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英雄になるためにすべきこと~嫌われ者が二十年経ったら英雄になっていた~  作者: 凛音
序章 レイクリット王国スタンピード騒動
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きな臭い戦況



 それからしばらく待った。


 あの後入ってきた奴ら──大体俺を見て顔を顰めてやがった──を合わせて会議室には二十八人。

 Sランク一人、Aランク八人、Bランク十七人と、そう多くはないが緊急招集にしてはかなり集まった方だ。


 そんなこの国の精鋭を前にして、一人の初老の男がダン、と机を叩いた。


「お前ら、まずはよく集まってくれた」


 未だ老いを感じさせない低い声が、静かに言葉を聞く彼らに届く。

 深い皺が刻まれた顔は厳しく、鍛えられた身体に刻まれた古傷の数々が、老体に似つかわしくない迫力をもたらしている。

 闘士(ウォーリアー)の最上位職、砕の拳(ウォーマスター)である元Sランク。レイクリット王国のギルド本部を総括するギルドマスター、〈山砕き〉レオンス・オーバン。


 大層な紹介をしたが、つまりは暴力(ジジイ)だ。

 あいつの拳の前ではドラゴンすら腹を見せるという。とんでもない爺だ。


「特にユリウス。まさか来るとは思ってなかったな」

「……お前らの中で俺異常に評価低いんだけど、来なかったことねぇよな? 何でそんなサボり魔みたいに言われてんだよ」

「あん? そうだったかァ?」

「もうボケたかジジイ」

「誰がジジイだ! 俺はまだ72だぞクソガキがァ!!」


 十分ジジイだろうが。

 そう思ったが、叫ぶと同時に拳を叩きつけられた机がひび割れてるのを見て口をつぐんだ。ちょっと怒った程度の破損じゃない。怖すぎる。

 齢七十を越えるあの腕から放たれる拳は、俺の石頭をもってしても止めることはできないのだ。


 オーバンは一つ咳払いをすると、真面目な顔で部屋に集まった面々を見渡した。


「さァて、本題だが。言うまでもなくお前らを集めたのは、スタンピード鎮圧と地竜討伐のためだ。八万の魔物の大軍と古代の化け物。こいつらをどうにかしないとロズウェリアは滅びる。間違いなくお国の危機ってわけだ」


 それを止めるために集まってんだから、もちろんここにいる奴らは猿でも知ってる。全員頷くことすらなく言葉の続きを待った。


「まあスタンピードの方は数さえありゃなんとかなるだろうけどな。予想外に強い魔物がいるかもしれねェから、ここにいる奴らにも半分はそっちに回ってもらうが」


 レイクリット王国周辺には強い魔物がいない。だから八万といえど、王国騎士団五万の騎士と、下で缶詰になってる冒険者共が合わされば十分対抗できるはずだ。


「んで、地竜の方だが、これも話は簡単だ。ここで討伐に向かうメンバーを決めて、戦う。そんだけだ」

「討伐パーティ……つまり、協力クエストというわけですか」

「ああ。少し心もとないが、Sランク相当が二人もいりゃあなんとかなるだろ」


 協力クエストね。本来なら魔物の巣の掃討とか人数が必要なものに適用されるはずだが「多数の冒険者がパーティを組んで難解な依頼を受ける」っていう定義からは外れてないか。半分指名みたいなもんだけど。

 でもそれは少し問題がある。


「なあ」

「なんだァ、ユリウス。話は後にしろ」

「いや、協力クエストってんなら、俺受けてもいいのか?」

「あん? あー、そうだな……」


 オーバンは銀の髪──どう見ても白髪だが本人が銀髪だと言い張っている──を掻きながら思案した。

 というのも俺は、協力クエストを受ける事をギルドから禁止されてる。まあそれに限らず、多人数で受けるようなものは全て厳禁だ。

 俺が悪いわけでもないのに勝手にそんなこと言われて当時はそれなりにぶち切れた。一人でデモ(物理)したの、あれ七年前か。アルバンテインに止められて、それなりにガチな喧嘩して有耶無耶になったんだよな。いやー懐かしい。思い出したら殴りたくなってきたぞあの赤毛野郎。


 しかし今回はどうしても俺の力がいるはず。古代の化け物ってことはAランクが束になっても意味がないってことで、つまりは俺とアルバンテインの二人がいないとどうにもならないからだ。

 オーバンもそれを分かってるから、少し悩む素振りはしたものの、すぐに「いいんじゃねェか?」と限りなく無責任な事を言った。アルバンテインが顔をしかめている。


「反対です。危険すぎます」


 そしてすかさず反論してきた。


「その男が戦闘時、周囲にどれだけの被害を与えるかはオーバン殿もご存知でしょう。いくら緊急時だからとはいえ、この場の冒険者全員の命を危険に晒す真似はできません」

「だがそうしねェと、今度はこの国が危険だ。まァ必要な犠牲ってことだな」

「……今の言葉は僕らの命を軽視しているように聞こえるのですが」

「その他大勢とたかだか二十数人なら、比べるまでもねェと思うがなァ」


 あくまでも一般的な倫理観での正しさを問うアルバンテインと、非情だけどこの場においての正義を振りかざすオーバン。

 ただ、いくらアルバンテインが人として正しかったところで今必要なのは緊急事態に対応するための非情さだ。それをアルバンテインも分かってるはずなのに、正しさを追い求めるために本気で反対しなきゃいけない。

 自分で決めたんだろうが、相当息苦しいだろうな、あいつの人生。俺には知ったこっちゃねぇけど。


「俺もお前が反対すんのは分かってたしなァ、とりあえず俺の権限でユリウスの討伐パーティ参加は決定ってことにさせてもらう」


 オーバンも奴の事情は知ってるから強引に話を進める。


「十二、三人が目安だな。あまり多くても戦い辛ェだろうし」

「……なら、僕のパーティを入れてください。一番連携に慣れてますので」


 渋々といった様子でアルバンテインが提案した。

天翔ける騎士団(ペガサスナイツ)〉のパーティ編成はアルバンテイン(タンク兼サポーター)攻撃職(アタッカー)暗殺者(アサシン)回復職(ヒーラー)強化役(バッファー)付与術士(エンチャンター)、サブ攻撃職(アタッカー)強化役(バッファー)魔導士(ウィザード)弱体役(デバッファー)黒魔導士(ダークマージ)の五人。

 バランスは悪いが、幅広く防御、回復、強化ができるアルバンテインがいるからこそ回るパーティだ。


「おう、そうだな……あとは?」

壁役(タンク)は僕がいれば十分なので、あとは支援職(サポーター)で固めましょう」

攻撃職(アタッカー)は入れねェのか」


 俺と〈天翔ける騎士団(ペガサスナイツ)〉の暗殺者(アサシン)の男しか攻撃職(アタッカー)がいないことに、オーバンが至極真っ当な疑問を口にした。

 しかしアルバンテインは首を振る。


「古代地竜が相手では、下手な攻撃では傷一つ付けられませんよ。こっちには火力馬鹿(ファーナム)がいますし、それで十分です」


 ちら、とこちらを見ながら言いきった。


 もしかしなくても火力馬鹿ってのは俺のことか。

 いや間違ってはいねぇけど、ムカつく。


 俺は頭にくる赤髪を睨みつけると、ふん、と鼻を鳴らした。




◇◇




 魔物の大群は東の森から徐々に近づいてきていて、今朝には城門から見えるほどの距離になっていた。


 黒々とした大群が徐々に手前へと、まるで波が寄せるようにやってくる。地平線を埋め尽くすほどのそれに外壁守備兵が卒倒していた。

 普段戦闘に出ない奴は根性がないから駄目だなあ。


「いいか、ファーナム。もう一度言うが、地竜は群れの一番奥だ。僕たちはそいつが前線まで来ないよう、後ろにいる内に討たなければならない。つまり魔物の群れの中を割って進まなければならないんだ」

「さっきも聞いたわ。俺のことガキだと思ってるだろお前」

「その道を作れるのは君だけなんだぞ。君が王都防衛の一番重要な鍵なんだ。何度だって説明する」

「一回でいいよ。お前は自分の心配だけしてろ」


 しっし、とあしらうように手を振るが、アルバンテインはその場を動こうとしない。

 俺は東門の先、簡易障壁の前で臨時パーティを眺めながらため息をついた。


「何だ、そのため息は。僕は君の事を心配してるんだぞ」

「分かってるよ。ただお前を見てるとムカつくだけだ」


 それを聞いたアルバンテインはぴくりと眉を動かした。癇に障った証拠だ。


「酷い言い草だな。だが僕も君と会話しているとイライラするし、頭痛もしてくる。場合によっては胃痛まで併発することもある」

「お前もなかなか最低なこと言ってるって気づいてるか?」


 全て俺が原因だって? 知らないなあ。


 しかし、俺が話半分でしか聞いていないのには理由がある。

 というのも、俺は今、大変なことに気が付いてしまったのだ。


 アルバンテインのお小言を聞き流しながら、周りのパーティを見渡す。

 そこにはきっちり十二人。決められた人数だけ固まって、各々武器の手入れをしたりそわそわと落ち着きなくしていたりしている。

 それを見て俺は眉根を寄せた。


 十二人。思っていたよりも多い人数だ。その数に俺の不安は掻き立てられる。

 もし、もしもだが。

 こいつら全員で地竜の報酬を分配するとしたら──もしかして、白金貨一枚も残らないのではないだろうか?


 その最悪の想像に、俺は心の中で首を振る。

 いやまさか。ここにいる奴の大半はサポート。実際に地竜を倒すのは俺だ。俺が一番多くの報酬を得るのは道理だろう。

 だけど、もし報酬が山分けだったら?


 ここに来る前、オルトから聞いていた報酬は白金貨一、二枚。多めに貰って三枚だとしても、山分けして手元に残るのは、大金貨二枚と金貨一枚。250万ユースだけだ。

 足りない。どう足掻いても足りない──!


「ファーナム、聞いてるのか?」

「足りない……全然足りない……」

「……朝食でも食べ損ねたのか? 僕の非常食でよければやるけど」


 常人とはどこかズレた男は、尋常でない俺の様子を腹が空いているのだと勘違いしたらしい。収納袋の中をゴソゴソとやり出したのを横目に俺は隣の奴から距離をとった。


 今俺がやるべきことは、地竜を倒すこと。

 しかもただ倒すだけじゃない。地竜討伐の報奨を一人で独占する必要があるのだ。

 つまりどうにかしてこいつらを出し抜かなければならない。そうじゃないと、セーロンに戻った瞬間牢獄行き……!


 くそ、なんてことだ。地竜さえ倒せばいいと思っていたのに、こんな落とし穴があったなんて!


 副隊長の高笑いを幻聴しながら頭を抱える。今にもあの眼鏡をかけた残念顔が浮かんで来るようだ。



 と、そんな時だった。


 小さな振動が地面越しに伝わってくる。それは徐々に大きくなっていくと、やがて地震と紛うほどの震えとなって伝播してきた。


「く、来るぞ……」


 誰かの声が聞こえる。どうやらもう時間切れらしい。

 まだ報酬を独り占めする方法も何も思いついてないってのに、くそ。


 こうなったらもうなるようにしかならないか。

 まあ攻撃すんのは俺の役目だし? 俺が他より報酬少ないなんてそんなことあるわけねぇよな。たぶん、きっと。


 そう無理やり自分を納得させて砂ぼこりを上げる地平へ目を向けたのだが。


「……ん?」


 ……なんかおかしくないか、あれ。


 自分の目で見る情報を飲み込めずに瞬きする。

 しかしおかしく思ったのは俺だけではなかったようで、魔物の姿を目視できるようになってくると、兵士や冒険者の間でざわめきが起こり始めた。


「な、なあ……あれってCランクモンスターのフォレストバーバリアンじゃないのか……?」

「それだけじゃない! 見ろよ、BランクのヴェールサーペントにAランクのダイアウルフまでいるぞ!?」

「どうなってるんだ……東の森にあんな凶暴な魔物はいないはず……!」


 ありえない事態に悲鳴のような声が広がる。

 俺とアルバンテインは揃って顔を見合わせた。


 この騒ぎは当たり前だが、予想外に強い魔物がいたからではない。有り得ないくらい強い魔物がいたからこれだけ騒いでいるのだ。


 王都東にある森は、Eランク以下の魔物しかいないことから、初心者の狩場として知られている。

 だからそこに古代地竜が現れたというだけであれだけの大騒ぎになったのだ。もちろん、その騒ぎの大半はスタンピードの情報によるものだったが。

 ともあれ東の森にあんな魔物はいないはずだ。いたら地竜の前に騒ぎになっているはずだからな。


「……先遣隊の調査では、あんな魔物の存在は確認されていなかったぞ」

「まあ、誰かが幻術で隠してたと考えるのが妥当だろうな」

「一気にきな臭くなってきたな」


 きな臭いってんなら王都でスタンピードが起こる事自体が異常事態だがな。


「行けるか、ファーナム」

「俺を誰だと思ってんだよ。雑魚がどれだけ集まろうと変わんねぇよ」


 森の番人だろうが巨大な狼だろうが、俺からしたら豆腐を切ってるのと変わらん。いようがいまいが関係ないってことだ。

 わざわざここまで連れてきた誰かさんには悪いが、さっさとぶっ殺して地竜の所に行かせてもらうぜ。


 ……そういえば、まだ山分け問題が残ってたな。


 そんな事が頭をよぎったが、俺はそれを振り払って右手を前に翳した──その時だった。


「──じ、地竜が! 地竜が出たぁ!!」


 後方から、そんな声が聞こえたのは。



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