第409話 「貴様は奴隷だ大王よ」
「――かぁァああッ!! 『反骨の盾』――プレス!!」
「無駄だ〜〜」
シャルルの両脇に出現した二つの巨大な盾、それらは急激に互いの幅を狭めて大王を押し潰さんと迫る――
前屈みとなった背筋をピンと伸ばしたシャルルが、垂れた前髪の隙間より鋭い眼光を光らせた。
「『火の鼓動』」
長き金色の杖を横に構え、その中心部を握って左右への同時迎撃を可能にするシャルル。火の揺らめきを体現した円舞と共に、過激極まる鉄棒の一閃が、灼熱に燃え上がる様にクレイスの盾を足下より砕き割っていた――
「おのれ人間……幾つの“型”を会得しているっ!」
「ガラスは鉄には打ち勝てぬ……!」
“親愛王”として果敢に前へと踏み込んでいったシャルル。流れる様に滑らかなる歩法が、クレイスの虚を付いて金色の杖を振り上げている――
「この領域では、貴様が私の棒術を防ぐ手立てもあるまいな――ッッ!!」
「く――――!」
白き闘志を巻き上げたシャルルが、苛烈に叫び上げながらクレイスの頭上に鉄を落としていた。
「――――なに……?」
「驚いたか大王よ……」
背に隠していた丸形の盾を咄嗟に取り出したクレイスが、強烈なる鉄の打ち合った余韻を響かせながら、頭上に落ちて来た金色の杖を盾で止めている。
「我等剣闘士に支給される盾は随分な粗悪品でな……」
「鉄……」
「隠し立てておくつもりであったが、そうも言ってられん様だ」
鉄を鉄で止めたクレイスであったが、彼の踏ん張った腕や足元にはヒビが走った。
「ぁぁあ〜!! 割れ、割れ、割れワレワレル〜、割れてしまう〜ッ!!」
だがそれは、渾身の力で振り抜いた得物を止められたシャルルも同じである。シャルルの指先は更にと瓦解を始め、狼狽えた大王は“親愛王”より立ち返りながら慌てふためいた。
「使わせて貰うぞ、貴様等人間より与えられた、この“鉄”を」
「やめろ〜〜来るな〜〜!!!」
盾を前へとシャルルを突き飛ばしたクレイス、辛うじてそれを金色の杖にて受けていた“親愛王”が、始めて見せる苦悶の表情で家畜を睨む。
「私に触れるなッ、下等の分際でッ!!」
金色の杖を構えようとしたシャルルであったが、左手が崩れ去って杖を右手で握り直す。
「――好機ィッ!!!」
「ぁ、グ……貴様!!」
恐れを捨てて前へと飛び込んだクレイスが、ガラスの朱槍を力一杯に振り抜く。辛うじてその横薙ぎを右手の杖で受け止めたシャルルであったが、やはり踏み堪えた足と右腕が欠ける。
「がァァあああっっ!!」
砕けた朱槍の煌めきが残る最中、クレイスは更に前へと進んで盾で覆った拳をシャルルへと叩き付ける。
「ぅ……っ恐れを知らぬか、この野獣めが!」
「貴様は恐れているのか人の王よ! ここはお前達のコロッセオだろうに!!」
負け時とシャルルが鉄棒を振り放つが、クレイスの盾がそれを受け、続け様に朱槍の突きを放つ――
「おのれ、力のいなし方も知らぬお前の身が何故砕けん!」
「考えるまでも無かろうがッ、軟弱な貴様とは肉の密度が違うのだッ!!」
――激しい怒号と煌めき混じり合う。
ガラスの体でせめぎ合い、みるみると砕かれていく肉と肉を打ち合う両者。
「ケェィアアアア――ッ!!!」
「ぐぁ……ッ!!」
赤き気迫の妖気を練り上げて、クレイスが大王との鍔迫り合いを制していた。吹き飛ばされながら、砕け割れそうな肩を抑えたシャルルが背を深く曲げていく。
「頭に乗るな〜、家畜の癖に、家畜の癖に大王に〜〜ッ」
「下剋上ならば上等よッ!! 我等奴隷の戦士達!! 貴様等人間への報復をどれ程夢に見た事だろうか!!」
「……!」
「我等の生命を玩具の様にして玩び続けたッ!! 貴様達へのこの復讐ヲッッ!!」
灼熱と同義の様なクレイスの纏う赤き“憎悪”。目前で上がる激しい熱に炙られたシャルルであったが、垂れた長い前髪より覗く彼の巨大な眼球は、そこに“狂気”という名の深淵を覗かせ始めていた。
「ここは私の領域だ〜……家畜の好きにはさせん、薄汚い反逆者の勝手になど〜」
「ぁ……?」
「ここは私の……いや〜、私と、クリッソンの領域である」
――次の瞬間、あと一突きで崩壊しそうなシャルルの上体が黄色い発光に包まれていた。
「ぐふふ〜残念だったなロチアート共よ、貴様ら生命の最底辺には何の希望も夢も無いという事を、今知らしめてくれよう」
それはクリッソンの『修繕』によって起こった魔力の発光であった。光りに包まれたシャルルの胸が、腹が、そして深刻なダメージを追っていてシャルルの腕がみるみると再生を果たしてガラスの肉を完成させていった。
「私には“友”がいる〜、かけがえの無い、この世で最も信頼に足る友が〜!!」
すっかりと元通りの体になり、その両手で力強く金色の杖を握り込んでいった老王。
苦い顔つきになったクレイスは対象的に、歯を食い縛った拍子に腹からガラスを溢れ落としていった。
「貴様はまだ“ソレ”を友などと呼ぶのか大王よ」
ピキリと亀裂の走った足腰で踏み込み、向こう気の良い面構えで歯を剥き出していったクレイス。
「不敬な〜この状況で未だ毒を吐こうとする負け犬め〜」
「論点をズラすなよ人間……」
「ん〜?」
「友とは互いに共鳴し合う事で成り立つ、最も強固なる“信頼”! 上辺の面に騙され、ただ一方的に利用される貴様とハゲチャビンとの関係性は友などでは無く……」
果て度もない侮蔑を込めたクレイスの破顔が、シャルルのガラスの心を射貫いた――
「奴隷というのだ、大王よ」
「な……――ッッ!!!!」
言葉に言い表せぬ程に激昂した様子のシャルルは、生白い肌に幾本もの青筋を立てながら感情を露わにする。
「な、ナニ……を〜!! これより細かきガラス片となるだけのロチアートにナニガ〜〜ッッ!!!」
意外にもクレイスへと猛烈に迫り来た“狂気王”――それ程に、彼は唯一とも言って良い心の支えともなる友への愚弄に、その繊細な心に、怒りという情念を燃え上がらせたのである。
「お前にナニガワカル〜ッ!!!」
飛び上がって降り下ろされて来る金色の鉄棒に、クレイスは盾を構えようとしたが、激しい戦闘に深いダメージを負っていた彼の肩はガクンと落ちた。
「ヒビ割れた貴様ニッこれより何を語れると言う〜ッッ!!」
激憤するシャルルの豪快なる一撃が、クレイスの頭を叩き割ろうとした刹那――
「貴様こそ友をなんと心得る……」
「ふぅあ〜〜ッ!?!!」
クレイスを守護する様にして、その身を呈して丸形の盾を円形に構えたグラディエーターの群れがシャルルの杖を止めていた――!!
「“信頼”とは、“友”とは何か!! 甘えた貴様の思想に刻み込んでやる――ッ!!」
“個”では無く“集”での強さを追い求めた彼等の赤き眼光が、憤慨するシャルルを竦み上がらせた――




