第402話 真に相手取るべき敵
「ぅう……ぅうう〜私の足が、私のガラスの体が〜ッ……ぁぁあ〜〜ッ!!」
つい先程まで現れていた厳粛な自我が消え去り、シャルルは一人残された“球”の中で四つん這いになって落涙する。
「ぁぁ〜っ下賤に砕かれる〜私のこの体が〜ぁぁ〜っ……もう駄目だ、ぁぁあー私が何をしたぁ〜、私が〜お前達に何を〜」
老王の震えた口元が繰り返すは、偽りの無い魂の叫びであった。
「何故私を殺したいのだ〜お前達は何故〜……っ 私が狂っているからか〜……人とは違うからか〜、それでお前達は私を抹殺しようというのか〜……ぁぁ、ぁぁ〜〜私はただ、友と静かに暮らしたいだけであったのだ〜!」
「シャルル……」
悲痛なる大王の声に、クリッソンは何を思うか――
腕を組んで片眼鏡を輝かせるだけの参謀からは、何の感情も客観的には汲み取れ無かった。
一時後退し、残る騎士達を頬張りながら肉を再生したフロンスが、背後で肉をパンプアップし始めた仲間へと声を投じていった――
「クレイスさん、もう一度大地を揺らして下さい! 今のシャルルさんには不可避です!」
「応よ――ッ『激震』!!」
クレイスの手元に現れた巨大なる朱槍。彼が獲物を握った腕を振り上げる度、グラディエーター達の咆哮が地を踏み鳴らす――!
そうして超大なる槍となった脅威を、飛び上がったクレイスは深く深く地へと刺し込んだ!
「終わりだ狂った大王めがッ!! 我等ロチアートの前にッ為す術もなく死に絶えろ!!」
――途端に起こった大地の震撼は、先程までよりもずっと強大な――グラディエーター達の“人間への憎悪”を一挙に纏め上げた怨念の一撃である。
ひび割れる大地にひしゃげる教会、そして何よりも、誰もがそこに立っていられない程の強烈なる震度が足場を揺らす。
――その場に立ち並ぶは、人間への復讐の為に肉を鍛え上げたグラディエーターの群れのみ。
「うわぁぁあ〜〜!! ぁぁあ〜〜! 割れるっ割れる〜〜!!」
驚愕とし、ボトリと落ちてしまいそうな位に目をひん剥いたシャルル。頭の王冠はカランと落ちて割れ砕け、わなわなと揺れる口元からは涙と涎が混然一体となって溢れ落ちる。
「たすけっ……タスケテェ! クリッソン〜〜! クリッソン〜〜ッ!!」
「……むぅ…………」
「ワレルっ!! 砕け、砕けぇ〜〜ッ!!?!」
未だ確信の掴めぬ『嘘つき』の能力によって、半透明となったクリッソンには何の影響も及ぼせていない……しかし、彼の視線の先では、みるみるとその全身に走る亀裂を大きくしていく友の姿が映っている。
「クリッソン! クリッソン〜〜『修繕』を!! 砕け散ってしまう前に〜ッ!! 私を助けてぇ〜!! クリッソン〜ッ」
「このままでは本当に全壊しそうであるな……チッ、やるしか無いか」
一度目尻をピクつかせたクリッソンは、これまで頑なに誤魔化し続けて来たシャルルへの『修繕』を試みた。
「そこを動くなよシャルル、一歩もだ――『修繕』」
クリッソンの手元で起こった黄色い発光――するとシャルルの身が光りに包まれ、砕け去ったガラスの体がみるみると再生していった。
「そんな、やっぱりクリッソンはシャルルを直せるんだ!」
「必死になって砕いたガラスも奴に再生されるなら、もう俺達に勝機なんて……」
狂気の老王の復活に驚愕とするロチアート達……しかしフロンスは一人、その姿を深く観察する様にしていた。
「これまで躊躇っていた『修繕』を施しますか……はて、どうなるのでしょうか」
――包まれた黄色い光の内部にて、シャルルが砕け去っていた筈の足でそこに立ち上がるシルエットが見える……
歯噛みしたクレイスは大王へと鋭い視線を投げた。
「おのれ、やはりあのハゲチャビンはシャルルを再生出来るか……今迄何故勿体ぶっていたのかは知らんが、こうなるとやはりあの参謀を……っ」
――苦境を悟ったクレイス達であったが、光よりいでた大王の姿に彼等は眉をしかめる事となっていた。
「ん……? ぅあぅ〜、クリッソン〜何故足しか直さないのだ〜何故〜」
「……」
「こぼれ落ちた私の指が〜、今にも崩れ落ちそうな私の腹がまだ〜〜……直っていない〜このままでは駄目だ〜クリッソン〜早く私の体を〜」
何故だか局部的にしかシャルルの体を直さなかったクリッソン。
バツの悪そうな表情になった彼は次に深い鼻息を吐いてから、その黄ばんだ歯を鬱陶しそうに見せていった。
「それで事足りるだろうシャルル」
「はぁ〜〜……??」
「必要とあらばまた『修繕』をかけてやる……黙って敵を殲滅しろ」
「ぅううあ〜何故ぇ……なぜその様な方法でぇ〜」
眉根を下げたシャルルが懇願する様にクリッソンを見下ろすと、そっぽを向いた小さき老人はこう吐き捨てた。
「黙れシャルル! 私には私の考えがあるのだ!」
「ぁぁあ〜……だが、どうして〜」
火の付いた参謀による辛辣なる罵倒が、主君である筈のシャルルを過激に責め立てる。
「良いから私の言う通りにしていれば良いのだッ! 頭の回らぬお前に代わって何時だって考えを巡らせて来たのはこの私だ!」
「ぁぁ……怒らないでくれ〜……」
「お前の思考などクソの役にもたたん!」
「ぅうう〜〜……」
「なにせネジの外れたその頭なんぞは狂っておるのだからな! お前は無駄な事など考えず、私の言葉だけを聞いておれば良いのだ!」
「……わかった〜どうか私を許してくれクリッソン〜……私はお前を信じている〜この世界で〜お前だけを〜」
「ふん!」
シャルルの真っ当な疑問に対し、理不尽にも顔を真っ赤にして逆ギレしたクリッソン。酷く恐縮して友の機嫌を窺う様にした大王は、極度に縮こまりながらフロンス達の方へと向き直っていった。
「何か制限が、いや制約があるのでしょうか……いずれにしてもこのままシャルルさんの相手をしていても、折角砕いたガラスの体を『修繕』で直されてしまい、そうこうしている内に『硝子世界』の“球”が教会を飲み込んでしまう」
ガラス片の混じる突風に身を刻まれるままに顎に手をやったフロンスは、赤いロチアートの眼光をシャルルから“嘘つき”へと移していった。
「彼の吐く嘘は嘘では無い……何処までが本当で何が嘘か。残されたこの僅かな時間で、早急にこの謎の打開策を講じなければ……私達に勝機はありません」
この急場にて真に相手取るべき敵を見定めたフロンスは、無意識に噛んだ親指をガリリと噛み砕いた。




