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英雄になるためにすべきこと~嫌われ者が二十年経ったら英雄になっていた~  作者: 凛音
序章 レイクリット王国スタンピード騒動
11/11

〈英雄〉の死と〈妄執〉の誕生



 騒動から一週間後。

 セーロンの町ではある噂が蔓延っていた。


「聞いたか、ユリウスが死んだって」


 いつものごとく昼間から盛況な酒場だが、今日はいつも以上に騒がしい。ただ汚い笑い声が飛び交う平素とは違い、その雰囲気は心なしか少し重い。


「そんなわけねぇだろ。あのユリウスだぞ?」

「でも王都から来る奴みんな言ってるぞ」

「王都の奴らがアイツの何を知ってるってんだよ! あのクソ野郎がくたばるなんてありえねぇ!」


 みな好き好きに言っているが、その表情は暗い。

 次々と王都からもたらされるその情報は全て同じ事を言っているのだ。


 曰く「ユリウス・ファーナムは王都を救い散った英雄である」と。


 初めにそれを聞いた町民たちはみんなまさか、と鼻で笑った。あのユリウスがそんな殊勝なことをするわけがないし、殺しても死なない男が死ぬわけない。きっと誇張された噂が流れてきているだけだと。

 しかし日が経つにつれてその噂は信ぴょう性を増していく。

 どうせすぐに帰ってきていつもみたいに怒鳴り散らして暴れまわるものとばかり思っていたのに、その男はいつまで経っても帰ってこないのだ。


 次第に何かあったのではと思うようになり、そして噂は本当なのではという雰囲気が流れ始める。


「あのクソ野郎が逮捕されるところが見れると思ってたのに……」

「アイツがいなくなったら、俺たち誰を見下して生きていけばいいんだよ」

「俺、今度こそアイツが喧嘩で負けることに賭けてたってのによぅ」


 思惑はどうあれ、セーロンの住民たちはなんだかんだとユリウスという存在を受け入れていた。いきなり死んだと言われて納得できるわけがない。


「クソッ!!」


 ざわめく酒場の中を一際大きい罵声が響く。何だなんだと目を向けるチンピラたちは、声の主を見とめて「アイツか」と気まずそうな表情を浮かべた。


「俺ぁ次こそ……次こそ奴に……うぅ……」


 カウンター席で人目もはばからず泣いている無精ひげの大男はこの街では有名な冒険者で、というのも毎日懲りずにユリウスに啖呵を切ってはぶちのめされているからだ。

 彼がユリウスを勝手にライバル視していたことは町民の誰もが知っているからそのショックの度合いも推し量れる。大きな身体を丸めて項垂れている様子は哀愁すら感じさせた。


 町民たちがユリウスの死が本当なのだと思い始めたのも彼の存在があったからだ。Bランクのギュスタヴも王都のスタンピード鎮圧に参加していた。

 だが帰ってきてみれば抜け殻のようになっていて、一日中酒場の隅で酒をあおっている始末。これは本当なのだと誰もが思わずにいられない。


「あんな落ち込んでるギュスタヴさん初めて見たぜ」

「いくら負けても一時間後にはコロッとしてたんにな」


 元はセーロンで最強の冒険者だったギュスタヴが突然他所からやってきた生意気な冒険者に突っかかるのは自然な流れ──そうでなくともセーロンの町柄余所者は初めに洗礼を受けるもの──だったとはいえ、一度完膚なきまでにやられたあとも毎日毎日ギルド前の道で待ち伏せしては吹っ飛ばされていたのだ。

 それまでギュスタヴを慕っていた冒険者たちも次第に彼を馬鹿にするようになり、よく飽きねぇもんだと町民たちも呆れていたのだが。


 本気でユリウスの死を悲しみ涙するギュスタヴの姿に男たちは目を合わせる。


「あー、ギュスタヴさんよ、元気出しましょうよ。むしろアイツが死んでラッキーじゃねぇっすか?」

「そうそう。これでまた最強に返り咲きできるわけですし」


 近くにいたチンピラ二人がへらへら笑いながら声をかける。あまりに酷い言いようだが彼らなりにギュスタヴを気遣った言葉だった。

 しかし声をかけられたギュスタヴは二人の若者をギロリと睨みつけると、ダンッ、と強くカウンターを叩きつけた。


「てめぇ、ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!!」


 あまりの剣幕に全員が息を飲んで黙り込む。ギュスタヴは涙を流しながらそいつらを睨みつけ一息にグラスを煽った。


「どうせお前ら笑ってんだろう。あいつが死んで清々したってな。……ああ、そうだ。あいつは死んだんだよ」


 言葉に出して、ギュスタヴは片手で顔を覆った。その隙間から隠しきれない嗚咽が漏れてきて、男たちは顔を見合わせる。

 結論が出るのはすぐだ。触らぬ神にたたりなし。しばらくは放っておこう、と。


 そうして全員が彼を遠巻きにする中、ギュスタヴは楽しそうに笑いながら自分を蹴り飛ばす男の姿を思い出していた。


「俺は認めねぇぞ……くそっ、あいつが英雄なんかになるわけがねぇ」


 あの男が英雄なんて器なわけがないのだと、誰もが知っている。

 自分本位で暴力至上主義の享楽主義者。誰もが嫌う最低最悪の男で、ギュスタヴが知る限り誰よりも強い男だった。


「なにが、なにが英雄だ。死んでまでアイツを……あの男を貶めるなんて、俺が認めねぇ……ッ」


 さめざめと泣きながらギュスタヴは悔し気に唸った。




 ◇◇




「よぉ」


 職場の警備隊の屯所から出たところでかけられた声にエリーヌは立ち止まる。その前には片手に酒瓶を持った初老の男が立っていた。


「こんな時間まで仕事とは、精が出るねぇ」

「……オルトさんこそ、ギルド長の仕事を放ってまたお酒ですか?」

「お固いこと言うなよ。今は警備隊の仕事中じゃねぇだろ?」


 言いながら瓶に直接口を付けて飲むオルトにミレーヌは顔をしかめたが、ため息をついて歩き出した。その横をオルトもついて行く。

 夜中も近い時間にもかかわらず、相変わらずセーロンの町は騒がしかった。


「で、何か御用ですか?」


 わざわざ職場の前で待っていたオルトに尋ねるミレーヌ。ユリウスの訃報が届いてからというもののギルド長の部屋に閉じこもっていたという話だったが、こんな所まで来て何か話でもあるのかと。

 しかしオルトは緩く首を振ると酒で赤らんだ顔をにたりと笑ませた。


「いんやあ、嬢ちゃんが落ち込んでんじゃねぇかと思ってな」


 ミレーヌは一瞬、何を言われたのか分からないと足を止める。

 しかし思い当たる節は一つしかなく、その顔はすぐ嫌そうに歪められていく。


「……まさか、あの男のことを言ってるんですか?」

「そりゃそうだろ。嬢ちゃん何だかんだアイツと仲よかったしなあ」

「ありえません!」


 仲がいい、という言葉に食い気味に否定するミレーヌ。逮捕するために追い回した記憶はあっても仲良くした覚えなんてない。


「私があんな犯罪者と仲良くするとでも? むしろいなくなって清々しましたよ。これでこの街も少しは静かになるってものです」

「ふーん? じゃあ悲しくもねぇと?」

「当たり前じゃないですか。心残りがあるとしたら、逮捕することができなかったことくらいです」


 そもそもミレーヌがあの男を追っていたのは個人的な感情ではなく、職務を全うしようという責任感からだ。セーロンの街の警備小隊副隊長として、少しでもこの街の膿を失くそうと尽力してきた結果だ。

 だからあの男が消えてよかったと思うならともかく、悲しむなんてあるわけない。


「だって私は、あの男が嫌いだったんです。いっつも問題ばっか起こして、馬鹿で、品がなくて、問い詰めても屁理屈ばっかりで、そのくせ私のことは馬鹿にしてくるし……」


 ミレーヌは一つ一つユリウスの欠点を上げていった。それを隣を歩くオルトは酒を飲みながら聞いている。


「そんな、どうしようもない奴で、馬鹿で、本当に馬鹿で……だから、」


 数えても尽きない欠点が両手の指を二巡したところで、ミレーヌは言葉を切る。

 その声が震えているのが、自分でも隠しきれていないのにはとっくに気が付いていた。


「だから……悲しいわけ、ないに、決まってるじゃないですかあ……!」


 そう叫ぶミレーヌの顔には、大粒の涙が流れていた。

 誰が聞いても虚勢だと分かるその顔に、オルトは彼女の頭をぐしゃぐしゃに掻き撫ぜた。父親が娘を慰めるような温かさにミレーヌはさらに目頭が熱くなる。


「うえぇぇえええん、髪、ぐしゃぐしゃ、やめでくだざいぃ」

「ははは、うるせぇ泣き顔だなぁ」

「顔が、っうるさいって、ひっぐ、ど、いうこと、ですかぁ!」


 嗚咽を漏らしながら大泣きするミレーヌは、どうしてこんなに自分が泣いているのか分からない。彼女は本当にユリウスのことが嫌いだったのに。

 それでも彼がいなくなった日々の張り合いのなさと、いつもの日常が永遠に消え失せてしまったのだという喪失感が、ひたすらに涙となって溢れて来る。


「うぐぅ、き、嫌いぃ、あんな奴、だいっきらい……っ」

「ったく、お前はまだ子供なんだから素直になっとけよ。屁理屈こねんのは俺みたいなジジイで充分だろうが」

「屁理屈じゃ、ひっ、ありまぜん!!」


 えぐえぐと泣くミレーヌ。その背中をオルトはトントンと叩いていた。




 ◇◇




 ユリウス・ファーナムの葬儀は他の騒動で散った者たちと合わせて、国を挙げて行われた。

 王都を守って死んだ英雄の死に誰もが悲しみ、国葬には大勢の人が参加した。

 国民に悲しまれ、悼まれる。誰もが思う尊厳ある死であり、きっと天国で安らかに眠るだろうと、寄せられた花束によって埋められた、遺体のない棺桶を見下ろしてオーバンは思う。


「──そんなわけがないだろう」


 しかし隣の男はそうは思わなかった。


「こんな外面だけの空っぽなもの。どうせ魔族の存在から目を反らすためのパフォーマンスです。それに誰も本気でアイツのことを想ってなんていませんよ」


 ローレンスは渋面をさらに歪め、空の棺を見下ろす。

 その身体はそこかしこに包帯が巻かれ、一目見ただけで重傷だと分かる。


 それは騒動の時にできたものではない。先日、防衛大臣と秘密裏に会った時、彼を殴ってできたものだ。

 オーバンはその傷を見とめて小さくため息を吐いた。


「お前、本当に余計な事はすんなよ? その傷だって一歩間違えば死んでたかもしんねェんだぞ」

「死ぬわけないでしょう。僕の代償はそんな甘いものじゃないですよ。知ってますよね」

「おんなじようなもんだろォが」


 実際、大臣が挑発するより前に殴っていればローレンスは死んでいただろう。自分の力の代償によって。

 彼が大怪我ですんでいるのも大臣が挑発行為、つまり敵対行為をしたことで暴力を振るうことへの一応の正しさが生まれていたからだ。ただ、挑発を受けて喧嘩を買うことが騎士として正しいことではないために能力のしっぺ返しを食らった結果が、本来とは違った代償だった。


「あの人も意趣返しみてェなもんだろォけどな、お前も大人になれよ」

「……オーバン殿は冷たいですね」


 皮肉を込めた響き。お前は知り合いが死んで悲しむことはしないのかと、ローレンスはそう言っている。

 しかしオーバンは笑って流した。


「俺の職業(ジョブ)を知らねェわけじゃねェだろ。んな感情があったら引退なんてしてねェよ」


 オーバンには自分から人へ向ける感情を感じ取ることができない。人間らしく()()()()ことはできても、根本のところで他人への無関心を変えることができない。それが、彼の代償。

 そのせいで次第に孤立していくのに耐えられず、彼は引退しギルドマスターになった。

 死ぬまで戦い続ける覚悟を、決めたはずだったのに。


「俺のはお前らほど厳しくねェけどな。なんで二人して、んな茨の道を選んだんだか」

「……」


 ぼやくオーバンにローレンスは答えない。

 ただ厳かに行われる儀式を睨みつけ、黙ってその場を後にした。




 ◇◇




 ユリウスが死んだ。


 僕の親友が、死んだ。



 ローレンスは路地裏を歩きながら心が死んでいくのを感じている。

 希望が消えた世界に、どれだけの意味があるのだろうと彼は悔やみ続ける。


 ──あの時、僕がもっと早く向かっていたら。


 そうしたらユリウスが死ぬことはなかった。彼をちゃんと止めていれば、今こんなにもすべてを恨むことにはならなかっただろう。


 騎士としてあるまじきことだ。

 他者を恨み、妬み、呪う。あまりに下劣な思考。

 だがそう思うほどに、どろりとした黒い感情が腹の奥に溜まっていく。


 ぎり、と奥歯をかみしめた。脳裏に葬儀の様子が焼き付いたように離れない。


「英雄、だなんて」


 ユリウスが、国を守った英雄。そんな馬鹿な話があってたまるか。

 そんな、そんなことで、彼が喜ぶとでも思っているのか。

 英雄だともてはやして、彼のことを知りもしない誰かがその死を悲しむふりをして、国中をあげて偽りのユリウス・ファーナムという居もしない男をでっちあげるなんて。


 それほどの冒涜があるか。

 こんなに酷い話があるか。


 あの男に英雄などという肩書きはいらない。

 自由を愛した男に、そんな柵はいらない。

 誰もそんなことを望まない。



 なのに。


「どうして、」


 どうして、帰ってきてはくれないんだろう。


 いつものように、ふざけるなと怒ってほしい。

 自分を英雄に担ぎ上げた人間たちに、後先考えずその拳をふるってほしい。

 ユリウスという人間がどんな男か、この無責任で流木のごとく流される国民たちに、その暴力と無秩序で知らしめてほしい。


 俺は英雄なんかじゃないと、彼なら言う。

 自分を祭り上げる全てを蹴飛ばして、一身に侮蔑と失望の視線を浴びながら、それでも堂々と言うはずだ。

 俺はお前らのための英雄なんかじゃない。不安を誤魔化すために虚像に縋って神に祈るような、都合のいい感情の捌け口じゃない、と。



 ──なのにどうして、今、その言葉が聞こえない。



「ユリウスは死んでない」


 自分に言い聞かせるようにローレンスは呟く。


「あいつが、死ぬはずがない」


 根拠の無い言葉を連ねて自分を欺く。

 かつて追いかけ、そして自ら突き放した背中が遠くへ消えていくのを幻視する。


 包帯の下で傷がズキズキと、自分の過ちを主張するように痛んだ。


「……死ななければ英雄になれないというのなら、そんなものはいらない」


 生涯に一度きり得た友人が犠牲にならなければ得られない称号になんの意味がある。

 ローレンスは唇を噛みしめ、それでも傷一つ付かない己の身体が今はひたすらに恨めしかった。


「アイツを貶めるだけの栄誉なんていらない。空っぽの栄光なんて必要ない──ユリウス・ファーナムは、英雄なんかじゃない」


 路地裏の一角で、ローレンス・アルバンテインは誓いを立てた。


 ──たとえ誰もがそれを盲目的に信じていたって、僕だけは認めない。


 それは狂気の始まり。

 誰もが知るローレンス・アルバンテインという人間が、妄執に身を堕とす始まりの一歩だった。


 ──僕だけは、永遠に否定し続けてやる。



















『条件を達■ました。第二職■(■ョブ)妄■■獣(パ■■イ■)〉を獲得■■す』


■■(ジ■■)■■能を得た■とで■■が生じ■■。■執■■(■ラ■■■)■権能に■り■■■動時に■■力■が大幅に■昇■■す。ま■、■的の■■値■■■■が■■ます』


『■た、新■な■業(■■■)の代■によ■あ■たは■■の■■■■た■■で■■る■とは■■、■■す■こと■で■■■なり■す。あな■■自■の■■を■■て■■■ません。その■■が■■■だ■、あなたは■■■■■を■■■■に────』



これで序章は終わりです。

パソコン壊れたのでしばらく開きますが、次からようやく本編に入ります。

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