浄化魔法LV9999
生存報告代わりの短編
ある日、人間の国で崇められている大魔導士は、すごく良いことを思いつきました。
「なあ弟子よ」
「なんですか大魔導士様」
「浄化魔法というものがあるじゃろ」
「はい。汚れを落とす魔法ですね。町の人間でも二人に一人が使えるぐらい、有名な魔法です」
「あれを使えば、あの汚い魔物たちを全て消し去ることができるんじゃなかろうか」
人間の国は、周囲を魔物の領域に囲まれています。
少しずつ少しずつ人間の住む場所を広げていましたが、ときに魔物たちに逆襲され、領域を減らすこともありました。
「ほうほう、さすが大魔導士様ですね。私には考えつきませんでした」
「あの汚らしい魔物たちを一掃することができれば、あとは人間の天下。みんな幸せになれる」
魔物たちは手強く、境界線を守る戦士や魔法使いたちが一日に何十人と死んでいきます。
「のう弟子よ、この国に残った資源も残り少ないのじゃ」
「そうですね。魔物の領域をぐんと減らすことができれば、資源問題も解決できます」
素晴らしい考えですと、弟子は大魔導士を褒めたたえました。
「うむ。我ながら良い考えじゃ」
「ですが大魔導士様。浄化魔法は食べ物を綺麗にしたり、人間の体を洗ったりするぐらいの矮小な魔法です」
「そこは考え方を変えてみるのじゃ」
「たとえば、どういう風にでしょう?」
大魔導士は、得意げな顔をしました。
「そもそも汚れとはなんじゃ、と考えたことがあるかの?」
「汚れ、ですか。えっと、汚いもの?」
「うむ。浄化魔法を服に使えば、泥汚れも落ちるじゃろ」
「ふむふむ」
「他にも野菜についた虫なんかも落ちる」
「なるほどなるほど。これで魔物も追い払える、いや殺せるわけですね。では大魔導士様」
「うむ、やるぞ弟子よ」
そうして二人の研究が始まったのでした。
しかし、物事の多くは思った通りにいかないのが、世の常。
「ううむ、どうもうまくいかん。なぜ、一定の大きさを超える汚れや虫が落ちんのじゃ」
「浄化魔法に込める魔力を増やしてみてはいかがでしょうか?」
「しかし、儂の全力じゃぞ」
「大魔導士様の魔力を増幅できる道具や儀式などを探してみてはいかがでしょう?」
「うむ、やってみるか」
二人の研究は、長くかかりました。
その間にも、一年、二年と人間と魔物の戦争は続いていきます。
「やったぞい! 大地から掘り起こした魔導鉱石を山ほど使えばどんな大きさの汚れも消せる!」
「しかし、対象が、一人の人間や一つ物が限界です」
「ぐぬぬぬ」
「ですが、この方法なら他の魔法も強くできます」
大魔導士の研究は、多くの便利な副産物を生み出していきました。
二人の研究の日々は、三年。五年。十年と時を重ねていきます。
「ふふふ、木々を加工して作ったこの拡散素材を大量に使えば、荒野一つ浄化できる!」
「さすがは大魔導士様です」
研究に詰まっては新しい解決策を見つけての繰り返し。
それが十五年。二十年。三十年と続きます。
その間にも、大魔導士様の研究のおかげで、人間たちは魔物相手に勝ち続けました。
「大魔導士様、世界のほとんどが人間の領域となりました」
「人間の国も発展したものじゃ」
「あのちっぽけだった国も、今では沢山の建物が建って、立派なものです」
「儂らの研究のおかげで、魔法も進化し、多くの便利なものを生み出せた。儂らは巷では救世主と崇められております」
人間の国は、世界の主ともいうべき存在となりました。
山を崩して鉱石をたくさん掘り出し、木々を伐採しては拡散素材をたくさん作りました。
こうして多くの魔法が強く大きくなり、便利な世の中になったのです。
どこまでも広がる人間の町を見下ろし、大魔導士様はため息を零しました。
「しかし、肝心の浄化魔法が完成しておりません。どうしますか?」
「ううむ、放っておけば、残りわずかの魔物たちもいずれ消えていこう。じゃが、ここまで来たのじゃ。儂らの魔法の完成を見たい」
「大魔導士様のおっしゃる通りです」
「じゃが、今だ荒野一つを対象にするのが限界じゃ」
二人はそれが限界だと思っていました。
不浄なものを消し去る浄化魔法。
「弟子よ、ここは原点に帰るべきじゃろう」
「何か思いつかれたのですか?」
「最初の浄化魔法は、一つの物体から汚れを落とすだけの洗浄効果しかなかった」
「おっしゃる通りです」
「つまり、この『世界』そのものに浄化魔法をかけるのじゃ」
妙案だと弟子は思いました。
「今ではどんな大きさでも広さでも、浄化魔法で綺麗にできます」
「これまでの研究を合わせ、ここに揃った最高級の道具を使い、世界に浄化魔法をかけるぞ」
「はい、大魔導士様」
長い研究の果てに二人は、『世界』に浄化魔法をかけました。
その瞬間、この世界から『人間』が全て消え去ったのでした。
おしまい。
開始数秒でオチがわかる、くだらない話。