第341話 古の戦法、取り残された黒の騎士
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ふるさとを無秩序に焼き討ちされていく光景を追い、騎士達は勾配となった坂道を駆け上がる。何処もかしこも赤い炎が渦を巻いていて息苦しい。
「よくもエドワード!」
「ロチアート共が俺達の都を!」
エドワードの決行する騎行によってまんまと怒りを焚き付けられた騎士達であったが、とある坂の中腹、左右に燃え上がる民家より煤の舞い飛ぶ景観にて、ラ・イルによって進軍を止められていた。
「待て!」
「ですがラ・イル様、早く奴等に追い付かねば都の被害が!」
メラメラと火に巻かれ始めたその場に置いて、1000の騎士は玉のような汗を垂らしながらラ・イルを見つめる。
「気付かぬのか……ここよりややばかり登った地点に、不自然に炎の上がっていない地帯がある」
「まさかそこで敵兵が待ち構えていると? ですが、それならば尚更誘われるまま立ち入るのは無謀なのでは?」
体毛の生え揃った瞼をゆっくりと閉じたラ・イルは、覚悟を決める様に彼等に告げていった。
「ならば……他に何処に向かうのというのか?」
「――っ! 退路が!」
振り返ると民家が倒壊して道を遮断し、火の手がごうごうと騎士達を追い立てている。最早逃げ場など無く、酸素を求めて上を目指すしか無い様であった。
すると野獣となった鼻をクンと動かしたザントライユが目を細める。
「我等の鼻には分かる。硝酸に入り混じり、奴の肌に……いや骨の髄にまで染み込んだエドワードの血の匂いが」
「……!」
「横陣で突貫する。地形を取られている以上強引にいくしかあるまい」
簡易に隊列を組んだ騎士達が、ラ・イルとザントライユを後方にしたまま傾斜を上がっていく。緊迫した空気が張り詰め、焦げ臭い香りが兜の中を満たしている。
「匂う、匂うぞザントライユ」
「ああ、ヒドく臭い。これは戦場で時折嗅いだ非道の匂いに違いない」
熱で木の裂けるパチパチという物音を後にしていくと、やがて彼等は炎の煙より這い出した。
そしてラ・イルとザントライユの獣の眼光が光る。
「エドワード……!」
「やはりこの陣か……!」
「遅かったなウジ虫共……炎に焼かれてプチプチと潰れたのかと思っていた」
騎士達が見るは――坂の上に隊列した約500のロチアートと魔物の群れ。やや開けた岩場の左手には切り立った岩肌、そして右手は断崖絶壁となっていた。
その陣形戦術に嫌というほど見覚えのあったラ・イルとザントライユは、イングランド軍が得意としていた脅威の隊列に歯噛みしていく。
「モード・アングレ……忌々しいイングランドの陣である……なぁザントライユ!」
「おお鬱陶しい、何度辛酸をなめさせられた事か……ダプリン戦術。自軍の数倍もの大群を打ち破り、常勝を謳った因縁の陣である!」
重い鎧に身を包んだ重装歩兵を正面に配置し、その左右には楔型に突き出したロングボウ兵が狙いを澄ましている。弓隊の前には何やら杭がありったけに打ち込まれており、容易に踏み込めなくなっている。それだけで無く、敵兵との間を割る様にして無数の落とし穴や足場を悪くする段差……恐らくは起爆式の火薬なども仕込まれた危険地帯が隊列の前に広がっていた。
「醜いな……ケダモノの様になって、私を笑わせるつもりか?」
堂々たる態度で黒馬に騎乗する漆黒の騎士。常勝無敗の陣形を組み上げたエドワードであったが、彼の耳には不敵な笑みが届いていた。
「バアッハッハ……」
「ナァッハッハ……」
――しかしである。ここはつい先日までエドワードの生きていた中世ヨーロッパの時代とは違う。かつて最強を誇ったこの戦術も、技も武具も洗練されたこの時代に置いては――
「「古典戦術が……ッ!!」」
――まるで恐れるには足らない、馬鹿げた作戦でしか無かった。




