第494話 貪欲なる力の渇望
――――――
「ここ…………は……」
開眼された黄金の眼が光の世界に覚醒する。何もかもが光に呑まれた世界で、ダルフは心に残された自らの姿を具現化させていた。
「どうなった……鴉紋は……みんなは?」
いうなればそこは夢幻の世界。精神世界にて自我を呼び覚ましたダルフは、光以外の一切が無い世界で頭に手をやった。
「……そうだ俺は完膚なきまでに、奴に、鴉紋に……っ」
立ち返るは敗北の記憶……そして――
「みんな死んで、殺されて、それから……それから俺はっ」
繰り返される惨劇が、筆舌に尽くし難いあの無力感が、ダルフにトラウマを呼び起こす。永遠と続く拷問の様な“生”を思い起こし、ガタガタと震えながら肩を抱き寄せた。
「何も出来ず、ただ暴力に怯え……次第に体も動かなくなって、逃げ出す事も出来なくなって……苦痛が、苦悩だけが俺を支配して……っ」
永劫に続く苦渋の時は、ダルフの身と心を激しく擦り減らした。ただそんな雑念などもすぐに消え去り、やがて彼に残されたのは、漠然とした不安と恐怖、確かに迫る絶望と苦しみだけだった。
「うぅ……っうううう……っ」
何が起こったのか、ひとときの休息が今、ダルフを無限地獄よりすくい上げた。
「うぅうあぁ……ぁぁあっ」
神より与えられたそんな休息に、この様な境遇の人間が何を望むのか……それは想像に難くないだろう。
――――死を願う。
終わりの無い『不死』という呪い、その軛に繋がれながらも、人はきっと、その莫大を行使した事も忘れて赦しを乞うのだろう。
――――殺してくれと。
「うわぁぁあ……っ」
――――終わらせてくれと。
「ひぃぁああああっ」
――――楽にしてくれと!
そう……浅はかに愚かしく…………
「力が……欲しい…………」
――――――!!!!
されど、ダルフの願いは違った。
「奴に届くだけの力を……ッ」
彼は力を願った。その様な惨劇に陥りながらも尚――
「どんな悪魔に、魂を売ってでも……っ!!」
……『不死』を行使し、呪いに苦しみ、身を引きちぎるかの様な苦難に絶句しながらも。
「力をぉ――――ッッ!!」
彼は、もっともっと、と手を伸ばし続けていた。
まるで冥府を彷徨う愚かな亡者の様に、不遜に過ぎる程の貪欲に身を沈めていた。
条理も不条理も知った事では無い。貪婪たる獣の様な目はギラつき、脂ぎった髪を逆立てて、神へと薄汚れた手を伸ばし続けていた。
想像を絶するだけの罰、その代償を支払わされても尚――
「死んでいったみんなの為に……」
その異常性、勝利への執念は、世界を変えるだけの業の焔となって、ダルフの心を燃やし続けていた!
「これから生きる、みんなの為に!!」
愚かなる正義は決して自己の幸福を望まなかった。むしろその身を代償に、他者の……否、世界の全て、全生命の未来を願い続けていた。
これ以上なく高尚……されど人の身に余り過ぎる巨大な願いは、もはや強欲の大罪と断じ切れる。
抗うには余りに途方も無い世界……
遥かに常軌を飛び越え、そんな願いに愚直に手を伸ばし続ける愚か者、
…………だからこそ――
「クス……」
天使は彼に微笑んだ。
「ミハイル…………さま?」
「そんな大きな声で泣いていたら、静かに眠れないじゃないか」
決して折れぬ強靭なる心。打ちのめされ、鋼鉄の如く鍛え上げられた人間の心火に、全てを賭ける為に。




