地竜討伐戦
「あれが地竜か」
アルバンテインと別れてすぐ。
二十メートルの高さがある外壁の上を走りながら、俺はその伝説級の魔物とやらを見下ろしていた。
全長十五メートルはある体躯に、ずっしりと重そうな見た目。ゴツゴツと岩のような表皮には傷一つ付いていない。
ただその場に悠然と佇むだけで感じるその圧は、悠久の時を生きる古代生物と言われても納得のできる風格だ。しかも普通に意味わからんくらい強い。
尻尾を振るだけで面白いほどに人が飛ぶ。魔導砲の一斉射撃ですら傷一つ付いていない。
なるほど、まさに鉄壁。
こんなものが暴れていたら止めようがないのは、子供が見ても分かる単純明快な話だ。だって攻撃が効かないんだから。
だが……まだ外壁すら壊れていないのは、ちょっとおかしいよな?
第二騎士団もそりゃあ頑張ってるだろうけどさ、普通の奴らが頑張って粘れるくらいなら俺たちがあんだけ騒ぐ必要はねーんだわ。はっきり言って雑魚がどんだけ寄り集まっても雑魚は雑魚。なんの足しにもならない。
それが古代の化け物を相手に時間稼ぎできるって、絶対おかしい。ありえない。
「……」
最初からちょっとおかしいなーとは思ってたけど。そもそも地竜は他の竜と違って気性の穏やかな生き物だし、目が覚めたからって魔物を率いて人間の国を滅ぼしてやろう、なんて馬鹿な発想が生まれて来るはずがない。
だからよほど人間を恨んでるか寝る前に何かあったのかと思ってたが、どうも違うっぽいな。幻術や魔法が使われてた時点で裏に誰かがいんのは明白だし。
「なら、こいつも古代地竜じゃない……ってことはないか」
これだけ成長した竜がそこらにいてたまるか。
それに動きはともかく硬さは申し分なく化け物級だ。恐らく操られてるせいで動作に精細さが欠けているんだろう。
術者に抗おうとしていることで力の大半を使えてないってところか。
「まあ都合はいいな」
ちょっと残念ではあるけど、今回の俺の目的は地竜討伐の報酬の独り占め。
優先事項は地竜をここに留めることだけどな。倒せないなら無理する必要はない。応援が来るまで一人で抑えてれば、それは十分報酬の上乗せになるだろう。
そうと決まればあいさつ代わりに一発ぶち込んでやるとするか。
地竜のデカい図体を見上げて笑う。久しぶりのガチバトルだ。燃えない理由がない。
気分が高ぶる。久しく感じてなかった高揚感。たまんないね。
頭が茹るように熱くなるのを感じながら、右手を前に翳して声を上げる。
「抜刀、紅蓮剣」
同時に地面にできた赤黒い淀みから、一本の剣が飛び出してきた。血色の飾り気もない武骨な大剣だ。
俺はそいつを掴むと、下で騒ぐ奴らに向けて叫ぶ。
「おいてめぇら! 怪我したくなきゃそこどきやがれ!!」
相手は地竜に吹っ飛ばされてる第二騎士団の連中だ。
必死の形相で化け物を押し留めているそいつらは、助けに来た俺の声を聞いてこちらを振り返り──一斉に顔を青ざめさせた。
「に、逃げろ! ユリウス・ファーナムが、〈紅蓮鬼〉が来たぁ!!」
「な、なんであいつが!? ローレンス・アルバンテインは何してるんだ!」
「いいから逃げろ! 死ぬぞ!」
「撤退! 撤退ーっ!」
「うわぁああ! 来るなあぁ!」
「あぁ゛!?」
助けに来てやったってのに、んだよその言いようは! 俺はバケモンかなんかか!?
「うっせぇカス共! さっさと散れや!」
ムカついて剣を振りまわして叫ぶが、奴らはすでに撤退していた。
こういう時だけどうしてそんな撤退早ぇんだよ。いつもチンタラしてるくせにくそムカつくなァ!!
苛つく。むしゃくしゃする。けど今することはそれじゃない。
落ち着け俺。後でいくらでもぶん殴れる。
ちっ、と舌打ちをして地竜に向き直る。
地竜は自分を止める人間たちがいなくなったというのに、外壁を睨みつけるだけで侵攻しようとする素振りはなかった。自分を操る何者かをどうにかしようと躍起なんだろう。
とりあえずぶっ飛ばすかと剣を構えたところで、この外壁の素材がなんだったか気になった。足元に目を落とす。
石は石だけど、この色はメグフランか? 衝撃に強いだけで耐熱性能はさほどよくもない石だ。俺がここで地竜と戦えば一瞬で溶ける。
いくら魔法保護かけるからって……いや、この国の財政状況考えるとあまり金かけられないか。外壁燃やそうなんて奴いねぇしな。
しかしせめてラトの方の石を使ってくれればなぁ。あっちはもっと耐熱性がいいのに。
どうしたものか。地竜にあっちに移動しませんかなんて言ってどいてくれるとも思えない……俺が吹き飛ばせばいいか。
ならさっさとやった方がいいだろう。地竜が動きだす前に全力で行く必要がある。
俺はあまり深く考えず剣の切っ先を自身に向けると、腹へと思い切り突き刺した。
「……ッ」
貫かれた腹からボタボタと赤黒い液体が伝う。
痛い。熱い。けど、神経を通して伝わる感覚が鈍い。
文字通り土手っ腹に風穴開いたってのに、その痛みが脳までの道筋で遮断されたようだ。
ズッ、と剣を引き抜く。
それに合わせて血が零れるが、身体に穴が開いたにしては随分と少量だ。代わりに傷口から湯気のような白い煙が上がり、少しずつ穴が塞がれ始めている。
ついでにすぐには使わない左腕と右の脛も切り裂いて、おまけとばかりに脇腹を思いっきり引き裂く。
「ッ、ぐふっ、……っ」
防具も付けていない身体はいとも簡単に傷つけられ、全身が血に染まった。
その量は通常であれば致死量だが、俺は多少頭がふらつく程度で意識もはっきりしている。体力も三分の一くらいしか削れてないだろう。
白い蒸気が自傷行為によってできた傷を塞いでいく中、自分の血で濡れた剣を地竜に向けた。
「……とりあえずこれで様子見いっとくか」
半分くらいまで削ってからにしようと思ったが、反動でうっかり死んだら洒落にならない。
冒険者の第一原則は、命あっての物種だ。
「銃撃剣」
がしゃん、と音が鳴った。右手で持った剣からだ。
それから続けざまに妙な音が鳴る。その度、鍔から切っ先にかけて切れ込みが入ったかと思うと、左右に分かれ真ん中にレールのようなものが出来上がった。
二つに分かれ取っ手となった柄を両手で掴み構え直す。目標は地竜の胴体。一撃で吹き飛ばすために、魔力を全て使い切るほどの最大出力で。
甲高い音が鳴る。レールの先、二対の刃が囲うように赤黒いエネルギーが鳴動していた。
周囲の魔力、そして持ち主の魔力を食い尽くして蓄えた球状の波動は徐々に大きくなり、血を連想させる禍々しさを放つ。
全身を血に染め、白煙が湯気のように立ち上るその中で、俺は狙い定めた的へ弓を引き絞るように汗が伝う顔に笑みを浮かべた。
「喰らえデカブツ……! 〈閃光焼きし紅蓮砲〉ッ!」
そして限界まで張りつめた弦が、圧縮されきった紅蓮の波動が、放たれると同時に骨を砕く程の反動と、世界を切り裂くかのような凄まじい音がした。
それはまるで空を焼くように。
幾多もの魔導砲を連射したかのような爆発が巻き起こり、炎が津波のように空中を迸る。
砲撃とは比にならない威力だ。業火と呼ぶすら生ぬるい惨烈な熱が肌を炙る。幾撃にも及ぶ爆発が風を煽り、嵐のような突風が粉塵をさらっていく。
灰すら焼き切る灼熱はそうして地竜を飲み込み、圧倒的な勢威で押し飛ばした。
ビリビリと震える空気が余韻のごとく間延びする。
「────……ッ、いってぇ……」
俺は剣の状態に戻った紅蓮剣を杖替わりに、熱で柔らかくなった外壁の上に立っていた。
バイオネットバーストを発動した衝撃で軋んだ身体が煙を上げて修復されていくのをじっと耐えている。
このスキルはかなり強力だが、魔力をほとんど使う上にチャージに時間がかかるし発動後はしばらく反動で動けなくなる。火力極振りの俺のスキルの中でもかなり癖の強い技だった。
パキ、パキと砕けた骨が治る音がする。肩の関節が外れてるから、それも戻さなければ。
「……あいつは、飛ばせたか?」
未だ熱風が吹き荒れているとはいえ、土煙が視界を邪魔して地竜をどこまで後退させられたのかが分からない。もし森の近くで止まっているようなら追撃しなくてはいけないのだが。
関節を戻しながらもうもうと立ち込める砂埃の向こう側を睨みつける。粉々だった腕の骨はもうだいぶくっ付いていた。剣を振っても問題ないだろう。
やがて晴れた視界の先では、やはりというか平然と立つ地竜の姿があった。あまりに堂々としたその姿に舌を巻かざるを得ない。
たださっきと違うのは、外壁近くから森の只中にまで後退していることと、その額に僅かにひび割れた痕があることくらいか。
「傷はつくのか……」
最悪紅蓮砲でも傷一つ付かないかもしれないと思ってたから、思った以上に脆いようで一安心だ。
さすがに攻撃が通らない奴が相手では俺も応援が必要だし。
ただ気になるのは。
「……」
──森が焼けていない。
これだけの大火力だ。それこそ山火事にでもなっていないければおかしいってのに、木が数本へし折れて転がってるだけ。
地竜がこんな気遣いするわけないし、森の生物なんだろうが……。
まあなんでもいいか。あとで責任問題を追及されなくてよかったと思おう。
面倒なことは棚上げして外壁を飛び降りる。二十メートルからの落下を難なく着地して、熱く焼けた地面を駆けた。
凝固するどころか熱で溶けた地は走りづらいが、手に持った剣を握り直して、高い木々の奥から見下ろす黒い眼を睨みつける。
「破砕剣」
言葉は炎となってむきだしの剣身を覆った。感情を体現するような濁った赤の炎。
「っし!」
俺は地面を蹴り飛ばすと、数十メートル先の地竜へ疾駆し巨大な図体へと燃える刃を下から切り上げた。しかしそれを硬い鱗が阻む。
せめぎ合う炎と大地。堅牢な皮膚は地面を押すように手ごたえがない。
──くそ、やっぱ無理か。
呆めると同時に横から何かが飛んで来るのが見えて、切りつけていた皮膚を蹴り飛ばすことで回避した。
すぐ足元を風を切って通り過ぎていったその何かが、木々をなぎ倒していくのが横目に見える。一瞬だったが恐らくデカい岩かなにかだろう。
地面を滑るように着地して態勢を立て直し再び森を駆ける。
単純な攻撃じゃだめだ。効果が全くない。スキルを使ってもいけるかどうか。紅蓮砲で鱗が割れた額になら攻撃入るだろうけど、額までジャンプなんて無理だし……いや、いけるか。
歩くたびに地面を振動させる巨体へと方向転換すると、近場にあった樹を三角飛びの要領で蹴り上げる。それを三度。悠然と佇む地竜の上へ飛び上がった俺は、燃え盛る剣を掲げた。
「〈火炎巻く竜の牙〉!」
叫びと呼応して燃え盛る剣をひび割れた地竜の頭蓋へと、落下の衝撃を乗せて殴るように叩きつけた。
瞬間、炎が爆発する。
「──ッ」
刀身から噴き出た赤黒い炎は前方一帯を蹂躙するように吹き荒れた。猛火が大地を舐め尽くす。
爆風で弾き飛ばれた俺は近くの樹にぶつかって、慌てて枝に捕まった。
「ゲホッ、」
片腕でぶら下がりながら血を吐く。スキルの反動で破れた血管から血が吹き出して、剣を握る手がぬるついて上手く握れない。
「ハァ、布、あったかな……」
腰にぶら下げてる収納袋に各種ポーション類を入れた覚えはあるが、血を拭くための布だとかを入れた覚えはない。ないが、覚えてないだけで入ってるかもしれない。もしかしたら。
そう思って剣を小脇に抱えたのだが、布探しは爆発の煙が晴れた先で巨大な口が俺めがけて開いてるのを見て中断せざるをえなくなった。
「うおっ、まじかよ!」
慌ててその場を退避する。
直後、さっきまで捕まっていた樹は地竜が放ったブレスに消し飛ばされた。
砂塵が渦巻いて竜巻の如く、木々を塵に変えていく。そのブレスの威力に俺は小さく身震いした。
火竜と違って大したことないかもなんて思ってたが全然そんなことねぇな。喰らわないようにしとこう。
布を出すのは諦め自分の血で湿った服で手の血液を拭きながら横へ回り込むように走る。
さっきの攻撃で数本樹が消し炭になっているが、隠れるには問題ない。むしろあれでこれだけしか燃えていないことの方が不自然だ。
やっぱり誰かが森を守ってるのか。王国滅亡をかけた緊急事態だってのに、よほど暇人がいるんだな。
その緊急事態に独断行動をしている自分は差し置いて。
そこへ地竜の低く震わすような鳴き声が聞こえてきた。俺を探してるのか?
が、すぐにそうではないと理解する。
ちら、と見た地竜の周囲には何百の瓦礫が浮いていて、その全てが俺の方を向いていたのだ。
「冗談じゃねぇぞおい……」
異常な数にそう零すも、口端が吊り上がっている自覚はある。
冷静に現状へ警鐘を鳴らす本能を、戦いを楽しむ理性がねじ伏せている。
土魔法で作られた瓦礫は一つ一つが大きく、岩が浮いているような不自然さがある。きっとさっきの岩もこれと同じものだろう。
それは空中で俺へ狙いを定めると、霰が地面を打つように一斉に襲い掛かってきた。
全てが俺よりも大きい石の塊が飛んで来る。
俺は紅蓮剣を握り直すと、走る方向を変えた。避けていては追いつかない。ならば正面突破だ。
小隕石のごとく降ってきた岩を弾きながら地竜へひた走る。
ガキィン、という重い音が断続的に続き、一振りごとに腕が痺れる。刃と岩肌が火花を散らす。
瓦礫の雨によって森が削れ、ていくのを背後に俺は迫りくる礫を避けつつ体幹を捻った。
「〈天討つ火翔斬〉ッ!」
右足を軸に剣を豪速で振り切る。
音速にものぼる剣の残像。その赤い軌跡は実体を持って飛散し、降りかかる岩々を砕いていった。
いくつもの爆発が頭上を通過する。細かくなった流星が降るのを構わず突っ切り、魔法で隙だらけの地竜の腹へ刃を向ける。
「〈流転する壊刃〉!」
スキル名を唱えた俺の身体は燃え盛る車輪のように地竜の横腹を駆け昇った。一瞬の飛翔。
上空で火の痕が残る鱗に傷一つないのを舌打ちして、剣を両手で逆手に握り直す。そして地面へ剣を突き立てるように、思い切り額と切っ先を直下させた。
重く鈍い音を立てて硬い肉がひしゃげる。
スキルも何もない、ただ落下の勢いを乗せただけの剣。しかし二度の攻撃を受けて脆くなった皮膚は、ついには刃に突き刺された。
「ッ!」
だがすぐに岩が飛んできて退避しようとしたのだが、突き刺した剣が抜けずに直撃する。
巨大な岩が凄まじい速さでぶつかってきたのだからその衝撃は計り知れない。一撃で肉塊にならなかったのは、俺も化け物と言われる領域に足を一歩踏み入れているからだ。
一瞬飛んだ意識を奥歯を噛み砕くことで戻し、直撃した時に抜けた剣を抱えて転がり落ちるように飛び回る岩から逃げた。
慌てて降りたせいで着地に失敗したが、とにかく一旦離れる。が、地竜は王都の方へは行かず俺を追いかけてきた。どうやら相当怒っているらしい。
動くたびに揺れる地面と時折飛んで来る岩を回避しながら森の奥へと進んでいく。手に持つ剣はいつの間にか炎が消えていた。
俺の役目は、こいつを引き留めることだ。王都へ行かないでくれるならそれでいい。
そしてできることなら倒してしまう。額に傷を作れたんだから、希望はあるだろう。それに俺の火力はまだ上がる。
剣を振りかぶって後ろから降ってきた岩を弾く。樹をなぎ倒して進んでくる地竜は忌々しそうに俺を見つめている。
戦闘が始まってから、自傷も合わせてダメージを負ったのは十回。まだ余裕はある。
深く息を吐いて走りながらそう算段する。
そんな中でかつて言われた言葉が頭をよぎった。
『いいか、50回までだ。50回をすぎたらどんなことがあっても、回復に専念してリセットするんだぞ』
そんなこと言われないでも分かってるっつの。
誰だって好き好んで危険に飛び込んだりしないさ。