天翼の騎士
もうすぐスタンピードというか、魔物の大群が押し寄せるだけあって、王都は以前来た時よりも大分賑やかだった。
主に逃げ出そうとする市民たちによって。
「これはすごいね……」
この国は終わりだ、今こそ神に救済を祈ろう! と叫ぶヤバめな神官と、それを全く無視するほど騒がしい通りに同じ馬車に同乗していた冒険者の男が苦笑いをした。
確か自己紹介をされた覚えはあるけど、全然興味なかったから聞いてなかったんだよな。これっきりだし別にいいか。
さすがにこの混雑では馬車で進めないと門からすぐの所で俺達は降ろされた。セーロンから来たクソ野郎共だけでなく、途中で合流した他の町の冒険者も一緒だ。
全員スタンピード鎮圧のためにやってきたのだ。よくもまあ自分の命を溝に捨てられる馬鹿がここまで集まったものだと感心する。
道のど真ん中でたむろしているわけにも行かず、俺たちは各々ギルドへ向かうことにした。
王都はそれなりに広いが、Aランクともなれば招集される機会もそこそこあるためギルドの場所くらいは知っている。
勝手知ったるとばかりに南門から街道を真っすぐ進んでいったあと、中央広場から南東へ向かう道の先、T字路の突き当りにあるのが王都ロズウェリアの冒険者ギルドだ。
セーロンのギルドが二階建ての汚い酒場のような外観なのに対して、王都のギルドは五階建てで、敷地だけで下手な貴族の邸宅並みにあるような立派な施設だ。こんだけ多くして何がしたいんだと思わなくもないが、それにも理由がある。
というのも、王都で活動する冒険者は通常の職業冒険者だけではない。
王都には貴族のお子様や商人の子息なんかが通う学院が多く存在していて、そこに通う学生が在学期間の実践訓練として、冒険者活動することが結構あるのだ。学院の種類も豊富にあり、生徒数もそこそこ多いために王都で活動する冒険者はどうしても多くなる。そのため通常よりも多くの敷地が必要なのだ。
そしてこれが一番の理由だが、王都ロズウェリアのギルドはレイクリット王国の全ギルドを統括する役割がある。だから事務作業の量が膨大。三階以上は全部事務用の部屋だと言うが、それでも仕事が全然追いつかず常に人材不足で喘いでいるらしい。知り合いの受付嬢がそう愚痴を吐いていた。
ついでにB以上の昇級試験もここで行う。冒険者の顔となるような存在なのだから、当然だ。
俺はその時結構な騒ぎを起こして、一時冒険者ライセンスの取り消しにまで発展したことがあった……が、過去の話だ。
そして、そんなめちゃくちゃデカいギルドの中は今、外以上の大騒ぎだった。あれだけ広い一階のホールに人が入りきらないほど。恐らく受付で依頼を受注するための長蛇の列だ。
「……すでに帰りたくなってきたな」
目の前の光景にげんなりして呟く。こいつら全員、明日のスタンピードの話を聞いて集まってきたんだろう。本当に迷惑な奴らだ。これだけ人数がいたら報酬が減るかもしれないってのに。
「押さないでください! ちゃんと並んで! 入口を開けてください!」
ギルド職員も苦労しているようで、大声で呼びかけているが全然聞こえていない。これだけの人数が好き勝手話しているんだから当然だ。
んー、でも困ったな。Bランク以上の招集だから到着したことを伝えなきゃいけないのに、これだけ人がいたら中に入れない。
別に俺は全員ちぎり飛ばしてもいいんだが、ここのギルドマスターにボコボコにされたのは記憶に新しい……ここは大人しく職員に聞こう。ちょうどそこで人ごみに飲まれてるのがいるし、助けるついでに。
そうと決まれば、と大柄な冒険者たちの波の飲まれてごぼごぼ言っていたのをひょいと引っ張り出してやる。そのまま人ごみから連れ出してやると、小柄なギルド職員はほっと息を吐いた。
「あ、ありがとうございます、ユリウスさん。まさかあなたに助けられるとは……」
猫耳をぴょこぴょこ言わせながら礼を言うのは、猫獣人の受付嬢だ。年は知らんが獣人は人間の倍は生きるし、俺よりは年上だと思う。それにしては色々と残念な女だけど。
「な、なんですかその目は。ひょっとしてセクハラですか?」
「んなわけねぇだろ。お前にセクハラしようとすんのなんてロリコンくらいだ」
「はあ!? 相変わらず失礼な人ですね!」
ぷんすかと抗議する受付嬢。しかしその胸は悲しいほどに平らだ。俺は憐れみの眼差しでそいつを見つめた。
この十歳児みたいな獣人とはちょっとした知り合いだった。俺は王都で活動していたわけじゃないからた顔なじみ程度だが、ライセンス取り消し騒動の時に担当だったのがこの女だったというのもあってよく話をする。王都に呼び出しを喰らった時ちょくちょくその話をされて正直めちゃくちゃうざいけど。
名前は、なんだったか。覚えてないな。別にいいか。
「あと聞かれる前に言っておきますけど、私の名前はリーナです。今度こそ覚えてくださいね」
「おー、サンキュ。最近の子供は気が利くなあ」
「あなたが毎回忘れるからです! それに子供じゃないと何度言ったら! 私の方がお姉ちゃんなんですからね!」
「はいはい」
リーナね。覚えた覚えた。
「そんで、招集受けたから来たんだけど」
「ああ、そうですよね。一応あなたもAランクですもんね」
「一応じゃねぇよ。ちゃんとAランクだ」
「お情けで試験受けさせてもらったくせに、よく言います……」
仕方ないだろ。俺は孤高のソロ冒険者なんだ。ソロ冒険者は協力クエストなんて受けない。
リーナは冒険者で渋滞してる入口をもう一度確認すると、裏口から行きましょうと敷地の奥を指さした。確かにこの混雑では正面からは入れないだろう。
俺は素直に頷くとリーナの後に続いてギルド施設の裏に回る。そこにある職員専用通路から中に入って、スタンピードの依頼を受注しようとごった返す冒険者たちをしり目に三階へと上がった。
「それにしても、ユリウスさんが素直に来るとは思いませんでした」
ホールがCランク以下の冒険者で埋まっているために急遽招集した冒険者のため用意した会議室へと向かう途中、リーナは尻尾をゆらゆらと揺らしながら言った。
「お前は俺を何だと思ってんだ」
「だって、毎回行かないって駄々こねて、迎えに行ったマスターに引きずられてくるじゃないですか」
「そんなことねぇよ! まじで何だと思ってんだお前!」
俺ちゃんと行ってたっつの! 途中で喧嘩して暴れてるところをギルマスのジジイに捕まってただけだ!
「それもそれでどうかと……」
「別にいいだろ。性分なんだよ。暴れてないと落ち着かないんだ」
「確かに性格が職業に引っ張られるって話は聞きますが……ユリウスさんは少し我慢を覚えるべきです」
してるわ我慢。今まさにな。
小言のうるさい猫の尻尾を踏んづけるのを我慢しながら歩いていると、第三会議室と表札の書かれた場所に到着した。ここに今回招集できたBランク以上の冒険者が集まっているらしい。
残念ながら遠すぎて間に合わない奴も結構いるらしいが、競争相手が減るのはいいことだ。横から地竜が掻っ攫われたらたまったもんじゃない。
そんな思いで扉を開けると、そこそこ知った顔とまあまあ知った顔と全然知らない顔が二十人ほど、椅子に座っていた。
そいつらは扉が開いたのを見てこちらに振り返ると俺の姿を見とめる。
大体は知り合いでも何でもないから俺を見ても大した反応を示さなかったが、数少ない顔見知り達は一様に顔を顰めた。お前かよ、という声が聞こえて来るようである。失礼な奴らだ。
そしてその中、多くの冒険者に囲まれてもなお目立つ赤髪が、俺と真っ向から視線がかち合った。
「ああ……君も来たのか……」
俺を見とめるなりそう口にしてため息をついたのは〈天翼の騎士〉とかいう大層な二つ名を持ついけ好かない男、ローレンス・アルバンテイン。赤い髪に金色の目のすかしたイケメン野郎。職業は騎士の最上位職である聖なる剣。この国唯一のSランク冒険者で、Sランクパーティ〈天翔ける騎士団〉のリーダーだ。
ちなみに〈天翼の騎士〉もこのパーティ名から来てる。キザ野郎め。死ね。
「お前もいんのかよ……」
相手がため息をつくのとほぼ同時に俺も苦り切った顔で言う。
性格上の問題以外では考えられないが、俺とこの優男はとにかく馬が合わなかった。
「それはそうだろう。僕はこの国で唯一のSランク冒険者だ。有事に備えて国のどこでも飛んでいけるように移動手段くらいは用意している。君の方こそ、こういう依頼は嫌がると思っていたが」
「あ? 招集くらい受けるわ。今は金も必要だしな」
ちら、と後ろを見ながら言う。リーナはもう一人の味方を得て、ほら見ろと言わんばかりの顔をしていた。うざいからドアを閉めた。
つかまじで俺周りにどう思われてんだよ。確かに今回はサボろうと思ったけど、それは逮捕状が出てたからで、いつも呼ばれたらちゃんと来てたろうが。
「おい誰だ、あいつ。ローレンス・アルバンテインと対等に話してるぞ」
「知らないのか? Aランクのユリウス・ファーナムだよ」
「ユリウス? じゃああいつが〈紅蓮鬼〉なのか」
俺がくそうぜぇイケメン野郎と話してると、こそこそと話し合う声が聞こえてきた。
睨みつけてやればすぐに黙る腰抜け野郎だ。雰囲気からしてBランクだな。雑魚から少し頭が出た程度の雑魚だ。気に留める必要もない。
俺はそいつらから視線を外すと、椅子に腰かけるアルバンテインに目を向ける。
相変わらずのムカつく顔にムカつく目をしたムカつく野郎。こっちがこんだけムカついてるってのに自分は関係ないとばかりに澄ました顔してんのもクソムカつく。あーくそ、ぶん殴りてぇ。
存在自体が苛立ちの塊みたいなそいつの周りには、見たことのある奴らが四人、固まって座っていた。〈天翔ける騎士団〉のパーティメンバーだ。
アルバンテインは相変わらずの無表情で冷たい目を向けながら、俺の言葉を詰るように続けた。
「金? ……借金でも作ったのか? 君くらい滅茶苦茶な生き方をしていれば別に驚く話じゃないけど、Aランクにもなってお金が必要になるなんて一体どんな悪事をしたのか……想像もしたくないな」
「何しようが俺の勝手だろ。お前に何か言われる筋合いはない」
「あるさ。君の行動一つがひいては冒険者全体の信用度に変わるんだ。僕を除けばこの国で一番の冒険者なんだから、少しは自覚をもって行動したらどうだ」
「なんだとてめぇ……」
血管がブチ切れる音が聞こえた気がした。頬がひくひくと痙攣する。
「お、俺が、お前より下だって……? ふざけたことぬかしてんじゃねぇぞ……」
怒りで声が震える。
ここ数か月、ブチ切れることは数あれど、これだけ怒ったのは久しぶりだった。
アルバンテインもまた、いつものすました顔にしわを寄せて、まるで蔑むように俺を見返している。
実際あいつは言い返されたことに怪訝な表情を浮かべてるだけで俺を貶める意味はないんだろうけど。
「事実だろう。君はAランクで、僕はSだ。ギルドが僕の方が上だと証明してくれている」
「……ああそうかよ。大層な理屈じゃないかアルバンテイン。実際に戦ったら負けるから、そんな猿でも分る屁理屈こねてやがるわけだ」
「その手には乗らないぞファーナム。僕は君みたいな野蛮人じゃないんだ。ここで君と戦えば被害は計り知れないし、ただでさえ緊急事態なのに戦える人材をみすみす殺すわけにはいかないだろう」
「はあ? お前に俺が殺せるって? 面白いこと言うなあ。人殺しすらできないような生優しいお人よしが、よくもまあ大見得切ったもんだ。俺、お前は嘘はつかないと思ってたよ。天翼の騎士サマもちゃんと人間だったみたいだな」
「勘違いしないでほしいが、僕は人殺しを疎んでいるわけではない。それが必要で、なおかつ正しい行為なら、最大限相手を苦しませないように一瞬で殺してあげるさ。僕は慈悲深いからね」
顔色一つ変えず、聖騎士はそう言った。
相変わらず自分が全て正しいと思っているような言い方だ。確かにあいつの言葉は全て正しくなくてはならないが、こうも言いきられるとムカつくを通り越して呆れてしまう。
俺はハッと鼻で笑うと、近くの席に腰かけた。
近くに座っていた奴らが嫌そうな顔をしたが知った事か。席を空けておいた方が悪い。
「慈悲深い人間は殺して『あげる』なんて傲慢な言い方はしねぇよクソ偽善者が。根本で人間全て見下してんのがバレバレなんだよ」
「それのどこが悪いんだ? だって大抵の人は僕より弱いだろう」
「……マジで死ねよお前」
くそ、やってられるか。
こいつはこういう奴なんだ。俺とは心の底から相容れない。
俺は喧嘩は好きだが、価値観の違う人間と喧嘩することだけは嫌いだ。どっちが勝っても負けても結局のところ平行線で、やるだけ意味がないから。
もう忘れよう。相手にするから苛つく。なら無視してしまえばいいんだ。
俺は頭の中でムカつく顔を滅多刺しにすると、今の事を記憶から抹消した。
「ローレンス、あんな奴に構うなよ」
「そうだよ。ほっときましょ」
「……そうだな」
あー、うるさいうるさい。喋るなお前ら。
無視した途端話し始めた〈天翔ける騎士団〉の面々に青筋が浮かぶ。が、大きめの舌打ちをこれでもかとわざとらしくするだけに留めておいた。
気にしたら負けだ。
つーかギルマスの爺はまだなのか?