第452話 絶望的戦況*あとがきにて世界設定について
第四十章 人間のエデン
王都ティファレトの中央に位置する巨大な岩山、それを取り囲む様にして組み上げられた三層ともなる巨大な修道院――その二層に位置する迎賓の間にて、ダルフ達は一堂に会していた。
「――っ……!」
「君も感じたのかいダルフ」
「ミハイル様……多くの仲間が、八英傑達が全員……っ」
ダルフがおぼろげに感じた気配の消失……先日より彼が口にする様になった奇怪な能力の真偽を承知の上で、リオンとピーターは驚愕を隠せないでいる。
「何故俺達だけをここに残したのです……兵も何も無く、たった四人にしかならない僅かな戦力を」
「何故って、君達がここに必要で、他は敵の戦力を割くのに一人だって残す事が出来なかったからだ」
ダルフの言った通り、この広大なる修道院、言い換えるならば人類最後の牙城には、驚く事にミハイルを含むたったの4名しか残されていなかった。
護衛も何も考えていない大胆に過ぎる策、全兵力を持ってしての敵軍への突撃であったが、その結果は八英傑の全滅――つまる所は全軍の敗走である。
客観的に判断するならば明らかなる失策……だがしかし、未来を見通す『先見の眼』を持った大天使が、あろう事かそんな失態を露見するだろうか?
「彼等のっ……多くの騎士達の奮闘で、ナイトメアも相当な損害を受けたのですか?」
そんなダルフの問い掛けに――先の疑念の答えが否であると、
――全てがミハイルの想定通りである
「そうだね、しかし肝心の鴉紋の損傷はさほどでも無い。それと敵の軍勢も1500程残っているみたいだ。けれど兵力をここまで削いだなら十全、八英傑は良くやってくれたよ」
「せ、せんごひゃ……っ?!」
「ミハイル……っ貴方また人を駒の様にしたのね」
血相を変えたリオンが、項垂れたダルフを背にしながらミハイルへと氷結を差し向ける。
しかし、そんな彼女の肩をピーターが叩く。
「やめなさい小娘、今はその人がセフトを支える最後のセフィラよ。ミハイル様を失えば、私達人類は本当に滅亡するわ」
「セフィラって何よピーター!」
「セフィラは“生命の樹”になぞられる様に配置された天使の子……つまるところ、この世界を維持する核となるものよ。その最後の核がミハイル様だって言ってるの」
涼しい顔でリオンに微笑みかける大天使は、首元に突き付けられた氷の刃に指を添わせながら羽を躍動させた。
「私が敗れれば人類のエデンは音を立てて崩壊するだろう」
「人類の……エデン? それって聖書に記されてるあの“創世記”とかいう?」
「良い着眼点だ氷の魔女……だけどそれとはまた少し違う」
「なんなのよ、私貴方のそういう何か含んだ様な言い回しが大嫌いよ! 勿体ぶらずに教えたらどうなのミハイル!」
「今その話しをした所で栓無き事……これは神の決めた世界の方向性であって、我々の関与出来る事象とも違うからね」
終始訳の分からぬ話しを続ける大天使に、リオンは鼻を鳴らして刃を引いていった。
「もういいわ、神だのエデンだの好きにやってちょうだい……気持ち悪い」
恐恐とした表情のピーターに対して、ミハイルはと言うと、口元に微笑を浮かべたまま肩を竦めていた。
「ミハイル様、ならば八英傑の敗れた今……戦況は?」
ダルフは仲間達がただ果てて行くのを実感しながら、自らが何も出来ないでいるという事実に強い無力感を覚えて拳を握り込んだ。
「うん、ナイトメアの主要メンバーの生き残りは鴉紋、セイル、ポック……多分フロンスもまだ活動を続けているね、以前の様な能力は失って死を待つばかりだけど。それと、残党兵約1200に300の魔物……凄いなぁ八英傑はこんなにも人類に貢献してくれたんだ」
ダルフ達の反応とはまるで違い、感心する様に眉根を下げたミハイルはやはり、“人”という目線になぞらえると感覚というものが逸脱しているらしい。
「……ではこちらの兵はどれだけ残っているのですか?」
「残っていないよ」
「え……」
「ネツァクに集結させた約4000の兵は壊滅した」
『セフィロトの樹=生命の樹』についての説明。
セフィロトの樹とは、その実を全て口にすれば、神と同等の存在になれるとされる、人類が口にする事を禁じられた生命の樹です。
今回明記した様に、この世界の都の配置、並びに“天使の子”は全てセフィロトの樹より垂れ下がった10のセフィラ(木の実)に対応させていました。
それぞれのセフィラには守護天使や色、宝石や象徴などがあり、天使の子の名はセフィラに準じた守護天使の名、もしくは神名、ないし別名よりもじらせて貰い、瞳は対応する色に、司る象徴をリンクさせてキャラメイクをしていました。
この世界唯一の統治機構“セフト”とはつまり、セフィロトの樹より拝借した名称となります。
またセフィロトの樹を題材にさせて頂いた事には下記の理由が御座いました。
『エデンの園』についての説明。
エデンの園とは旧約聖書の『創世記』に2章8節から3章24節にて記されたアダムとイヴによる人類の創世についてを明記された神話になります。
人類の始まりとされるこのエデンの中央には、“セフィロトの樹”が存在するとされています。
つまりこの世界は新たなる創世記――
“何度目かのエデン”であり、その為にセフィロトの樹を流用したという訳です。
(私の投稿作品の何処かを探すと、第二のエデンがどういった世界であったかを垣間見る事が出来ます)
また補足と致しましては、エデンの番人なる存在にケルビム(別名ヘルヴィム)なる天使が存在します。
今作に登場するヘルヴィム・ロードシャインのモデルとなった天使でありますが、彼とベリアル、ミハイル、そしてルシフェルに関しては上記の天使の子の様に名前を“もじる”のでは無く、そのまま流用させて頂いております。その理由と致しましては彼等四人のみは聖書に出て来る神聖そのものであると定義しているからです。
ここまで知るとヘルヴィム・ロードシャインが喚き散らしていた訳の分からない言動にも理解が及ぶと思います。
ちなみに彼の言う“蛇”とはルシフェルの事、創世記にてアダムとイヴに禁断の実を食べる様にそそのかした蛇が、ある一説にてルシフェルであると定義されているからです。
長くなりましたが、まだまだこの作品には隠された謎が御座います。クライマックスまでもう少しとなりますが、あと少しお付き合いお願い致します。




