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「なろう」企画 四季の小説

深夜に東京駅から上り電車が発車する

 ええ、そうですとも。わたしは嘘つきでもなければ、気がふれたわけでもありません。

 ただちょっと、とっぴょうしもない話をするもんで、これまでだれもわたしを相手にしてくれなかったわけでして......。

 でも、あなたならわたしの話を聞いてくれますよねえ。

 わたしにはわかります。あなたはいい人です。決して悪い人なんかじゃありません。あなたの目を見ただけでわかりますよ。いい人は目つきでわかるってもんです。


 あの日、わたしは八重洲の雑居ビルの中華料理店で老酒をしたたか飲んでました。

 他の店がコロナ対策で夜間は店じまいするところ、この店だけやってたんで、わたしは久しぶりに深酒しました。ええ、もちろん一人で飲んでたんです。

 勤め先のオフィスは丸の内のビルにあるんですが、精密機器の専門商社です。このところ景気が悪いようで、わたしのような五〇代バブル入社組は真っ先にリストラの対象されてしまうんです。そんなわけで、週末にはやけ酒でもやらないとやっていけないんですね。

 同じ東京駅でも八重洲方面には、会社の連中は滅多に来ません。連中はなぜか有楽町方面の飲食店を好みます。だから八重洲の中華料理店がわたしのいわば行きつけの店になっていたわけで......。

 わたしは実は一人暮らしです。若い頃、一度結婚しましたが、子なしのまま三年後に離婚。天涯孤独の身の上なので、その分、夜遊びも自由なわけでして。


 そんなこんなで時間が過ぎていき、気がつくともうすぐ午前様です。

 終電には間に合わせようと店を出た私はマスクをつけ、千鳥足で東京駅まで急ぎました。

 山手線のプラットフォームにたどり着いたころは、まだ終電は来ていませんでした。ところが不覚にも私はベンチに腰掛け、うたた寝してしまったのです。

 起きたのは午前2時過ぎ。終電は通り過ぎた後でした。


 このまま駅で過ごそうかと思った矢先、喪服を着た数十名の男たちがプラットフォームに入ってきました。

 彼らはみな、黒いサングラスをかけ、黒いマスクをしています。

 彼らの年齢はやや幅がありそうでしたが、二十代の若者から四十代の中年ぐらいでしょうか。

「まもなく4番線に当駅始発、上り電車、特急ヤタガラス行きが到着します。黄色い線の内側までお下がりください」

 構内にアナウンスが流れます。

 私は仰天しました。

 ここは東京駅です。東京駅に到着するすべての電車は上り電車。東京駅から発車するすべての電車は下り電車です。東京駅から出発する上り電車など聞いたことがありません。それにヤタガラスなどという駅も知りません。

 しかし、その次のアナウンスはもっと奇妙なものでした。

「この電車には人間のお客様はご乗車できませんのでご注意ください」

 しばらくすると、黒い車体の電車がプラットフォームに到着しました。車体は新幹線を思わせる流線型で山手線のプラットフォームには似つかわしくありません。

 ドアが開くと彼らは乗車しました。私もふと好奇心にかられ、つい電車に乗り込みました。しらふだったらこんなことはしなかったでしょうが、私は酔っていたのです。


 ドアが閉まり電車が走り出しました。

 一人の男が黒いマスクをはずしました。

 するとどうでしょう。口のあるところに鳥のくちばしのようなものが生えているのです。

 他の男たちも次々とマスクをはずしました。彼らもまたくちばしが生えていました。

 私はそれを見て、河童やカラス天狗を思い出しました。

 先ほど東京駅のプラットフォームのアナウンス「人間のお客様はご乗車できません」の意味がわかってきました。


 やがて電車はヤタガラス駅に到着しました。山奥にあるような辺鄙な場所です。

 私は下車し、くちばしのある彼らについて行きました。改札口をスイカで通過しようとすると、非常ベルが鳴りました。

 くちばしの生えた数人の駅員が私を取り押さえ、力づくで強引に駅室に連れていきます。

「お前、人間だろ。ここへは人間は来ては行けないんだ」

 駅員の一人が私のマスクをはずしました。

 散々、説教を受けた後、駅員たちに連れられ、駅のプラットフォームまで戻されました。下り電車がもうすぐ来るとのことでした。

 私は二人の駅員に両腕を抑えられる恰好で下り電車に乗り、強制的に東京駅まで戻って来ました。山手線の始発はまだでしたが、空が白みかけていました。

 ヤタガラス駅の駅員からは何度も、この話はだれにもするなと口止めされました。そしてもしだれかにしゃべったら命はないとも脅されました。

 その日、私は始発電車で帰宅しました。


 ところで私が見たヤタガラス駅は一体、何だったんでしょうか。

 ヤタガラス駅の駅員の話を総合すると、くちばしの生えた種族である彼らは自分たちを人間ではなく、八瀬童子またはヤタガラスと名乗っているとのこと。

 古来、ヤタガラスは天皇に使える忍者でした。

 明治維新後は、宮内庁傘下の準公務員として、主に工作活動をして日本国を裏から支えてきました。彼らの多くは普段、山奥のヤタガラス駅周辺で人目を忍んでひっそりと暮らしています。

 彼らの給与は主に日本政府の特別会計や官房機密費から支出されます。

 ここ最近のコロナ騒動は実は彼らの慰安が目的とのこと。日頃の工作活動に十分な報酬を与えることで今後とも政府と彼らの関係が円滑になるからです。

 実はコロナはただの風邪ですが、政府がマスコミを操って情報操作し、猫も杓子もマスクをするライフスタイルを国民に強要しました。

 こうなるとヤタガラスもマスクをつけて堂々と人間界を闊歩できます。マスクでくちばしを隠せるので怪しまれなくてすみます。

 こうして彼らは今、人間界を観光しています。もちろん仕事である工作活動もやりやすくなります。

 日本政府はODA援助など海外に金をばらまいていますが、これは日本国内だけでなく、世界的に人間界全体を彼らが観光できるよう、外国政府にもコロナ騒動のプロパガンダを要請しているとのこと。

 彼らは外交官のパスポートを入手できます。飛行機ががらすきの今、海外旅行もチャンスです。


 ちなみにヤタガラス駅の駅員によると人間界で一番格上の駅が東京駅とのこと。

 だから東京駅に向かうすべての電車は上り電車。東京駅から遠ざかるすべての電車は下り電車なのです。

 駅に格上、格下のランクをつけるのも奇妙な話ですが、何にでも序列を作りたがるのが役所や企業など組織の習性でしょうか。

 ところで人間よりヤタガラスの方が格上の存在なので、東京駅からヤタガラス駅に向かう電車は上り電車、ヤタガラス駅から東京駅に向かう電車は下り電車になるのだそうです。

 

 さて、ここまでしゃべってしまいました。

 わたしが彼らに命をねらわれるのはもとより、この話を聞いたあなたもまた彼らに命をねらわれることになります。

 あなたにマスクをした不審な人物が近づいてきたらご注意を。マスクの下にあるのは口ではなく、くちばしかもしれません。


                                 (了)

 

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