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【悪逆の翼】  作者: 渦目のらりく
第四十一章 空に【天剣】が成る時
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第490話 忘却の彼方で


 愛しき者を抱き寄せるミハイルの胸の中で、邪悪は薄く瞬く不可思議なる()に包まれていった。

 それは生と死の狭間で鴉紋を消し去ろうとした光ともまた性質を違え、金色にも映る神聖の一挙がそこに濃縮されていた……


「かつてあれ程人を憎み、天界との全面戦争まで仕掛けたお前が……同族達を引き連れ、人類に成り代わろうとするとはね……ゲフッ」


 絶句したままの形相で、声も無く薄明かりに溶けて消えていく存在に向けて、ミハイルは最期の言葉を送る。胸を貫いている腕にキスをして、甘くとろける様な視線を細くしながら、甘美な吐息と共に、悔恨の涙を垂らして……


「でも私は分かっていたよ……お前はただ羨ましかったのさ。神に、そして世界の中心点とされた人間達が。それだけなんだろう?」


 だってもうすぐに、ミハイルにとっての最愛は、そこに誕生された事実さえ消し去られ、天使の認識からも消えていくのだから。


「『“原初の光(エイン)”』……無痕の大地に射した生命誕生の奇跡。無より有を産み出し、命の発生と概念を付与したこの光は、全ての命の起源であり母だ」


 その肉体が光に溶け始めた鴉紋を視認しながら、ミハイルは薄らボヤけていくルシルを悲しげに見つめる。


「時に母は我が子を厳しく叱り付ける。背中で分からねば言葉で律し、言葉で分からねば手のひらを打ち、それでも分からねば……」


 神より定められた使命の為に、ミハイルは冷酷極まる決断をルシルへ……同時に自らへと執行した。


「原初の母は、存在を抹消する」


 全てを白日に変えていく強き光明は、もう悪魔の意識を遠くへと連れ去り、消去し始めていた。


「生まれた事実を、そこに居たという認識を、あらゆるモノに与えた概念を……全て」


 自らが生きていたという事さえ忘れ、鴉紋は白目を剥いて脱力した。薄明に透けていく体は実態毎消し去られ、あの灼熱の心さえもが有無を云わせぬ光明に塗り潰されていく。およそもう、生物であるという事さえ忘却の彼方へと飛ばされて……


「それは生命史より外れた私という存在の中からさえも、創造主(父さん)の中からさえも」


 光に纏われた鴉紋より身を離したミハイルは、風穴の空いた胸より血を噴き出し、折れた翼を引きずりながら、血の道筋を残してヨレヨレと背後の瓦礫へと歩んでいった。


「世界そのものを歪めるこの奇跡の行使は……父さんより定められた最大の禁忌。人類史に再生不能な災いが降り掛かる、極限の終末時にのみ行使を赦された……約束された勝利の光」


 げんなりと落ち窪んだ瞳を下げて、天使は息も絶え絶えに瓦礫の山を漁り始めた。

 やがて姿を表すは、波打つ刀身を輝かせた巨大剣――フランベルジュの一刀だけだった。


「なのに……()()()()()


 剥き出された黄色の瞳。全てを見通す天使の視線は、山となった残骸に眠る、破滅の未来を覆す最期のピースを捜す……


 ――――――


 極限の白に包まれた世界で、鴉紋は瞳を開けているのか閉じているのかさえも分からなくなった。

 抵抗する事さえ叶わぬ閃光の激流が、鴉紋の身を消し飛ぼしていく。



 ――――なに――が……光――――



 白熱へと溶けていく鴉紋は、その意識を硫酸に浸けられているかの様に薄らがせ、もう立っているのか座っているのか、ここが何処なのか何をしていたのかさえ途方の彼方へと押しやられていく。



 ――ミハイ――――たたか――負けられな――



 その身に込める力の感覚も忘れ、鴉紋は光りに包まれたまま両膝を着いて後方へと仰け反っていく。



 立て、抗え――……ナンデ――――どこ……?


 

 世界を満たした光……生命原初の光りへと立ち返りながら、鴉紋は抵抗も出来ずに消え始める。



 仲間――野望…………夢――


 ――敵……なに…………何をして……たんだっ……け?



 薄らぐ、溶ける、雪の様に……ルシルと共に二人の魂。



 ――戦わないと、いけねぇ……俺達の……俺――オレ?

 ダレだ……オレハ――二人……居る……混ざり合っ……オレは――――ダレ



 母なる光へと還元されていきながら……



 ルシ……ル……あも――熱……世界――仲間――――

 立ち上が……倒せ――?


 ――――ナニが?


 誰……違う……ナニ? 俺はナニ――

 ナンデここで……こうして――誰と……何の為――



 仰け反った鴉紋の口が大きく開き、白目を剥きながら光に浄化されていく……



 ――――溶ける……分からな……モウ……ナニ……も――

 心に――揺らぐ……炎――熱い……


 ――――アツイ


 でもコレが……何なのか――何をして……たのか


 ――もういい……か


 溶けてゆく……消えて――眠る様に……心地良く――

 何も見えな……落ちる……無くなる――

 身を任せる……ナニも分からない……ナニをしたらいいのか……何をしていたのか

 誰と戦って……何の為に戦って……

 何を目指して…………来た…………のか――も――



 鴉紋の両手がダラリと地に落ちた……



 ――今はただ、胸が…………熱い………………………………






 忘却の光明へと呑み込まれていった鴉紋。

 概念としての自己さえ忘れ、その思考さえも途絶させながら、生物以前へと魂を連れ去られていく。


 全ての命の源流……その光に――



 ボンヤリとした意識の世界で……鴉紋は己のまぶたの上げ方さえ分からなくなって、




「…………………………」


 瞳を閉じた――。



























「兄貴」

「――――――っ」







 仰け反り、光に屈していく鴉紋の背中を……誰かが支え始めた。

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