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【悪逆の翼】  作者: 渦目のらりく
最終章 【悪逆の翼】
518/533

第506話  Ain


   ――――――――

   

「――ぅあッ!?」


 クロンの溶け込んだ何よりも濃密な()が、人類希望の光明であるダルフを漠然と呑み込んだ次の瞬間――


「な――――」


 彼を包み込んでいたのは、満ち満ちた漆黒の一色であった。

 標的を見失い、フランベルジュから上る雷火を灯りに周囲を警戒するダルフ……しかし、どちらを向いても暗黒は、どこまで続いているかも分からない深淵を覗かせているだけである。やがて自らの立ち位置も、向いている方向すらも分からなくなって来ると、浮遊感と酩酊(めいてい)感が一挙に押し寄せてきたかのような気色の悪さが“天魔”の平衡感覚を(むしば)み始めた。


「く――――っ!」


 闇の海原へ投げ出されたダルフは、路頭に迷いそうになる自らへの(しるべ)となる様に、フランベルジュより(ほとばし)る螺旋の雷光と灼熱を、垂直に空へと打ち上げていった。

 ……何処までも先へと至り、見えなくなっていく魔力の瞬きに、この闇には限界が無いのだという事をダルフは悟る。

 しかし確かに立て直した平衡感覚で、ダルフは剣を構え、未だ闇へと溶け込んだ標的へと声を上げた――


(何処に隠れているクロ――?)


 広げた口元を確認するかの様に、ダルフは目を見開いたまま唇へと指先を添わす。


 ――確かに……震えている、口を開いている、吐息が漏れている……

 俺は間違いなく、()()()()()()()筈だ。なのに――!


(何が起きて……俺の声が、声が……発しているのに、まるで聞こえない!)

 

 銀河の様に途方もなく繰り広げられた暗黒には、風も、音も、遮蔽物(しゃへいぶつ)の一切もが無く、漠々と平坦な“虚無”だけが、無限の胃袋に全てを飲み込み続けていた。


 反響するものがない。認識するものがない。ダルフの声を観測する者さえがいない。

 風の僅かさえもが流れない淀んだ大気では、空気が張り詰め、まるで自らという存在が空間に圧縮されていくかの様に、ボンヤリとしてきた聴覚にキーンという耳鳴りだけが残る。


(――ぁ、ああああアアッ――ッ!!?)


 ()()()()()()()()に取り残されたダルフは、込み上げる不快感に居ても立ってもいられなくなって、やがて発狂したが、耳を抑えて振り絞った声はかき消され、声帯を搾り空気を吐き出したという結果だけが残った。

 聴覚を削ぎ落とされた人類は、やがてその歪みを伝播(でんぱ)させて五感を狂わせる。声を振り絞っても響かない音の余韻に、体が自らのものでは無くなってしまったかの様な、得も言えない居心地の悪さともどかしさに、想像を絶するストレスを感じる。


(ぁ…………っっ!)


 倒れるまではしないが、絶句を禁じ得なかったダルフは苦悩する。研ぎ澄まされた耳をそばだてれば、うるさいくらいに脈打つ鼓動、身動きする度に擦れる衣服や甲冑の摩擦音、髪の流れる物音に、汗の滲み落ちていく音。挙げ句の果ては、軋む自らの骨や肉の物音までが聞こえ始めた。

 その時ダルフは、これまで平然と無自覚に生きてきた世界が、()()()()()()()()で満たされ続けていたという事実を痛感する。

 ――そして同時に、あらゆる()()を捻じ曲げる、光も音も生み出さない()()()()が、かくも恐ろしいという確信へと至る。


(うあぁ……うううあああぁぁっ!!)


 

 ――そこには、何もかもが無く


 満たされる事など、決してなかった。



(…………ぁ……ぅ…………)


 しかし、完全なる“虚無”に滞在するおぼろげなる自らが、徐々に徐々にと闇に溶け出して、


 ――――()へと……


 存在毎分解されていく虚脱感として迫り来ていた。


 ダルフの金色の瞳は、反射する光の一切が無くなって陰っていく様だった。やがては手に握っていた筈のフランベルジュすら見失い、皆に託された筈の“想い”も忘却しながら、四肢を暗黒に染められていく……


『お前達の生きる世界の開闢(かいびゃく)以前、全てはこの暗黒に満たされていた』

「――――!!」


 ……その声は確かにクロンによる声音であったが、そこに対象はなく、この闇の世界そのものが声を発しているかの様に、漠然とダルフの脳内へと言葉が注ぎ込まれて来た。

 その声を知覚したダルフは妙な事に、標的への使命を思い起こすと同時に、自分以外の存在が居るという事に安堵してしまった。


『誰にも観測されぬ真実の“虚無”。世界とは、概念とは、誰かに認識されて始めてそこに誕生する』

「…………っ」

『外部からの刺激は返ってこない。本当の意味でお前は()()となり、声も返らず何も聞こえない。漠然に落とされた光の一雫』

「っ――」

『ひしめいた闇に塗り込められ、一人残されたお前はやがて――』

「ッ――――!!」


 ダルフの背で渾身の閃光が闇夜に噴き上がったが、覆い被さった黒の濃霧は、光を彼方へと散れ去って影の一つさえ残さなかった。

 ……いや、世界の全てはもう、その影に染まり切っているとも言えた。


 幼き少女の声音を借りて、“神聖”は語る。言い()していた、神託(しんたく)の続きを――



『“無”にすり潰される』


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↑の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けると意欲が湧きます。 続々とスピンオフ、続編展開中。 シリーズ化していますのでチェック宜しくお願い致します。 ブクマ、評価、レビュー、感想等お気軽に
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