第400話 「私のパンツ、見たんですか?」
光の御旗を手にしたジャンヌの元へと、シャルルの展開する“球”を飛び越えた一人の男が飛来して来た。
「おや?」
「ゥゥおおおおおッ!! とっとと死んで欲しいっす!!」
緑色の風を纏った小柄な剣闘士が、宙を何回転もしながら踊る様に双剣を振り下ろした――
「――避けるなッス!」
「そう言われましても……」
光の旗を持ったままヒョイとポックを躱したジャンヌ。強い風圧に押されて地にめり込んだポックであったが、鋭い眼光で振り返って力を込める――
「『緑旋風――舞』!!」
緩やかに纏った風に押され、ポックの身が、その剣戟が風圧に乗ってジャンヌを襲う――
「ダンスを嗜むのですか? いひひひ、ロチアートなのに?」
「いつまで涼しい顔してるッスか!」
地を蹴って宙で踊り、軌道の見えぬポックの乱舞――だが風を切って迫る驚異の双剣は、後方へと下がりながら機敏に動くジャンヌには当たらない。
「あら……?」
「『緑旋風――乱』!!」
しかし次の瞬間、ポックの身より風の乱気流が噴き出してジャンヌの体をすくい上げていた。
「まぁ〜」
動揺しているのか何なのかは不明だが、ジャンヌはケタケタと笑って、中空に投げ出された体に抗いもしていない。
「流石に空中じゃあ動けないっスよねぇ!! 『緑旋風――斬』!!」
「貴方、なかなかに――」
切り払われた双剣の先で巻き上がった緑の旋風――それは即座に肥大していきながら、やがては巨大な竜巻となってジャンヌを飲み込んでいった。
「やっぱりお前、戦闘要員じゃないっすね! そのまま俺の風でズタズタに切り刻まれるっス!」
呆気なく猛威に飲み込まれたジャンヌに、クリッソンはややばかり驚いて目を剥いていた。
――だがそんな気苦労など、ただの杞憂であったと彼はすぐに知る事になった。
「余裕ぶってるからっすよ! グラディエーターを舐めるからっス!!」
「剣闘士……なるほど、貴方もホドの奴隷騎士だったのですね」
「こ、声?! どこから――」
次の瞬間、怒涛と巻き上がっていた緑の風巻が、光の御旗に切り払われる形で晴れ渡った――
巨大な光の御旗を横に振るい、スカートを舞い上げながら宙より着地したジャンヌ……そんな少女を認めたポックはわなわなと震えながら何か声を投じようとした――
「なんで、俺の『緑旋――」
「――――見ました……?」
「…………は」
被せる様に言い放ちながら上目遣いにポックを観察する少女は、深い動揺を刻んだグラディエーターを差し置きながら、何とも喜怒哀楽の判断の付かぬ面相をして妙な事を口走る。
「見ました……? 私のパンツ」
「……へ…………」
時が止まった様に静止したポックへと、ジャンヌは御旗を立ち上げながら飄々と続ける。
「別に構わないですけどね」
「な、なな……何をっ! お前はこんな時に何を言ってるッスか!」
命のやり取りをしている真剣勝負の場にて、余りにも場違いな口調……激情を刻んだポックが双剣を振り上げる――
「『緑旋風――双牙』!!」
同時に振り下ろされた双剣より、風の刃が弧を描く様にしてジャンヌの両脇へ迫っていく――
その最中、ポックは妙にザワついた胸の理由に気が付いていた。
――俺の風に巻き込まれたのに、なんで傷が一つも付いてないッスか?
左右より迫った風の斬撃が、御旗を握ったままのジャンヌへと炸裂する――
「っ――なん、で……っ?!」
そこに佇んだ乙女の柔肌は、みずみずしさと光沢とを兼ね備えたまま、それまでとなんら変わりない様にして輝いていたのである。
神に愛された少女は愛らしく微笑む。輝かしいまでの銀の風に飲まれるままに――
「私が愛されているから」
ガラス荒ぶ銀の風がポックの身を切り刻んでいく……だが目前の少女は、その身に宿した“神聖”を僅かにもくすぶらせる事も無く、照り輝いたその身でそこに存在し続けていた。
「ガラス片が、俺の風が……アイツを避けた?」
――ポックの推察に根拠などは無い。だが、時に彼の直感は……
物事の本質を捉える。
「何なんすか……それも奇跡だって言うんすか」
「奇跡……そう、神に愛されたが故の私の日常。例えそれが、如何程に貴方達の観測からあり得なかったとしても」
緊張感を高めて鼻息を荒くしたポック。そんな彼の背後より、ガラスの鋭利の結晶が迫っていた――
「ううわぁあッ!! あぶな、後ろからなんて卑怯ッスよ!!」
「黙れ〜〜!! 小癪なのはキサマだ〜!! この逆徒め〜〜ッ!」
シャルルによって放たれていた『硝子の槍』を直前で避けたポック。彼は掠めた頬に裂傷を刻みながら、ジャンヌを守らんと前進してくる老王を睨んだ。
「『硝子の槍』〜〜ッッ!!」
球外に巨大な硝子の槍を創造したシャルルが、その切っ先をポックへと向け始める。
「ヤーバイっすよそれは……」
前方からは、ジャンヌが薄い笑みをしながら御旗の穂先をポックへと向けている。
「――――だけど……」
窮地に陥った筈のポックであったが、彼はそこでニヤリと笑い、そこで矛を構えていると確信する友の名を叫んだ。
「クレイスゥゥッッ!!」
それに呼応する、野太い男の声と――地鳴り。
「『激震』――ッッ!!!」
クレイスによって地に突き立てられた巨大な『反骨の槍』。それと同時に大地は震撼し、シャルルの体を激しく揺さぶり始めた――
「ひィ!! ぃああああ〜!! 地震、地震だ〜割れる、割れてしまう〜〜ッッ!!」
シャルルの創造したクリスタルの槍が瓦解すると同時に――
「ハァッ――?!!」
狼狽した老王の目前に、ガラスに変じた体に構わず突撃して来たフロンスの巨体があった。
「貴方の相手は私達ですよ……狂った大王様」
「ぅうううあぁ〜〜ッ!! 離れろ下郎ぅうう〜〜!!」




