第401話 清廉たる王の気質
シャルルへと組み付いた肉の異形に、激しく振動する大地。
「ぁぁあ!! ぁぁ、ぁあ、あぁ……――私に触れるな家畜めがぁぁあ!!!」
「また本性が出て来ましたね」
やはり現れる“親愛王”の相。咄嗟に袖より落としていた鉄棒の二本で、シャルルはフロンスの繰り出した肘鉄を頭上に受けていた。
「ぐぁ――ッ!!」
「おや、これは好機」
先程亀裂の入ったシャルルの片膝が、大地の鳴動に揺すられ砕き割れるのをフロンスは目撃する。
「しかし、鉄棒を受ける私の腕も……」
ようやくと揺れ動くのを止めた大地。するとやがて、鍔迫合っていたフロンスの肘が砕けた――
「ァァァアッ! 私を舐め腐るのも大概にしろォ!!」
「まだ足りないか……ぅっ!」
その瞬間に息を吹き返したシャルルは、恐ろしい眼光を滾らせて極太の腕を一閃する。あっと言う間に崩壊した自らの腕に、フロンスは苦虫を噛み潰して後方へと跳躍しようとした――
「次は逃さんと言ったァァァ!!」
「なんと……ガラスの壁ですか?」
“球”より出ようと飛び上がったフロンスの背が、何時の間にやら中空で押し固められていたガラスの塊に止められている。
「『硝子細工』ッ!!」
「まだこんな秘技を……」
手近に落とした金色の杖を中空で振るうシャルル。その動きに合わせ、球の中を吹き荒れる生命の残滓が自由自在と変化しながらフロンスを包囲している。
「木っ端に変えてやるッ!! この大王自らの手でぇえ!!」
狂乱したシャルルへと滑り込んでいく様に、フロンスの身は彼の頭上へと落下していった。そこでは既に、片膝を着いたままのシャルルがメキメキと金色の杖を引き絞っている。
「っ……先程クレイスさんの盾を破壊した構えじゃないですか、嫌だなぁもう」
「さぁ銀へ!! ガラスの欠片へ変えてやろう!」
軽口を叩きながらも、内心冷え冷えとしていたフロンス。魔力源となる人間がみるみると消え去っていくこの状況で、次に粉々にされれば再生の間に合う保証が無い。
――というより……
「大逆人よ!! イマ貴様を粉々に砕き、二度とは蘇れぬ程の粉塵としてやろうッ!!」
――恐らくは、鬼気迫ったこの老王がそれを許さない。それを分かりきって尚、フロンスは重力に任せて落下していくしか無かった。
「…………ハ!」
――しかしそこで、シャルルの眼球がハッと見開いた。何かと思いきや、彼は格好の的となったフロンスより視線を外し、苦悶しきった表情で左方へと向き直った。
「――ッッ『反骨の槍』ィイイイ――!!」
「クレイスさん!」
「おのれ、次から次へと虫ケラがぁあ!!」
片膝を着いたままのシャルルの元へ、風を切って飛来した超大なる朱色の槍――それは“球”へと立ち入った瞬間に即座にガラスへと変わるが、勢いはそのままに巨大なガラスの塊となってシャルルに迫る――
「この一撃ならば、手負いのシャルルさんを……!」
絶妙なタイミングでの強襲に、頬を緩めたフロンスはそう呟いた。
――だが“親愛王”としてのシャルルの自力が、彼等の想像を遥かに凌駕していた事をその時に知る。
「――ガァあァァアアアアッッ!!」
「え……嘘でしょう」
激しい歯軋りと共に奮激する余り、白目を剥いたシャルル。そして彼は次にピタリと制止した構えより、渾身の一撃をクレイスの朱色へと打ち放っていた――!!
「晴心の棍――『枯柳』!!!」
「ぁ…………」
破裂する様に一気に飛び散った銀の塊。降りしきる煌めきの中でフロンスの垣間見るは、更にと精悍に変貌した王の姿であった。
「……!」
この勇姿がかつてのシャルルのものであった事を思えば、フロンスは極寒まで肝を冷やす他が無かった。
「これが、シャルル6世……」
それ程までに……そこに輝く勇敢と、強き心に灯った純然たる力は――常人を超越していた。
「可哀想に、貴方は狂わされたのですよ」
清廉たる王の気質とオーラを前に、怖気づきそうな口振りでフロンスはこう残しながら、地を飛び上がっていった。
「気付いていますか? 貴方の信頼する唯一の友に……ですよ」




