第416話 革命のファンファーレ
「ふぅア……!! ヵ……あぁッ!!」
赤き魔石を取り込んだフロンスが、体内から溢れ返る様な暗黒に悶え苦しみ出す。
「ロチアート……一体何をしようとしているのだ」
『超再生』の能力を放棄してまで実行されたフロンスによる賭け。死人である彼がサハトの『超再生』を失えば、その血肉は緩やかに腐り果てていくのみである。
「ぅぅァッ……!! ぁ、フゥがッ!!!」
恐ろしい魔力を発散するフロンスであったが、友との融合は未だ成されず、ガタガタと全身を痙攣させながら膝を着いた男が残る――
「聞こえて……ッいるのでしょうッ!?」
「なんだ……誰と話している?」
――『死生愛想』。“食肉の悪魔”の発現するその能力は、喰らった対象の能力を一人に限り取り込む能力。
「ソコにっ!! い、イルのでしょうッ!!」
先述した様に、既に心臓の鼓動を止めたフロンスの身はサハトの『超再生』があってこそ現世に肉を繋ぎ止められていた。『死人使い』で自らの亡骸を操れようと、腐敗していく肉体には対処の仕様が無い。
「ゥウアアアッ!! ギィィ……アッッ?!!」
――それを自ら放棄してまで、フロンスは人の友より渡された未知の魔石に込められる“念”に全てを賭けた。
「ァァァァああああ!!!!!!」
その魔石を取り込めば彼の力を取り込めるという確証など何処にも無い。
「がァァああああッッ――!!!」
そもそもからして、魔石に何の魔力が込められているかさえ分からない。
彼の見込みが上手くいく可能性など、万に一つに等しい。
だが、余りに掛け離れた“個”の力量に対抗するには、伝え聞いていた彼の力に縋るしか道は残されていなかった。
「はやく……! 目覚めてください……よ! 相変わらず貴方は、私をイジメるのです……かッ!!」
「ん――!?」
それでもフロンスは賭けた……
賭けるしか無かった……産まれ変わるでもしなければ、目前で道を阻む大王には勝てる算段が無かった。仮にあらゆる好機に恵まれようと、完全覚醒したシャルル6世には絶対に敵わないというだけの歴然とした力量の差を確信していたから――
「何かに……成りかけている……っさせるものか――!」
得体の知れぬ暗黒がフロンスの身に宿り始めたのに気付いたシャルルが、眼光滾らせフロンスへと走る――
「さぁはやくッッ!! 何時までそこで見下ろしているのでスッッ!!!」
「貴様らの見る僅かな希望も全て摘み取る――『枯柳』!」
渾身の居合の姿勢でフロンスの目前にまで迫ったシャルルが、牙を剥いて金色の杖を引き抜いた――!
体内から暴発する痛みに身を捩ったフロンスは、自らの体を確実に両断するであろう脅威目前に
――過激に瞳を怒らせてこう叫んでいた――!!
「はやく指揮棒を――ッッ!!!」
――次の瞬間に巻き起こった猛烈なる爆炎に、ロチアート達は肩を揺らしながら風に流れ行く光景を目撃していった。
「駄目だ……間に合わなかった、シャルルが確かに杖を打ち込んでいる」
「フロンスさん……我等が野望は……っ」
炎の流れていった先で、先ずは杖を打ち込んだシャルルの姿が見えた。未だ爆炎に飲まれた漆黒の煙の中で、フロンスの全身は見るも無惨な炭へと変わっているのだろう。
――そう誰もが思った。
「ナ――!!」
驚愕としたシャルルの一声に、全ての生命が沈んだ瞳を勢い良く上げていった。
「ようやくこの俺を取り込んだか……フロンス」
「…………?!」
黒炎晴れ渡った先――その地点でフロンスは、シャルルの金色の杖を闇で映したかの様な暗黒の棒の切っ先を、迫る驚異に鍔迫合わせているのであった。
「私の……棒術を素人が受ける事などッ!」
精魂注ぎ続けた自らの棒術を受けた男――奇しくも同じ姿勢で拮抗する未知なる家畜を前にしながら、シャルルは激しく動揺した瞳で後方へと一度飛び退いていた。
「ふぅん……良き練度だな、ただし、俺以下だがな――大王よ」
人を見下した口調――
何者にも媚びる事の無い高貴の風格――
人の上に君臨する事を宿命付けられた絶対的王――
自らの頭上にはもう誰も立っては居ないと言わんばかりの、不敬不遜なるその佇まい――
彼は、明らかにフロンスとは違う口調で持って、その肉を借りて魂で語る。
「跪け、何処ぞの小国の大王気取りよ」
フロンスの身で語る王者――そこに溢れ出す高潔と暗黒のエネルギーに、シャルルはハッと目を見開きながら幻影の姿を見る――
「き、貴様は没した筈……っ!」
「クックックッ……貴様の様な下等でも、流石に俺の事は知っているようだ」
「魔石に思念でも込めていたというつもりか、馬鹿げている……そんな事はありえん!」
「不可能だとでも? 特別な魔石の錬成は、天使の子であるこの俺の力の一つだ」
呆気に取られた全ての中心で、堂々大手を広げたフロンスは――明らかに彼では無い所作で持ってその口を押し開く。
「全て聞いていた、見ていたぞ……また狂わせてやろうか、この俺の華麗なる旋律で」
セフトに与する筈の天使の子――
没した筈の天使の子の魂が――
死の直前に生命エネルギーの全てを注ぎ込んだ魔石に意志を宿し――
「なぁ、我が友フロンスよ」
――ギルリート・ヴァルフレアは
友の身を借りて蘇った。
「共に革命のファンファーレを奏でてやろう」




