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【悪逆の翼】  作者: 渦目のらりく
第三十九章 豚と死神
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第429話 ただそれだけの事で


 真正面より迫り始めたブラックプリンスへと、太陽の如く燦然(さんぜん)としたゲクランの視線が向かう――


「ようやっと火が点いたか!」


 肉薄する黒馬へと向けて、ハルバードが苛烈に振り下ろされた――


「『深泥(みどろ)』……」


 突如として闇に消えたエドワード。空を切った白銀の軌道が遅れて発火し大地を切り裂く――


「この烈火を前に、どう出るエドワード」


 ハルバードを引き絞り、宿敵が姿を現すのをじっくりと待つゲクラン。


「……!」


 背後を走り抜けた(ひづめ)の音に気付き、ゲクランの面相がみるみると愉悦に変わっていく。


「フッハッ……フハッハ!!」


 次に右方より、更には前方より、ますますと加速していく黒馬の足音……

 闇のゲートから闇のゲートへ転移を繰り返すエドワードの殺意が、自由自在にと姿を現しては消える。


「来いよ……」


 最高速度へと達した黒馬が疾走する。けたたましいまでの(ひづめ)に紛れ、鋭い大鎌の刃先がキンと音を鳴らし始めた――

 周囲に満ちた殺意の波動に肌をヒリつかせたゲクランであったが、彼はジッとその場に立ち止まって、意識を極限まで集中させながら僅かにも動き出さないでいる。


 ――しかし次の瞬間、音速を超えた鎌の斬撃が、目まぐるしいまでに闇を出入りしながら繰り返され始めた。


「精密な魔力のコントロールを要求される転移系統の魔術を、インターバルも無しにここまで矢継ぎ早に繰り返すか……」

「貴様……っ!」

「何を驚くエドワード、闇に置いて行かれる太陽などあると思うのか」


 周囲より知覚出来るのは、鋼を打ち合わせる音の反響のみである。ただ解るのは、四方八方の闇よりいでるエドワードの斬撃が、ゲクランの振るうハルバードに合わされているという結果のみ――


「ソコッッ!!」


 ――三位一体となったハルバードの斧部が、遂に黒馬の胴を捉えて両断した。


「あ?」

「何を見ているのだ“豚”。干し草の寝床で呆けているのか?」


 ハルバードの両断した先にあったのはエドワードの残した闇のシルエット……つまりゲクランは黒騎士の仕掛けた罠に捕らえられたのだ。


「貴様こそ、永き安息に闘争を忘れておるのか」


 ――しかしゲクランは即座にと回転しながら自らの周囲に炎の膜を張っていった。即席の防御であったが、大地より燃え上がった強烈なる炎に立ち入ればエドワードとて無事には済まないだろう。


「これならばどうするエドワードっ!」


 ニタリと微笑む豚の顔が、揺らめく炎に透けて見えたその時、ゲクランの足元に何者かの影が差し込んだ――


「どうもこうもない……()が空いている」

「……ッ」


 天上に現れた暗黒より、馬から降りたエドワードの影が怨敵を染めている。


「どうした“豚”、太陽が影に染まっているぞ」


 ――そして振り下ろされた冷酷なる大鎌の闇。それは確実にゲクランの虚を突いてこの闘争の勝敗を決する……()()()()()――


「な――っ!」

()()()()()のでは無い……()()()()()()()


 ハルバードを捨てて振り返っていたゲクランが、鎌の一閃を胸の薄皮を裂かせる程度にいなしながら、脇にガッチリと死神の得物を挟んでいる。


「喜び勇んだ()()が、この首を取りに来ると思うて」

「……!!」


 鼻先突き合わせた光と闇。勢い付いた光明はゆったりとその頭を後方へと反らし……


「頭突キィィイイイイ――ッッ!!」

「ッぬァっ……か――っ!!」


 痛烈なる肉身の頭突きが、深く被られたエドワードの兜にブチかまされた――

 激しく地を跳ねていった黒騎士……それを勝ち気に見下ろしたゲクランが、額より垂れた血液をペロリと舐めて下顎を突き出した。


「ようやっと貴様の素顔が拝める、フハッ……死神のご尊顔が……!」

「こ……の、家畜の豚めが、私を出し抜いたな……」


 やがてヨレヨレと起き上がって来たエドワード。追い打ちを掛けるでも無くそこに立ち尽くした“豚”に怨念を込めた視線を送っていると、ヒビ割れた兜の左目が崩れ去っていった……

 するとその顔を影に染め、声音を低くしていった豪傑。


「この世界での家畜は、貴様の方だぞエドワード」

「私が家畜……?」

「そうだ、()()()()()()……ただそれだけの事でな」

「……!」

「なに、人の本質など世界が変わってもそう差異もない。肌の色が違う、ただそれだけの事で人としての尊厳も蔑ろにされた奴等に心当たりがあるだろう」

「この私が……奴等と同じだと言うのか」


 そこに現れた強烈なる()()()()。しかしゲクランは怖じける事も無く、黒太子のかち割れた額より赤き血が垂れていくのを満足そうに眺めていた。

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