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【悪逆の翼】  作者: 渦目のらりく
第三十七章 終の別れは無念では無く、野望の為に
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第379話 人でなしの見る“最期の悪夢”*挿絵あり


「なんだ!? 確かに奴の生命活動は止まって――!!」


 突如として現れた暗黒の大門を見上げながら、ジル・ド・レは訳が分からないといった風に目を瞬いた。

 ――不可思議なる事に、奇怪なその門から受ける印象は虚無に等しい。


「だが、奴の口は確かに開いて言語を――っ」


 冷や汗を垂らしたジル・ド・レが、暗黒の門に対して過剰なまでの警戒を示している。

 そこより立ち上るオーラや気は、先程述べた様に何も、僅かにも感じられず、ただそこに無機物が立ち現れたかの如き印象を残す。


「ハッ……ハッ……は――!」


 しかし異形となった捻れの怪物は、()()に全身全霊の注意を払っていた。周りの一切合切が気にも止まらない程に、百戦錬磨の名将の前に今――“最悪”といって差し支えない程の予感が巻き起こっているのだ。


「ふざけるな……死んだ虫ケラが、何故現世に飛翔する!」


 臓物冷え渡る確かな予感に気圧されながら、ジル・ド・レは残る魔力の全てが枯渇するまで“捻れ”の波動を練り上げていた――


 ――――ギィ


 そう音を立てて門は静かに開いた。ボタボタと垂れる汗がジル・ド・レの視界を遮ろうとするが、彼は瞬きを忘れたまま血走った視線をそこに注ぎ続けていた。


『あーぁ……死んじまった』

「おま――オマエ!?」


 ――そこより歩み出て来た“黒きもや”に囲まれたシクス。彼は貫いた左の眼窩を空洞にしたまま、ただ灯る右の目でジル・ド・レを見下ろした――


「なんで……ナニっっ……が!?」

『テメェがあざ笑った……()()()()の底力だよ、オカッパ』


 シクスは不鮮明なる黒に纏われながら、その口元も動かさずに言葉を放つ。奇怪な事に、そこに開いた冥府への門より、彼の言葉が這い出してくるかの様であった。


「キサ……きさ、キサキサキサっ……キサマ!!」


 ジル・ド・レは目前に現れた男よりまだ何の感覚も受け取れずにいる。まるで無限に続く虚空を認めているかの様でさえあって、底の知れぬ未知に酷く動揺を示す他が無い。


「生きて……イルのか? 貴様はまだ、そこで――!?」


 妙な表現ではあるが、それがジル・ド・レに得たいの知れぬ恐怖を与えていた。

 ――その男より感じる気が()()()()。空っぽの抜け殻を見つめている様で、強いて言うなら――“何も感じない”という事を感じる。


()()()()()……自分の頭にズップリとダガーを刺し込んだ……お前も見てただろ?』

「ぁ……ぅっ……ぁぅ――ウウッ『捻れ(ツイスト)』!!」


 ――冷え切った怖気に支配されかけたジル・ド・レが、シクスの存在を大気毎に捻じ曲げていった。涙を溜めたセイルがシクスの名を叫ぶ――


「シクス!」


『テメェにも曲げられねぇモノが一つある……』

「ハ……何故、確かに私の“捻れ”に――ぁ、ぁぁあ!!」


 事も無げに、沈んだ目をして歪みより歩み出て来たシクス。練り上げた魔力に血を噴き上げたジル・ド・レが、全開の魔力をそこに流し込んでいった――


「『渦巻き(スパイラル)』――!!!」


 ジル・ド・レを中心に再びに大気の渦が発生する。周囲の全てを飲み込んだまま景観も音も歪んで風が吸い込まれる――


「ぁ――――?」


 ジル・ド・レ渾身の大技であったが、彼は逆巻いた渦巻きより這い出て来た、黒いもやの姿を目撃した。


「な…………ん……??」

『もう関係ねぇんだよ、俺には何も……』


 まるで存在する次元が違うとでもいった具合に、『死門(しもん)』より現れたシクスにはもう、現世の全ての現象は()()()だった。続けて放たれた斬撃も、彼の体をすり抜けていく。


「ぁ…………ヒ、ぃいい!!?」

『俺は今、絶対不可侵の()()と同化している』

「概…………念? どういう――?!」


 腰を抜かしたジル・ド・レが、何の抑揚も無い目をしたシクスを目前に見上げる――


 ――冷たい目をしたシクスは語る。徐々に徐々にと、積年した怨恨をその顔に剥き出していきながら!


『冥府に触れた俺は今……“死”という概念と同義なんだからよ』

()……っがいね――?? ハ……」

『ミハイルに使うつもりのとっておきだったが……こうなっちゃ仕方がねぇ』


 “死”をも取り込み、“死”と同化した悪夢が、居るべきで無い次元に……ほんの一時のみ滞在していた。

 シクスより垂れ流れた暗黒が、眼下で泣き喚く捻れの異形を包み込む――


死の夢(ナイトメア)――――』


 ――ジル・ド・レは“死の夢”を見る……そこでの己はひたすらに無力で、ただ自らの産み出した怪物が自己を蹂躪(じゅうりん)していく悪夢だけが、延々、延々と何時までも続いて――



「ヒ……ひぁぁあっ……ヒァ!! ヒァァァァアア!!! ワァァァアア!!」





 ――――醒めない……。



「ヒぃギャァァア――っぅあぁ……アアァアアァアア!!! アアァァアアアァァア!! ッいァァいああ、……嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ァあぁああ――――!!」


 音の歪む渦の中でも、門より上がってくるシクスの声は明瞭にジル・ド・レの耳に響き込んだ。


『俺も成れたかなぁ……一人の()()()()()()


 清々しい面相となって、天を仰いだシクス――


『兄貴……』


 そして次に、涙ながらに拳を握りしめたセイルへと彼は視界を下ろし――


『嬢ちゃん……』


 ――――()()()……





『ダイスキだぜ……みんな』



 声も無くシクスへと手を伸ばしたセイル――


 だがそこで、全身を強く捻じり上げた男が、悪夢を振り払って立ち上がった――


「こんな夢!! コんナ幻想にッワタシの決意がッ!! ジャンヌへの忠誠がぁあ――!!」


 また乱心し始めた怪物に、シクスは冷ややかな視線を送った――


「ぅ……!! ひ…………ぃ!」


 その恐ろしい赤目の眼光に竦まされたジル・ド・レが、音を立てて強く開け放たれた暗黒の大門に気付いた――


燐火葬送(りんかそうそう)


 胸の前にパンと手を合わせ、嬉しそうに舌を突き出したシクスが、カタカタと声も無く――嗤っていた。


「ハァァ――っ!! ナン、ナンダコレは!!!?」


 ジル・ド・レを掴んだのは、暗黒の門より伸びて来た()()()()()()であった――


「冷た――離せ……ハナッッ!! ヤメ!!」

『お前にいたぶられた怨霊達が、コッチに来いって言ってるぜ?』

「子どもっ……ぁ! 手!? なにゆえワタしを、ドウして――!!?」


 すぐにはシクスの言う言葉を理解出来なかったジル・ド・レであったが――


 ――――(こっち…………)


「…………ッ!!!」


 その腕を伸ばし、奈落の門より顔を突き出した、蒼白い子ども達の顔。


「ハぅ…………ッ!!」


 ――かつて残酷に殺して(にえ)とした……見覚えのある数百の顔が、恐ろしい面相でジル・ド・レを見ていた。


「やめ――!! 許して、ユル、ユルシテクレッッ! あれは、ジャンヌ復活のタメに、祖国の為ニ必要ナ――!!」


 冥府より覗く子ども達の眼光、怨嗟が――


 ――(つかんだ……)

 ――(つかまえた……)

 ――(やっと……)

 ――(いためつけて……)

 ――(ぼくたちがされたみたいに……)

 ――(なんども……)

 ――(あそぶんだ……)

 ――(しなないから……)

 ――(しねないから……)

 ――(なんどだって……)

 ――(いつまでだって……)

 ――(ないても……)

 ――(さけんでも……)










 ――――(()()()()()




 そしてジル・ド・レは、数百の手によって冥府へと引きずり込まれていった。


「ウワァァァァああ!!!! ァァァアアアジャンヌ!! ジャンヌよぉおおおお!!!!! アアアァァァアアアぁぁぁ……ぁぁぁぁぁ…………ぁぁ……ぁ…………――」


 シクスに知覚出来たのは、深い暗黒へと落ちていきながら、まるで雑巾でも絞り上げるかの様に過剰に捻れ、最期の断末魔と共に血の火花を上げた異形の結末であった。


 宿敵の甘美な悲鳴に口角を上げたシクスが、過ぎ去った嵐の終わりに一人佇んだ。


『あぁ……愉しかったな』


 何時の間にやら晴れ渡っていた光明が、シクスの身を照らし出して……

 黒きもやと共に浄化され始めた――


「シクス待ってよシクス!! 死なないでよ、勝手に逝かないでよ!」

『嬢ちゃん……』

「言ったじゃない! 鴉紋が死ぬなって! 皆が、私達が笑い会える世界を創るって! なのに、なのに死んじゃうなんて許さな……っ……許さ……な……ぅ!」


 足下より浄化され、その妖気を暗黒の門へと吸い上げられていくシクス――

 振り返りもしないそんな彼の背中を眺めて、セイルは嗚咽と共に泣いていた。


『なぁ……嬢ちゃん』

「え…………?」


 光に照らされ、振り返ったシクスの右目だけが覗き、そこに微笑んだ――


『叶えろよ……ガキ共が、笑っていられる世界……』

「シク――――っ!!」

『なぁ、絶対だぜ? ……やくそ――――』


 シクスの優しい声は、途中で切れて最後まで語られなかった……


 やがて…………


 貧民街を駆けたかつてのならず者は――

 何者でも無かった、仲間思いの“人でなし”は――


 “一人のロチアートと成って”――――


 光に照らされながら、清々しいまでの笑みで没した……。

挿絵(By みてみん)

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↑の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けると意欲が湧きます。 続々とスピンオフ、続編展開中。 シリーズ化していますのでチェック宜しくお願い致します。 ブクマ、評価、レビュー、感想等お気軽に
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