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アルフェリアの嫁入り  作者: 吉野吉乃
第二章 太陽の王子
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第17話

「姫様!」


 ばたんと扉が音を立てて開かれると、エレナが勢いよく飛び込んできた。そのままソファーに座っていたフィーリの足元に跪くと、ぶわっとその大きな瞳に涙を浮かべる。


「どこもお怪我はございませんか?!」

「大丈夫よ、エレナ」

「申し訳ありません! 私がお傍を離れたばっかりに……!」


 襲撃のあった部屋から棟を移した別室には重苦しい空気が立ち込めている。窓際にはハルが、ソファーの後ろにはロイがそれぞれ控えていたが、午前中のように軽口は決して叩かない。


「ロイ様、姫様を守って下さってありがとうございます!」

「……いや、追い払っただけだ」


 エレナからの感謝の言葉にもロイは苦虫を嚙み潰したように眉を潜めた。

 そう、襲撃者を捕らえることができなかった。いくら成人の儀の準備で普段より手薄になっていたとはいえ、王城の守りは厳重だったはずだ。それを潜り抜けてフィーリが一人になったタイミングを狙うなんて芸当、並大抵の暗殺者では出来ないだろう。


 単独犯ではない。

 城内に手引きした共犯者が必ずいるはずだった。


「悪かった、危険な目に合わせたな」

「……どうしてロイが謝るんですか」


 くすりとフィーリは笑う。先程よりはだいぶ落ち着いたが、それでもショックのせいで顔色は悪い。

 部屋の前に近衛兵が二人と、窓の外にも見張りを配置して警戒している中で安心しろといっても無理な話だ。


「エレナ、耳飾りは持ってきてくれた?」

「え? あ、はい。こちらに……」

「つけてくれる?」


 フィーリが髪をかきあげると、エレナは怪訝そうにしながらも言われた通りにする。金の細工で出来た大ぶりの耳飾りだ。円の中心部には小さな水晶がとりつけられていて、顔立ちを引き締めてくれている。


「それじゃあ行きましょう。だいぶ時間が押してしまっているわ」

「姫様?!」


 すっとソファーから立ち上がったフィーリにエレナは目を丸くする。


「お待ち下さい! まだ犯人が捕まっておりません!」

「そうね」

「このままパレードを行ってはまた狙われてしまいます!」

「でも行かなければいけないのよ」


 そう、行かなければ成人の儀は終わらない。『フィーリ』が『アルフェリア』として認められるためにも必要なことだった。

 パレードなんて狙撃するのにこの上ない状況だろう。屋外で人込みに紛れて、しかも馬車が通るルートは決められているから事前に準備しやすい。

 しかしそれは護衛側としても同じだ。狙われやすいポイントに見張りをつければそれだけ犯人側は暗殺しにくくなる。


「誘き出すのに丁度いいわ」


 しゃら、と耳飾りが鳴る。そのまま部屋を出ていこうとしたフィーリの腕をロイは引き留めた。


「落ち着け、フィーリ」

「いつだって私は冷静です」

「嘘だ」


 ぐい、と引き寄せられる。ロイと向かい合う形になったフィーリの顔は微笑んでいた。貼り付けた笑みで、睨みつける。


「離して下さい、不敬ですよ」

「婚約者に対して随分と穏やかじゃないな」

「まだ婚姻はしていませんのであなたとは他人です」


 言って、はっとする。

 困ったように笑うロイが傷ついた表情をしているのを見て、胸が痛んだ。頭に上っていた血が段々と冷えていくと、フィーリはきゅ、と唇を噛みしめた。


「……ごめんなさい」

「気にしなくていい、不安だったんだろう?」


 俯いたフィーリの頭をロイが撫でる。初めて会った時もロイはこうして『フィーリ』に触れてくれていたのを思い出す。

 どうしてかロイの前では自分を取り繕えない。それは出会いのせいなのか、それとも彼が持つ不思議な空気は居心地が良いようで、落ち着かない。


「……どうして、こうなってしまったんでしょうか」

「さあな、そればっかりは犯人を捕まえてみないと。とりあえず今クリスがイグニス殿に判断を仰ぎに行ってる。それから考えよう」


 今頃ぶつくさいいながらもクリスティナが伝令役として廊下を走っているに違いない。扉の方にロイが視線を向けると、噂をすればなんとやら。先程のエレナ同様、廊下をばたばたと駆けてくる足音が段々と大きくなってきた。

 

「嬢ちゃん!」


 扉の前に立っていた近衛兵の静止を振り切って中に飛び込んできたクリスティナが叫ぶ。余程急いできたのだろう、綺麗にまとめられていたブロンドの髪が乱れていた。


「おいクリス! 無礼だぞ!」


 窓際で警戒していたハルが眉を吊り上げるも、クリスティナは扉を乱暴に閉めてつかつかとフィーリに近付く。慌ててエレナが庇うようにフィーリの前に両手を広げて立ちはだかるも、片手でその体を押し退けた。


「クリスティナ……?」


 ざわりと肌が粟立つ。この中性的な美しい顔から飛び出した存外に低い声も、フィーリのことを嬢ちゃんと呼ぶフランクさも気にならないくらい、嫌な予感が胸を占めて堪らない。


「何があったんだ、説明しろ」

「殿下……」


 ロイがいつにも増して厳しい口調になった。それでようやくぱちりと瞬いたクリスティナは、詰めていた息をふうと吐き出す。


「ユグレシド王が倒れた」


 ぼそりと、吐息に近い音なのに耳に残って離れない。頭が真っ白になる。エレナが息を飲む音も、ロイの呼びかける声も、キーンと響きだした耳鳴りに飲まれていくようだった。

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