第410話 この怒り全て乗せて――“破天”
「友とは何かだと〜? 思い上がった家畜の講釈など〜!!」
拡大する“球”に騎士や赤目達が生命を奪い去られていく渦中で、シャルルはグラディエーター達の『密集方陣』を前にする。
「割れるがいい〜〜ッ!!」
弾かれた金色の杖を回転する事で遠心力に転換したシャルルが、ガラスの身が密集して出来た盾のドームへと一撃を振り下ろした。
「ぐぁあ……ぅ、クレイス! 我等が野望を必ず……っ!」
「見ろ〜簡単に割れる〜! 貴様達の結束など〜この程度の事なのだ〜!」
ガラスとなったグラディエーターの内の一人が構えた鉄の盾毎に破壊されながら、陣の内部に残すクレイスへと熱き視線を送り、銀へと消えていった。
「グズが〜! 軟弱なのはどちらだ〜、私のこの身は友の助力で難攻不落だ〜! 対して貴様ら家畜は〜、脆弱なるガラスの体を消耗するのみ〜!!」
続け様のシャルルによる鉄棒のスイング――だが盾の隙間より幾本も伸びて来た暗黒の槍が、踏み込んだシャルルの体を掠めて彼を後退させていった。
「軟弱なのは貴様の方だッ!!」
「ぬぅう〜まだ言うか〜!」
築き上げられた肉の盾の内部より、再びにクレイスの怒号が大王へと繰り返された。
「幾度肉を打たれようと、どれだけ痛めつけられようと、我等グラディエーターの“気骨”はそこに燃え上がる!」
「……!」
「我等は元より、途方も無いだけの仲間の屍を積み上げ、その上に立って“信念”に手を伸ばし続けて来たッ!!」
「は〜?」
「我等は一人には非ず! 野望の為に抗いそこに一人が打ち倒れようと、その“想い”を汲んで次の者が立ち上がる! それは友の思いを、我等の悲願を成し遂げんが為!! 我等が“個”でなく、“集”として固く団結しているが故ェエエッ!!」
言葉に窮したシャルルが、超大なるガラスの槍を創造してグラディエーターの群れへと打ち込む。
「――な……」
しかしシャルルはそう声を上げた。
白銀冴え渡った視線の先にて、亀裂を走らせた盾の隙間より無数の赤き“憎悪”の眼がこちらを向いていたからだ――
そしてクレイスの咆哮は続けられる。
「対して貴様の友はなんだ――!」
「この……奴隷共が〜、次の一撃で木っ端となる癖に〜何という威勢だ〜」
「我等は共に苦境に喘ぎ、死にゆく覚悟で戦場で肩を並べている! それが互いの信頼を、魂に宿る残夢さえをも友へと託すが故!」
「ぅう〜」
「だが貴様の友はどうだ! 一人保身の万全に努め、友という名の傀儡に指図するのみ!!」
「やめ……やめろ〜頭が〜、頭が痛いィィ〜」
「貴様を裏切ったのは世界などでは無い! お前が唯一と妄信する、ただ一人の友こそが貴様を裏切っていたのだ!!」
「ふぅぅぁぁあアアァ〜〜ッ!!」
――次の瞬間、絶叫したシャルルの全身より白きオーラが渦を巻いて教会を満たした。
「おいシャルル! 奴等の妄言などに惑わされるな、安い心理戦を仕掛けているだけに過ぎん!」
「ァァァァ〜〜どうして〜!! なんで私は〜ッ!!」
「おのれ奴隷の戦士共が……ッ」
もはやクリッソンの声も届かない程に発狂したシャルルが、渾身の魔力を練り上げながら逆巻く白銀の全てを巨大な槌へと変換していった。
「全て――割れろ――割れて無に――っ!!」
それは広大なる教会を呑み込む程に茫漠なガラスの結晶体。シャルル全快の魔術を頭上に、グラディエーター達は互いに視線を酌み交わす。
「来い……我等の力を見せてやるぞ、大王よッッ!」
「『狂銀打』ッ!!!」
何処か溌剌としたまでのクレイスの声の後――全てを押し潰すガラスの槌が彼等へと落ちて来た。
「行くぞ同胞達よ、今こそ我等の“憎悪”の全てを吐き尽くす時ッ! 長き剣闘士達の無念を背骨に、ニンゲン共へと報復の時を――ッッ!!」
「「「応ッッッ!!!」」」
“憎悪”に滾る彼等の闘志が、沸騰する様な灼熱を空へと上げた――
――そして狂気は接触する……
「死ねぇえええ〜ッ弱きガラスの家畜共が〜〜ッッ!!!」
「『反骨の盾』――!!」
クレイスの展開する白き盾が銀の大槌を阻む。ガラスとガラスがせめぎ合い、白銀を乗せた衝撃波が風を荒ぶる。
「グラディエーター共が〜!! コノッ程度でえええ〜〜!!!」
「ぐうううぅう……!!」
長く中空に留まった拮抗は破れ、崩壊した『反骨の盾』が砕け散る――
直ぐにまた盾を展開しようとしたクレイスであったが、その時遂にクレイスの左腕が砕けて地に落ちていった……
「任せろクレイスぅ――ッ!!!」
クリスタルの隕石がグラディエーター達の『密集方陣』を押し潰していく――
「積年した……仲間達の無念をぉっ!!」
「反逆の機会に恵まれた俺達の代でッ!!」
「俺たちのぉっ!! 長き血と憎悪の歴史をイマァア!!」
鍛え上げた肉を全力で力み上げたグラディエーター達が、砕けていく足腰で踏ん張りながら頭上の脅威を止める。
「これで〜ッ止めたと思うな〜〜ッ!!」
超大なる大槌を押し付ける力が増し、グラディエーター達の足下は全て砕け去ったが、彼等は膝を立てながら盾を空へと突き上げ、激しい復讐の念を瞳に光らせ続けた。
「おのれ〜!! ならば駄目押しの〜この一撃で〜ッ!!」
シャルルは一本の槍を瓦解したガラス片より形成すると、必至に頭上の大槌に堪える盾のドームへとそれを投じようとした――
気合で持ち堪えるも崩壊仕掛けたファランクス。その槍の一撃を受けきる余力など当然彼等にある筈も無く、言葉の通りのその横槍が、強靭なるグラディエーターの陣を崩壊させる事は誰の目にも明らかであった。
「『反骨の槍』ぃぃいいイイ――ッッ!!!!」
――その時ギラリと光る赤き閃光が、頭上の銀へと一直線に突き出されていた。
「か……ぁ……?!! 私の、全てを込めたガラスが!」
ガラスの隕石へと打ち込まれた長打なる血の朱槍は、砕け落ちたクレイスの左腕に纏われ投擲されていた。
「我等の魂、この灼熱の情念ハッ!! 決して貴様らに砕く事は出来んッ!!」
「――は、……エ?! ――ナ!!」
激しく爆散して木っ端微塵となる空からのガラス……シャルルの形成した槍もまた瓦礫に巻き込まれていく。
やがて失った左腕までを大胆に利用したクレイスが、地べたを這いずりながらも憎悪の闘志を燃やし続ける仲間達の前へと立ち上がった。
「ナに……ぅ、え……ぁナニガ〜??」
渾身の魔術を家畜達に打ち砕かれ、理解が追い付かずに目を白黒としたシャルル。
すると地鳴りの様な、果て度もない怒りを内包したクレイスの囁きが、視界を埋め尽くす銀景色の中に残った――
「この怒り……我等の“気骨”の全てを乗せて――『反骨の槍』ぃ……“破天”」




