第335話 人間共の駆逐
グズグズになっている敵の統制を見るや好機と踏んだロチアート達は、広大な教会に籠城した1000の騎士達へと容赦も無く襲い掛かった。
「お二人の喧嘩を止めさせろ!」
「シャルル様! クリッソン様でも良い、指揮を!」
津波の様に押し寄せて来た赤目の群れが、逃げ場も残されていない騎士達へと剣を突き立てる。魔物は彼等に飛び掛かり、空より奇襲を加えていく。
「あああ美味しい!!」
人間達の阿鼻叫喚と共に一方的な蹂躪が始まると、フロンスは人間達の群れに飛び込んでいって一人の男の首筋へと喰らいついていた。
「魔力が貯まっていきます……ぁぁ、でも足り無い、まだ足り無い」
「このっなんなんだこのロチアートは! いくら切り裂いても再生していくぞ!」
「化物だ、化物っ!!」
敵の密集する最中に置いて食事を始めてしまった“食肉の悪魔”――フロンスは、その全身を四方八方より切り付けられながらも、口内に広がる美味なる肉汁にヘラヘラと笑い出した。
「貴方達がそうやって切り付けるから、余計にお腹が空いていくんですよ……アァーーん」
「ぴぎぃいいぁ?! 腕、俺の腕を喰って、タ、タスケッ!!」
「おっといけない……」
斬り掛かって来た騎士の首を掴んで、頬の裂けた大口で腕を丸呑みしていたフロンスは、はたと我に返って肉を咀嚼するのを止める。
「――ィィィ腕!! 俺の腕がっ??! ァァいでええ!!」
「全部食べては、兵として使えませんからね」
血に塗れた口元で笑ったフロンスは、足元でもがき苦しんでいる片腕の無くなった男の眉間を指で貫いた。
「おそ、……恐ろしい、こわい!」
「なんだよこいつ、なんで俺達を喰って、なんでそんな事出来るんだよぉ!!」
余りに道徳から外れたフロンスの戦い方に、騎士は非難轟々と彼を責め始めた。しかし同時にそれは恐怖の表れでもあり、情け無くその場にへたり込む者や、失禁する者まで居る。
「なんでって――」
背中から貫かれたままになっていた剣を引き抜いたフロンスは、肉を再生しながら曲げた腰を伸ばしていくと、赤目を灯らせニッコリと微笑んだ。
「美味しいからでしょう?」
「ヒィィィアッ化物、ウワァアア!!」
「退避しろ、退避!!」
足下に起こったフロンスの紫色の魔法陣。すると死に絶えていた眉間を貫かれた騎士が立ち上がり、彼の傀儡となって騎士に組み付いていった。
「喰うなよ、なんで俺を、友達だろ、なんで俺の肉をあぁああ!!!」
「ふぅむ……王都の騎士だからどれ程のものかと思えば、大した事もありませんね」
フロンスの左側で、小さなつむじ風が連続して逆巻いている。その風に押し上げられた騎士達の死骸が、次からは次へと空へと舞い飛び始めた。
「――早く死ぬっすよぉ……メンドクサイッスからぁあ!!」
緑色の風を纏ったポックは、小柄な体で風に乗りながら、両手に持った双剣で踊る様に人間を切り裂いている。
「潰れろ人間共ッ!! 憎っくき人間達めッ!!」
頭上に巨大な半透明の甲羅を現したクレイスが、その岩の様な巨体に筋をビキビキと立てながら咆哮する。
「『反骨の盾』――プレス!!」
「――ウッぎゅぷッ?!」
「潰れ……ァ――!!」
人間達の群れが、強固なる盾に押し潰されて一気に血を拭き上げていった。数十人ともなる人間達のペシャンコの死骸は、ぐちゃぐちゃに押し混ざってそこに赤い肉片と血溜まりを形成する。
「いま人間共をみんな殺しますからッみんなみんなゴミの様に潰しマスッ見ていてクダサイッアモンサマッッ!!!」
最早奇声に近いクレイスの雄叫びが空へと響き渡ると、吹き上がった血の雨がシャルル達の体を濡らし始めた。
「うわ〜クリッソン〜、何だこれは、兵達が虫ケラの様に殺されているぞ〜!」
「だからそうだと言っておる! ようやく話を聞く気になったかシャルル!」
ミハイル像に縋り付きながら、巨大な目玉をボトリと落としそうな程驚愕したシャルルは、ようやくと平静を取り戻した様子である。




