う。向こうから『会ってみる?』と訊いてくれているのだ。


 若干ダブる状況とは言えども、今回はお互いに相手が実際にどんな人かを知らない。

 迷惑がられることも恐らくないし、俺の独りよがりでもないはずだ。


 いい加減返信しないと眠るに眠れない。

 そう思って返信の文章を再度打とうとした時、新着のメッセージが届いて俺は心臓が小さく跳ねた。


 ナツキからだった。


『どうする? リョウが会うの嫌とか、都合が悪いならやめていいんだけど』


 ……俺は馬鹿だ。


 顔も名前も知らないとはいえ、俺の心の支えの友人に対して何を臆しているのだろうか。

 相手が女だから? 関係ない。


 俺は最初からこの時を望んでいたはずだ。

 うじうじと過去の傷を引きずることこそ相手に対して不誠実というものだ。


 俺は強めに息を吐き出してから、人差し指に神経を集中した。


『会お――


 ……とはいえ中々緊張するものである。

 SNS上でやり取りするのも慣れたものとはいえ、相手は異性なのだ。


 やはりこれは男としては多分な意味合いで不安にもなってしまう。

 指に異常な力が入る。少し汗すらかいてきている。


 ――うぜ!』


 だがこのチャンスを逃す手はない。

 会いたい。この気持ちは俺の本心なのだから。


 送信のボタンを押し、指を離すのに十秒ほどかかった。


 俺の短文は呆気なく電波に乗ってナツキに届けられたようだった。


 さて。ここからである。


 ……いろいろとどうしよう!

 どんな格好すればいいのか、どこで会えばいいのか、考え出して俺はますます眠れなくなった。

明日、日曜日更新の【side.N】の3話も合わせてお楽しみください。

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