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英雄になるためにすべきこと~嫌われ者が二十年経ったら英雄になっていた~  作者: 凛音
序章 レイクリット王国スタンピード騒動
1/11

嫌われ者の冒険者



 雲一つない晴天。

 暖かな春の日差しに心地よい風が吹く。

 セーロンの街は相変わらず賑やかだ。


 俺は抜けるような青空を眺めながら、吸い込んでいた息を思いきり吐きだした。


「今日はいい日だな」


 爽やかな声だ。清々しい気持ちで笑顔を浮かべる。

 うん、こういう日は仕事へ行くに限るな。


 一つ大きく伸びをして、見上げていた空から目を戻した。

 さて、面白い依頼があるといいんだが。

 そんな軽やかな気持ちでギルドへ歩き出そうと一歩踏み出したのだが、ろくに足元を見ずに歩き出したせいか、その一歩は地面に転がっていたデカい何かを踏みつけることとなった。


「ぐえっ」


 その何か──つい今しがた俺に喧嘩を売って叩きのめされた男は、踏みどころが悪かったのかカエルが潰れたような声を出して、あろう事か腹の中身を吐き出しやがった。

 うわっ、と声を出す間もなく、消化されていなかったエビピラフが足にかかる。

 思わず全力で蹴飛ばした。


「きったねーだろ、ふざけんなよ」


 勢いよくバウンドしながら転がっていく男を見て、悪態をついた。今日はせっかくいい日だったのに、気分が台無しだ。

 足に付いた吐瀉物をその辺に転がってる奴の服で拭きながらため息を吐く。


「ユリウスの奴、また喧嘩かよ」

「毎日毎日、いい加減にして欲しいよな。こっちの迷惑も考えろってんだ」


 賑やかなセーロンの町民達はいつも通り遠目から俺を悪し様に罵っている。

 相変わらず元気なことだ。面と向かって文句を言うような度胸もないくせに。

 まあそれも仕方ない。何故って俺はめちゃくちゃ強いからな。


 俺は可哀そうに遠巻きから顔をしかめて小さく野次を飛ばすしかできない奴らを見て、やれやれと首を振った。



 冒険者にはランクがある。

 Fランクから始まりE、Dと上がっていってAランクまで。そしてさらにその上の、至上、或いは化け物と言われるSランク冒険者の七つのランクで冒険者は構成されている。

 ランク付けの理由は「自分の適性帯を超えた依頼を受けて死亡する馬鹿を減らすため」と表向きは言っているが、一番の理由は高いランクになって他の奴らにマウントを取りたい、強くなって羨望の眼差しを受けたいという冒険者たちの欲求を刺激するためだ。

 わざわざ死亡率が三割を超える危険な職業に就く馬鹿共には効果的な餌なのである。


 そんな冒険者たちの中で上から二番目、人間を辞めた化け物共であるSランクの壁の前に立つ、人間として一番の高みにあるAランク冒険者。それが俺の持つクソみたいな肩書だった。まあないよりはましだ。

 しかも大抵の冒険者はパーティを組んで依頼を受ける所を俺はソロで活動している。つまり、俺はたった一人でAランクの依頼をこなせる程の実力者なのだ。

 それもそのはず、そもそも俺は()()()()()()()()()()()()()()()()んだから、人間が頑張れば到達できるレベルの依頼に他の人間なんて必要はない。決して、ボッチで一緒に依頼を受ける仲間がいないわけじゃないのだ。


 つまり何が言いたいかと言うと、俺がめちゃくちゃ強いために、例え俺がどれだけ横暴でムカつく、町民全員が地獄に落ちろと呪い殺したくなるほどのクソ野郎だったとしても、下手に反抗することができないのだという話だ。俺はそんなヤバい奴ではないけど。

 そもそも、セーロンの街は元から荒くれ者共が集まるような治安という意味では最悪の街だったからそこまで恨まれているわけではないし、町民自体も問題のあるような奴らばかりだから俺が喧嘩していても遠くから囃し立てていたりもするのだが。



 雑魚の死体──死んでいる訳では無い。返り討ちにしただけだ──を足蹴にして、俺はふん、と鼻を鳴らした。

 今度こそギルドで依頼を受けるとするか。


「──待ちなさぁーーい!!」


 ギルドへと歩きながら、どんな依頼を受けるか考える。


 この前はワイバーンの巣の掃討だったな。

 ギルド長自ら俺に依頼してきた時の事を思い出した。


 本来はBランクモンスターのワイバーンだが、天敵となる魔物が少ないため、数が増えすぎると縄張り争いに負けた個体が人里に降りてくるようになる。

 そうなるとかなり厄介だ。ワイバーンは肉食だから家畜をやられるし、人間も平気で食べる。上から飛んで来るから外壁も機能しない。人的被害は計り知れないだろう。

 しかも、空を飛ぶ魔物というのは総じて戦いにくい。こちらの攻撃はほとんど届かないし、降りてきても不利を悟れば逃げてしまう。

 遠距離からの攻撃手段を持っていない分ワイバーンはマシだが、これがドラゴンになればブレスがあるから最悪だ。竜騎士が戦場において重宝している理由もこれである。


「こら、待て! 待てっ、待ちなさい!」


 そのため定期的に数を減らすよう依頼が発注されるのだが、ここ最近オークの大繁殖の影響で、ほとんどの冒険者はオーク狩りに駆り出されていた。

 そのせいでワイバーン退治が疎かになり、気付けば縄張り争いが勃発する寸前まで増えていたことに気付いた冒険者ギルドは、仕方なく俺に泣きついてきたという訳だ。

 その時の報酬をかなりふっかけたから、最近は金に困る事はなかった。というかいつだって俺は金に困ってなんかない。だから別に仕事をする必要はないのだが、これは俺の性分というか、暴れてないと気が済まない性質で──


「待てと言ってるでしょうが! いい加減止まりなさいっ!」


 ──さすがにうるさい。

 げんなりとした顔で振り向くと、やはりというか、知った顔の女が息を切らして走って来た。


 肩の上で切りそろえた黒髪に眼鏡を掛けた様は理知的な秘書のようにも見えるが、コイツの着ている服はこの街の警備隊の制服だ。

 第三警備小隊の副隊長。名前は忘れた。

 黙っていればそれなりに頭の切れる美人に見えるのだが、如何せん、眉を釣りあげ息を巻きながら大股で歩み寄ってくる様子に賢明さは感じられないし、そもそも俺はこの女の中身を知っている。


「今日という今日は逃がさないわよ、ユリウス・ファーナム! 今度こそ完璧に現行犯逮捕だわ!」


 鼻息が聞こえそうな勢いでそう言いきった副隊長。

 腰に手を当て無駄に育った胸を揺らすこの女は、端的に言えば、実直馬鹿だった。


「何が現行犯だよ。お前は俺がアイツらと喧嘩してるとこでも見たのか?」

「見てはいないけど、現場を見れば一発よ。あなたが彼らに一方的に暴力を奮ったってね!」


 酷い言いがかりである。

 あいつらから襲いかかってきたってのに、被害者の俺を犯人扱いとは。

 警備隊の名が泣いている。


「毎度わざわざ出張ってくるお前には悪いが、正当防衛だ。仕掛けてきたのはあっちの方だぜ」

「その手には乗らないわよ。どうせあなたが最初に挑発したんでしょ」


 ……バレている。


 副隊長は呆れたような目線を投げかけてきた。


「なに、その『なんで分かったんだ?』みたいな顔は。毎回同じことしてるんだから分かるに決まってるでしょうが」

「……まさかお前にそこまでの学習能力があるとは思わなかった」

「あなたは私を猿か何かだと思ってるわけ!?」

「そうだな、猿に失礼だった。すまん」

「殊勝な態度を取ればいいってもんじゃないのよ! 謝りなさいよ!」

「謝ったし」

「今のどこが謝罪なのよっ!!」


 相変わらずうるさい奴だ。

 俺はやれやれと頭を振った。


 そもそも俺だって、なんの理由もなしに人間を相手にして、猿以下の知能だと罵ったりはしない。

 こいつが俺に叩きのめされた馬鹿共の何の根拠もない逆恨みの戯言を愚直に信じる無能警備隊員でなければ、あるいはその後に必ず俺が放つ「正当防衛」の言葉を、これまた何の根拠もなく信じ込む生来のお人好し馬鹿でなければ、俺もここまでは言わなかっただろう。

 たぶん。


 ちなみに、三ヶ月が経った頃になってようやく毎度の騒動の原因が全ては俺の挑発行為からであることを知ったようで、それからは街中で喧嘩をする度にどれだけ離れていようとも、烈火のごとく怒鳴り散らしながら追いかけてくるようになった。

 まったく迷惑な話である。


「もういいか? これから仕事なんだ」

「良くない! 今日こそあなたを逮捕するんだから!」

「逮捕には証拠不十分だな。いくら俺から挑発したとはいえ、先に手を出したのはあっち。俺には一片の罪もない」


 ふふん、と見下した俺にしかし、残念女は得意げに笑った。


「どうかしらね? 私だって馬鹿じゃないんだから、同じ事の繰り返しだと思わないことね」


 どこからか分厚い紙束を取り出す副隊長。

 なんだ、と目を通した俺はその内容に思わず──固まった。


「なっ……こ、これは……!」


 まさか、こんな事があっていいのか!?


 動揺する俺に、女は勝ち誇ったように笑って言った。


「理解したかしら? それはこの街の住人からあなたへの──被害届と損害賠償の束よ!」


 ピシャァン、と背後で雷が落ちた。

 それだけこれは、全く考えていない事態だった。


 そこに書かれているのは賠償請求の数々。

 道路の石畳、酒場の扉、数々の半壊した屋根と壁に馬車数台。おまけに信じられない数の被害届。


 衝撃で動けずにいる俺に対し、クソ女はこれみよがしに罪状を読み上げていく。


「あなたが周りへの配慮を全く考えずに暴れ回ってくれたおかげで、少し聞き込みすれば出るわ出るわ罪状の数々! あなたのせいで壊れた物への賠償請求、店の前で喧嘩をすることで起こる営業妨害、さらには騒音被害の訴えに恫喝、暴力容疑、怖くて外に出れないという苦情まで! この街の全ての人々から掻き集めた被害請求合わせて──3000万ユース!」

「さ、3000万!?」

「そして払えなければ、逮捕っ!」

「逮捕ォ!?」


 3000万ユース、つまり白金貨三枚。白金貨が金貨百枚分で、Aランク冒険者の報酬が平均で金貨五枚だということを考えれば、その異常さが分かるだろう。

 ちなみに普通に生きていれば金貨一枚くらいで一年はもつ。


「さ、詐欺だろさすがに! 何をどうしたらそんな額になんだよ! 盛っただろ!!」

「盛ってませんー。あなたが何も考えずに暴れ回ったのが悪いんでしょ。まあ確かに少し大袈裟に申告した気もするけど」

「ほら見ろ! 職権乱用じゃねぇかこの馬鹿乳女!」

「ば、馬鹿乳!? なにそれ私のこと!?」


 お前以外に誰がいるんだ、無駄に乳揺らしやがって!


「誹謗中傷よ! 傷付いたわ! 賠償として100万ユース請求させてもらうから!」

「どこの世界に悪口で大金貨要求する馬鹿がいんだよ! そもそも事実だろうがはっ倒すぞ!」

「あーもう、うるさいうるさいっ! どれだけ抵抗しようとあなたの未来はもう決まってるのよ。観念して払うか、払えなくて逮捕されるか。どちらか選びなさい!」


 ずずい、副隊長は紙束を俺の顔面に押し付けて来る。


「いや、いやいや! おかしいだろ! 仮に払えなくても借金とかそんなもんだろ!? 何で逮捕なんだよ、飛躍しすぎだろうが!」

「被害を受けた人が全員、賠償よりもあなたを逮捕するように言ったのよ。これがその署名一覧」

「なん……だとぉ……」


 おかしい。絶対におかしい。

 確かに俺はあまり褒められるような冒険者ではなかった。

 大体の冒険者にはスカルスネーク──蛇の胴体に蠍の尾を持つ魔物──のごとく嫌われているし、問題行動が多いせいでギルドからも何度か注意された。

 そのお陰で万年ボッチ……じゃなくてソロでやっていかざるを得なくなったわけだが、そこは別にどうでもよかった。元々俺の職業(ジョブ)は一人の方が都合がいいし、雑魚とつるんで仕事とかするくらいなら冒険者やめる。


 だけどそれくらいの悪行ごときで3000万!? 冗談も大概にしろ!


「残念だけど冗談じゃないわ。この書類は正規の手段で申請、発行したものだし、領主のラオウ伯爵様もあなたの逮捕については賛成していらっしゃるわ。あの子もちゃんと反省する機会を設けるべきだって」

「う、嘘だろ……あの爺さん裏切りやがったのか……」


 くそ、散々恩を売ってやったってのに。これだから貴族は嫌いなんだ。


「あのねぇ、これでも寛大な処置なのよ? 警備隊としてはあなたみたいな問題児、ずっと牢屋に閉じ込めておきたいくらなのに伯爵様が『適当なところで出してあげなさい』っておっしゃるから、刑期も二ヶ月にしてあげたのに……まあこれは高ランク冒険者としての価値を鑑みてだけど」

「全っ然嬉しくねぇわそんなとこで譲歩されても! つーかまだ逮捕なんて認めてないからな、俺は!」

「ふーん、じゃあ払えるの? 3000万ユース」

「うぐっ」


 もちろん払えない。

 俺は金のためでなく趣味と実益を考えた結果として冒険者をやっているのであって、あまり無駄遣いはしない方だ。報酬も半分以上は貯金に回してるし、持ってる分も武器や防具の整備にしか使わない。

 だから冒険者を始めてから十年分の膨大な貯金がギルドには預けられているのだが……その総額でさえ1500万ちょっと。半分しかないのだ。


 今から稼ぐのも無謀だ。

 仮にAランクの依頼が短期間で大量に発注されたとしても一回平均金貨五枚、つまり50万ユース。三十回はこなさなければならない。

 普通に考えて物理的に無理。豚箱行きの前に過労死で地獄行きだ。


 絶望的な状況で頭を抱えて唸る俺を前に、副隊長は嬉しそうに笑っている。


「ふふ、これでようやく、この街にも平穏が訪れるんだわ……!」


 くそうぜぇなこの女。

 イラっとして思わず本音が出そうになったが、寸でのところで止める。

 そんなことを言えばまた賠償だ何だと騒ぎ始めるに決まってる。

 そもそもこのセーロンという街は、俺が拠点に選ぶだけあって元から喧嘩っ早いクソ野郎共の巣窟のような街だから俺がいなくても平穏なんてものとは程遠いだろうが……別にいいか。わざわざ教えてやるのも癪だし。


 つーか、マジで3000万どうにかしないとやばいぞ、これは。

 依頼で全部稼ぐのは無理だし、借りようにも伝手がない。俺はぼっち……孤高のソロ冒険者なのだ。

 最終手段として闇金という手もあるが、1500万なんて大金返せる保証もないし、それで奴隷落ちとかそれなら二ヶ月豚箱の方がマシだ。

 まあそうなったら闇金業者を会社ごとぶっ潰して証拠隠滅すればいいだけだけど、そうなったら余計な罪状が追加される気がする。だからこれもなし。


 よく考えて出した結論に、俺は大きく頷く。


 ……本格的にヤバくないか、これ?


 一つも解決策が思い浮かばないという事態に俺は震えた。

 まずい、まずいぞ……まじでこのままだと逮捕、そして十中八九牢屋にぶち込まれる。

 さらに余計な揉め事を避けるためとか言って、俺だけ他の奴らと隔離されるはずだ。こいつならやる。絶対に。

 つまりそうなったら俺は──二ヶ月も誰かをぶっ飛ばす事ができないということだ。無理だ。発狂して死ぬ。


 なんてこった。どうあがいても死ぬじゃん俺。嘘だろ。


 そんな、俺が自身の状況を理解して愕然とした時。


「真昼間からうるせぇなあお前らは。痴話喧嘩は家に帰ってからやれよ」


 酒瓶片手に昼間から飲んだくれてる酔っぱらいが茶々を入れてきた。

 五十をすぎても未だ衰えないその肉体は、まさに武人の鏡と言えるが……赤ら顔で酒を飲む姿に威厳なんてものは感じない。

 俺は舌打ちをしてそいつを睨みつけた。


「痴話喧嘩じゃねぇしお前にだけは昼間云々は言われたくない。つか何の用だよ」

「あー、お前に用があったんだがなあ。取り込み中かぁ?」


 酒臭い息を吐き出しながら近寄ってくるおっさん。くさい。

 露骨に顔を顰めて遠ざかる俺に代わって副隊長がのんだくれの親父に向き合った。


「こんにちは、オルトさん。こんなところにいて仕事はいいんですか?」

「いーんだよ。どうせ俺がやんなくても誰かがやんだからよ。俺はこうして、ヒック、街を警備して回ってんだ。これも大事な仕事だろぉ?」

「……仮にもこの街のギルド長なのですから、もっとちゃんとするべきです」


 不満顔で酔っぱらい親父に真面目女は釘を刺す。けどこのクソギルド長は聞く耳も持たない。

 あー、はいはいと完全に聞き流す返事に副隊長はむっと顔を顰めたが、警備小隊の副隊長ごときがギルドにまで干渉する権利などあるはずもない。女はすごすごと引き下がった。


 そう、ギルド長。この昼間っから飲んだくれている、人間のゴミのような部分を全部詰め込んだクソ人間こそがセーロンの冒険者ギルドのトップ、オルト・ナイセン。控えめに言ってクズだ。

 さっきも俺はこの街はクソ野郎の吹き溜まりみたいなものだと言ったが、こんな人間がギルドの責任者をやっている時点でセーロンの手遅れ具合が分かるだろう。俺としては最高なことだが。

 むしろ副隊長のような人間が珍しいのだ。


「それよりも、なんかあったのか? お前が頭使って悩むなんて余程の異常事態だろ。隕石でも降ってきたか?」

「俺を何だと思ってんだよ、はッ倒すぞくそアル中ジジイ」

「はっは。ユリウス坊やはいつまでもおこちゃまだなあ」


 くそうぜぇ死んでほしい。

 奥歯をギリギリ言わせて睨みつける。だけど俺は、それで我慢した。

 いつもならここでこのクソ爺をぶん殴ってやろうと、警備隊の前だろうがお構いなしに喧嘩をふっかけるわけだが、今日はもう余計なことして刑期を延ばされたくないという気持ちが俺を抑えつけていた。


 そんな俺をオルトは目を丸くして見る。


「おいおい、まじでどうしたんだよお前。熱でもあるのか?」

「別に……」

「嬢ちゃんあんた、こいつになんかしたのか?」

「ようやく逮捕することができるので、今まさに連行するところなんですよ」


 誇らしげに女は言う。そして手に持った紙束をオルトに渡した。

 それに目を通したオルトは納得が言ったと頷く。


「はあー、お前もついにムショ行きかあ。まああんだけ毎日暴れてればなァ」

「俺はまだ認めてない……3000万なんて嘘だ……」

「先月お前が吹っ飛ばした商人の荷台、高そうなモンが結構載ってたよな」

「うっ」


 身に覚えがありすぎる。ついでに怒鳴り散らす禿デブ親父がうるさかったから殴って黙らせたのも未だ記憶にありありと残ってる。


「俺はお前がガキの頃から知ってるがなあ、いい加減その短絡的な性格は直した方がいいぞ」


 くそ、いつも仕事もしないで飲んだくれてるクソジジイに説教されるなんて屈辱すぎる。

 しかもガキの頃って、ギルドに登録したのは十四の時だけどこの街に移った時は二十歳だ。全然ガキじゃねぇわ。背だってほとんど変わんねーし。記憶ボケてんのかよ耄碌(もうろく)ジジイが。


 オルトへの恨み言を心の中で言いまくる。

 だが現実は無常。このままやむなく牢屋行きかと思われたが──


 オルトは酒瓶を煽ると、だが、と言葉を続けた。


「今回は、タイミングが悪かったな、嬢ちゃん」


 ──救いの手は、意外な場所から現れた。



この世界での貨幣価値は、単純計算で日本の十分の一だと思ってくれていいです。

3000万ユースは3億円。ぼったくりの壺とかが商人の荷台に乗せられてたとかいないとか。

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