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でも孤独が好き

 自分が何を求めているか、分からない。

 ある朝に目覚めた時、そう思った。

 やりたいことは沢山ある。それこそ時間に許されないほど。

 しかし、そのような欲望は一時的なものにすぎず、私の心を内側から満たしてくれるものではない。

 真に自分の心が求めるものはなにか、よく考えているつもりだ。その思考に深く潜れば常に流れる時間の不可逆性、密度の不十分さに絶望し、脱力し、全方向を虚無感に誘われる。

 こんなことを考えている場合ではない。なにか行動を起こさねばこの心が満たされることはない。周囲の変化に流されることはあっても、それは自分が本心から望むことではなく、やはり響くものはない。

 コップ一杯の天然水を飲み干す。ラベルを見ると、この水が長野から運ばれてきたことが分かる。2リットルで90円もしないのに、遠いところからやって来て、今はこの家にいる。

 昼には大学へ行く。太陽に背中を押されながら見慣れた道を無心で歩いていると、すれ違う話し声、忙しなく行き交うエンジン音、何処からかやってくるビニール袋が颯爽と走っており、遂には太陽までもが独特の音を発していることに気づいた。かなり重く連続的だが、他の者たちには聞こえていないようだ。

 構内は人が多い。昼休みの時間にでも適当に歩けば、すれ違えどすれ違えどいくらでも人が出てくる。厚みもあり、終わりが見えない。皆、一体何をしているのか。この数え切れないほどの物体一つ一つに自我があり、思考し、様々な関係性を構築して日々を過ごしていると考えれば、自分一人が消えたとて、さして変わりないだろう。

 地球上には七十数億もの人間がいるという。その中のたった一人である私には、どのような役割が与えられ、求められているのだろう。代替不可能な価値が、どれだけ小さくてもいいから欲しい。

 腹が減ったのでコンビニでチョコレートの菓子パンを買った。これと同じパンが、十個程度陳列されているのを見た。これを作っている工場は数千個、数万個といった膨大な数を、それだけの人間に放っている。工場は膨大な数の人間に影響を与え、逆に膨大な数の人間がその工場に直接的な影響を与えることは、まずない。私はこのパンを誰が配送トラックに積み込んだのかを、一生知ることがないし、逆も然りである。であるならば、お互いにその存在を確認できず、それはただの可能性にすぎない。それを不思議に思っているのは、私だけなのだろうか。

 授業が始まる10分前に教室に入り、1番後ろの窓際の席を確保した。どうか、前の席に誰も座りませんように。

 右斜め前を見てみると、男女2名づつの4人グループが楽しそうに話している。私も混ざりたいな、などと羨ましく思うが、実現した時の立場を細かく想像してみれば、やっぱりいいやと諦めてしまう。だから私の交友関係は狭いのだ。

 大学には、これといった友人は一人もいない。昼食も基本的に一人で食べる。スペイン語で同じクラスの7人ぐらいで一緒に昼休みを過ごしたことがあったが、人数が多いこともあって特有のノリについていけず、50分間程度はモブに徹していた。もっと静かで、ゆったりと余裕のある関係を築きたい。

 一日の授業が終わると特に用もないので、先頭集団に混じって校舎を出る。数百、数千という学生たちが奏でる夕方の曲を背に、真っ直ぐに道を歩く。今度は太陽に前方を阻まれ、視界が悪い。いつものアスファルトのヒビが、今日は小さく感じる。

 人の音は、街の音の一部である。今日も街に異常がないことを確認しつつ、帰宅する。大学と家との距離は700mぐらいで、8分とかからない。そのため、通学路の顔ぶれも把握しやすい。

 家に着くと、まずは風呂に入る。自分が多少潔癖なのもあるが、外界との繋がりをできるだけ断ち切り、孤独な夜を楽しむには、日の昇っているうちに済ませておきたい。

 風呂に入りさっぱりした後、窓から外の様子を見てみれば、小学生が元気に走り回っているのが見える。それを片目に、ウォッカとオレンジジュースを1:4で混ぜたものをちびちびと飲む。20歳になって色々と酒を飲んでみたものの、どれもあまり美味しいとは思えなかったので、こうして自分で作っている。アルコールの苦味がオレンジと合って飲みやすく、市販の酒と比べてもかなり安上がりだ。

 40度のウォッカを100ml分も飲んでアニメでも観ていれば、次第に眠たくなってくる。本来なら感じるべき疲労は無いはずだが、酔いと眠気が重なり合うことで、擬似的な疲労を感じ、あたかも充実した一日を終えたかのような気分になれる。

 いい具合に酔いが回ってきたところで布団に潜り込み、イヤホンを装着してゆったりとした音楽を聴きながら、その瞬間が分かるような眠りにつく。

 今日も、なんてことのない一日だった。明日も同じことだろう。

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