第329話 捨て駒? それがどうした、俺はココがいいんだッ
「ヘルヴィム……まるであの時のままの相貌だな?」
鴉紋では無く、彼と調和を果たしたルシルの記憶が、彼にそう告げさせた。
血の渦巻きが空に打ち上がるのを合図にして、走り始めた500の魔族と1000の騎士達。
遂に勃発した最終戦争の最中、ヘルヴィムと鴉紋は未だ腕を組んで睨み合っていた。
「ダルフは……?」
憎き怨敵の姿が無い事に気付いた鴉紋は、入り乱れる人波に視線を投げる。
「聖釘――ッ!!」
「……ふん!」
即座に開かれたスータンの懐より二本の釘が投げ放たれたが、鴉紋は眉根も動かさずにそれを拳で叩き落としていた。
「奴等一行はミハイルと共に宮殿に座しているぅぅ……何やら良く分からんがぁ、奴の手駒としては、そこに配置するのが最善手であったのだろう」
「……貴様もまたミハイルの手駒という訳か、小さく纏まったものだな、ヘルヴィム」
「あぁぁ……忌々しいが、俺も、そしてここにいる家族達もまた、駒の一つとしてここに配置されているに違いないぃ……更には貴様の首をここで取れるとも考えてはおらんのだとよぉ、まさに捨て駒、貴様を消耗させるだけのなぁぁ」
「……そこまで分かって、尚も貴様はここで笑っているのか、馬鹿馬鹿しい」
「あぁそうだぁ……だがぁ――」
――弓形にした笑みでニタリと笑んだヘルヴィム。その悍ましい表情に、鴉紋の体に寒気が走っていく。
「ここで殺したって構わねぇと言っていた」
大渦を巻きながら空へと立ち上っていく血の大河の中で、激しい音を立てて回転を続ける紅の車輪。
「ミハイルなど知るかぁ、奴の目が見る運命とやらも然りぃ……誰に横取りされる事も無く貴様を殺れるのは、ココ!! ココ以外にはねぇダロうガッッ!」
目前に打ち流した大河に入り混じり、ヘルヴィムは姿を消して鴉紋の目前に現れていた!
「『威赫流呀』ァァァああッッ!!」
まるでチェーンソーの様なエンジン音を響かせて、猛烈に回転する紅の車輪が鴉紋の頭に振り下ろされていく。
だが鴉紋は、その一撃に向けて手を伸ばす――
「甘えきったこの世界で、貴様の力も弱まっているんだろうヘルヴィム?」
「ぅぬ――――っ?!」
「今の貴様の首をへし折る事など、赤子の手を捻る程に造作も無い事だッ!!」
回転する車輪を掴んで止めていた鴉紋の豪腕。息を呑んだヘルヴィムへと黒き膝が突き上げて、その顎を吹き飛ばさんと狙いを澄ます――
しかし鴉紋の目論見は外れる事となった。
「…………っ?!」
「甘えきってんのは貴様の方だ蛇ぃ……」
あろう事かブチ上げた鴉紋の膝は、ヘルヴィムの固めた両肘に叩き落されていた。
「なんだと……っ」
砕けぬ物などこの世に存在しない程の破壊力を身に付けた鴉紋の膂力。それをあろう事か人間如きに防がれた今、動揺を隠せない。
永く茫漠な刻を消費して練り上げられた代行人の力と技術、そして執念に、鴉紋は一瞬呆気に取られてしまった。
――すると頭上より、鴉紋を見下す声がある……
「我等は常に進化を遂げて来たぁ……貴様を倒す為、貴様を殺す為! 前よりも強く、もっともっととぉおおオオオ!!!」
「――づぁッ!!」
掴まれた大槌より手を離し、溜め込まれた右のフックが鴉紋の頬を打って殴り飛ばした――!
「な……?」
無様に転倒した鴉紋は、目を白黒とさせながら、そろそろとダメージを負った自らの顔に触れる。
一介の人間の繰り出した攻撃に、刃も通さぬ鋼の黒き皮膚が窪み、口からは血が溢れ出して鉄の味を染み渡らせた。
そして見上げるは――堂々たる態度で顎を上げた神父の男。彼の背に逆巻いた血の大河には、連綿と受け継いで来た彼等の意志が宿る!
「その程度かクソ蛇ガァあ! 我等の悲願として来た宿敵はぁあ!! こぉぉんなにも軟弱な男であったというのカァァアア!!!」
凄むヘルヴィムという脅威を見上げ、血を拭った鴉紋が眼光を鋭くしていった。
「人の身でそこまでいけるのか……チッ、ウザってぇ」
そして空に十二の黒翼が逆巻くと、大地に無数の黒雷が降り落ち始めた。
――そして猛る!!
鴉紋もまた、目前のヘルヴィムという人間と同じ程の、いまに血管が破裂せん勢いで!!
「ッウザってぇエエエエエエエエ――ッッ!!!!」
「ハレェエエエルヤァァアアアアア――ッッ!!!」
大地が揺れ、空が歪み、人々が殺し合う――




