レイクリットの強者たち
「くそ、あのバ──」
馬鹿、と罵ろうとしたローレンスは口をつぐんだ。正しき騎士として罵声は正しい行為ではない。
代わりに拳を握って歯噛みすると、仕方なく前を向いた。今やるべきは言う事を聞かず飛び出した無鉄砲を追いかけることではなく、いなくなった馬鹿の代わりにこの戦況を持たせることだ。
「ローレンス、皆呼んできたー……って、アイツどこ行ったの?」
丁度、他の面々を呼んでくるよう頼んでいた魔導士のティナが戻ってきた。後ろには緊張した面持ちで付いてくる冒険者と騎士団長。
「すまないがまた事情が変わった。ここには僕が残るから、陣形は変えなくていいよ」
「……〈紅蓮鬼〉は一人で討伐に向かったのか?」
「ああ、いや、どうだろう……あいつもさすがに一人きりで倒せるとは思ってないだろうけど」
ただ、そうだとは断言できなくてローレンスは黙り込んだ。問いかけた暗殺者のリオンも、その反応を見て眉間にしわを寄せる。
「アルバンテイン殿、とにかく今は目の前の魔物が優先だろう。我が隊は貴殿の〈聖域〉の範囲外へ向かうがよろしいか?」
「ええ、そうですね……」
騎士団長の言葉に頷いた。もう呼び戻せない以上、気にするだけ無駄なのだ。ローレンスたちが行くまで無事止められることを祈るしかない。
「効果を弱めて範囲を広くしますが、それでも戦況全てをカバーすることは難しいので助かります」
「ならば我々はもう向かう。武運を祈る」
それだけ言って騎士団長は部下の元へ戻っていく。
「ウチらは?」
「ここに残るはずだった他の冒険者と合流しよう。それから攻撃職と二人から三人一組で、できるだけ固まらないようにしてくれ」
地竜討伐に向かうはずだったここには攻撃職がほとんどいなかった。
「お前はどうする」
「僕は一人で十分だよ。その方が支援もしやすいしね」
その答えでそれぞれがすることは決まった。すぐに簡易パーティを組むと、丁度後方の魔導士部隊から一斉に攻撃魔法が放たれる。
迫りくる魔物たちに落とされていく魔法の雨。そこからすり抜けてきた先頭の魔物が次々とこちらへ向かってくる。
「よし、行くぞ」
言うやいなや、冒険者たちは雄たけびを上げて走り出す。我さきにと煙を巻いて駆ける彼らの中から、二つの影が飛び出した。
明らかに他とは一線を画すスピードで先頭に迫るのは、両手にダガーを持った黒衣の男と、杖で空を飛ぶ赤いローブの女。リオンとティナだ。ティナの杖の上で彼女に捕まっている黒いローブの女は黒魔導士のミレイユ。
「我が炎は死の証。振りまく咎をその手に与えよ──渦巻く炎の刃」
「汚泥に沈め。停滞に滅べ。遅停し、衰え、堕落せよ──地に伏し頭を垂れよ」
二人の詠唱が重なる。ティナの攻撃力上昇のバフを受けたティナとリオンは身体の周囲に赤い光を纏わせ、示し合わすように二手に分かれた。そしてそれぞれが、ミレイユのデバフを受けて速度が五分の一にまで落ちた魔物たちを次々に撃破していく。
高い攻撃力と速度で繰り出す連撃で敵を屠るリオンに広範囲の爆撃で確実に数を減らしてくティナ。後ろからは付与術士のニコラが次々とバフを飛ばし、ミレイユが魔物の動きを牽制する。
他の冒険者が追い付くまでに死体の山を築く彼ら〈天翔ける騎士団〉の面々。それに続くように他のAランクが追随する。
「ガハハハッ!! おらおらどうしたァ! 手ごたえねぇなあおい!!」
斧を一振りするごとに周囲に爆風を撒き散らすのは〈暴れ熊の斧〉のリーダー、重戦士ラスロ・バルー。額から右頬にかけて刻まれた傷痕が風格を醸す厳つい男だが、その性格は明朗にして陽気。しかし二メートルを超える巨体と、それを超えるほどの巨大な斧から繰り出される衝撃は、相手をぐちゃぐちゃに轢き殺す強烈な一撃だ。
その単純ではあるが派手な攻撃は彼に群がる魔物たちを意にも介さず、どっしりと、しかし着実に奥へ奥へと進んでいる。
当然それだけ暴れていれば魔物からも標的にされやすい。
斧を振り回し隙ができた彼の背へと一斉にグレイウルフの群れが襲い掛かる。ラスロもそれに反応し斧の側面で受けようとしたのだが。
「む」
突如狼たちの背に幾本もの氷柱が突き刺さった。狼はそのまま地面に縫い留められ、斧のやり場を失ったラスロは武器を後ろから狙っていた魔物に振り回すと、前方から歩いてきた女に声をかける。
「助かったぜぇ。あんた、なかなかやるな」
「ふふ。そりゃあ私も、そちらと同じAランクですしねぇ。〈天翼の騎士〉のお仲間よりは派手さに欠けますけど、ちゃあんと活躍はできますよ?」
冷たい美貌に似合わずおっとりとした口調で笑うのは〈蒼と黄の薔薇〉のリーダー、大魔女エステル・ペルヴィス。白のドレスに映える長い青の髪を揺らすその仕草は、ここが戦場だと忘れさせるほど美しい。
ラスロはしかしそんな美女の微笑みにも顔色一つ変えず「そりゃあ悪かったな」と快活に笑った。エステルもまた目の前の男が自分に気一つ寄こさないことに何も思わない。
Aランクともなれば職業を一つ進化させた上位職になっているはず。職業を進化させるということは、そういうことなのだ。
そこへ、一体の魔物が吹き飛ばされてきた。その元へ目を向ければ、剣を持った美青年が二人の元へ歩いてきている。
「エステル、なにを呑気に話しているんだ。ここは戦場なのだぞ」
金の髪に深緑の瞳。美しい見目の青年はしかし、血に濡れてその美貌を凄惨に際立たせる。
「あら、ユーゴ。あなたがいるのって、この辺だったかしらぁ?」
「俺は遊撃だと伝えてあっただろう。お前とそこの男こそなぜ同じ場所にいる。戦力はできうる限り分散させるようにと……というより、お前、オデットはどうしたんだ。一緒にいるはずじゃないのか」
「そういやいないわねぇ。置いてきちゃったみたい」
「お前という奴は……」
緊張の欠片もなくのんびりと笑うエステルに大きなため息をつく青年、もとい〈蒼と黄の薔薇〉の一員でありAランク冒険者、魔剣士ユーゴ・ラロック。その後ろではパーティメンバーらしい弓使いの青年が苦笑している。
「彼女は攻撃手段を持たないのだぞ。自衛はできるだろうが、万が一があるとは思わないのか」
「気が付いたらいなかったのよ。そう怒らないで」
ニコニコと笑みを崩さないエステルは恐らく反省などしていないだろう。長い間彼女と同じパーティでやり続けてきたユーゴにもそれは分かっているから、仕方なく置いて行かれた少女を探しに行こうと踵を返す。その後ろでは同じくメンバーが付いてきていないことに気が付いたラスロが辺りを見回している。
そこへ、一際大きな影が姿を現した。
蛇のような胴体に鳥の頭、尾は蠍の化け物、レブネルだ。この魔物も本来なら東の森にいるはずのないBランクの魔物である。
鋭い声を上げて突進してくる巨体にラスロとエステルが武器を構える。
「〈閃光貫け雷火を打ちて〉!」
しかしそれは、一瞬早く放たれた稲光によって阻まれた。
二人の後方からレブネルへ。真っ直ぐと光が撃ち抜く。音も置き去りにしたそれの一瞬あと、ジュウと焦げるような臭いと共に魔物の図体が傾ぐ。
そして焦げ目が僅かにズレたかと思うと、胸の辺りから上が地面に落ちた。次いで身体が倒れ込む。
巨体が倒れる地響きの中、レブネルの胴体を真っ二つに切り裂いた雷撃は、倒れた魔物の向こうで剣に付いた血糊を払っていた。いつの間にか前方にいたユーゴだ。
彼は黄金に発色する剣を収めると、血で少し固まった髪をさらりとかき上げた。
「ふん、他愛ないな」
「やるなあ兄ちゃん。全然見えなかったぜ」
「あんまし褒めないでくださいねぇ。この子、調子乗りますから」
うふふ、とエステル。それにユーゴは眉を上げたが、言い返すことはしなかった。自覚はあるらしい。
「俺はもう行く。オデットを見つけたらそのまま共に戦うから、気にせずに一人で暴れているといい。行くぞジャン。もたもたするな」
「へいへい。ったく、エステルもだがあんたも大概自由だよなあ……」
ユーゴの常人離れしたスピードに辟易としながらぼやく弓使いの青年。その背を見送ったラスロは「〈黄と蒼の薔薇〉のパーティメンバーは苦労するな」と自分のことを棚に上げて考えていた。
そうして仲間を見送ったエステルはラスロを振り返る。
「では、ユーゴにも言われてしまいましたし、私はこれで失礼させてもらいますわぁ」
「そうだな。嬢ちゃんも死なねぇように気ぃ付けて……」
言いかけた言葉は止まる。
「あらぁ」
珍しく驚きに身を固めたラスロの視線を追ったエステルもまた、気の抜けた声を上げた。
その先、三キロほど後方にて、東の森よりのしりと現れたのは──竜。
小さな個体とはいえ、五メートルほどの体躯は充分に見る者を威圧させ、鋭い眼は恐怖に竦ませる。
ドラゴン。空の覇者。雄大でいて理不尽。人間とはまさしく生物としての格が違う。
討伐対象の地竜には遠く及ばずとも、その脅威度はAランク上位。本来なら災害級の化け物だ。ラスロやエステルらが寄り集まったところで、討伐には多くの時間と犠牲を要する。
しかし、そんな怪物が出たというのに二人はそこまで慌ててはいなかった。
なぜならこの場には、レイクリット唯一のSランクパーティがいるのだ。その彼らの期待に違わず空にはドーム状の白い膜が広がり始めている。
そしてあの怪物に向けて、一つの黒い影が凄まじい速度で迫っていた。
「……〈標的捕捉〉」
ドラゴンへ向けて走りながらリオンは小さく呟いた。対象は遠く見える黒い巨躯。
自身のスキルが敵を捕捉したことを確認すると、彼は懐から取り出したナイフを数本、前方に投擲する。乱雑に投げられたそれらはてんでバラバラに飛んで行ったように見えたが、まるで何かに収束するかのようにドラゴンへと向きを変え、黒い鱗へと突き立った。
けれど固い皮膚には傷一つ付かない。それを確認し、リターンと唱える。彼の手には投げたはずのナイフが握られている。
「どんな感じ?」
「硬いが動きは鈍い。防御スキルもなし。余裕だ」
いつの間にか隣に並んで飛んでいたティナにリオンが答える。彼は一度空を見上げローレンスの〈聖域〉がほぼ戦場を覆っていることを確認すると、逆手に持ったダガーを強く握り直す。
「ティナ、ミレイユ、ニコラ、いけるな」
「当ったり前!」
「自慢の鱗、軟弱な豆腐にしてあげるよ」
『目視ギリギリだけどな。タイミングずれても文句言うなよ』
ニコラが通信用魔道具越しに答えたのを最後に散開する。
「〈黒霧〉〈脆化〉〈呪歌葬送〉〈我奪う汝の理〉……」
「〈炎焼〉〈熱波風封〉〈燃えろ、熱し、焦がせ〉」
『〈強化付与・攻撃力・速度・継続回復〉』
それぞれのスキルが相乗し戦場に光が飛び交う。
仲間の支援を一身に受け疾駆するリオンは、その内の一つが一際大きく自身の能力を向上させたのを感じ取った。
(ローレンスか)
そう思うと同時、五感が冴え渡る。戦場を覆う光のドームがいつの間にか完成していた。それは存在するだけで戦況を左右すると言われる、職業を二段階進化させた者たちの権能の一端。
ティナの魔法がドラゴンへと当たり派手な火花を散らす。それにドラゴンは苛立たし気に首を振ってティナを睨みつけた。その間にもティナはいくつもの魔法を放つが、どれも派手なだけでダメージには至らない。
咆哮を上げて威嚇するドラゴン。その意識は完全にティナへと向いている。
リオンはスッと目を細め、捕捉した敵にスキルを発動した。
「影の刃」
言い放つのと同時にリオンの視界が切り替わる。同タイミングでニコラとローレンスからの強化がかかり、瞬間的に増強したダガーをそのまま、目の前の隙だらけの竜の背へと突き刺した。
鱗が割れる確かな感覚と肉を裂く触感。痛みに暴れるドラゴンの背を蹴って離脱する。
「っし、通った」
「僕の魔法のおかげ」
「ああ、まじで豆腐だ、なっ!」
着地したそのまま、地面を踏み込んで怒りに吠える巨体に突撃するリオン。すれ違いざまにダガーで傷をつけ、また着地と同時に飛び刃を振るう。
影のように目視すら危うい速さの切り裂き。そのわずか数秒でドラゴンの鱗はボロボロに剥がれ、血だらけになっていた。けれど目は爛々と見開かれ、自分を傷つけたリオンをひたと睨みつけてその鋭利な爪を振るう。
が、それは金属をひっかくような嫌な音を立てて宙で阻まれた。リオンとドラゴンの間に浮かぶのは、聖気のシールド。ローレンスの障壁だ。
「我が両腕が汝を捕らえん。痛みと償いは地にかき捨てて──罪人よ、咎を受けよ」
腕が障壁に止められたのと同時にミレイユの詠唱が響く。一瞬動きを止めたドラゴンの足元に魔法陣が展開され、動き出す前に飛び出した鎖がその身体を雁字搦めに絡めとった。
ドラゴンは驚き暴れようとするがすかさずニコラが鎖にバフエンチャントを施す。頑丈になった鎖は天外の膂力を誇る竜ですらも破るのには数秒を必要とし、それはもはや致命的だ。
リオンはその隙を捉えて浅く踏み込んでいた態勢を立て直し、両足で地面を蹴る。構えた刃の刃先が向かうのは鱗の剥がれた喉元だった。
「〈夜闇潜む叛乱〉」
彼の持つダガーが闇色の皮膜に覆われ、流星のように影が尾を引く。
グジュ、と何の抵抗もなく刃は突き刺さった。肉を裂き、骨まで届いた感触が武器を通してリオンに伝わる。太い血管を破ったのか、傷口から吹き出した血が赤い雨のように撒き散った。
返り血を浴びて顔をしかめたリオンがダガーを手放したのとほぼ同時に、竜が苦悶の声を上げ鎖を引きちぎる。そして怒りに血走った目でリオンを睨み──幾多の武器に身を貫かれた。
赤く染まっていた目が光を失う。
百の武器で貫かれたドラゴン。その巨体が地に倒れ伏したせいで土埃が舞い上がり、近くにいたリオンと魔導士二人は軽く咳き込んだ。ティナは咳をしながら鼻をつまみ、顔に皺を寄せている。
「げっほ、うげー、ドラゴンの血ってくっさい! リオン、近づかないでね」
「僕からも要求するよ。リオン、風呂に入るまで近づかないで」
「……お前らはゴブリンだろうがオークだろうが同じこと言うだろ。それにどうせスタンピードが収まるまで近づく機会なんてない」
『俺もそんな臭いなら近寄りたくねーから、ちょっと別行動で頼むわ』
「お前は俺とチームだろうが。馬鹿なこと言ってないでさっさと合流しろ馬鹿」
『へーい』
ニコラの気の抜けた声が魔道具越しに聞こえる。ドラゴンを倒したところでまだ戦闘中だというのに、とリオンは思ったが、口にはしなかった。
これで後衛に立たせると優秀な支援職な上、自ら魔改造した槍で敵を串刺しにしていく手管は普通の戦闘職にも勝るほどの腕前だ。さっきも完璧な支援をしてもらった手前、うるさく言う気は引けた。
「じゃあウチらはもう行くね。まだ厄介なの出てきてるし」
「ああ。気を付けろよ」
「そっちもね」
それだけ言い残してティナはミレイユを乗せて戦場の向こうへと飛んで行った。その先には森から出たばかりの魔物たちが犇めいていて、未だ終わりは見えない。
リオンは収納袋から取り出したポーションを飲み干すと、ニコラと合流するべく二人と反対の方へ足を向けた。
◇◇
混戦となった戦場の後方でローレンスは一人立っていた。
手には光り輝く剣を持ち、常人離れした目で地平の隅々まで確認し、随時スキルを飛ばしている。
今も丁度戦地の後方──十キロ以上離れている──でドラゴンが倒れたのを確認したところだった。
全く無駄がないどころか、ありえない程の視野の広さと脳の処理能力。人間の限界を超えた力を手に入れるのは上位職業所得者の常ではあるが、彼の場合職業の恩恵を得ているのは目の良さだけで、頭の方は自前だった。
しかしそんな常人離れしたローレンスは今、目の前の戦況とは別のことで頭を悩ませている。
(ファーナムは無事だろうか。まだ三十分も経っていないし、さすがに持ちこたえてるよな? あいつは強い。そんな簡単にやられたりなんてしないだろうが……)
だが万が一ということがある。そう思うと居ても立ってもいられなくなるが、この場を離れるわけにもいかない。
(くそ、僕の意思を優先していいなら、すぐにあいつを助けに行くのに! 大体一人で行くってなんだ。僕ならまだしもお前は長期戦に向かないだろう。前から馬鹿だったのに輪をかけて馬鹿になったな、大馬鹿野郎が)
ローレンスは内心で悪態をつきながらも、表情にはおくびにも出さず冷静に支援し続ける。しかし、その内心ではユリウスのことが気になってほとんど何も考えておらず、スキルはほぼ無意識と条件反射で使っている現状だった。
もちろんそんなことでは駄目だと彼も分かっているのだが、いかに天翼の騎士と言えど人の子。親しい相手が死地に向かえば心配せずにはいられなかった。
(第一なんであいつはあんな無茶をしたんだ。金がどうの言ってたが、まさか本当に借金をしたのか? 昔っから金には興味ないとか言ってほとんど貯金してたのに、それもなくなったのか。一体何をやったらそんなことに……いや仮にそうだったとしても、僕に言ってくれれば金くらいいくらでも貸したのに)
ユリウスはローレンスから嫌われていると思っているが、実際のところそんなことはない。それどころか全くの逆で、ローレンスにとって唯一心を許せる存在がユリウスだった。
だからこそユリウスには死んでほしくないと願うし、できることなら今回の依頼だって無視してほしかった。
ただその願いは毎回彼自身によって粉々に砕かれるのだが。
(どうしてあいつはいつもじっとしていられないんだろう。騒がしいし余計な面倒事ばかり引き起こす)
ため息の一つもつきたかったが、聖なる剣としての彼が気を抜くなと窘めてきたため、喉元で我慢した。
ローレンスとユリウスは昔からの知己だ。友人というよりは腐れ縁と言った方がいいが、十年前、同じ時期に同じ支部で冒険者になった時から二人の縁は続いている。
だというのに、あの騒がしさには一向に慣れる気がしない、とローレンスは常々思っていた。彼の引き起こした騒動が原因で頭を抱えたのは一度や二度ではない。
(特に酷かったのがあれだな。ライセンス取り消し事件)
正確には未遂だが、ローレンスの中ではそうと解釈されてはいなかった。あの時の酷い胃と頭の痛みは六年経った今でも忘れられない。
存在するだけでトラブルを引き起こす、まさに嵐のような男。ローレンスはかつて酒の席で、死んだ目をしながらそう称したことがある。
一緒に飲んでいた天翔ける騎士団の面々は、その今まで見たこともないリーダーの表情に、どれだけ仲が悪かったんだと戦慄したものだったが。
その時、森の方から巨大な蛇が姿を現した。Aランクのグロースサーペントだ。
しかし運の悪い事に、近くにAランクの冒険者が一人もいない上、そこは〈聖域〉の範囲外。突然現れた大物に騎士団の陣形が崩れている。
一応騎士団長はAランク冒険者相当の実力だと聞いているが、混乱した部下をまとめていたらあっと言う間に全滅させられそうだ。
背に腹は代えられない。仕方なくローレンスは〈聖域〉の範囲を広め、彼らをフィールド内に入れてやった。これで権能による自然回復よりも多く魔力を使うことになってしまうが、マジックポーションはまだ充分にある。今は多少の無茶をしても魔物をすぐに倒すべきと彼は判断した。
「〈白銀光よ照らしたまえ〉」
天上の剣が光を放つ。それは彼の頭上、外と内を隔てる〈聖域〉の膜に触れると、いくつもの白銀の光となって聖気の満ちるドーム内に遍く降り注いだ。
自らの作る〈聖域〉の範囲内にいるすべての味方の攻撃力を上昇させるスキル。その力を受けた冒険者たちは動きが変わったように一気に魔物を殲滅し始める。
騎士たちもまた〈聖域〉の中に入ったことで、混乱していたのが嘘のように陣形を維持しグロースサーペントへ総攻撃をかけていた。
そして騎士団長の活躍もあってまもなく討伐されるのを確認したローレンスはすぐに範囲を元にまで狭める。〈聖域〉は強力な能力だが。その分魔力消費は激しい。権能による聖気の自己回復分を差し引いても無茶な使い方をすればすぐに魔力は枯渇するだろう。
しかしそれだけの対価を払ってでも毎回使うだけあって、その性能は破格だ。
聖なる剣ローレンス・アルバンテインの固有スキル〈聖域〉。
範囲内の全ての味方の全能力値を上昇させ、状態異常を無効化させる。さらに全ての敵へ一定時間ごとにランダムで精神異常効果を中確率で付与し、時間経過で防御力を低下させる。
彼の代名詞とも言えるこのスキルのあまりにぶっ飛んだ性能故に、彼を引き抜こうとする国はいくつもあったが、ローレンスは頑なに拒んできた。
どこかの国に属するつもりはない。自分は自由を求める冒険者なのだ、と。
騎士の家に生まれその心を重んじながらも、自由を求めて冒険者の道を選んだ。
誰よりも正義を志しながらもそれを疎んじ、誰よりも自由を愛しながらもそれを自ら律する。相反するその生き方は脆く見えるのに、彼は誰もが認めるこの国の英雄として生きている。
ローレンス・アルバンテインは歪だった。けれど、誰もがそれを当然として受け入れる。
なぜなら、彼は英雄で、最高の権能を有する最上位職の持ち主なのだから。
職業を進化させるということは、即ち人間としての自分を殺していくということなのだから。
ローレンスは静かに戦況を見据える。
その目に自分の意思はなく、ただ騎士としてあるままに彼は生きている。