第434話 神聖宿し“魔”を打ち払う
凍り付いた面々を面白そうに観察していった少女は、やはりその八重歯を見せながら頭上の桃色のオーラをくゆらせた……
「この私の知覚する所ではありませんが、別の世界線の私達も、主に導かれるままに居るべき地へと身を投じたのでしょう」
「何を……訳がわからないわ貴方の言ってる言葉が全部」
「分からない? 分かるはずもありませんよ。だってその神秘は神の御心のままに引きおこされた“奇跡”なのですから」
「奇跡……」
全ての有耶無耶を一言に片付けてしまう単語に、セイルは返す言葉を失って黙り込むしかなかった。
「お前の知覚する所では無いと言ったなクソ女」
セイルの二の句を継いだ鴉紋へと、桃色の瞳が神聖の後光と共に向き直る。
「ええ、つまり“奇跡”は私のコントロール出来る所ではありませんし、別の世界線の私がそこに現れたという事も初耳でした……ああご安心下さい、世界軸――つまり“主軸”となる世界線は私です。主の神聖の中心点である私を屠れば、この奇跡は終わりを迎えるでしょう」
「その代わり……今から何人ものお前がここに現れるって事か」
「いいえ、異なる世界線の同一は同じ地点に居られませんので加勢を案じる事もありませんよ。だって同じ人間がそこに居たら歴史が変わってしまいますから」
「随分ベラベラと話すじゃねぇか」
御旗が揺れて光の牡丹雪が暗黒に降り掛かり始める。そんな中を歩む鴉紋の正面には、幼さの残る少女が一人……
「いっひひ、だってそれが知りたかったのでしょう終夜鴉紋。嘘偽りの無い心でこそ、神は私を愛して啓示を下さるのですから」
「奴に愛されるのがそんなに嬉しいかよ……反吐が出る」
「ええ嬉しいですよルシフェル。貴方方魔族の祖であり父である主に愛されるという事が、生命としてどれだけの喜びに満ちた事かを理解出来ないのですね」
「出来ねぇな、なにせ俺はソイツをぶっ殺したくて堪らねぇから戦争を始めたんだからよ」
「それでミハイル様に次元の狭間に落とされたと……ここに戻るまで随分難儀したでしょう。であるのに依然神の威光に牙を向ける所を見るに、その恨みは余程根が深いようで」
「昔話はいいんだよ、今はその時とは別の目的で闘っている」
「同族達の解放……ですね」
「チッ……!」
憤激した暗黒の翼――更にその拳で地を殴り込んだ鴉紋は、超低空でジャンヌへと迫りながら回し蹴りを繰り出していった。
「――御託は良いんだよッ!!」
「御託では無く宣託です」
再びに降り落ちて来た巨大な瓦礫、それは偶然とは呼び難い様に見事に少女を避けて鴉紋の頭上に墜落する――
「だぁラッ――!!」
「あらあら」
ぎょろりと頭上に差し向いた鴉紋の眼球、次の瞬間に猛烈な額を打ち付けられていた大岩がかち割れ、その隙間から“魔”が這い出して来た――
「テメェと遊んでる暇はねぇんだよ!!」
「まぁつれないですね。ですがあちらではゲクランが使命を果たさんとしています。行かせられませんよ」
光振りまく巨大な御旗が振り下ろされると、旗印の部分となるはためく布地が鴉紋に覆い被さった。
「ン――ッ?!」
「『神の威光』――」
「ア!! ――っあぁあ!!」
光に包み込まれた鴉紋は次の瞬間に、その全身に通電するかの様な天罰を知覚した。
「ガァ――ぁ!! ンだコノ……ッ?!」
「神の御力は魔族を討ち滅ぼす……覚えがあるでしょう終夜鴉紋、その痛みに」
「ンでテメェが……ボケ親父の力を扱いやがる――!!」
――神聖を宿す光は魔を打ち払う。
性質としてまさしく神の御力の一端を体現するジャンヌの光は、鋼鉄の鴉紋の全身をも焼き殺さんと細胞を破壊する――
「がぁぁあッ、こんなモノォ――ッ!!」
その身を焼き尽くされるよりも前に、闇を噴き上げた鴉紋が旗を引き千切る。
「――――、――く」
「威勢が良いですね、父の温もりを思い出しますか終夜鴉紋?」
「鴉紋の肉体にあそこまでのダメージを及ぼすなんて、一体ジャンヌの光はどうなっているの?!」
力無く墜落していく事を余儀なくされる鴉紋。次に彼が獣の面相を上げた頃には、御旗の旗部は光となって再生を終えていた。
全身に火傷の様な傷跡を残した鴉紋より、光の煙が空へと昇っていく。それを不敵に見下ろすは、涼しい表情崩さない一人の少女。
「テメ……、――っ!」
「ここは通しません。それが主が与えた私の使命。ゲクランの勝利がこの闘争を終結へと導く決定打になると私に告げたのです」
「あ? あの岩男とお前が肩を揃えれば、俺を殺せるとそう言ってるのかよ?」
「ええ、あのゲクランという武人、ひいき目に言っても凄まじい男ですよ。人類最強と呼ばれるヘルヴィム・ロードシャインの存在も然ることながら、こと貴方という存在に特化しているのは彼の方であると言わざるを得ません」
鼻を鳴らした鴉紋は立ち上がり、向こう気の良い顔付きで肩をぐるりと回し――悍しいまでの邪気を立ち上らせた。
「人間風情が好き勝手言ってくれるじゃねぇか、で? あっちで勝負が着くまでテメェ一人で俺達の相手をするって訳か」
ジャンヌの見渡すは、士気を上げて咆哮する数百のロチアートと唸り声を上げる魔物の群れ……しかし一介の力無き人間である筈の少女は、そんな恐ろしき軍隊を前にして……
「ええ、構いません」
――まるで怖じける風もない。




