第395話 ひび割れたガラス
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「っ……おのれ悍ましき野蛮めが!!」
もう何度目となるだろうか……
シャルル6世の放つ精悍なる声音が、ガラスを砕き割る物音と共に幾度も繰り返され続けている――
「何度やっても同じである――ッ!!」
クリスタルの降りしきる景観の中で、大王の伸びっぱなしになった長き巻き毛は揺れ、頭の上で王冠が踊る。
「いいえ、この拮抗には必ず終焉が訪れる」
シャルルによって振り放たれた金色の鉄棒でガラス細工の下半身を無惨に砕かれたフロンスは、表情も変えずに地に手を付いて“球”の外へと這い出し……
「今は貴方が優勢でも、いずれ風はこちらに吹き込みます」
――膨大な魔力を消費しながら欠損した体躯を再生していく。
シャルルの“球”を這い出すと同時にフロンスのガラスの身は見るも無惨な肉塊へと戻ったが、彼は“食肉の悪魔”として覚醒した際の能力――「死生愛想」によってその身に取り込んだサハトの『超再生』でみるみると肉芽を形成していった。
「フッフ……そうですねぇサハト」
冷徹にも見える微笑みで自らの胸を見下ろしたフロンスは、その片手間に周囲より逃げ惑い始めた人間の一人を捕らえ……
「痛ッイタぁ?! ヤメロ、やめ、この家畜喰わないで、おおお、オレヲ喰ワナッ――づァァァっ?!!」
――口角の裂けた大口で腕より喰らい、消費した魔力の再生に努める。
「やァァァあ?! イタイ、痛い痛いイタイイタイアァァああ!!!!?」
最早彼の悲鳴など微塵も聞こえていないのかと思う程に、フロンスは冷たい目をして黙々と肉を咀嚼していった。
「うぅあ……わぁぁあ!!」
「ば化物!! お、俺達はどちらに付けは良いのだ、このまま、このままじゃ……ぅぁぁ」
青褪めた騎士達は愕然とその光景を見つめ、その揺れる眼は今更ながらにロチアートの側についた事に後悔を示している様であった。
「ロチアートなんか、家畜なんかに喰われてたまるか……!」
「で、でも――あれ……」
「ヒッ――!」
振り返った騎士達が認めたのは、背後にて巻き起こる“生命のガラス吹雪”――
シャルルの歩みに合わせて移動する“球”に巻き込まれた人間達が、その命をいとも容易く砕かれながら空へと巻き上げられていく。
「ぁあ…………ぁぁ、…………ぁ」
“圧巻”と形容するしか無い程に一挙に屠り去られていく生命に、残された騎士の群れはもう膝を落とすしか無かった。
「ひび割れたガラスは瓦解するだけ……」
肉を喰らい尽くしたフロンスが、自らの胸へと囁やきかけながらシャルルを見上げていった。
「ぅ…………っ」
「そう思いませんか……シャルルさん?」
突如として声を上げたシャルル。腹部に入った亀裂が更にと広がり、ピキリとそのヒビを大きくしていった。
「ひっ……ァァァ゛〜〜?!!! うわ〜〜!! うわ〜〜割れる〜ッ! 木っ端にされるぅ〜ぁぁうぁぅう〜〜ッ?!!」
捨て身覚悟に幾度も繰り返され続けたフロンスの肉弾……脳のリミッターを解除する『狂魂』を自らへと施し、常軌を逸したパワーで折り重ねられた衝撃は“親愛王”ですらがいなし切れていない様である。
「直せ〜〜っ!! 直してクリッソン〜〜!!」
「っ………」
喚く大王の無様な姿に、爪を噛んで黙したクリッソン。彼はシャルルによって展開された“球”の銀景色に滞在しながら、その身を半透明にして何の影響も受けていない。
だがその表情は苦悶し始める。
「それではいきますよ……偉大なる大王の招待にあずかったのですから。何度でも……ね」
「おのれ〜〜〜!! おのれ〜下賤め〜!! ぅぁ〜来るなぁ〜〜!!」
――そう弱気に頭を抱え込みながらも、いざフロンスが接近すると鬼気迫った表情へと豹変していったシャルル。
「次は逃さんぞこの家畜がっ!」
彼は袖より落とした鉄棒の二本を両手に握り、“球”を激しく出入りしながら突撃を繰り返す肉の塊を迎撃する――
「なんという事だ……奴等がこれ程までに強引な策略を取るとは」
ガジガジと爪を噛み始めた小さき参謀は、その禿頭に銀景色を反射したまま苦い顔付きを始めていた。
「知略派かと思えばなんと大胆な策よ……しかし――」
反射するクリッソンの片眼鏡に、シャルルのガラスの身が徐々にと割れ始めた光景が映り込む――
「このままではシャルルの体力が先に尽きるか……」
――戦闘能力としては俄然シャルルが勝っている。しかし幾度も繰り返される突撃の中で、フロンスはただの一撃でも入れれば良いのだ。




