第513話 世界の意志と未来、その覇権をかけて翔べ
『この光景は……なんだ』
荘重なる男の声音が世界に木霊する――
世界に屹立した超大なる光人は、遠くの山々を踏み、雲間を貫いて大地を見下ろしていった。燦然に過ぎる光明の集合体からは、漠然としたシルエットのみが分かるに留まるが、“主”が二人を見下ろしている事だけは確かに分かる。
天上から降り注ぐ紛れもないまでの迫力に、ダルフと鴉紋が踏み堪えていると、世界が嘆く様にまた震え始めた。
『エデンが崩壊している。……番人を押し退け、セフィラも破壊され、ミハイルが死に絶え……あろう事か、我が化身であるクロンとコルカノさえが退けられた』
光の声音はそこで変わり、次の瞬間には、明確なまでの怒気が殺意となって二人へと差し向けられた。
『眼下には……絶対の制約を足蹴にした羽虫が二匹……! そこに蛇の影さえが失せているというのに』
“神の意志”とやらの絶対概念が、彼等の死を決定したその瞬間だった。人類の背は縮み上がり、その肝を極寒に晒したかの様な恐怖に見舞われた。
『何故だ、この結末はあり得なかった筈だ。私は人が神へと至れぬよう、人類をあらゆる呪縛で縛り上げた』
打ち震えていくその語気に、山が爆ぜて大地が割れる。大気が逆巻き自然を蹂躙していく。するとダルフは、遠くに起こった巨大な影に気付いて声を上げた。
「あれは……」
地平に向かって凝視された瞳が、全方位より迫り来ている影の正体を見定める――
「ッ海!! ――海が襲い来ている!!」
「なんだと!? これ全部が海だって言うのか、こっからどれだけ離れてると……いや待て、ってぇ事は――!!」
「早くヤハウェを蹴散らさなければ、この大陸ごと海の藻屑と化す――」
「な……っ!」
ここからでも視認出来る大波。大陸を包囲した果て度もない海原がこのまま押し寄せれば、地上の全ては無に変えられてしまうであろう。
流石に面食らった様子の鴉紋とダルフへと、ヤハウェは猛々しく荒ぶりながら、大地を踏み締める。
そして神は、下々に課したという呪縛について語り始めた。その決断は決して過不足していなかったと、己自身へと釈明するかの様に。
『全人類が私に畏怖を抱くよう組み込んだ遺伝子への楔。吹けば飛ぶような弱き体に短き命!
――そして何より、“禁断の実”へと手を伸ばせぬ様に、ミハイルという“天魔”を永遠の管理者として生命の樹の護り手とした! 異分子は、エデンの番人に徹底的に排除を命じた!!』
ヤハウェが荒々しく大手を振り上げると、空の全てが共鳴して爆裂的な光を放ち始めた。それはまるで、地球という惑星に突如、衝突寸前の太陽が現れたかの様に、灼熱を発して大地をジリジリと焼き始めた。
「おい……! ッこの熱はまずいぞ!」
「世界の全てが、神の手によって焦土に変えられようとしているのか!?」
――さらに、世界震撼し災厄を巻き起こす怒号が、ビリビリと二人の耳を痺れさせる!
『――――――であるのにッッッ!!!!!!!』
云うなれば、丹精込めて創り上げていた砂の城を、途中で踏み潰され癇癪を起こした子供の様に、その声は直情的な怒りに満ちて続けられた――
『いま私に相対しているのは、“天魔”でも“獄魔”でもなく――力なき二匹の“人間”だッッ!!』
しかと見下ろされた神の眼光――その覇気に当てられながら……
「クッククク……!」
鴉紋は勝気に顎を上げて舌を舐めずり、
「この状況で笑えるお前が理解出来ないな……」
ダルフは水平にフランベルジュを斬り放ち、鋭い視線を上げていった。
『実を食い潰した咎人よ。神になろうと目論む不届き者よ……!! 私の意志こそ世界の意志、銀河の決定! この摂理に抗う者は――皆すべからく悪であると知れッッ!!!』
不敬極まる挑発的な顔を上げ、鴉紋は笑う――
「クッハハハ、悪タレだと。言われてるぜダルフ!」
「世界の……意志など無い」
「あ?」
輝かしき星空を瞳に映し込み、ダルフの眼光は神さえ射抜いていった――!
「人々を導くのは誰かの意志じゃない。俺たちに出来ることは、こうあって欲しいという輝きの道を、示す事だけだッ!」
「ぁ…………」
「決めるのはお前の意志じゃない。一人一人の意志が未来を決定するんだ!」
……何やら、人知れずに髪をざわめかせていた鴉紋の表情は、かき混ざる毛髪に隠れて誰にも見えなかった。
だが、鴉紋は笑う――
「……ふ……くっく」
徹底的に悪党であるがまま、乱れる髪を掻き、不敵に……。
「黙れ! だったら俺がテメェら二人ともブッ殺してぇ、俺の意志として、理想の世界を叶えてやる!」
やはり分かり合えず、睨み合う鴉紋とダルフ……
三つ巴となった三者の意志――
『小さき者と語る言葉など無い』
「気合い入れろダルフッ!!!」
「お前に言われずとも、とっくに滾っている――!!」
――だが空に、同時に瞬く叛逆の意志!!
計二十四ともなった白と黒の翼が、いま神へと向かって飛翔する――




