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【悪逆の翼】  作者: 渦目のらりく
第十八章 ロチアート達の怨嗟
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第91話 巧みな罠

 ******


 マッシュの用意してくれたテントで仮眠をとっていると、煤臭い煙が鼻腔を通り過ぎていった。

 異変を感じ取ったシクスは既に起きていて、身体中に包帯を巻いた姿で狼狽えている。


「森が燃えてるぞ!」


 テントの外に這い出すと、パチパチと音を立てながら、森の外周が赤い光を立ち昇らせていた。それがクラエの仕業である事を私は瞬時に理解していた。


「クソ! まさかあいつらも……マッシュは無事なのか!?」

「森毎焼き払うつもりですか!?」

「行くぞ。火の手が回りきる前に。あそこの道はまだ火に包まれていない」


 私達の辺りの深緑が、色を変えて燃え盛り始める。そして周囲が火に包まれ始めるが、鴉紋の示したある一点だけが火の勢いが弱く、まだ走り抜けられそうだった。しかしフロンスが顔をしかめながら、走り出そうとする私達を制止していた。


「待って、不自然です! ここはセイルさんの転移魔法で逃げた方がいい!」


 フロンスがそう言いきった瞬間に、走り抜けようとしていた森の奥から、幾つもの叫声が上がった。何事と喚いているのかは分からなかったが、耳を済ませたシクスが瞳を見開いて驚愕したかと思うと、矢のように走り始めたのだった。


「……やっぱりあいつらもッ!」

「待ってシクスさん! 何を聞いたのです!?」


 私も狼狽するシクスに続いて走り出しながら、フロンスに一度振り返る。


「この森に居たのならアーノルド達しか無いでしょう?」

「迷っている時間も無い様だ。行くぞフロンス」

「もうずっと前にここを離れたのにまだこの森に? 分かりました、ですが慎重に!」


 周囲を炎に包まれながら、私達は不自然に残った一本の道筋を走り抜ける。そこにだけは木々も草も無く、土が剥き出しになっていて、いかにも誘い込まれている様な心持ちになってきた。しかし、走るしか無かった。今も絶え間なく注がれる老若男女の絶叫が、私達をそうさせている。


「どうしたのシクス!?」


 しばらくして、前方を駆けていたシクスが突然に立ち止まった。そして彼の隣に肩を並べる。ポカンと口を開きながら、虹彩をオレンジ色に染めた彼が眺めていたのは、私達の行く手を阻むように立ち尽くしていた。見覚えのあるオーバーコートの背中であった。その向こう側では、木々の開かれた巨大な円形の広場。そこに姿は見えないが、無数のロチアート達が叫び声を上げているのと、銀の甲冑がひしめき合っているのが分かる。


「アーノルド!? 一体これはどうしたの!?」

「待て嬢ちゃん……こいつはもう、アーノルドのおっさんなんかじゃねぇ」

「え?」


 そしてアーノルドは振り返った。よれよれと、まるでそれが自分の体では無い様に、覚束無い足使いで不自然と、私達へその風貌を見せた。


「家族が……家族達が……き、刻まれ。もう、ずっと前にヨフエ……き……キョッ…………キ」


 アーノルドは細い女の左足をして、右の自分の足とは長さが違って斜めに立っていた。両腕は途中で切り落とされて既にそこに無く、替わりとばかりに太い男性の足が装着され、ビクンビクンと波打つように震えながら、関節を自由に折り曲げている。そして何よりも目を引いたのは、正気を失いかけた彼の垂れた瞳の下から胴にかけて、鼻と口元だけに切り取られた無数の顔面が貼り付けられ、それぞれの口元がけたたましく叫喚している事だった。そしてアーノルドはゆるゆると口を開き、次の瞬間には油紙に火のついた様に激しく唾を飛ばした。


「私達、紙細工の……切られ、繋がれ……痛い、イタイタイイタイイタイイタイあイイィインぎぃっ!! これ……私。ゼル…………いっしょ」


 絶句する私達に向けて、アーノルドは半身を炎のオレンジに染めて、ヨダレを垂らした口角を引き上げた。そして彼の胴に貼り付いた、家族達の()()()口元が、歯牙を剥き出しにして、何処かで痛め付けられる自らの体に反応し、男、女、子供、老人、各々の声音で絶叫する。

「イッッヂィィ!! アヅ、!! ッが!」

「やめろ!! 足を、俺の足をそれ以上」

「あれ、何処だ……わしの、わしの、頭。何処だ。無い……無い無い……無い」

「なんで、生きてるの? 私の体は何処にあるの? 私は何処を見上げているの!? あぁ迫ってくる炎が迫ってくる! でも動けない助けて!! キィアアア熱!!」

「頭が痛い……吐き気も……ヴぉえ……あれ、何も出ない」

「イダイダイダイ!! 切られてる!! 俺今切られてる!!腹を!! やめてぐれ! 何処で俺を切り刻んでいるんだ!! 何処にあるんだ俺の体ッあ!!??」

「熱い! 腕が焼かれている!! 痛い! 胸を切り開かれている!! みえないげど!! 感覚だげが!!」


 ヨフエの短剣で、まさに合成獣の様な有り様になった芸術の成れの果てが私達の前に立ち尽くしていた。

 その背後。アーノルドの背の向こう側の広場では、騎士達がまるでスポーツにでも興じているかの様に馬鹿げた笑い声を上げて盛り上がりながら、ゴロゴロと転がったロチアート達の体のパーツを、部品を。蹴ったり、刺したり、潰したりしながら目を爛々と光らせていた。周囲を炎に囲まれながら。正に狂乱としか言いようが無かった。


 私は絶句しながら隣に立ち尽くす鴉紋を見上げた。


「――――ッッッ!!!!」


 溢れんばかりの激情を瞳に滾らせ、赤く充血させながらそれを見開き、髪を逆立てながら、食い縛った唇から血液を流している。そのおぞましさに、声もなく、あらんかぎりに激憤しているのだ。みるみると顔色は赤く染まり、鳥肌と共に体は怒りに震え、黒く変化した両腕を握り込んでいる。

 シクスもまた、同じ様な表情をしたまま、しかし余りの怒りに言葉が出てこない様子で、口を開いたり閉じたりを繰り返しながら、腰に差したダガーを勢い良く引き抜いていた。


「マッシュも……マッシュもあの中に居るかも知れねぇのか!?」

「駄目です二人とも!!」


 フロンスが鴉紋とシクスを無理矢理に押しやり、まだ燃えていない薮の中へと押し込んだ。私もその後に続く。騎士達の居る巨大な広場へはまだ距離があるので、気付かれてはいない様子だった。

 息を荒くしながら、自らの内に巻き起こる途方も無いボルテージに瞳を揺らす鴉紋を、フロンスは大木に押し付けながら、その肩を押し留める。私はシクスの腰にしがみついていた。


「これはクラエとヨフエの挑発です! 今ここで飛び込んでいけば、全て彼等の術中です!!」

「……ッッ!!」

「そうなれば勝ちの目は無い! ここは……! どんなに苦しくても耐える時なんです鴉紋さん!」

「退けよ……」

「クラエの手の上に乗っては絶対駄目だ! 彼の土俵の上では我々が如何に無力であるかは知った筈です!」

「退けェッッ!!」


 鴉紋の右の拳が突き出され、フロンスの顔を掠めていた。

 怒髪天を着くとはこの事かとばかりに、黒い髪を逆立てる鴉紋は、動揺するフロンスを前に、静かに立ち上がる。


「悪いなフロンス……俺もこの腕(こいつ)も、もう我慢出来そうにねぇ」

「鴉紋……さ……」

「奴等を細切れのミンチにするまでッ!!」


 そして鴉紋は駆け出した。真っ直ぐに、アーノルドを越え、大広場へと、地鳴りの様な雄叫びをあげて。

 周囲の森が燃えている。不自然に出来た一本の道筋を、背に出現させた闇を炸裂するように激しく吐き出しながら、鴉紋は翔んだ。

 ――――しかし!

 高速で飛行する鴉紋が、密かに上空に張り巡らされていた細い糸に触れた、その瞬間。


「――――ンぐぉっ!!」


 目映い光が凝縮して、鴉紋の全身を痺れさせた。思わず高度を落として地面に足をつけた彼を見て、フロンスが驚愕する。


「感知型の魔力の罠!? そんな代物いつから実用されてッ!?」


 そして鴉紋がそこに降り立つと、その周囲に三角形に配置されていた青い石が煌めき、そのトライアングルの中央に巨大な水の球体が現れ、鴉紋を捕らえた。しかし罠の威力は然程でも無かったのか、未だ余力を残す鴉紋は、背の闇を振り回し、それを払い除けながら、激しく吠える。


「こんな小細工で俺を殺せるとでも思っているのか!」


 だが、次の瞬間。鴉紋の前に桃色の魔方陣が現れていた。それを見た瞬間に、私は全てを理解して叫んでいた。


「違う鴉紋! そこを離れて!」


 そしてその魔方陣から現れたのは、見覚えのある眼鏡の男。クラエに仕えていたクルーリーと呼ばれていた騎士だった。彼が上体を低くした姿勢で転移の魔方陣から現れ、眼鏡の位置を冷静に直しながら、冷徹そうな物言いで口を開く。


「ダメージが目的では無い。貴様の足を一瞬止める事が目的なのだ」

「なに……ッ!」


 再びに桃色の魔方陣が起こり、クルーリーと共に鴉紋の足元にも桃色の魔方陣が展開された。


「まさか、セイルさん以外にもテレポートを使える者がいるのですか!?」

「兄貴!!」


 思わずシクスが駆け出したが、無論間に合う訳も無かった。

 クルーリーは白髪のオールバックを撫でて顔を斜めにしながら、細い目を鴉紋に向け、侮蔑する様に見下ろす。


「ふん、希少な転移魔法を扱えるのがお前達だけだと思っていたのか? ……貴様らは本当に間抜けだな」


 次の瞬間。鴉紋はクルーリーに向けて拳を振り上げた姿を最後に、彼と共に、桃色の魔方陣の中へと消えていた。


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↑の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けると意欲が湧きます。 続々とスピンオフ、続編展開中。 シリーズ化していますのでチェック宜しくお願い致します。 ブクマ、評価、レビュー、感想等お気軽に
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