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【悪逆の翼】  作者: 渦目のらりく
第三十五章 神に招かれし“転生者たち”
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第322話 新たなる闇の一滴


 平静を取り戻したミハイルは、玉座に直って頬杖を着いて言い放っていった。


「形勢はどちらに傾いているかな、ルシル……」


 悪風に鍔迫り合う人間達の闘志を前に、ミハイルは細い目になって鴉紋を見下ろし始めた……それは酷く侮蔑するかの様で、また同時に、来たる自軍の勝利を確信しているかの様でもあった。

 天に開いた赤黒い豪魔の空の陽光に、黄色く灯るミハイルの“先見の眼”――


「万の軍勢を率いた暴虐の覇王ならば分かるだろう?」


「「「――――――ッ!!」」」


 ミハイルの放ったその瞬間に、禍々しい空が割れて空に白き天輪が現れた。

 そこから垂れる煌めかしい白き陽光が、鴉紋の(おぞ)ましい天輪を押し返しながら自軍の騎士達を照らし出していく。

 ――その瞬間より、更に逆巻き始めた人間達の英気。


「……っ」


 数では明らかに上回っている鴉紋であったが、ミハイルの語る言葉に図星をつかれて歯噛みを始めていた。

 そうしてミハイルは続けていく。天使然として、神に遣わされた使者として、空に現した白き天界に照らし出されながら……

 

「私の目には見えているぞ。甚大な被害を出しつつも、勝利するのは我々人類であると」

()かせ……」


 ジャンヌ・ダルクが旗を振るう。天界より後光を受けて、奇跡の御旗を人類の為に――

 闇を照らす光明を得る人類。

 みるみると白き闘志を強くしていく人間達が、ナイトメアの軍勢を照らし、赤黒い陽射しまでもを照らし出し始めている。


「いっひひひ、光よりも強い闇などあろう筈がありません。闇とは、そこに光が無いが為に満ちるだけのものなのですから」


 数の有利を押し返し始めた光の軍勢に、ロチアート達は目を白黒とさせて、生まれ変わったかの様な人間達の姿を目撃していく。

 そんな光の配下を眼下に降臨した大天使は、立ち上がると、緩い笑みと共に六枚の翼を躍動させた。


「血で血を洗う不毛な争い。それでもお前は続けるというのだろう? あの時の様に……なぁルシル」


 その目に勝利を見据えたミハイルが、圧倒的な兵力差を練り上げた個で凌駕(りょうが)していた。

 後退を余儀なくされ始めた赤目の群れ――追放した筈の生命達が、眩い光に呑み込まれていく。


「フッハッ!! 勝機は我が祖国にありっ!」


 未だ退かぬ悪風に巻かれた鴉紋の前に、興奮で肩を怒らせたゲクランが、ハルバードと共に踏み出していた。

 すると彼は、満面の笑みと共に驚くべき事を口走った。


「貴様に決闘(Duel)を申し込むぞ、終夜鴉紋!!」

「……っ!」


 再び肉の様な砲弾となってハルバードを中段に溜めていったゲクラン。彼は生前当時より事ある毎に繰り返し、そして何れも勝利を収めてきた、一対一の決闘を鴉紋に申し込んでいるのだ。


「さぁ構えッ!」


 彼は掲げた高尚なる騎士道に従い、相手が構えを取るまでハルバードを放たない。だが代わりに獰猛(どうもう)猛禽類(もうきんるい)の様な眼光が鴉紋を覗いている。


「構えッ!!」

「は……?」

「鴉紋、そんな挑戦受ける事無いよ!」


 苛ついた眉に変わり始めた鴉紋に嫌な予感がして、セイルが彼に近寄っていく。こんな挑戦を受けてもナイトメア側には何のメリットも無い。


「さぁ構えッ! 恐れているのか終夜鴉紋、俺はただの人間だというに!」

「貴様……!」

「ちょっと駄目だってば鴉紋、敵の思う壺だよ!」


 二人の間で凄まじい闘気がぶつかり合い始める。人類側からすれば、そこで勝利を収めればそれで万々歳、そして敗れたとしても残る七人の英傑達が控えている。

 

「構えェッッ!!」

「この俺に向かって……図に乗ってんじゃねぇぞッ!」


 互いのプライドを賭けた挑発に――鴉紋は乗る。


「退いてろセイル……」

「もー! 駄目だってば鴉紋!」


 このゲクランという男……何処までが計算尽くなのか、鴉紋という自負心の塊の様な男が、プライドを刺激してやれば、どんな誘いにも乗る事を心得ている様子である。


「良いぞぉ終夜鴉紋……フッハッ……良いぞぉ……っ!」


 あるいは歴戦の彼の嗅覚がそうさせるのか、あるいは武人として天才的な直感がそうさせたのか……いずれにしても、鴉紋は半身になってゲクランに向けて拳を引き始めていた。


「この俺に挑んだ事を、後悔させてやる……!」

「あへっ……アッへへへへ こいつは凄い……凄まじい悪意の大波だぁ!!」


 燃え盛る殺人的邪悪の波動を目前に、ゲクランは笑みを携えたまま全身を力ませる――


「ふん……ッ!!」


 彼の解き放った闘志が大きく拡散すると、その凄まじいエネルギーに目を剥いた鴉紋が、そこに猪の様な幻影を見る――


「な――っ」

「怖気づいておるのか終夜鴉紋! 嘲笑の異名で呼ばれた、このベルトラン・デュ・ゲクランを!!」


 今にブチかまして来そうなエネルギーが、彼の握る巨大なハルバードに凝縮して握り込まれていく。


「この人間……っ!」

「さぁゆくぞ悪王めが! いざ尋常に――ッ」


 天災の様でもある鴉紋という存在に、それでもゲクランという猛威の男は一歩も譲らない。

 この様な絶望的状況にあろうと、まるで遊んでいるかの様に愉しそうにするゲクランという男は、正に豪傑と呼ぶに相応しき気骨を備えていた。


 さぁ巻き起ころうとする闘いの火蓋。



 ――だがその場に、言葉の通り突如湧いて出て来た陰惨な声音が割り込んだ。



「いきなり王手とは無粋なのでは無かったのか……」


「――――ッハ?」


 ――また一つ、ポトリと垂れた闇の一滴(ひとしずく)……

 解き放とうとしていたハルバードの突きを止めたゲクランが、確かに聞こえた声に、これでもかと言うほどに目を剥いていた。


「おま……えは……なんで、なん…………で」


 彼程に豪快な男の、その魂に深く刻み込まれた恐怖の記憶に、目は血走って手元はガタガタと震え始めた。

 残る英傑達、そしてミハイルまでもが目を疑った存在は、静かに……残虐極まる気配を闇より現した。


 そして暗黒より現れた男は語るのだ。かつて彼等が祖国を恐怖のドン底に陥れ、“騎士道の華”と呼ばれながら、熾烈極まる虐殺で各地を荒らし回った、漆黒の鎧に身を包む太子(プリンス)が――


「随分若返っている様だな…………()


 ゲクランを指した余りにも懐かしい侮蔑の異名に、本人を含め八英傑は顎を震わせる。例え兜の面頬を下ろしきっていても、その悪魔の様な気配と冷たい声音を見紛う事は無い。


 イングランドとの覇権を争い合った百年戦争――その時代に生きた全てのフランスが、時代を違えようと、その男にだけは明確なる恐怖を抱いていた。


 百年戦争前期において、ベルトラン・デュ・ゲクランが唯一大敗を喫し、その進撃にフランスは敗北間際まで追い詰められ、彼の残した爪痕は後世まで長く尾を引く事になった。

 余りにも血も涙もない虐殺を繰り返し、フランス全土を恐怖に陥れた。敵対国最大の敵であり、ゲクランという勇姿の宿敵であったその男の名は――


 “ブラックプリンス”――エドワード黒太子(こくたいし)である。


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↑の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けると意欲が湧きます。 続々とスピンオフ、続編展開中。 シリーズ化していますのでチェック宜しくお願い致します。 ブクマ、評価、レビュー、感想等お気軽に
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