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【悪逆の翼】  作者: 渦目のらりく
第三十九章 豚と死神
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第450話 この世界は誰の為に


「は……ぁ……ひぅ――」


 わなわなと震える見開かれた瞳……そこより垂れる大粒の雫はジャンヌの胸まで届いている。


「じゃあな哀れな女、ジャンヌ・ダルク」

「ヤメ、ヤァメぇ――っ!!」


 “天魔”への昇格を目前にした異形……桜の大樹と一体化した“神聖”の完成を前に、ジャンヌは野望打ち砕かれたボロボロの姿で黒腕の落下を力無く見つめる……


 だがその時――


「チッ!」

「こ、これは一体……」


 ジャンヌの思考を超越した“神聖”が、彼女が背後に携えた樹木をイバラへと変えて鴉紋へと絡み付いていた――


「まだ抗うのかよ……みっともねぇなっ」

「あぁ神…………神よ……」


 中断された悪意の執行――太くうねりながら絡み付いたイバラが鴉紋の全身を呑み込み始める。


「そうだ……私にはまだ神が、神がいる! 主の引き起こす“奇跡”が!」


 埋もれていった目前の邪悪へと、ジャンヌ・ダルクは御旗の残骸を向ける。

 するとその“象徴”に、割り砕かれた無惨なる棒切れに――少女のキャパシティを超える()()()()()()()が刃を形成していった。


「おお……っオオオ!!」


 眼下に伸びた創造主の光――そこより溢れ出すとても推し量れない程のエネルギー……

 頬を赤らめた少女は主より贈られた恩寵(おんちょう)恍惚(こうこつ)としながら、木片の落ちるその全身を立ち上がらせて神の刃を邪悪へと向けていった――


「いひ、イヒヒヒ……やはり奇跡が、世界が私に味方しています――ッ!」


 神によってもたらされた逆転の一手――!


「死になさい終夜鴉紋!! 神に託された人類の一撃をぉ――ッ!!」


 薄目を開いたジャンヌ・ダルクが天罰の一撃を悪夢へと突き出す。

 狙いは一つ……群れとなって乱れたイバラの向こう! ()悪辣(あくらつ)は神聖の前に居所を隠せない!


「ハァァアア――ッ!!!」


 イバラ朽ち果て、神聖貫いていく光の中で


 ジャンヌは一つの声を聞く――――



「もう“奇跡”は起きねぇよ……」



 ――纏わりつくイバラをブチブチと破り、這いずり出て来た鴉紋の豪脚が神の刃を蹴落としていた!


「――――っ」


 黒き足に踏み付けられている神の刃にあ然とするしか無かったジャンヌは、顔を引き攣らせ、瞬きも忘れて長い睫毛を震わせる……


「……神の助力を受け……平伏する万物さえも使役して……ここまでしても、お前は……」


 イバラを引き裂く物音と共に、漆黒の王が強引に前へと踏み出して来る。もう手の届きそうな距離にまで詰められた少女は、ありとあらゆる超常を行使して尚、留まる事を知らない()()の前に膝を着いた。


「そ、そうだ……ゲクラン、彼が来ればこの絶望敵戦況もきっと――ッ」


 戦慄(せんりつ)したまま恐怖の涙を垂らす少女は、一縷(いちる)の希望に天を見上げる。


「――……ゲク…………ラン?」


 聖域へと足を踏み入れ掛けたジャンヌは、期せずして“天魔”の力の些細(ささい)一端を目覚めさせていた。


「嘘です……貴方が敗れる筈……そんな筈……っ」


 離れた地での仲間の非業、今その瞬間に途絶えた“気”に気付いたジャンヌが、その瞳を染める影を深くしていった。


「ならば私はどうすれば……か、神……?」

「……っ……!」


 ――それは同時に鴉紋にも知覚される。ゲクランと共に消し炭となったエドワードの生命を確かに感じ取った鴉紋は、口元を僅かに開かせながら空を仰ぐ。


「エドワード……っ……」


 絶望のジャンヌ、深い悲しみに暮れる鴉紋……


「何故……? この世界は主の物だ、世界の運命は神が決める……この世界は、神の御心のままに、主の望むままにあるのでは……無いの、ですか……」


 最期のイバラを力任せに引き裂いた鴉紋が、悲観に落ちる顔を影に染めて少女へと踏み込む。


「この世界は神の為にあるんじゃねぇ……!」

「……っ」

「この世界は、生きとし生ける俺達の為にあるんだ……!」


 声音に強い憤りを含んだ悪魔の一声には、仲間達を想う熱い感情が窺えた……

 極限の悪意を逆巻かせる天魔が内包するには余りにも相反した優しき感情……しかしそれが決して思い違いなどでは無いとジャンヌが確信したのは、彼の目元から熱い雫が垂れているのに気付いた時であった。


「終夜、鴉紋…………」

「神の顔色なんて窺ってんじゃなく、お前は好きに生きれば良かったんだ」

「……」

「世界なんて全部――()()なんだからよ」


 ゆっくりと両の頬を支え上げられていったジャンヌ・ダルクは、正面に悪鬼の面相を見る――


「おっ死んじまったら……お終いナンダカラヨッ!!」


 ――そうして次の瞬間、鴉紋の膝は少女の顔面だった樹木を蹴り破っていた。

 舞い散った桜花弁……

 衝撃波を残す、驚愕的一撃――


「わたし、は――不幸な世界を導いてく使命……を神から…………」


 完成を間近にした薄紅の陽光が空に閉じ行き、そこには赤黒く陰惨なる空だけが残された。


「世界が不幸だったんじゃねぇ、お前が不幸だったんだ」


 囁き漏らしたその声は、誰かに届いたのだろうか……

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