第436話 咬み殺す
ジャンヌの貼り付けたような笑みに亀裂が走る。
「今……なんと?」
「くだらねぇと言ったんだ」
超常的なジャンヌの力に怯え竦んだ赤目達を背後に、鴉紋は一人嘲る様な顔をしながら首を鳴らす。
「私の話し……この能力の正体を……しっかりと聞いていたんですか?」
「聞いてたよ、テメェが神頼りの……あぁ何つったっけこういうの、えぇと……他力本願? そう、他力本願で“奇跡”とやらを待ち詫びるだけの情けのねぇ女だって話しだろうが」
「……っ……全て聞いていて、導き出された結論がそれですか?」
いかなる苦境でも涼し気な表情を続けたジャンヌ・ダルクが一変、“主”の御力をくだらねぇと吐き捨てられて目尻を吊り上げ始めた。
「なんでもかんでも神に縋る奴等はごまんと見てきたがよ……てめぇは一級品だなクソ女。くだらねぇ偶像に取り憑かれ、もう手の施しようがまるでねぇ」
「私を……主を愚弄して……っ?」
「テメェは神から死ねと御告げがあれば、一も二もなくその通りにするんだろう? なぁそうだよな? ……ここまでそうやって生きて来た貴様が、俺には哀れに思えるぜ」
「頭が悪いにも……程がありませんか終夜鴉紋……!」
辿々しい口調に憤怒を覗かせたジャンヌ。少女が勢い良く光の御旗を地に突き立てると、ガラガラと地が割れて嵐が荒び、突如と差した暗雲より雷が降り注ぎ始めた。
「理解にも及びませんか……! 貴方の率いた配下の方が、王よりもずっと利口らしいですね!」
天災襲い来る怒涛に呑まれ、震え上がった赤目の群れが鴉紋の背に泣き言を言う。
「あ~あ~怒ってら……」
「あ、鴉紋様、本当にジャンヌ・ダルクの能力が分かっているのですか?!」
「あの女はこの世の全ての確率を思いのままに操れるのです、それが何を意味するか……っ」
「なにビビってんだよお前ら」
「だ、だって鴉紋様!」
「みんなの言う通りだよ鴉紋」
炎の大翼を開き天災に抗うセイルが、眉根を下げながら弱気な表情を見せている。
「あの女はこの地球上で起こるありとあらゆる“可能性”を意のままに操るんだよ? 万に一つしか無い確率も、全部ジャンヌの都合の良い様に巻き起こされちゃうんだ、それがどういう意味か……!」
「……」
セイルの背に続く様にして、彼等は懇願する様に鴉紋を見つめ続けた。
「……はぁ、お前らなぁ」
集中する仲間の意向を背に、鴉紋は真一文字に縛った口元より溜息を吐いた。
「だって鴉紋!」
「神とやらの存在に、お前達は本能的な畏怖を覚える様に創り上げられている」
「え……?」
「それは反乱を恐れたボケ親父による、全ての生命に打ち込まれた楔だ」
「もう一人の鴉紋……ルシルなの?」
燃え盛る様な赤目の滾る鴉紋の相貌に、セイルだけはもう一つの存在が姿を現している事に気付いた。
「まぁ仕方がねぇか……だがまぁ、神なんつーのはそんな臆病な呪いをかける程度の他愛もねぇ奴だ……雁首揃えて畏れる程のもんでもねぇと、俺が今から証明してやる」
「証明……? 証明って何を……」
――入り乱れる災厄の中へと、鴉紋はおもむろに歩み出していった。
「ちょっと……! 鴉紋、何してるの!?」
強く狼狽えたセイルと共に、赤目達は恐々と災害に踏み出していく王の背中を眺める。
「なにって……神殺すんだよ」
暗黒の翼十二空に這い、渦巻く天変地異へと踏み込む。目指すは神聖振り撒く御旗の元……そこに立ち尽くした“神の使徒”。
「神を軽んじたその大罪……身を持って……」
怒れるジャンヌが、鴉紋の無謀にまた笑みを溢し始めた。




